護良親王転生記~南北朝時代の悲劇の皇子は異世界で魔法を極める~

二階堂吉乃

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寵姫

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       ◇


 大広間での戦いは決着がついた。赤目の老人は死んだ。手加減はできなかった。大男は倒れ、銀髪の男も土団子の中だ。リコリスが相手していた娘は、投降するという。

「初めまして、モーリー様!宮廷魔法士のスカーレットです!14歳です!」

 赤毛の娘は右手を差し出しながら、皇子に詰め寄ってきた。

「宮様…申し訳ありません。この子、私より強いです」

 リコリスが敵わないとは。だがくだった者の態度ではない。皇子はその手を払った。

「王の元へ案内せよ。お前の処遇は後で決める」

「冷たい…カッコいい…」

 捕虜になったと言うのに、娘はくねくねと身をよじっている。ミナミとリコリスは「Mなの?あの子」「さあ…」と囁き合っている。

「老人や小娘を戦いに出すとは。この国の魔法士団はどうなっている?」

 皇子は苛立って訊いた。

「みんな死んじゃったよ?ノースフィルドの黒い悪魔だっけ。まともな大人はそいつに殺られちゃった。だから王様が引退したジジイとか、あたしみたいな平民上がりとかまで招集したの」

 赤毛の娘が答えた。仲間が皇子を見る。

「俺のせいか…」

 ミナミが正解だった。ピアーデの魔法士団は既に壊滅状態だったのだ。  
 


       ◇


 王は後宮に引きこもっているという。捕虜の娘に案内をさせ、皇子たちは王城の奥深くへと向かった。普通なら行き交う官吏や貴族たちで賑わう時間だ。だが城内はひっそりと静まり返り、誰一人歩いていない。

「他の人間はどこに行った?」

「もうずっとこんな感じ。貴族たちは領地に帰ったし、役人たちも逃げちゃった」

 警護の兵もいない。広間の4魔法士が最後の守りだったようだ。

 異常すぎる。内に入るにつれ空虚さが際立つ。皇子の本能が警鐘を鳴らし続けている。

「ここが後宮。って言っても、寵姫様しかいないけどね」

 赤毛の娘が豪奢な扉を押し開いた。ここも警護は無い。埃っぽい廊下を進み、王がいるという部屋の前にきた。皇子は無言で押し入った。

「暗いね…明かりつけるよ」

 ミナミは燭台に火をともした。部屋の奥まで光が届く。

「!!!!」

 仲間たちは恐怖の叫びを手で押さえた。皇子ですら手で鼻を覆う。漂う腐臭。そこには半ば白骨化した遺体があった。1人、赤毛の少女だけがきょとんと、驚く3人を見ている。

「どうしたの?王様だよ。…王様!ごめんねー。四天王負けちゃった」

 彼女は平然と白骨に話しかけた。何らかの暗示か、幻術をかけられている。

易々やすやすと負けおって。使えぬ小娘め」

 遺体の後ろから声がした。女の声だ。

「だってぇ。強いんだもん。それにカッコいいし。寵姫様も絶対気に入るって」

「もう良い。失せよ」

 赤毛の少女に寵姫様と呼ばれた女は言った。すると黒い鞭のような魔法が襲いかかってきた。

「下がれ!」

 皇子は少女の襟首をつかまえると、己と仲間の周囲に光魔法の結界を張った。グリフォンの時と似た闇魔法が結界に弾かれる。部屋に光が満ちる。女の姿もあらわになった。

 黒い髪黒い目。皇子やミナミとよく似た人種だった。顔は美しい。年齢はよく分からない。

「…その容姿、魔力量。異世界人だな。さては皇族か?」

 寵姫は憎々しげに問うてきた。皇子は驚いた。だが答えず問い返す。

「そう言うお前は何だ。ピアーデ王を殺し、国を操る目的は。ノースフィルドに干渉する訳は」

 女の美しい顔が般若のように歪む。

「目的なぞ無い。我は壊すだけよ。お前も死ね。呪われた皇子よ」

 言うが早いか、寵姫は闇魔法“腐食”を打ってきた。魔獣の比ではない。最大出力の“浄化”でやっと相殺する。

 何という魔力量。こちらで戦った魔法士の中で最大だ。皇子の突き出した右腕が腐食し始めた。 

「宮様!」

 リコリスが背後から“身代わ”ろうと手を伸ばす。彼は後ろも見ずに叱咤した。

「止めろ!今お前を助ける余裕は無い!」

「でも…」

 おろおろとするリコリスの後ろで、ミナミが何かを取り出した。

「リコ!ネズミで足止め!ヨッシー、30秒頑張って!」

「はっ…はいっ!」「分かった」

 ミナミが何かするつもりだ。リコリスが土ネズミを寵姫の足元に出す。ネズミに這い登られ、腐食の勢いが削がれた。

「…はい、はい、お願いします!今超ピンチで」

 驚いた。誰かと伝話で話している。

「タイミング合わせるよ!“浄化”最大!3、2、1、GO!!」

 皇子の頭の横からミナミが伝話を持つ手を突き出した。画面から浄化魔法が噴き出している。彼の浄化と合わさって、腐食を一気に打ち消した。寵姫は倒れ伏す。すかさず止めを刺した。訊きたいことは山ほどあったが、これ以上仲間を危険に晒すことはできない。生け捕りは諦めた。

「やった…。ありがとうごさいました!!」

「聖女だと?伝話を通して魔法を送ったのか?」

 ミナミが伝話を皇子に渡す。

「聖女殿か?」

『はい。お役に立てましたか』

「助かった。礼を言う」

 思い出した。老師とイザベラ、聖女に伝話を渡していた。

『どういたしまして。モーリー様でも危うい時があるのですね』

 聖女の笑い声が耳元で心地よく響く。皇子は重ねて礼を言って切った。

 振り向くとミナミとリコリスが抱き合って喜んでいる。赤毛の少女は呆然と座り込んでいる。暗示が解けたらしい。

「ミナミのお陰で助かった。ありがとう」

 伝話で魔法の助力を頼むとは。彼女の機転にはいつも驚かされる。

「だが、リコリスの“身代わり”で寵姫をネズミに変えても良かったな」

「そだね…思いつかなかった…」「私もです…」

 3人で反省をする。伝話の新しい使い方が分かったことが収穫だった。だが皇子の脳裏には、寵姫の言葉がいつまでも離れなかった。
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