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35.掌返し
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何処か夜の酒場。楽器を奏でる吟遊詩人や大勢で賑わう屋内にて、一人の酔っ払いが千鳥足にふらつく。
酔いに足を取られ、転んだ拍子に近くの男に酒をぶっかけた。
「わ、わりぃ。飲みかけの酒を頭からぶっかけちまってよ。」
酒を被った茶髪の男は、怒るでもなくただ項垂れる。
「アハハ…。終わったな…。」
「悪かったって。酒を一杯奢るから、それでちゃらにしてくれよ。」
そんな謝罪を無視し、茶髪の男は尚も項垂れ続ける。
「もう、俺は終わりなんだよ…。」
「酒被ったくらいで大袈裟だぜ旦那よ。…にしても、あんたどっかで見た事ある気がすんだよな。はて、どこだっけか。」
酔っ払いは男を見つめながら数秒考えに耽る。
少し乱れた茶髪、服の上からでも分かる程に引き締まっている身体。
それらを見るや否や、酔っ払いは目でも覚めたかのように驚く。
「も、もしやあんた…アルマとかいう名前じゃないか。」
「…ああ、そうだが。それがどうかしたか?」
酔っ払いは青ざめる。
「やべぇ、王族と関わり深いやつに酒ぶっかけちまった…。頼むよ、命だけは勘弁しとくれ。」
酔っ払いの迫真の謝罪を見て、アルマはクスッと吹き出してしまう。
「許す…ね。ダメに決まってるでしょ。」
絶望を感じたのか。膝から崩れ落ちる酔っ払い。
「おいおい、なんて表情してんだ。さあほら早く、酒を奢ってくれないとこの事はちゃらにしないぜ。」
隣の席をポンポンと叩き、そこへ座るようにジェスチャーで示す。酔っ払いは表情が硬いままに、困惑しながらも隣へと座る。
「許してくれるんですかい。」
「だから許さないって、酒を一杯奢ってくれるまではね。」
酔っ払いは胸を撫で下ろす。と、同時に何かを疑問に思ったようだ。それをそのまま口に出す。
「なあ、こんな安上がりな酒場にさ。なんであんたみたいな人が居るんだい。」
「今、ちょっと帰れなくてね。お金もそんなに持ってないから国外に逃げることも出来なくて。とりあえずここに避難してるんだよ。」
そう言い含み、アルマは酒を一口飲む。
「いや、少し違うな…。」
「何が違うんですかい。」
また一口、酒を飲むアルマ。
「…避難じゃないな。観念してここで追っ手を待ってるんだ。どうせ、この国の中じゃ、どこに居たって何れ捕まるからな。まあ、この酒は最後の晩餐ってやつだよ。」
固唾を呑みながら、酔っ払いは話を聞く。
「追われるって…、一体何をしでかしたんだ。」
「娘ナンパして、妻に怒られたんだ。」
「それはあんたが悪ぃよ。」
即答だった。
「おーい、憲兵呼んできてくれ。」
「ま、待ってくれ。帰ったら俺は…去勢されるんだ。」
大いに賑わっていた酒場だったが、アルマのその一言により、音も空気も何もかもが静寂へと遷移した。
「今、去勢と言いましたか?」
沈黙を破ったのは、弦楽器を巧みに弾いていた吟遊詩人だった。
気付けば、酒場内の男衆はアルマの方を向いていた。
「失礼、英雄と謳われる者でしたので、盗み聞きをしてしまいました。」
「英雄…?」
周りの反応に困惑するアルマ。
「自分の娘を口説くのは、はっきり言うけどあんたが悪いよ。だけどな、去勢されるっつーのは見過ごせねぇな。罪に対して罰の度が過ぎてる。」
「私共、元よりこの国の者達は皆、アルマ様に一度命を救われております。その恩人ともあろうお方が、男としての尊厳を切り落とされるなんて話、聞き捨てることなど出来ません。」
更に、アルマの困惑は加速した。
「お前ら…去勢に過剰反応し過ぎじゃ…。…まあ、気持ちだけでも助かるよ。」
「気持ちだけじゃないですよ。」
机に腰掛け、手と腰に小瓶を携えた少年がそう言った。薬師だろうか。
「去勢されるってことは、アレが要らないと思われてんだ。裏を返せば、アレが有用だと分からせればいい。」
「つまり…どうすれば?」
「アルマ様のアレで堕とせばいいって事ですよ。」
自信満々に薬師の少年はそう言うが、対するアルマはピンと来ていないようだ。
「そんな簡単に言われてもな…。あいつらが堕ちるとは…。」
「なにも、しらふで堕とせなんて言ってないですよ。」
そう言うと、少年は小瓶の一つをアルマに差し出す。
「媚薬ですよ。どんなマグロ女でも全身が性感帯になる。屈強な大男だって二秒でマゾ化雌堕ち待ったナシの代物ですよ。」
「それをくれるのか。」
アルマは小瓶に手を伸ばすが、少年はその手を払い除ける。
「無料じゃないですよ。」
「金か…でも持ち合わせが無くてな…。」
「ならサインを、服の上でいいですよ!」
そう言って、少年は万年筆をアルマに渡した。
「サイン…か。こんなのでいいか?」
「やった! 明日友達に自慢しよっと。」
先程とは打って変わって、少年は無邪気に走り去って行った。媚薬入りの小瓶を数本置いて。
「アルマ様、私共はアルマ様の味方です。かの少年のように物は授けられませんが、私とっておきの口説き文句なら授けられます。」
「なら、俺は娼婦相手に毎晩磨き上げたテクをあんたに教えてやるぜ。」
困惑するアルマを中心に、男達はそれぞれの知識を持ち寄り、集結させる。
そして、知識をアルマに授け、男達はアルマを激励しながら、酒場から送り出した。
終始困惑し続けたアルマだったが、雰囲気に飲まれて城へと歩み出す。ふと後ろを振り返り、酒場の奴らに目を向け、一言ぽつりと呟く。
「ありがたいけど…、あの深夜テンション…着いていけないな…。酒奢って貰えてないし…。」
そう言った後、アルマは覚悟を決め、改めて城へと歩み出した。
酔いに足を取られ、転んだ拍子に近くの男に酒をぶっかけた。
「わ、わりぃ。飲みかけの酒を頭からぶっかけちまってよ。」
酒を被った茶髪の男は、怒るでもなくただ項垂れる。
「アハハ…。終わったな…。」
「悪かったって。酒を一杯奢るから、それでちゃらにしてくれよ。」
そんな謝罪を無視し、茶髪の男は尚も項垂れ続ける。
「もう、俺は終わりなんだよ…。」
「酒被ったくらいで大袈裟だぜ旦那よ。…にしても、あんたどっかで見た事ある気がすんだよな。はて、どこだっけか。」
酔っ払いは男を見つめながら数秒考えに耽る。
少し乱れた茶髪、服の上からでも分かる程に引き締まっている身体。
それらを見るや否や、酔っ払いは目でも覚めたかのように驚く。
「も、もしやあんた…アルマとかいう名前じゃないか。」
「…ああ、そうだが。それがどうかしたか?」
酔っ払いは青ざめる。
「やべぇ、王族と関わり深いやつに酒ぶっかけちまった…。頼むよ、命だけは勘弁しとくれ。」
酔っ払いの迫真の謝罪を見て、アルマはクスッと吹き出してしまう。
「許す…ね。ダメに決まってるでしょ。」
絶望を感じたのか。膝から崩れ落ちる酔っ払い。
「おいおい、なんて表情してんだ。さあほら早く、酒を奢ってくれないとこの事はちゃらにしないぜ。」
隣の席をポンポンと叩き、そこへ座るようにジェスチャーで示す。酔っ払いは表情が硬いままに、困惑しながらも隣へと座る。
「許してくれるんですかい。」
「だから許さないって、酒を一杯奢ってくれるまではね。」
酔っ払いは胸を撫で下ろす。と、同時に何かを疑問に思ったようだ。それをそのまま口に出す。
「なあ、こんな安上がりな酒場にさ。なんであんたみたいな人が居るんだい。」
「今、ちょっと帰れなくてね。お金もそんなに持ってないから国外に逃げることも出来なくて。とりあえずここに避難してるんだよ。」
そう言い含み、アルマは酒を一口飲む。
「いや、少し違うな…。」
「何が違うんですかい。」
また一口、酒を飲むアルマ。
「…避難じゃないな。観念してここで追っ手を待ってるんだ。どうせ、この国の中じゃ、どこに居たって何れ捕まるからな。まあ、この酒は最後の晩餐ってやつだよ。」
固唾を呑みながら、酔っ払いは話を聞く。
「追われるって…、一体何をしでかしたんだ。」
「娘ナンパして、妻に怒られたんだ。」
「それはあんたが悪ぃよ。」
即答だった。
「おーい、憲兵呼んできてくれ。」
「ま、待ってくれ。帰ったら俺は…去勢されるんだ。」
大いに賑わっていた酒場だったが、アルマのその一言により、音も空気も何もかもが静寂へと遷移した。
「今、去勢と言いましたか?」
沈黙を破ったのは、弦楽器を巧みに弾いていた吟遊詩人だった。
気付けば、酒場内の男衆はアルマの方を向いていた。
「失礼、英雄と謳われる者でしたので、盗み聞きをしてしまいました。」
「英雄…?」
周りの反応に困惑するアルマ。
「自分の娘を口説くのは、はっきり言うけどあんたが悪いよ。だけどな、去勢されるっつーのは見過ごせねぇな。罪に対して罰の度が過ぎてる。」
「私共、元よりこの国の者達は皆、アルマ様に一度命を救われております。その恩人ともあろうお方が、男としての尊厳を切り落とされるなんて話、聞き捨てることなど出来ません。」
更に、アルマの困惑は加速した。
「お前ら…去勢に過剰反応し過ぎじゃ…。…まあ、気持ちだけでも助かるよ。」
「気持ちだけじゃないですよ。」
机に腰掛け、手と腰に小瓶を携えた少年がそう言った。薬師だろうか。
「去勢されるってことは、アレが要らないと思われてんだ。裏を返せば、アレが有用だと分からせればいい。」
「つまり…どうすれば?」
「アルマ様のアレで堕とせばいいって事ですよ。」
自信満々に薬師の少年はそう言うが、対するアルマはピンと来ていないようだ。
「そんな簡単に言われてもな…。あいつらが堕ちるとは…。」
「なにも、しらふで堕とせなんて言ってないですよ。」
そう言うと、少年は小瓶の一つをアルマに差し出す。
「媚薬ですよ。どんなマグロ女でも全身が性感帯になる。屈強な大男だって二秒でマゾ化雌堕ち待ったナシの代物ですよ。」
「それをくれるのか。」
アルマは小瓶に手を伸ばすが、少年はその手を払い除ける。
「無料じゃないですよ。」
「金か…でも持ち合わせが無くてな…。」
「ならサインを、服の上でいいですよ!」
そう言って、少年は万年筆をアルマに渡した。
「サイン…か。こんなのでいいか?」
「やった! 明日友達に自慢しよっと。」
先程とは打って変わって、少年は無邪気に走り去って行った。媚薬入りの小瓶を数本置いて。
「アルマ様、私共はアルマ様の味方です。かの少年のように物は授けられませんが、私とっておきの口説き文句なら授けられます。」
「なら、俺は娼婦相手に毎晩磨き上げたテクをあんたに教えてやるぜ。」
困惑するアルマを中心に、男達はそれぞれの知識を持ち寄り、集結させる。
そして、知識をアルマに授け、男達はアルマを激励しながら、酒場から送り出した。
終始困惑し続けたアルマだったが、雰囲気に飲まれて城へと歩み出す。ふと後ろを振り返り、酒場の奴らに目を向け、一言ぽつりと呟く。
「ありがたいけど…、あの深夜テンション…着いていけないな…。酒奢って貰えてないし…。」
そう言った後、アルマは覚悟を決め、改めて城へと歩み出した。
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