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画家と新妻

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 店主はにっこり口角を上げた。認めたものしか側に置かない、という発言の意図を掴ませるように。

「そうなんですね」

 ところが優子は意に介さず店主から視線を外し、ある1着に興味を示す。その服の色は紅。身体の線をはっきりだす仕立てで姉の良子や店主みたいな女性が似合いそうだ。部屋の離れた場所に掛けられているので優子用ではないだろう。

 店主は優子の目線を辿り、驚く。

「あちらですか?」

「秀人様はあのような服はお好きかしら?」

「え、えぇ、お嫌いではないと思います。むしろお好きな部類ですが」

「わたしには似合わないと思いますか?」

「いえ、そのーー」

 店主はいったん言葉を濁そうとするも、首を縦に振った。

「正直、お召になる姿が想像できません」

「……そうですか。もし着てみたいとお願いしたらいけませんか?」

「つまり先程の私の言葉をお試しになるのでしょうか?」

「? 秀人様は品や人も認めないとお側に置かないのでしょう?」

「……えぇ」

 優子の人間関係がそれなりに擦れていれば、店主の声音の変化に気付けただろう。
 残念ながら優子は店主が世辞を言っていると受け取っていた。優子が秀人に認められていると励ましてくれたのだと。

 よもや店主が牽制してきたなどと考えもつかない。

「奥様は純粋な方なんですね」

 若干呆れ気味に言われようと、優子は傾げた。

「誰からも疎まれず、お育ちになったのだなぁと」

「……そう見えますか?」

 所望した衣装を試着する流れとなり満足すると思いきや、優子は笑わなかった。店主の眉が探る風に動く。

「奥様?」

「なんでもありません」

 一瞬だけみせた不穏な欠片を仕舞い込む、優子。
 本当に誰からも疎まれず生きていくことが出来るとしたら素敵だ。優子は少なくとも誰からも疎まれず生きていると勘違いせず生きていくしかない。

「ひとつ伺ってもよいですか?」

「えぇ、どうぞ。応えられる範囲でしたら」

「どうして奥様は暁月様と結婚なさったのでしょうか?」

 ここまで踏み込んだ質問をされ、やっと店主が秀人を想っているのだと気付く。
 店主は優子が気付いたことに気付き、補足した。

「私は実業家としての暁月様も尊敬しています。信じてもらえないかもしれませんが、暁月様と恋仲になりたいと考えてはいません。憧れているのです」

「それでも秀人様からお誘いがあればお受けになるんでしょう?」

 存外、低い声で返してしまい、優子は胸に手を当てて燻る不快感を宥める。

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