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悪魔

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 顔を覆い泣いていた優子が嗚咽を漏らす。

「お嬢様、戯言など真に受けなくていいですから」

 徳増はひたすら優しく背中を撫でて、優子の乱れる呼吸を慰めた。

「あはは、戯言だってー。酷い言われようだね良子ちゃん」

 敬吾が面白おかしく笑って流すも、良子は歯がゆさで軋む。

「人殺しのくせして、めそめそ泣いてるんじゃないわよ! 後悔してるならあんたも当主の所へ行ったら? その方が暁月も困らないかもね!」

 良子は喚くと優子から徳増を剥がし、やっと姉妹が向き合う。

「ごめんなさい、お姉様。わたしのせいで、ごめんなさい、ごめんなさい」

 なにも暁月ばかりではない、良子にだっ迷惑がかかるはすだ。優子は深く頭を下げ、詫びる。

「だから、そういうのが嫌なんだってば!」

「ごめんなさい」

「簡単に謝ってあたしを悪者にしないでよ!」

 優子と良子、同じように涙を溜めて唇を震わせながら擦れ違う。優子は人を殺め、地に落ちて尚、良子を苛立たせた。

「良子様! いい加減にお止め下さい」

「いいじゃん、最後までやらせてあげようよ」

 徳増を敬吾が止め、なにやら耳打ちする。

「お姉様、ごめんなさい」

「本当に悪いと思うなら消えて、早くあたしの前から居なくなってよ! ほら、これあげるからさ!」

 良子は白い紙で包む何かを渡すと、中身の説明をしないでとにかく含むよう促す。無論、消えてくれと頼まれて飲む代物が安全なはずない。

「……飲むわ」

 優子は構わなかった。今の優子には衣装を纏う理性も伴わなければ、身体を守る本能も働いていない。

 優子が口を開けると同時、徳増の手が伸びてきた。

 徳増が粉末状のそれをぺろりと舐め、この行動に驚きの声を上げた良子を見やる。目付きが恐ろしく冷たい。

「どうして驚くのですか? 私は摂取してはいけないとか?」

 鋭さを保った表情で傾げる徳増。

「……なんともないの?」

 良子は徳増に不調が起きていないか触れて確かめようとするが、露骨に避けられた。

「えぇ、なんともありませんーー」

 と言いつつ、徳増は煽るよう唇を舐めて襟元を寛げた。

「なっ……」

「おや? 少し身体が熱くなってきたかもしれません。良子様も如何ですか? 熱に浮かされる気分になれそうですよ。あぁ、ひょっとして気分を昂らせる効能でもあるんでしょうか」

 色香を唐突に解き放つ仕草に、男女の駆け引きに慣れたつもりでいても焦ってしまう良子。

「う、ううん、あたしはいいや」

 好いた相手に抱き竦められたいと願うのは自然な欲求だとしても、伝えるのは気恥ずかしい。ちらりと覗いた素肌に良子の欲求が強まる。

「そうですか……残念です」

「え、残念なの?」

「はい、とても。お返ししますね、これは優子お嬢様に必要ありません」

 良子は徳増が企んでいると承知しながら心を揺らし、愚かな恋心だと呆れながら返却された包みを握り締めた。

 良子とのやりとりを何事かと見上げる優子に徳増は優しく微笑むだけ。優子も追求はしないで身体を預ける。

「それで敬吾さん、お嬢様の後頭部を殴った犯人はどこに?」

 徳増はいつものよう髪を梳こうとして思い出す。

「は? なんで僕に聞くの?」

「死体は答えないでしょう」

「あー、確かに。でも知らないな。うわ、それより結構ひどそうだね。手当てしようか?」

「いえ、敬吾さんは犯人を探して下さい。手当ては私がしますので」

 傷の状態を見ようとする敬吾を寄せ付けないどころか、しっしと追い払う。
 
「はいはい、探せばいいんでしょ。けど、他にすべきことあるんじゃない? 僕だって手伝えるよ」

 頬を膨らます敬吾。地団駄を踏む幼さの傍らには遺体が転がっており、誤って踏みそうだ。

「ーーいいから行ってください。敬吾さんまで手を汚さなくていいです。私がやります。そういう契約でしょう?」

 徳増は犯人探しを口実として敬吾の退出を命じる。

「ふーん、優子ちゃんは連れて行かなくていいの?」

 敬吾は敬吾で、このあとの出来事に優子を巻き込むのかと尋ねる。少なくとも昨日までの徳増なら絶対に見せなかったはずと。

 優子当人はというと謝罪を求められない限り、大人しくしている。いや大人しくというより反応しない。

「お嬢様はここに残しますよ。敬吾さんはさっさと出ていって下さい。それから立花への口添えも忘れずに」

「はいはい、ったく弟使い荒いなぁー。それじゃあ良子ちゃん、さようなら!」

 父親を跨ぎ、元気に別れの挨拶をする。

 乙女を散らされた上、殺人を犯した優子が辛うじて人の形を留めていられるのは、この部屋に集う者が健全な精神とは程遠い思考の持ち主だからかもしれない。
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