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千獣の魔王 編
039. 国王ベルタリオ
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狐獣人の双子に連れられてユーゴが訪れたのは、王府官邸と呼ばれる赤レンガ造りの建物だった。
正面玄関を入ると、スーツ姿の職員が忙しそうに行き交っていた。
ユーゴはロビーをさっと観察した。受付カウンターには多数の職員がおり、住民の用件に対応している。中央には革張りのソファーがいくつか設えられ、壁にはなんと十二進法の時計まであった。
おまけに申し訳程度の観葉植物まで。
ぱっと見、まるで日本の役所である。
「「こちらです」」
リンリンとリコリコに促され、最上階の最奥の部屋の前に立った。
双子が同時に部屋をノックする。
「入れ」
中から返事を受け、ドアが開けられる。部屋の中には、マホガニーのような重厚感のある木製のデスク。その両隣にはパンツスーツ姿の男女が直立している。
そしてデスクにかけているのは、この部屋の主であろう銀髪金瞳の男。
「ようこそ。私がこの国を治めている、ベルタリオ・モンステリオだ。お主がユーゴだな。我が妻チアキから話は聞いている」
なるほど、あの妖艶な美女は王妃だったのか。どおりで住民全員が知っているはずだ。ユーゴは納得した。
「初めまして、ユーゴ・タカトーだ。お招きどうも。ところで、俺はなぜここに呼ばれたんだ?」
「貴様……っ。無礼なっ!」
ユーゴの物言いに両隣に立っていた職員が気色ばみ、それぞれの獲物を抜く。
この役所は帯剣が許可されているらしい。
「おい、やめぬか。良い。呼びつけたのはこっちだし、そもそも彼は私の臣下ではない」
ユーゴのぞんざいな態度を不敬と感じて、逆上した側近。やれやれといった感じで、ベルタリオは彼らを制止した。
「ゆうご、たかとう……。なるほど。やはりのう。お前たち、悪いがこの者と2人で話がしたい」
「しかし……」
女の側近が躊躇する。主の警護者としては当然の反応だ。
「案ずるな。私をどうこうできる者など、滅多におらぬのはわかっているだろう。下がってくれ。大切な話だ」
主の言葉に側近二名と双子はお互いの顔を見合わせ、「わ、わかりました…」と戸惑いながらも退室した。
扉が閉まると同時に、ベルタリオはパチンと指を鳴らした。
「気にしないでくれ。盗聴防止の術を使っただけだ」
ニヤリと口角を上げるベルタリオ。立ち上がって、応接ソファーを手で示す。
「さぁかけてくれ。飲み物はコーヒーでいいか?」
「! あぁ…。ブラックで大丈夫だ」
「…わかった。ブラックだな」
時間をかけずに、湯気をくゆらす2杯のカップを応接テーブルに置いてベルタリオも腰掛けた。
「わざわざ呼びつけて申し訳ないな。いやな、チアキから変わった男がいると聞いてな。話をしたくなったのだ」
「そうか。しかし、大した話はできないぞ。国王がわざわざ時間を割くほどのな」
「いや、私はそれだけの価値はあると思っているぞ。例えばそうだな、お主、ベルーナ遺跡にいたが、冒険者らしいな?」
「一昨日からな」
「ならば、それまでどこで何をしておったのだ?」
ユーゴは少し考え、最近まで聖都ミロンドにいたことを伝えた。聖女や他の名前は伏せたまま。
「なるほど、護衛として巡礼者について行ったと。お主は腕は立つのか?」
「どうかな。普通よりマシなくらいだ。それより、このコーヒーは、どこの国でも飲めるのか?」
「いや。このベルトガルドだけだな。少なくともこの大陸では、焙煎した豆から抽出した汁を飲む習慣は無い。私の故郷というか、まぁそのようなところでは一般的なのだが」
ベルタリオはそう言って、カップに口をつけた。
「ところでユーゴ。その服はとても珍しいものだな。しかし私もそれと同じような服を見かけたことがある。私の記憶では、ライダースジャケットと言うのではなかったか?」
来た。
ユーゴはとうとう核心をつくことにした。
「ああ、日本という国で買ったんだ」
ニヤリと不敵な笑みを、ユーゴは浮かべた。
「やはりお主は、日本人か!!」
まるで少年のような笑顔を、ベルタリオは見せた。
「やっぱりあんたもか。日本人か?」
「そうだ。正確には日本育ちのブラジル人だがな」
「ふーん。ところで失礼な質問になるかもしれんが、良いか?」
「構わん。申してみよ」
「この街には獣人が多いようだが、もしかしてあんたもそうなのか?」
この質問に、ベルタリオは、
ばっ。
背中に蝙蝠のような翼を広げることで肯定した。さらに、いつの間にかベルタリオの頭には、山羊のような角が生えている。
「見ての通りだ」
「なるほどな。人外への転生は初めて見るパターンだな」
「お主のほうは生まれ変わったのではないのか?」
「いや、俺は……説明が難しいが、生まれ変わりではないな。日本での姿のままだ」
「ほう。私もそのパターンは初めてだ。この世界の人間に生まれ変わった者なら、昔は何人か見たがのう。いまは全員死んだが」
「そうか。ところで用ってのは、その確認か?」
「うむ。ここ数十年、この国では見らんから懐かしくなってのう。この事は誰にも喋っておらんのだ」
「奥さんにもか?」
「…あぁ。チアキはまた別でな」
「…? まぁいいや。あんたが転生者なら、俺の方にもあんたに用件ができた」
「聞こうか」
ユーゴは自分が女神のエージェントとして動いていること、被転送者たちを探していることを打ち上げた。
聞き終わったベルタリオは腕組みをして、しばし黙考した
「うーむ。協力してやりたいのは山々だが、私もそう暇ばかりではないしのう。それに、自分で言うのもなんだが、私は強い。たとえ神でも引けを取らんと思うぞ」
「そこなんだよ。女神も言っていたが、単純に強い弱いの話じゃないらしいんだよな」
「絡め手でくると言うことか。そのために多種多様な人材を集め、それぞれで補おうということだな」
「そういうことだ」
ベルタリオはまた少し考え込み、やがて告げる。
「話はわかった。だが、少し考えさせてくれ」
「わかった。良いぜ。」
「ではまた明日、使いを出そう。今日の宿にまた泊まるが良い。私が費用を持とう」
「そうか、悪いな」
そろそろ次の予定があると言うベルタリオ。ユーゴは執務室を辞去した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
街を散策しながら宿へ戻るユーゴ。
今日は祭りなのか町中が飾り付けられ、そこかしこに露天が出ている。
こういう雰囲気も久しぶりだなと思い、ユーゴは街ゆく人々を眺める。
仲睦まじく露天を冷やかす恋人たちもいれば、走り回る子供たちもいる。
ベンチに腰掛け、串焼きを食べている家族連れ、浴衣姿で両手いっぱいに買い込んだお菓子を幸せそうにほおばるギャルや、大声で呼び込みを続ける露天商。
曲芸を披露し、喝采を浴びる大道芸人や、トラブルがないか巡回している警備員たち。
亜人も人間も分け隔てなく、笑顔を向き合っている。豊かで活気がある街だ。為政者が良いということがわかる。
それはともかく。
「……おい」
「ふぇ?」
ユーゴはとうとう我慢できずに、イカ焼きをほおばっている顔見知りのギャルに声をかけた。
ギャルというか、女神ユーラウリアだった。
──────to be continued
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正面玄関を入ると、スーツ姿の職員が忙しそうに行き交っていた。
ユーゴはロビーをさっと観察した。受付カウンターには多数の職員がおり、住民の用件に対応している。中央には革張りのソファーがいくつか設えられ、壁にはなんと十二進法の時計まであった。
おまけに申し訳程度の観葉植物まで。
ぱっと見、まるで日本の役所である。
「「こちらです」」
リンリンとリコリコに促され、最上階の最奥の部屋の前に立った。
双子が同時に部屋をノックする。
「入れ」
中から返事を受け、ドアが開けられる。部屋の中には、マホガニーのような重厚感のある木製のデスク。その両隣にはパンツスーツ姿の男女が直立している。
そしてデスクにかけているのは、この部屋の主であろう銀髪金瞳の男。
「ようこそ。私がこの国を治めている、ベルタリオ・モンステリオだ。お主がユーゴだな。我が妻チアキから話は聞いている」
なるほど、あの妖艶な美女は王妃だったのか。どおりで住民全員が知っているはずだ。ユーゴは納得した。
「初めまして、ユーゴ・タカトーだ。お招きどうも。ところで、俺はなぜここに呼ばれたんだ?」
「貴様……っ。無礼なっ!」
ユーゴの物言いに両隣に立っていた職員が気色ばみ、それぞれの獲物を抜く。
この役所は帯剣が許可されているらしい。
「おい、やめぬか。良い。呼びつけたのはこっちだし、そもそも彼は私の臣下ではない」
ユーゴのぞんざいな態度を不敬と感じて、逆上した側近。やれやれといった感じで、ベルタリオは彼らを制止した。
「ゆうご、たかとう……。なるほど。やはりのう。お前たち、悪いがこの者と2人で話がしたい」
「しかし……」
女の側近が躊躇する。主の警護者としては当然の反応だ。
「案ずるな。私をどうこうできる者など、滅多におらぬのはわかっているだろう。下がってくれ。大切な話だ」
主の言葉に側近二名と双子はお互いの顔を見合わせ、「わ、わかりました…」と戸惑いながらも退室した。
扉が閉まると同時に、ベルタリオはパチンと指を鳴らした。
「気にしないでくれ。盗聴防止の術を使っただけだ」
ニヤリと口角を上げるベルタリオ。立ち上がって、応接ソファーを手で示す。
「さぁかけてくれ。飲み物はコーヒーでいいか?」
「! あぁ…。ブラックで大丈夫だ」
「…わかった。ブラックだな」
時間をかけずに、湯気をくゆらす2杯のカップを応接テーブルに置いてベルタリオも腰掛けた。
「わざわざ呼びつけて申し訳ないな。いやな、チアキから変わった男がいると聞いてな。話をしたくなったのだ」
「そうか。しかし、大した話はできないぞ。国王がわざわざ時間を割くほどのな」
「いや、私はそれだけの価値はあると思っているぞ。例えばそうだな、お主、ベルーナ遺跡にいたが、冒険者らしいな?」
「一昨日からな」
「ならば、それまでどこで何をしておったのだ?」
ユーゴは少し考え、最近まで聖都ミロンドにいたことを伝えた。聖女や他の名前は伏せたまま。
「なるほど、護衛として巡礼者について行ったと。お主は腕は立つのか?」
「どうかな。普通よりマシなくらいだ。それより、このコーヒーは、どこの国でも飲めるのか?」
「いや。このベルトガルドだけだな。少なくともこの大陸では、焙煎した豆から抽出した汁を飲む習慣は無い。私の故郷というか、まぁそのようなところでは一般的なのだが」
ベルタリオはそう言って、カップに口をつけた。
「ところでユーゴ。その服はとても珍しいものだな。しかし私もそれと同じような服を見かけたことがある。私の記憶では、ライダースジャケットと言うのではなかったか?」
来た。
ユーゴはとうとう核心をつくことにした。
「ああ、日本という国で買ったんだ」
ニヤリと不敵な笑みを、ユーゴは浮かべた。
「やはりお主は、日本人か!!」
まるで少年のような笑顔を、ベルタリオは見せた。
「やっぱりあんたもか。日本人か?」
「そうだ。正確には日本育ちのブラジル人だがな」
「ふーん。ところで失礼な質問になるかもしれんが、良いか?」
「構わん。申してみよ」
「この街には獣人が多いようだが、もしかしてあんたもそうなのか?」
この質問に、ベルタリオは、
ばっ。
背中に蝙蝠のような翼を広げることで肯定した。さらに、いつの間にかベルタリオの頭には、山羊のような角が生えている。
「見ての通りだ」
「なるほどな。人外への転生は初めて見るパターンだな」
「お主のほうは生まれ変わったのではないのか?」
「いや、俺は……説明が難しいが、生まれ変わりではないな。日本での姿のままだ」
「ほう。私もそのパターンは初めてだ。この世界の人間に生まれ変わった者なら、昔は何人か見たがのう。いまは全員死んだが」
「そうか。ところで用ってのは、その確認か?」
「うむ。ここ数十年、この国では見らんから懐かしくなってのう。この事は誰にも喋っておらんのだ」
「奥さんにもか?」
「…あぁ。チアキはまた別でな」
「…? まぁいいや。あんたが転生者なら、俺の方にもあんたに用件ができた」
「聞こうか」
ユーゴは自分が女神のエージェントとして動いていること、被転送者たちを探していることを打ち上げた。
聞き終わったベルタリオは腕組みをして、しばし黙考した
「うーむ。協力してやりたいのは山々だが、私もそう暇ばかりではないしのう。それに、自分で言うのもなんだが、私は強い。たとえ神でも引けを取らんと思うぞ」
「そこなんだよ。女神も言っていたが、単純に強い弱いの話じゃないらしいんだよな」
「絡め手でくると言うことか。そのために多種多様な人材を集め、それぞれで補おうということだな」
「そういうことだ」
ベルタリオはまた少し考え込み、やがて告げる。
「話はわかった。だが、少し考えさせてくれ」
「わかった。良いぜ。」
「ではまた明日、使いを出そう。今日の宿にまた泊まるが良い。私が費用を持とう」
「そうか、悪いな」
そろそろ次の予定があると言うベルタリオ。ユーゴは執務室を辞去した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
街を散策しながら宿へ戻るユーゴ。
今日は祭りなのか町中が飾り付けられ、そこかしこに露天が出ている。
こういう雰囲気も久しぶりだなと思い、ユーゴは街ゆく人々を眺める。
仲睦まじく露天を冷やかす恋人たちもいれば、走り回る子供たちもいる。
ベンチに腰掛け、串焼きを食べている家族連れ、浴衣姿で両手いっぱいに買い込んだお菓子を幸せそうにほおばるギャルや、大声で呼び込みを続ける露天商。
曲芸を披露し、喝采を浴びる大道芸人や、トラブルがないか巡回している警備員たち。
亜人も人間も分け隔てなく、笑顔を向き合っている。豊かで活気がある街だ。為政者が良いということがわかる。
それはともかく。
「……おい」
「ふぇ?」
ユーゴはとうとう我慢できずに、イカ焼きをほおばっている顔見知りのギャルに声をかけた。
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