117 / 120
仮面を剥がされて
仮面を剥がされて
しおりを挟む
■
場所は変わり、暁月秀人は書類に目を通していた。
結婚式を明日に控えるも、彼には片付けて置かなければならない事が多い。
「失礼します。宜しいでしょうか?」
そこへ扉が叩かれた。
「あぁ」
来訪者に目線を上げず対応する。ペンを走らせては文面を読み込む。
「奥様の衣装確認が済みましたのでご報告を」
「そうか、ご苦労だった」
「まさか2度も花嫁衣装を作らせて頂けるなんて思いもしませんでした」
「嫌味か? 口は悪いが、お前ほどの腕がある職人を知らないからな」
「それはそれは。お褒めに預かり、光栄ですわ」
秀人の私室を訪れたのは懇意にしている女主人。前妻の花嫁衣装を担当し、今回もひばりの衣装を作成する。
女主人は秀人に軽口を叩けるほどに商売を成功させ、結婚もして母親となっていた。
女主人の傍らから顔を出した子供の笑い声を聞き、秀人がやっと視線を向ける。
「幾つになった?」
秀人の問に子供か照れながら指で示す。
「4つ」
「そうか。かわいい盛りだな、お前に似て気が強い女にならないといいが」
「お言葉ですが、このご時世、気が強くなければ生きていけませんよ」
「……まぁ確かにな。強かにしぶとく生きるしかない」
疲れた目元を揉みながら、書面を揃える秀人。甘い菓子を用意させようとひばりを呼ぶベルを鳴らそうとすると、女主人が遠慮した。
「身重の奥様にいけません。というより奥様はもう使用人ではありませんから」
「あぁ、そうだった。酒井にもよく注意されるんだ」
「おや? また悪口を言われてますか?」
そこへ酒井がお茶と菓子を持ってやってくる。
「あらやだ、敏腕秘書がこんな真似するのね」
女主人は今度は嫌味ではなく、素直に驚く。
「実は茶を何度も淹れているうち、奥深い世界にはまってしまいましてね。宜しかったらお子様にもどうぞ」
子供用にはたっぷり牛乳をいれたものを。秀人のカップには決まった数の砂糖を落とす。
「にしても、この菓子の量はなんだ? 俺を太らせる気か?」
「結婚のお祝いに沢山贈られて来るんですよ。奥様が過剰に召し上がるのは身体に障りますし」
「俺なら障っていいのかよ」
「甘味は疲れを癒やしてくれますのでーーともあれ奥様には元気な跡取りを産んでもらわねばいけませんから、奥様の目に極力触れないよう頂いて下さい」
いったん仕事の手を休め、女主人公と子供に椅子を勧める。秀人は自分のカップを手に取り、窓辺へ寄りかかった。
硝子に映り込む子供は目を輝かせて菓子を選ぶ。
「……跡取りねぇ」
「今は実感がないかもしれませんが、実際に産まれてくると可愛いですよ? もちろん子育ては可愛いだけではありませんけど」
女主人の経験則を秀人は無言でやり過ごす。
それから差し支えのない話題で時間は過ぎ、女主人は菓子を土産に渡され部屋を後にした。
部屋を出ると、ひばりが使用人に厳しい顔付きで何やら注意している。使用人は廊下の真ん中で頭を何度も下げていたが、ひばりの怒りを理解できていないように伺える。
何故なら女主人もひばりとの意思疎通が困難であったからだ。
秀人が再婚相手がひばりと聞き、女主人は信じられなかった。
前妻を亡くして以降、秀人はどの女性とも交際せず、対人関係に壁を作り、女主人が寄り添おうとしても徒労に終わる。
それが読み書きもまともに出来ないひばりを選ぶとはーー。
皆が狙う暁月の後妻に収まったひばりからは女の自信が溢れていた。本人は無自覚かもしれないが、女主人はひりつくほど感じてしまう。
ひばりは女主人に気付き、叱っていた使用人を下げる。にっこり微笑みながら近付き、衣装合わせの礼を示す。
「前妻の花嫁衣装の一部を取り入れたいとのご希望を叶えられて良かったですわ」
前妻、つまり優子の花嫁衣装は秀人によって完璧に保管されており、再婚に当たり改めて日の目を見ることとなった。
前妻の持ち物をわざわざ引っ張り出すのは、前妻を今も大事に想う秀人を受け止めるという意味なのだろうか。
こういう顕示欲がいちいち鼻につき、女主人は秀人の女性の好みを内心疑う。
場所は変わり、暁月秀人は書類に目を通していた。
結婚式を明日に控えるも、彼には片付けて置かなければならない事が多い。
「失礼します。宜しいでしょうか?」
そこへ扉が叩かれた。
「あぁ」
来訪者に目線を上げず対応する。ペンを走らせては文面を読み込む。
「奥様の衣装確認が済みましたのでご報告を」
「そうか、ご苦労だった」
「まさか2度も花嫁衣装を作らせて頂けるなんて思いもしませんでした」
「嫌味か? 口は悪いが、お前ほどの腕がある職人を知らないからな」
「それはそれは。お褒めに預かり、光栄ですわ」
秀人の私室を訪れたのは懇意にしている女主人。前妻の花嫁衣装を担当し、今回もひばりの衣装を作成する。
女主人は秀人に軽口を叩けるほどに商売を成功させ、結婚もして母親となっていた。
女主人の傍らから顔を出した子供の笑い声を聞き、秀人がやっと視線を向ける。
「幾つになった?」
秀人の問に子供か照れながら指で示す。
「4つ」
「そうか。かわいい盛りだな、お前に似て気が強い女にならないといいが」
「お言葉ですが、このご時世、気が強くなければ生きていけませんよ」
「……まぁ確かにな。強かにしぶとく生きるしかない」
疲れた目元を揉みながら、書面を揃える秀人。甘い菓子を用意させようとひばりを呼ぶベルを鳴らそうとすると、女主人が遠慮した。
「身重の奥様にいけません。というより奥様はもう使用人ではありませんから」
「あぁ、そうだった。酒井にもよく注意されるんだ」
「おや? また悪口を言われてますか?」
そこへ酒井がお茶と菓子を持ってやってくる。
「あらやだ、敏腕秘書がこんな真似するのね」
女主人は今度は嫌味ではなく、素直に驚く。
「実は茶を何度も淹れているうち、奥深い世界にはまってしまいましてね。宜しかったらお子様にもどうぞ」
子供用にはたっぷり牛乳をいれたものを。秀人のカップには決まった数の砂糖を落とす。
「にしても、この菓子の量はなんだ? 俺を太らせる気か?」
「結婚のお祝いに沢山贈られて来るんですよ。奥様が過剰に召し上がるのは身体に障りますし」
「俺なら障っていいのかよ」
「甘味は疲れを癒やしてくれますのでーーともあれ奥様には元気な跡取りを産んでもらわねばいけませんから、奥様の目に極力触れないよう頂いて下さい」
いったん仕事の手を休め、女主人公と子供に椅子を勧める。秀人は自分のカップを手に取り、窓辺へ寄りかかった。
硝子に映り込む子供は目を輝かせて菓子を選ぶ。
「……跡取りねぇ」
「今は実感がないかもしれませんが、実際に産まれてくると可愛いですよ? もちろん子育ては可愛いだけではありませんけど」
女主人の経験則を秀人は無言でやり過ごす。
それから差し支えのない話題で時間は過ぎ、女主人は菓子を土産に渡され部屋を後にした。
部屋を出ると、ひばりが使用人に厳しい顔付きで何やら注意している。使用人は廊下の真ん中で頭を何度も下げていたが、ひばりの怒りを理解できていないように伺える。
何故なら女主人もひばりとの意思疎通が困難であったからだ。
秀人が再婚相手がひばりと聞き、女主人は信じられなかった。
前妻を亡くして以降、秀人はどの女性とも交際せず、対人関係に壁を作り、女主人が寄り添おうとしても徒労に終わる。
それが読み書きもまともに出来ないひばりを選ぶとはーー。
皆が狙う暁月の後妻に収まったひばりからは女の自信が溢れていた。本人は無自覚かもしれないが、女主人はひりつくほど感じてしまう。
ひばりは女主人に気付き、叱っていた使用人を下げる。にっこり微笑みながら近付き、衣装合わせの礼を示す。
「前妻の花嫁衣装の一部を取り入れたいとのご希望を叶えられて良かったですわ」
前妻、つまり優子の花嫁衣装は秀人によって完璧に保管されており、再婚に当たり改めて日の目を見ることとなった。
前妻の持ち物をわざわざ引っ張り出すのは、前妻を今も大事に想う秀人を受け止めるという意味なのだろうか。
こういう顕示欲がいちいち鼻につき、女主人は秀人の女性の好みを内心疑う。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました
せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~
救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。
どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。
乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。
受け取ろうとすると邪魔だと言われる。
そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。
医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。
最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇
作品はフィクションです。
本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる