聖女の蜜闇ー優しい仮面を剥がされて

画家と新妻

５

「申し訳ありません、あなたを責めているのではないのです。秀人様に憧れを抱くのはあなたの自由ですから」

「……よかった」

「え？」

「奥様は暁月様を全く慕っていないと誤解していました」

　優子は勝手に誤解し、勝手に誤解を解く店主についていけない。

「暁月様や奥様みたいな立場がある人の結婚は恋愛感情がなくとも仕方ないかもしれません。でも憧れの人には幸せな結婚をして欲しいと望んでしまうのです」

「……」

　店主が導いた結論は淋しげで、優子は何も返せない。慰める権利などないし、純粋に秀人を慕っているであろう店主を羨ましくさえ感じてしまう。

「さて、そちらをお召になりましょうか」

　気を取り直してとばかり、衣装替えが再開される。優子は衣装が店主用であったのを袖を通してから悟った。結婚式の衣装といい、他の誰かのため仕立てられたものを着るのは心地良いと言い難い。

　その一方、どこか惹かれてしまう。優子は目を閉じ想像してみた。

　店主が秀人に良く見られたいと夢見た衣装を優子が着る。店主を側に控えさせ、秀人の前でくるりと舞ってみせる。

　悪趣味だ、これはいけない感情だ。承知しつつ、ほんの少しだけ優越が生まれた。

■

　秀人好みに仕立てた衣装を纏う優子は対象者へ抜群の効果を与えた。
　秀人は見るなり盛大に吹き出す。

「ちょ、お、おまえ、なんていう破廉恥な格好しているんだ！　胸が丸見えじゃないか！」

「見えてません！」

「半分見えれば俺には見えてるようなものだ！」

「どういう視力してるんですか！　見えてませんよ！」

　よもや破廉恥という言葉が秀人から発せられるとは。秀人は立ち上がり上着を脱ぐと投げ付けた。

　秀人が喜んでくれると信じていた優子は想定外の反応をされ、前屈みで固まる。
　他者から見れば秀人が取り乱すくらい喜んでいるのだが、額面通りの受け取りしか出来ないのが優子。

「わたしには、に、似合いませんよね」

　顔を真っ赤に染め、そそくさと場を離れようとする。恥ずかしくて、とても直視できない。

「待て。俺が気に入ると思ってきたのか？　それともお前が着たかったのか？　答えろ」

「……どちらもです」

　優子は消え入りそうな声で言う。

「俺に媚を売ってるんじゃないだろうな？」

「似合うかは置いておいて、こういう衣装をこれまで着てこなかったのですが、実は着てみたかったんです。その、似合うかは置いておいて」

　いっそ似合わないと切り捨てて欲しい。羞恥心は増して、鼻の奥がつんとしてくる。それでも秀人が許可するまで部屋は出ない。

「……そうか。お前が着たいなら着ればいい。あの服ももらおう、なんなら着て帰る」

　秀人にしては直感でなく、考えていた。まぁ、相変わらず判断してからの頭の回転は早いが。

「いいんですか？」

「媚びへつらう為だけに着ようとしていたなら買わなかった。お前が着たいというから買うだけだ。言っておくが相当、破廉恥だぞ」

　破廉恥、破廉恥と唱えられ、優子はついに上着を羽織る。場から笑い声が上がった。

「それじゃあ、その破廉恥な衣装でも着て、茶でも飲んでいくか」