護良親王転生記~南北朝時代の悲劇の皇子は異世界で魔法を極める~

二階堂吉乃

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後遺症

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       ◇


 ヴィレッジ子爵領の森で見つかった勾玉は、宮廷魔法士団で管理されていた。その貸し出しに許可が下りたので、皇子は翁を連れて魔法士団に赴いた。

「呪いは確認できませんでしたが、念のためこの部屋でご覧ください」

 係の魔法士が注意と共に、勾玉が入った箱をテーブルに置いた。皇子は蓋を開け、翁にそれを渡した。

「確かめろ」

「はっ…」

 老人は懐から絹の布に包まれたガラスの瓶を出した。中の赤黒い液体に棒を入れ、1滴を勾玉に垂らす。すると勾玉はぼんやりと光った。

「おおっ!」

 皇子の目には薄い光だったが、どうやら当たりだったらしい。翁は勾玉を伏し拝んでいた。まずは1つ。 八尺瓊勾玉 やさかにのまがたまが見つかった。


       ◇


 王に事情を話し、勾玉の返還を願い出た。

「構わん。返してやれ。…それよりモーリー。ユリアの見舞いに行ってくれるか」

 聞けば、姫は奪還作戦以来、せっているらしい。攫われていた間の記憶が蘇り、眠れないとか。真綿でくるまれるように育てられた姫君だ。当然だろう。

「俺が行ってどうにかなるか?」

 皇子は女子供の相手が苦手だ。見舞っても無駄な気がする。

「なる。お前の顔を見るだけでも元気になる」

 奇妙な太鼓判を押され、仕方なく後宮へ向かった。


       ♥


「姫様!モーリー様がお見舞いにいらっしゃいました!」

 侍女が息せき切って知らせに来る。ユリア姫は寝不足でぼんやりとしていた。

「え?何ですって?」

「モーリー様です!相変わらず神のようなお美しさです!さあ、お支度を」

 にわかに姫の部屋が活気に満ちた。明るいピンクのドレスを着て、顔色の悪さを隠す為に白粉をはたく。あれよあれよという間に姫は客間に連れていかれた。

「姫。御加減が悪いと聞いた」

 涼やかな声が姫の身を案じている。美しい姿も優しい言葉も以前のままだ。だが舌が強張って声が出ない。足が動かない。侍女が促すが、思い通りに動かない体に涙が出てきた。

「もしや俺が怖いのか?」

(違う。会えて嬉しい。でも声が出ないの)

「いつからだ?」

 侍女に向かって彼は訊いた。皆黙って首を振る。そして眉を顰め、部屋を出て行ってしまった。

(呆れたんだわ。せっかくお見舞いに来てくださったのに…)

 姫の目からは止めどなく涙があふれ出た。すぐに扉が開けられ、見知らぬ侍女が入ってきた。黒髪黒目の美しい女性だ。父王か王妃の侍女だろうか。彼女はつかつかと姫に近づくと手を取った。

「…女なら大丈夫だな。とりあえず寝不足から治すか」

 口調が想い人そのままだった。泣くことも忘れ、姫はその侍女を見た。

「モーリー様?」

「そうだ。土人形だから安心していい。抱き上げるぞ」

 彼女は姫を軽々と抱き上げると、寝室のベッドへと運んだ。姫の侍女に着替えと、化粧を落とすよう命じると、一旦部屋を出る。きちんと姫が休む支度が整うと、ベッドサイドに座った。

「手を。ずいぶん眠れていないようだ」

 細い女性の手が姫の手を取った。治癒魔法が流れ込み、ぼんやりとした頭が晴れる。舌も動く。

「モーリー様。私、どうしちゃったのかしら?」

「一時的に男が怖くなったのだろう。すまんな。すぐに助けてやれなくて」

 黒髪の美女は辛そうに顔を歪めた。不思議と女性形の方が感情豊かに見える。急に可笑しくなって笑いが漏れた。

「うふふ…。仕方がなかったでしょう?モーリー様も牢に…」

 言いかけて、赤目の男の言葉が思い出された。また舌が強張る。

「姫。我慢をする必要はない。思ったことを全て言ってくれ」

 ああ、このひとは優しい。甘えていいんだ。姫は黒髪の侍女に抱き着いて、わんわん泣き始めた。怖かった。寂しかった。赤目の男は誰も助けに来ないと言った…。

「モーリー様が私のせいで牢に入れられたって。ごめんなさい」

「あの赤目が言ったのか。大丈夫だ。あいつは俺が殺した。もう二度と姫の前には現れない」

 黒髪の侍女は怒りに満ちた声で言った。あまりの激しさに姫は泣き止んだ。

「殺した?」

「ああ。こんなことなら八つ裂きにすべきだった」

 あの優美な貴公子の言葉とは思えなかった。それほど姫の為に怒ってくれている。ユリア姫はまた黒髪美女に抱き着いて泣いた。嬉し涙だった。

「ありがとう。モーリー様」

 そして泣き疲れた姫は眠った。黒髪の美女は長い間、姫の手を握っていた。


       ◆


 娘が男性恐怖症になったと聞き、王は考えていた婚姻が遠のいたことを惜しんだ。ひどい父親だと思う。だが王にとって一番は家族ではなく国だった。

 後宮を担当する医師は転地療養を勧める。また誘拐される危険を考えると、王城内で治療するしかない。

「このまま外に出られなければ悪い噂が流れます」

 王妃が震える声で言う。攫われた時点で姫の名誉には傷がついた。すぐに表に出ていれば噂で終わっていた。療養が長引けば、傷物の王女の烙印を押されるだろう。

「どうしたものか…」

 迷いが漏れる。すると影からあの黒髪の侍女がすうっと現れた。初めて見た王妃は驚いて後じさる。

「モーリーか。何だ」

 夫婦の部屋に護衛はいない。不躾ぶしつけな訪問者を王は睨んだ。

「王よ。ピアーデ王国を潰す。良いな」

 怒りをたたえた美しい女は、復讐の女神のように告げる。許可は求めていない。王の背中を悪寒が走った。止める間もなく黒髪の侍女は消える。重苦しい闇だけが残った。
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