剣なんて握ったことの無い俺がでまかせで妹に剣術を指導したら、最強の剣聖が出来てしまいました〜この兄妹最強です〜【第二部開始】

第一部 剣なんて握ったことの無い俺がでまかせで妹に剣術を指導したら、最強の剣聖が出来てしまいました。

第19話 レイラ 負を求めし剣聖 その１０

「おのれ！」

　柄を押さえつけられて剣が抜けない。そんな情けない状況に苛立ったアイシアは、無理矢理に後方に飛び跳ねると一気に腰の短剣を引き抜いた。

　相手はたかが大道芸人の少年である。しかし面と向かってあそこまで無礼な物言いをされてはアイシアとて後に引くわけにはいかなかった。
　改めて彼女は、右手の短剣を前方に突き出し半身の体勢をとる。さっきは、ただ剣を抜いて脅すだけのつもりだったが、少年の手品のような動きで思わず不覚をとった。だが今度は違う。

　しかし、その時。

　短剣の先に、そっとレイラの手が添えられた。


「やめておけ。今は周りの注意を浴びすぎている」


「しかし……」


　納得のいかない表情でアイシアがレイラを見つめる。


「この少年は、明日からの大会に出場すると言っている。お前の気が収まらないと言うのなら、勝負はそこでつけろ」


　諭すような言葉に、アイシアの短剣を握る力がストンと抜けた。



　それは一触即発。と言うよりはむしろ『少年を甘く見たアイシアが上手いようにあしらわれた』といった形だった。そして、それはアイシア自身が誰よりも一番良く分かっている。

　だからこそ彼女は歯を食いしばり、屈辱に耐えた。しかし次に武器を交えた時はそうはさせない。

　アイシアはその誓いの意味も込めて、少年に尋ねた。


「私はの名はアイシア=グラン。私も明日からの大会にはエントリーしている。君の名前を教えて欲しい」


　むしろそれは決闘の申込みにも似ていた。

　だがそれを受け取る少年にさほどの緊張感は無い。


「俺の名は、エデン。エデン=カスピ」


　なんの屈託もなく、あっけらかんとした表情で答える少年は、さっきの一瞬の出来事がまるで無かったかのように言葉を続ける。


「ヘヘッ。コレが明日の俺の獲物。楽しみにしててよ」


　そう言って少年は、先程アイシアに突き立てた木の棒でコンコンと下の石畳を叩いた。


「私の武器はスピア。槍だ」


　アイシアは、慌ててそう言い返した。





　少年がその場から去った後。アイシアは少しの後悔をしていた。

　少年に最後に言った言葉。アイシアは少年だけが獲物を明かすのは不公平だと、そう思って言ったつもりだ。だがもしかして彼には負け惜しみに聞こえたかも知れない。

　今は手にしていないが、自分の得意は槍である。今さっき引っ張り出した短剣などでは決してない。それが槍ならば不覚は取らなかったと……。

　王城前の広場では、血も見ない喧嘩など皆すぐに忘れて、辺りには再び祭りの賑やかさが戻ってきている。


「多分あの少年は、私が剣聖と知っててあの様な態度を取っていた。気にするな」


　レイラは落ち込むアイシアを庇う様にそう言った。レイラとて本来ならば、自分を侮辱した少年に対してレイラ自身が声を上げるべきであったのは分かっている。しかしレイラにはどうしてもその声を出すことが出来なかったのだ。


「申し訳ありません。あの子供の無礼を許した上に、みっともないところまでお見せしまして……」


「アイシア。お前は知っていたのか？私が、帝国では死神と呼ばれている事を」


　無礼を謝罪したつもりだった。しかしアイシアはそのレイラの言葉に思わず息を呑んだ。何故ならアイシアにとってそれは出来ればレイラに知ってほしく無かった事実だったからである。


「……。はい。知っていおりました。けれど……わざわざお耳に入れるほどのことでも無いかと判断いたしておりました。申し訳御座いません」


「いや、それは全くに構わないんだ。考えれば当然のことだよ。私は少し考え違いをしていたのだろう。いや、もしかしたらあえて考え無いようにしていたのかも知れないな」


「そんな……。そんな事を仰らないで下さいレイラ様。帝国の兵士達が我が王国民にどれだけ酷い行いをしたかはご存知でしょう。それをレイラ様が救ってくれたのです」


「なるほど……。君達にとってはそうだったな」


「君達にとって？」


　アイシアは思わずその言葉を繰り返した。それ以外に戦う理由など、いったい何があるというのだろうか……。
　
　遠くを見つめる様なレイラの眼差しは、既にアイシアを見てはいない。いや、彼女だけでは無い。思い起こせばレイラはずっとたった一人だけをずっと見続けていたのだ。

　レイラは言葉をつなげる。しかしそれはいったい誰に向けて語られるべき言葉だったのだろうか。


「あぁ。君達にとってだ……。だが、あの時の私にとってはそんな事などどうでも良かったのだよ。あの時の私はただ……。自分よりも強い人間を探していただけに過ぎない。何故ならこの世界で私を負かすことが出来るのは、私の兄カイル=バレンティンたった一人だけだから」


　レイラ=バレンティン。彼女は、かつてその変幻自在の剣の腕前から『剣つるぎの魔女』と呼ばれていた。しかし先の大戦で彼女は初めて人を殺め、そして人を殺めたが故に彼女は剣聖と呼ばれる様になったのでる。


「どうだ？滑稽だろ？」
　
　そう言ってレイラはアイシアの前で少し自虐気味に笑った。