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第3章 白輝の勇者エデン・ノーティス

cys:45 少女の涙と魔力の暴走

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「セイラ、ありがとう」
「セイラさん、ありがとうございました!」

 みんなで騒いだ翌朝、ノーティスとルミが支度を済ませお礼を言うと、セイラは両手を腰に当て2人にグイッと身を乗り出した。
 力強く優しい笑みと共に。

「ノーティス、ルミちゃん。また来なさいよ♪」
「あぁ、また来るよ。師匠にも宜しく」
「分かった。伝えとくわ」

 セイラはそう答えると、ルミの耳元に顔を近づけそっと囁く。

(ノーティスの事、今度押し倒しちゃいなさい♪)
(えっ、そ、そんな事出来ませんっ)
(いーのよルミちゃん。この子、女心、れ~点なんだから♪)
(セイラさんっ)

 ルミが顔を火照らすと、セイラはスッと顔を離し孤児達と一緒に元気に手を振った。
 それを背に車に乗り込み、王都へ戻るノーティスとルミ。


「セイラさん、明るくて綺麗な人でしたね」
「あぁ……修行時代、あの明るさに何度も救われたよ」

 懐かしそうに零すノーティスの横顔を、ルミは運転しながらチラッと見た。
 2人の間に固い絆があるのが伝わってくる。

───セイラさん素敵な人だったな。でも私は……

 ルミがそう思った時、ノーティスは前を見ながら静かに微笑んだ。

「一緒に戻ろう王都へ。これからが、俺とルミの本番だ」
「……はいっ!」

◆◆◆

 2人を乗せた車は、シルバーエリアとゴールドエリアの境目近くまで辿り着いた。

「ヤバイなルミ。昨日、休憩所で寝すぎたな」
「申し訳ございません、ノーティス様! 私とした事が……!」

───ヤバい。昨日、ノーティス様の寝顔見てて、なかなか寝れなかったせいだ。あーもーーーー私のバカッ!

 ルミは、心で自分を叱りつけながらも車を飛ばす。
 今日は正午からノーティスの『勇者就任式』があるからだ。
 初日から遅刻なんて、あり得ない。
 真面目なルミは、もしそんな事になったら責任を感じてしばらく眠れない日々が続くのは間違いない。

───ただ、このスピードで行けばまだ間に合うわ。

 ルミがそう思った時だった。
 ルミの左手前方の少し離れた場所から、ドンッ!! という爆発音が鳴り、そこから噴煙が立ち上がった。

───えっ、何?
───何が起こったんだ?

 2人が同時にそう思った時、車に備え付けてある魔力ディスプレイにその答えが表示された。
 リアルタイムな情報を伝えてくれる便利な装置だ。

『シルバーエリア・東北東・8739番地にフェクター発生』

 ルミはそれを見るとビックリした半面、内心ホッとした。

───こんな風に思うのもよくないけど、でも、王都へのコースじゃなくてよかった。今渋滞されたら、とてもじゃないけど間に合わなかったし。

 けれど、そんなルミにノーティスは静かに告げる。

「ルミ……現場へ向かってくれ」
「えっ?! ノーティス様。あそこへ向かってしまったら、勇者就任式に間に合いませんよ!」

 ルミが運転しながらそう叫ぶと、ノーティスは一瞬目を閉じアルカナートから言われた事を思い返す。

『ノーティス。どっちか迷ったら、人を救う方を優先しろ。それが勇者だ』

───師匠、そうですよね……ありがとうございます。

 そう確信したノーティスはスッと瞳を開き、ルミに精悍な眼差しを向けた。

「それは分かってる。ルミが急いでくれてるのも」
「でしたら……」
「けど、困ってる人を見捨てて勇者になるなんてありえない!」
「ノーティス様、お気持ちは分かりますが今は……」
「ルミ、俺が名より実を取る事は知ってるよな」

 そう言われたルミは、ハァッと溜息をつき観念した。
 確かにノーティスはそういう人だから。
 
 普段はワガママを言わないし、特にこれといった要求もしてこないけど、こういう事に関してはテコでも譲らない性格。
 なので、こうなった以上現場に向かうしかなく、ルミはハァッ……と、軽くため息を吐いた。
 けれど、ルミは同時に思う。

───でもノーティス様。私、アナタがそういう人だから、大好きになっちゃったんですよ♪

 ルミは心でそう呟くと、サッとハンドルを大きく切った。

「では行きますよっ! ノーティス様」

◆◆◆

 ルミが勇ましくハンドルを切る30分程前……

 穏やかな陽気に包まれている広場で、衛生兵の隊長ロバートはメイという泣いている少女を見つけた。

「どーーした、嬢ちゃん」
「うぅっ……あのね……」


 そこから話を聞いた所、どうやら父親とはぐれ迷子になったらしい。
 なので、ロバートはメイを肩車して一緒に探した。
 ロバートはガタイもよく背が高いので、こうすれば見つけやすいと思ったから。
 そして、しばらくしてメイが道の反対側に父親を見つけたので肩から降ろすと、メイはロバートに向かいニコッと笑った。
 屈託の無い天使の様な笑み浮かべて。
 
「ありがとう♪ おじちゃん!」
「あぁ、今度ははぐれんじゃねぇぞ」

 ロバートはそう言ってニカッと笑うと、持ち場に戻る為に踵を返して歩き始めた。
 が、次の瞬間それは起こった。

「この、無礼者が!」

 という罵声が広場に響き渡り、その直後、広場にメイの泣き声がこだましたのだ。

「な、なんだ一体?!」

 ハッとしたロバートは声の方へ駆けていくと、その瞳に映ったのは穏やかな陽気とは真逆の光景だった。

 大きな声で泣き叫んでいるメイを、父親が抱きしめながら守っていたからだ。
 冷酷な眼差しで2人を見下ろす、邪悪なオーラを放つ騎士から。

 ロバートはその光景を見て、すぐさま異常事態だと悟った。

「メイっ!」

 そう叫んで駆け寄ろうとしたロバートだったが、その場にいた人達が強く掴んで止めてきた。

「ロバートさん、ダメだ!」
「なんでだよ?!」

 憤るロバートにその場の人達が言うには、まずこのトラブルの原因は、メイが手に持ってたジュースを行進中の騎士団の1人に手に間違えてかけてしまった事らしい。
 メイが道の反対側に父親を見つけ走って行った時、たまたまそこに出くわした騎士団とぶつかってしまったのだ。

 しかも、そのジュースをかけてしまった騎士は、ただの騎士ではなく貴族の息子というのが厄介な所。
 この国で、貴族というのは高い権力を持っているから。

「だからロバートさん、今出てったらアンタまで処罰されちまうよ」
「けど、あんなの黙って見過ごせるワケねぇだろ! 離してくれ」
「ダメだ! 頼む。ロバートさんは処罰されてほしくないんだ」
「くっ……! けどよ……!」

 ロバートが引き止められている間、メイの父親はその騎士に向かい土下座をしていた。
 娘を守る為、必死な形相で頭を地面にこすりつけながら。

「申し訳ございません! 私のせいです。ただ、娘には手を出さないで下さい!」
「フンッ、そうはいかん。その娘に、この私を侮辱した罰を与えなければ気がすまぬ!」
「そこをどうか! どうかお願い致します!」
「ならん。くどい」

 そう告げられた父親は膝を地面につけたまま、バッと上半身を起こした。
 このままでは娘を守れないと悟ったからだ。
 そして、両手を横に広げて娘を守る態勢を取り、騎士に懇願する眼差しを向け見上げた。

「お願い致します! 罰するのは私だけにしてください!」

 自分の身を挺した上に、娘の身代わりを申し出ているメイの父親。
 全身から、娘を守ろうとする精悍な愛が溢れ出ている。
 それはロバートはもちろんの事、周りで見ている他の人達もヒシヒシと感じていた。

 けれど、騎士バラガスは許さない。

「そこをどけ。どかぬなら叩き斬る!」
「どうかご容赦を!」
「チッ、だったら死ねっ! このゴミくずめが!!」

 バラガスは怒声と共に剣を片手で振りかぶり、メイの父親に向かい勢いよく振り下ろした。

 ザシュッ!

「グハぁっ!!」

 肩から胸にかけ大きく斬り裂かれたメイの父親は、大きく血しぶきを上げてドサッとうつ伏せに倒れてしまった。
 倒れた場所に真紅の血だまりが広がっていき、メイの足元も血に染められていく。

 バラガスはそれを見て、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
 後悔や申し訳なさなど微塵みじんもなく、むしろ、斬った事に悦びすら感じている表情だ。 
 そんなバラガスは、震えるメイを見つめヌッと手を伸ばしていく。

「クククッ……」
「あっ……うっ、うぅっ……や、やだよぅ」

 恐怖に顔を引きつらせているメイにバラガスの手が今にも届きそうになった時、父親は、うつ伏せに倒れ大量の血を流したまま、バラガスの手をガシッと掴んだ。
 娘を助けたい一心で。

「や、やめろ……娘には……手を、出すな……!」

 けれどバラガスは、そんな父親の顔を上からギロッと睨みつけた。
 その眼差しは、下卑た冷酷さに満ちている。

「キサマ……我らに守られてる分際のくせに、薄汚い手で触るな! この死にぞこないが!」

 バラガスは、メイの父親の顎を思いっきり蹴り上げた。

 ガシャッ!

「グハッ!」

 メイの父親はそれでも尚グッと体を起こそうとしたが、さらに何度も踏みつけられ、もう身体を起こす事も出来なくなってしまった。
 胸は大きく切り刺されてる上に、背中は鋼鉄製の具足に何度も踏みつけられボロボロだ。

「う……うっ……」

 しかし、そんな父親の瞳に映る。
 
「お父さーん!」

 娘が泣き叫ぶ姿が。

「うっ……ううっ、メイ……!!」

 最愛の娘を助けたいのに助けられない。
 その余りにも強く大きい悲しみが、魔力クリスタルの魔力回路を駆け巡る。

「うぐっ! あっ……あっ……」

 ノーティス達のように強力な戦士であれば、大きな悲しみでもクリスタルは制御出来る。
 けれど、メイの父親のような一般人はそうはいかない。
 あまりにも強い感情の爆発が、魔力回路を狂わせ暴走させてしまうのだ。

「グ……グ……グガァァァァァッ!!」

 そして、メイの父親はフェクターになってしまった。
 暴走した魔力クリスタルを破壊するか、その命を絶たない限り元に戻れない残酷な姿に……

◆◆◆

 そんな事情は知らないノーティスだが、ノーティスは思い出していた。
 あの日、少女から貰った『魔法のハンカチ』を見つめながら。

───キミは今何をしているのかな……元気かな……俺はあの時君から吹き込んで貰った命と師匠に授けてもらった力で、これから人を必ず多くの人達を救ってみせる……!

 ノーティスがそんな想いを馳せる中、フェクターは人と街を破壊していた。
 体ではなく、心から血を流したまま……
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