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「嫌だと思うけど、秀人様を寝室へお連れしてくれない?」

「心底嫌ですが、優子様のお願いなら断りません。ちなみに抱えてですよね?」

「引き摺っていかないなら、そうなるわよね?」

「抱えていくのは冗談です。背負っていきましょう」

 徳増は不満をそれ以上、口に出さない。
 一見、二人のあまり体格差がないようだが、全身の力が抜けた成人男性を背負うのは大変だ。徳増はふらつきながら運び始める。

 徳増のことなので秀人が寝ているうちに屋敷の間取りをくまなく把握したのだろう。寝室へ続く廊下に苦しげな徳増の息遣いと優子の足音が響く。

「初夜の務めをはたせないのは花嫁失格かしらね?」

「……花嫁を置いて眠ってしまう男の方が問題あります。優子様に失格の烙印を押す者が仮に居たら許しません」

「それにしても良く眠ってるわ。運ばれても起きないなんて」

「私はこのまま目を覚まさなくても一向に構いませんがーーあぁ、こういう軽口を叩くと嫌われてしまいますよね? もう喋りません」

「……あなた、もしかしてだけど拗ねてるの?」

 徳増の態度は明らかに子供じみていた。もう喋らないと会話を切った手前か、徳増は答えず足を進める。

 優子はそんな徳増の前へ回り、拗ねているのかと繰り返した。

「ほら、よく言われる娘を嫁に出した気分ってやつかしら?」

「絶対に違います」

 明るく笑い、口数が多くなる優子。手を胸の前で編み、前向きな言葉を紡ぐ。

「やっぱり秀人様は誤解されがちなだけで、本当は怖い人ではないと思うの」

 うん、うん、と頷き納得した様子。

「あなたもそうだと思わない?」

「そう思い込みたい気持ちは察してあまりますが、心を捻じ曲げてまで抱かれなきゃいけないなんてーー」

 徳増は続きを一瞬言い淀んで首を振り、それから息を吐き出す。

「お可哀想に」

「可哀想?」

 鈍感な優子が良い意味で言われているとは感じない程、徳増の声音が露骨だ。

「そんな……わたしは家やお姉様の為に!」

「皆様から感謝されました? 旦那様は病に伏せ、奥様はご実家へ戻られ、良子様は変わらず所在が不明ですよね?」

「お礼を言って貰いたいんじゃない! わたしは皆が幸せになってくれればいい、それがわたしの幸せよ!」

「ですから皆様はお幸せでしょうか? 少なくとも私は不幸ですが? 令嬢の品位を投げうち暁月の慰めものになるのを受け入れる。美しく誇り高く優しかった貴女が失われてしまうなんて、どうかしている!」
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