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太陽と月

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「では、私はこれから仕事に行かなければいけませんので」

「仕事?」

「お嬢様との生活を守る為には仕方がありません」

 優子はここで話を終わらせようとした袖を引っ張る。

「待って、あの後どうなったか教えて。わたし、何ひとつ教えて貰ってない」

「ですから、今お話してもーー」

「いいから教えて! 立花さんに実家へ連れて行って貰ったのよね? お父様は今どうされてるの? 秀人様は? 丸井家とは?」 

 もう片方で口を覆う。吐き気が引かず、戻してしまいそうだ。

「そんな一気に知りたがらなくても。どれかひとつにしませんか? 残りの質問は帰ったら答えますので」

 寝台のふちに座り、徳増は眉を下げる。まるで沢山盛られた菓子から食べたい一種を選びなさいという口調だ。

「……それならひとつだけ、秀人様は? 秀人はどうされてるの?」

「暁月の事が知りたいのですか? 旦那様や丸井家ではなく?」

 俯く優子は徳増が拳を作るのを目撃する。近況はどれも知りたいが、夢をみたのもあって秀人の様子を聞きたい。

「暁月は優子様と離縁され、喪上後に丸井家の遠縁にあたる娘と再婚します」

 一字一句はっきりと言う。予め簡潔な答えを用意していたようだ。優子を分かりやすく落ち込ませる。離縁はともかく再婚予定まであるとは。

「世間は優子様が亡くなられたと思っていますし、再婚は悪くない判断ですね。暁月という男は抜け目がない」

「丸井家の遠縁って、わたしは当主を……なのに?」

「優子様と先代は無理心中した体で話がつきました。丸井は新妻を奪われた暁月に遠縁ではありますが親族をあてがったのでしょう。暁月側としても丸井の血筋を迎えるのは遺恨がない証となり、家業への影響も宜しい」

 ますます青白くなる優子を眺めつつ、徳増は滑らかに補足加える。

「お嬢様が先代を殺めてくれて、暁月は恨むどころか感謝したいくらいでしょう」

「ーーっ」

「あぁ、なにも泣く必要はありませんよ。お嬢様には私が居るじゃないですか? 暁月など忘れてしまえばいい。先代にされた非道も私が癒してあげます」

 徳増は優子を取り込む勢いで抱き締めた。
 会話に入れない少女は突っ立ったまま目を潤ませる。これは決して感動してではない。
 爪が食い込むまで握っていないと座り込んでしまうのだ。



 徳増が出掛けていき、少女と2人きりになる。

 優子は身体を投げ出して泣き続けたかったものの、そうもいかない。優子の監視を命じられている少女は退出してくれないだろう。

「……そうか、名前」

 少女の名を知ろうとし、自分はまだ優子と名乗って良いか迷う。優子は死んだのだ。良子の最期を思い、唇を噛む。

 名を尋ねられても声がない少女は少女で意思の通わせ方を探す。この場合、筆談が最適だが徳増が許可しなかった。優子の周りに余分な物を置くのを避け、2人が話す必要性を感じていない。

 重たい沈黙は続く中、鳥の囀りがする。

「あぁ、この鳴き声はひばりね。今は春なのかしら」

 優子は鉄格子越しに空を見上げた。すると少女に羽ばたきの仕草をする。
 突然、鳥の真似を始められて戸惑う優子。

「あなたはひばりが好きなの?」

 うんうん、と何度も頷く女性。まだ羽ばたきをやめない。

「もしかして、ひばりと呼べばいいの?」

 意図が届き、少女改めひばりが白い歯を覗かせた。
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