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1巻
1-1
第0話 ゲーム中に死にました
目を覚ますと、二十代後半の綺麗なお姉さんが、空中に浮かぶモニターのような画面に向かって何か作業しているのが見える。
なぜ自分がこの場所にいるのか、この場所がどこなのか、何も分からない。
状況を理解しようと考えていると、お姉さんが話しかけてきた。
「覚醒したようね。状況を簡単に説明するから、黙って聞いてくれるかな?」
よく分からないので、とりあえず頷いて了承する。
「あなたはあまり寝ないでゲームをして、過労によって心肺が停止して死にました」
死んだと言われても、なぜか納得してしまう。今いるこの場所や空中に浮かぶモニター画面などが、自分の常識の範疇に収まっていないからだ。
記憶が残っているのは、数週間にわたり寝る間を惜しんでゲームしていたが、途中で胸が締め付けられるように痛くなり、目の前が真っ暗になったところまで。
「え~と、あまり驚いたり嘆いたりしないのね?」
自分でも不思議に思い、自分の人生を思い返してみる。
ともかく平凡な学生生活を過ごした。
いじめの標的にされたことが何度もあったが、我慢さえすればあとは時間(卒業)が解決してくれた。
社会人となってからは上司からパワハラの標的にされた。さすがにこれは時間では解決できず、退職するしか解決策がなかった。
転職しても同じことの繰り返し。二度転職したが結果は同じだった。
転職が多くなると再就職することが難しくなり、二十代後半にはフリーターになった。
だが、バイト先でも経営者や先輩からパワハラを受け、次々とバイト先を変えることになってしまった。
何度もバイトを辞めていると、バイトすらなかなか見つけることができなくなった。
現実逃避するように数週間ゲームをして死んだのは、三十三歳の誕生日の翌日だった。
「……正直、あまり未練もありませんしね」
「あらそう、なら説明を続けるわ。普通は、命の核というか、あなたのいた世界で言う魂は、ここを通って新しい生命に生まれ変わるのよ。同じ世界に生まれ変わることはなく、種族が変わることが多いわ。動物や虫、それこそ、あなたがいた世界には存在しない生命体になることも多いのよ、記憶と知識を失ってね」
「……普通は?」
「そう、普通はそんなふうにして、生まれ変わる先を自動で割り振られるのよ。ただ、あなたの場合はそうではなく、別世界にこれまでの記憶と知識を持った状態で転生してほしいのよ」
それは、ラノベによくある異世界転生というやつだろうか?
女性は更に続ける。
「ある世界で問題が起きていてね。転換点として、別の世界の知識を持つ生物である、あなたを転生させたいという要求が来ているのよ。その世界の管理者である神からね」
「……なぜ、俺が?」
「え~。なぜあなたが選ばれたのかは、私も分からないわ。私は選ばれた相手を案内するだけの担当だから。それよりもあなた、口数が少ないわね。本当に状況を理解してる?」
口数が少ないのは……あんたが驚くほど美人で緊張しているから、とは言えない。
それに、状況はある程度理解したが、簡単に呑み込める内容じゃないだろ!
そう心の中でツッコミつつも、俺は言葉少なに告げる。
「……ある程度は理解できていると思う。転生先はどんな世界?」
「本当に理解してる? まあいいか! 転生先ね……」
女性はそう言うと、先ほどのモニターに向かって手を動かして操作した。
「あ~、ステータスが存在して、スキルや魔法が使えるみたい。経験値を貯めるとレベルアップして、ステータスが上がるようね。スキルにも熟練度という経験値みたいなのがあって、レベルが上がるみたいよ。文明レベルは、あなたがいた世界よりだいぶ遅れてそうね。あなたがやっていたゲームみたいな世界だから、それであなたが選ばれたのかな?」
そんな理由で選ばれるのであれば、日本なら大量の候補者が選ばれそうだ。
それはさておき、スキルや魔法と聞いて、俄然興味が湧いてきた。
しかし、三十三歳の引き篭もりメタボおやじが、いきなり異世界に放り出されて生きていけるとは思えない。
「……転生したとしてサポートや特典は?」
俺がそう問うと、女性はうんざりした表情になる。
「あなたもチートが欲しいわけ!? 多少のサポートや特典はあるけど、チートはないわよ。最近はみんなチートチートと煩いのが多いわね!」
何のサポートもなしで異世界に放り出すのか!
それに、別にチートをくれとは言ってないだろ!
さすがに文句は口に出さなかったが、俺の表情に不満な気持ちが出ていたのか、女性は少し焦って目をそらした。
そして、再びモニターを操作し出す。
「あら、思ったよりサポートは充実しているみたいよ。チートはないけどね。まず一つ目の特典は成人年齢に若返るようね。この世界の成人は……十四歳ね」
確かに若返れるのは特典だと思うが、それだけで生きていけるのか?
「それに、研修が充実しているようねぇ。というのも、転生者がいきなり別世界に放り出されて死んじゃうことが多かったから、転生前に現地の環境に馴染ませるべく、施設で研修できるようになっているのよ。なお、研修システムは転生先の管理者、つまり神が設計しているから、詳細はここでは説明できないわ。しいて言うなら、研修施設内では比較的簡単にスキルが獲得できるようね。そして研修期間は三ヶ月、もしくは種族レベルが10になるまでみたい。こんなに優遇された研修システムは少ないわよ」
……研修?
要するに、ゲーム初心者向けに用意されているチュートリアルみたいなものなのだろうか?
確かに、いきなり異世界に放り出されるよりは安心だが、期間は三ヶ月。たった三ヶ月でどれだけのスキルが獲得できるのか……?
「それに、事前に能力やスキルの、せっ……設定もできるみたいね。この世界の管理者は相当親切みたいよ」
何かのトラブルだろうか、説明中にモニターが黄色に点滅して、女性が操作してそれを消したのが気になった。
能力やスキルを設定できるというのは非常に興味が引かれる。
この場で指定できるのだろうか。
「今ここで設定できるのは、ステータスの数値を自由に変更できるというわけではなく、素質というか、適性を調整できる程度みたいね。例えば、素質を二段階上げると、すべての成長にプラス補正が付くような感じで。まあ、実際にどれだけ効果があるか分からないけどね。……スキルの方も同様で素質を調整すれば、魔法特化、武術特化、生産特化などにもなれるみたい。ただ、プラス補正1に対してマイナス補正2が必要になるし。……プラス補正のみすると、スキルの取得はできなくなるかも……」
説明中にも、モニターに黄色い点滅が発生しているらしい。
女性が説明してくれた内容はよく分からない部分も多かったが、スキルのプラス補正というのは気になるな。ただしそれを付けると、相応のマイナス補正も付いてきてしまうようだが。
いやその前に、そもそもどういうスキルが取得できるのか聞いておかねば。
「鑑定やアイテムボックスのようなスキルはありますか? あるなら研修で取得することは可能ですか?」
「……やっぱり、みんな同じようなスキルを欲しがるのね。え~と、この世界にも鑑定とアイテムボックスのスキルはあるみたいね。ただし残念ながら、研修でそれらのスキルは取得はできないみたいよ。生まれつき取得しているのが一般的みたい。鑑定とアイテムボックスを取得する? ……ただ、この二つのスキルを取得すると、他は取得できなくなるわよ?」
異世界に来て予備知識のない状態なのだから鑑定は必要だろう。アイテムボックスがあれば生活は何とかなると思う。
身を守るスキルがないのは不安だが……。
「じゃあその二つで決まりね。それで、素質はどうする? そろそろ研修に向かう時間が迫っているのよ! ……物理か魔法、生産のどれかを決めてくれたら、適当に調整しておくけど」
先ほどから、モニターが黄色い点滅をしていたのは、残り時間の警告ということか?
それなら先に言ってくれ!
新たな人生をそんな短時間で決められるもんか! ここで物理か、魔法か、生産のどれかに簡単に決めることはできない!
俺は女性に尋ねる。
「素質を設定しなければ、プラス補正もマイナス補正もないと考えて大丈夫?」
「そうよ……、何も設定しなければ得意な分野はないけど、……不得意な分野もないわ。本当に時間がないのよ! 設定なしで良いわね!」
良くはないけど仕方ないだろ!
死ぬまでの人生も理不尽なことが多かったが、死んでも理不尽な目に遭うのか!
「ああ、それで良いよ!」
やけくそ気味に承諾する。
そして女性がモニターを操作しているのが見えたのを最後に、意識がなくなった。
◆ ◆ ◆ ◆
候補者を研修施設に転送した女性は、モニターに向かって転送後の処理を始める。
すると目の前の空間が歪んで、一人の男性がその歪みから現れた。
「おい! 上司が何度も連絡しているのに、なぜ無視するのだ!」
女性は作業の手を止めて反論する。
「転生候補者に説明をしていました。規則では転生候補者への説明が最優先だったはずです。意味もなく無視するはずがありません!」
「そ、それは、すまなかった」
上司だという男が申し訳なさそうに謝罪する。
「冗談ではありません! あれだけ何度も連絡を無視すれば、何かしら理由があるのは推測できるはずです。それなのにしつこく連絡してくるので、まともな説明ができませんでした。この件で問題になれば、そちらで責任を取ってもらいたいです!」
「そ、それはまずいな」
「転送後の処理も終わってません。先にそれをさせてください」
「わ、分かった。だが急いでくれ!」
女性が作業を始めると、上司が話し始める。
「だがな、お前が最近担当した転生者の八人が、研修後に転生して十日以内に亡くなっているんだ」
「えっ、本当に?」
女性は思わず作業の手を止めて聞き返す。
「本当だ! それで上からすぐに案内人を連れてくるように指示があったのだ」
女性は顔を真っ青にして上司に尋ねる。
「う、上というと……?」
「一番上だ! 転生先の管理者から苦情が殺到している。とりあえず早く後処理を終わらせろ!」
「は、はい……」
女性は震える手で後処理を再開するが、明らかに動揺していた。
後処理として、候補者への「研修の終了条件」の通知設定はすでに済ませてある。
これで「三ヶ月経過するか、レベル10になる」と、候補者に通知が行くのだ
その通知を候補者が確認すると、本当に転生して大丈夫かどうかをこちらで最終チェックすることになる。そして問題がなければ「翌日の朝九時」に転生処理がされることを転生者に知らせて、予告通りに自動処理される。なお、候補者に問題がある場合は、上司と相談して対応を検討することになる。
あと女性がすべきことは、研修施設の「時間加速」設定だけである。
こうした研修ごとに本当に三ヶ月もかけるのは大変なため、多くの場合「ここで一時間経過すると、研修施設では一ヶ月経過する」ように設定するのだ。
女性はいつも通りの設定をする。
「あ、後処理が終わりました」
「そうか、ではすぐに向かうぞ!」
「はい」
女性の顔はすでに真っ青から真っ白となっていた。彼女は返事をすると、上司と共に姿を消した。
残されたモニター画面には、設定内容が表示されていた。
そこには、「ここで一時間経過すると、研修施設で一年間経過する」設定になっていた……。
第1話 研修システム
目を開けると、そこには空中に浮かぶ半透明の大きな画面があった。
『ようこそ、転生者のための研修施設へ!』
そう表示されている。
思わず「ふざけているのか!」とツッコミたくなる。
先ほどまで対応してくれた女性は、事務的でありながら愚痴が多いし、転生という大切な説明や案内を適当にこなしている感じがあった。
憤りも感じているし納得もできないが、転生が本当に現実の話であれば、時間は貴重だと自分に言い聞かせる。
研修施設か。いきなり異世界に放り出されるよりは安心だが、たった三ヶ月だったはず。その短い期間で、どれほどのことができるのだろう。
再び画面を見ていると――。
『名前を決めてください』
ゲームの初期設定みたいに表示された。
ゲームのような始まり方をするなら、死ぬ寸前までやり込んでいたゲームで設定していた名前の 「テンマ」にしようと考える。
すると……。
『名前を「テンマ」で設定します。
初期設定を開始します。
基本情報を設定します。
【基本情報】
名 前 :テンマ
種 族 :人族
性 別 :男
年 齢 :14歳
ステータスを設定します。
【ステータス】
(種族)レベル :1
H P :50
M P :50
体 力 :50
知 力 :50
筋 力 :50
素早さ :50
器 用 :50
運 :50
称 号 :
スキルを設定します。
【スキル】
言語理解lv2
生活魔術
【ボーナススキル】
鑑定
アイテムボックス
初期設定が終了しました。
画面の左上にある「研修システム」をご確認ください』
本当にゲームみたいだ! ツッコミどころはたくさんあるが、ツッコんでも仕方ないので次に進む。
指示通り、左上の『研修システム』に意識を向ける。
すると、研修についての説明が大量に表示された。効率よく研修を進めるためにも、じっくりと内容を確認する。
どうやら研修を謳っていても教えてくれる人はおらず、一人で試行錯誤して色々やらなくてはいけないらしい。
なお、研修施設は直径百キロある円形の島となっており、画面左の『地図』を開くと地図が表示されるようだ。
地図の上が北とすると、北側の丘に拠点があり、拠点を中心とした半径一キロが「セーフエリア」となっている。
セーフエリアを出て、すぐ西にはダンジョンがあった。
ざっと見たところ、山や森、川なども普通にあった。仮にそれらを燃やしたり破壊したりしても、毎日零時に復元されるらしい。
そして今いる場所が、研修の拠点となる建物だったようだ。寝室にリビング、風呂やキッチンなどの生活空間、錬金や鍛冶などの各種工房、室内訓練場、図書室などもあり、非常に充実した環境になっている。
拠点の詳細や利用方法は、画面の『施設』から確認できるようだ。
食事については、一日三千円が支給され、画面の『食事』から購入できる。なぜか、日本の有名ファストフード店や牛丼店、定食屋、コンビニなどの食べ物が揃っていた。
試しにシェイクを購入して目の前に出し、フライドポテトも購入してみた。さっそくアイテムボックスに直接収納したが、問題なくできた。
購入したシェイクとフライドポテトを食べながら、更に内容を確認していく。
種族レベルというのは、どうやら全ステータスに関わる自分自身のレベルのようなのだが、それを上げるには、経験値を獲得する必要があるとのこと。
しかし、研修中はダンジョンで魔物を倒すことでしか経験値を獲得できないらしい。つまり、ダンジョン以外で魔物を倒しても意味がないようだ。
詳しい説明がないからわからないが、種族レベルを上げる以外にも、HP、MP、体力などの各能力値を上げることはできるのだろうか。そういう設定のゲームはあったりするが。
またスキルにもレベルがあり、「lv」で表示されている。熟練度によって上げられるらしく、これは種族レベルと違ってダンジョン以外でも普通に獲得できるみたいだ。
続いて死亡について。
研修中は本当に死亡することはないが、「死亡判定」というのがあり、そうなると強制的に拠点に戻されてしまう。それだけでなく、それまでに獲得した経験値と熟練度が半分になるというかなり厳しい仕様のようだ。
スキルの素質は、アルファベットで表示されている。
素質として、SSS、SS、S、A、Bがあれば、相応のプラス補正がかかっており、スキルが得やすくなっている。言うまでもなくSSSが最大プラス補正。Cが補正なし。D、E、F、G、Hはマイナス補正で、Hが最大マイナス補正となる。
ちょっと複雑なのだが、研修中だけの特典として、スキル素質は次のように優遇されることになるようだ。
「スキルがない状態からスキル取得まで」には三段階のプラス補正、「スキルレベルがlv1取得まで」に二段階のプラス補正、「スキルレベルがlv2取得まで」に一段階のプラス補正がかかる。
つまり自分は、スキル素質はすべて補正なしのCになっているので、スキル取得までは素質S、lv1までが素質A、lv2までが素質Bになるとのこと。
続いて研修中の特典について。
生活魔術をlv4まで上げられ、自分のステータスを確認できるステータス魔法が使えるとのこと。それに加えて鑑定のスキルもlv5まで上げられるらしいが……このあたりの検証は後回しにしよう。
システムの『物資』には、食材、素材、武器、防具、アイテムなどが大量に入っている。
武器や防具は普通の物ばかり。食材は非常に豊富だが、調理の必要な物が多い。素材には鉄などの金属だけではなく、魔鉄やミスリルといった異世界特有の物まである。アイテムには各種ポーションのほか、なんとエリクサーまであった。
エリクサーは一本しかないが、使用しても毎日零時にすべて元の数量まで復活するらしい。なぜか毒薬や麻痺薬などもあった。
使用しても毎日零時にすべて元通りになるというのは、研修システムに共通するルールのようなものなのかもしれない。
大体の内容は把握したので、施設の中を見て回ろうと考える。
◇ ◇ ◇ ◇
今まで座っていたのは、肘掛けのある社長椅子のような座り心地の良い椅子だった。
そして正面にあるのは、三十インチほどの大きさの、空中に浮かぶ半透明のモニター、そして執務机だ。
右を見ると四人掛けのダイニングテーブルセットがあり、その奥にはキッチンがある。左側には扉があるが、その確認は後にする。
背後は十二畳ほどのリビングのようになっており、三人掛けのソファ、一人掛けのソファなどがあった。大きなテーブルもあって、休憩するには良さそうだ。
とりあえず、キッチンを確認しに移動してきた。
キッチンの中には様々な設備があるようだが、明らかにおかしい。
調理台にはIHクッキングヒーターのような物がある一方で、その隣にはしっかりした薪を使う竈があり、更にその隣には貧相な竈がある。
IHクッキングヒーターに近づこうとすると、『使用する条件が満たされていません』と表示された。たぶん料理関係のスキルを取得するとか、ステータスを上げるとかしないと使用できないのだろう。
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