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2巻
2-3
◇ ◇ ◇ ◇
ミーシャが落ち着いたところで再び話を始める。
「話を戻そう。今後の予定を確認するね。まずミーシャには今日一日、D研で訓練をしてもらう。冒険者になるに当たって、ステータスを底上げするのは大事だからな。詳細な訓練内容は訓練をしながら説明する。D研の整備をしながらにはなるが、俺も手伝うつもりだ。そして明日には予定通りロンダの町に行って、二、三日町に泊まる。宿泊中に何をするかは、行ってから決めよう」
ミーシャは相変わらず表情をあまり変えないが、頷いて聞いている。
俺は念のため彼女に尋ねる。
「一緒に冒険者活動するにしても、ミーシャの今の実力だと心配だから訓練をすることを優先したいんだ。どうかな?」
「分かった!」
俺は頷いて、更に踏み込んだ話をする。
「そこでミーシャに聞きたいんだけど、ミーシャはどんな冒険者になりたいの?」
「強くて色々な所に旅ができる冒険者になりたい!」
ミーシャは即答した。
う~ん、ほぼ何も考えてなさそうな答えだ……。
俺は内心頭を抱えながらも、聞き方を変える。
「……それじゃあ、今からいくつかの例を出すから、一番近いのを選んでくれるかな?」
ミーシャが頷いたのを見て、俺は人差し指を立てる。
「まず一つ目は、ランガやグストくらいの実力の冒険者。これはそんなに無理せずとも、普通に訓練すればなれると思う」
まずは様子見で、一番低いハードルを提示する。
ランガは冒険者を諦めて開拓村の警護を行っていたくらいだし、グストはC級冒険者だ。
だからこれだと俺の計画よりかなり低い目標設定になってしまうんだよな……。
そう思っていると――。
「それは嫌!」
おお、速攻蹴ってくれた!
俺は内心ほっとしながら、人差し指に加えて中指を立てた。
「二つ目は、B級以上の冒険者。これは一ヶ月ぐらい訓練に集中して、それから冒険者活動をしながらレベルアップしていくパターンだ。頑張れば将来的にAランクになれるかもしれないな」
ドーピングをせずとも、基礎能力を上げてからレベルアップさせればそれなりのステータスにはなるだろう。
ミーシャも今度は話を聞いて考えている。
俺は更に薬指を立て、本命である三つ目の例を提示する。
「そして、最後にA級以上の冒険者になる道だ。これは相当厳しい訓練をしてもらうことになる。俺がいいと言うまで、レベルアップも冒険者活動もしばらくはしないで、ステータスを伸ばしていく。どれほど強くなれるかはミーシャ次第だ!」
できれば三つ目を選んでほしいな……。
そんな内心を押し隠しつつ、俺はミーシャに問いかける。
「さて、ミーシャはどれを選ぶ?」
ミーシャは真剣に考えているようだ。
少しして、彼女は口を開く。
「三番がいい……でも早めに冒険者活動しないとテンマに迷惑をかけることに……」
ちゃんと人のことも考えられるやん!
これは思ったより良い展開だ。だがもう少し確認する必要がある。
「迷惑とか気にしなくてもいいよ。ただ三番を選ぶと、途中でやめることはできないよ。もし途中でやめたいと言ったり、今朝のように気を抜いて寝坊したりしたら、冒険者は辞めて村に帰ってもらう。その覚悟はある?」
ミーシャ、ここで気概を見せてくれぇーーー!
ミーシャは少し考えてから、いつもの無表情とは違う真剣な表情で答えた。
「覚悟ある! 私、頑張る!」
よっしゃー! ケモミミ美少女育成計画を遂行できる!
一時はどうなるかと思ったが、俺にとって理想的な展開になったので大満足だ。
俺とは素質や適性が違うミーシャを鍛えたら、どのように成長するのか今から楽しみである。
ふふふっ、これで検証が進められるぞぉ~。
あとはミーシャが訓練についてこられるかだなぁ。
「それじゃあ、これからヨロシクな」
「ん、よろしく」
ミーシャの意思確認ができて安心した俺は、彼女とハイタッチをするのだった。
第5話 テンマ式研修の始まり
ミーシャの意思が確認できたところで、早速俺は研修の準備を始める。まずは――。
「じゃあ、その腕輪を返してくれるかな?」
「えっ!」
俺の言葉に驚いたミーシャは、反射的に腕輪をもう片方の手で隠そうとする。
「いや、隠さないで渡してくれる?」
そう言うとミーシャは泣きそうな顔になった。
「これはテンマから初めてもらった物!」
「え~と、貸しただけだよ?」
そう話すとミーシャは目に涙を溜めて、フルフルと顔を左右に振って、更に腕輪を遠ざけるように隠した。
まあ、そんなに気に入ったのなら仕方ないかぁ。でも念話が使えないと不便だよな……。
「新しいデザインの腕輪を作ったんだけど、そんなにそれが気に入ったのなら、付与効果を追加するから、貸してくれるか?」
ミーシャ用に作った腕輪を出しながら言うと、ミーシャは先ほどまで腕輪を隠していた手を打ってかわって差し出した。
「交換!」
そしてそそくさと腕輪を外すと、俺に渡す。
視線は俺の手元にある腕輪に釘付けだ。
「ん、交換?」
俺がもう一度聞くと、ミーシャは首をぶんぶんと縦に振った。
「それと交換で問題ない!」
もう突っ込むのにも疲れた。ミーシャの要望通り、古い腕輪を新しい腕輪と交換してやる。
「貸すだけだからな。訓練が辛くて村に帰ることになったら返してもらうからな!」
「村には帰らない。だから返さない!」
はあ~、もう好きにしてくれ!
「腕輪に魔力を流してくれ。そうすればミーシャと作製者以外の人はその腕輪を使えなくなる」
するとミーシャが魔力を流す。腕輪にデザインされた狐の目の部分がきらりと光った。
「それと中に新しい服や装備を入れておいたから着替えてくれ。下着と、訓練用の服があるはずだ。今着ている服はそのまま収納することもできるし――」
話している最中に突然ミーシャの洋服が消えた。話を聞きながら、とりあえず服を収納してしまったのだろう。ランニングシャツのような下着だけのあられもない姿になっている。
おおっ、胸の谷間が思ったよりある! ミーシャは着やせするタイプなのかぁ……。
一瞬の後、ミーシャも自分の洋服が消えていること、そして俺の視線が胸元に向いていることに気付いたのだろう、慌てて自分の体を腕で隠す。
「テンマのエッチ!」
ケモミミ美少女のエッチ頂きました~!
「話を最後まで聞かないからだぞ! リビングで着替えてこい!」
俺が目を逸らしながら言うとミーシャは胸元を押さえたまま、急いでリビングに走っていった。
神様、お約束のラッキースケベをありがとうございます!
遅まきながら、十五年の孤独な研修時代のご褒美をもらった俺だった。
◇ ◇ ◇ ◇
ミーシャはすぐに戻ってきた。目を輝かせて耳をピクピクと動かし、尻尾をぶんぶん振っている。
おおっ、想像以上に似合っている!
ミーシャは美少女だが、これまでの服装は少し野暮ったくて村娘感が強かった。それがケモミミ美少女キャラとして恥ずかしくない装いになったのだ。
モ、モフりたい!
そんな衝動を必死で我慢して、ミーシャのステータスを確認する。
名 前 :ミーシャ
種 族 :[C]獣人族(狐獣人)
レベル :15
性 別 :女
年 齢 :15歳
H P :[D]84/84
M P :[B]127/127
体 力 :[D]93/93
知 力 :[C]102
筋 力 :[D]107
素早さ :[B]141
器 用 :[C]118
運 :61
称 号 :
スキル :生活魔術lv3、採取[C]、剣術[D]、気配察知[C]
鑑定スキルはlv6になるとステータスごとの素質が、[C]のように表示されるようになる。
また、鑑定で見えるのは使用できるスキルだけではない。
現在習得していないスキルでも、意識すれば見られるのだ。
ミーシャが習得していない魔術系のスキル素質は、以下の通りだ。
火魔術[A] 闇魔術[B] 時魔術[C] 風魔術が[C] 水魔術[F]
それ以外はすべて[D]、である。
どうやらミーシャは後衛の魔術師タイプのようだが、育て方によっては斥候タイプに育成することもできそうだな。
俺の育て方次第だと考えると、今後が楽しみだ。
「早速訓練について話そうか」
俺が言うと、ミーシャは不機嫌な表情になるが、頷いてテーブルに座った。
服装を褒めてほしかったんだろうけど、俺がそんな気の利いたスキルを持ち合わせているわけがないだろうが!
俺は努めて冷静に続ける。
「まず訓練はミーシャが想像している以上に辛いと思ってくれ。疑問があれば聞いてくれて構わないが、基本的に俺の指示には従ってもらう!」
俺がそう言うと、ミーシャは不機嫌顔から真剣な顔つきになり、頷いた。
「それでは、まずはこの毒薬と麻痺薬を飲んでくれ」
ミーシャは驚いた顔で、俺と薬を交互に見る。そりゃいきなり「毒を飲んでくれ」なんて言われたら驚くよな。
俺は理由を説明する。
「これを飲むと軽毒と軽麻痺の状態異常になる。気分が悪くなり、動き辛くなるだろう。でも命の危険がないのは当然として、動けなくなることもないはずだ。その状態で訓練するとどの訓練でもスキルを早く習得できるし、スキルレベルが上がるのも速くなる。それに加えて状態異常の中で集中し続けるのは難しいから、集中スキルの習得も可能だ。集中スキルを習得すると、更に訓練の成果が出やすくなる。あ、もちろん毒耐性や麻痺耐性スキルも習得できるぞ」
「分かった」
ミーシャはそう言うと一気に両方の薬を呷った。ミーシャがどこまで理解したのか不安だが、表情は真剣そのものだ。
俺はそれを見てから、シルのほうを向く。
「シルもこれを飲め」
そう言って毒薬と麻痺薬の入った皿をそれぞれ出す。
「わ、わふん⁉」『えっ、ぼくも⁉』
シルはまさか自分もやらされるとは思っていなかったのだろう。驚いている。
「俺はシルのことを家族のように大事に思っているから、強くなってほしいんだ。シルが他の魔物に怪我させられたり殺されたりしてしまったら、俺は耐えられない」
「わふん!」『がんばる!』
俺の言葉に、シルは嬉しそうに返事をした。ただそれでも、薬を飲むのは嫌そうだった。
そう言えばシルのステータスをちゃんと確認していなかったな。
名 前 :シル
種 族 :[A]シルバーウルフ
レベル :1
性 別 :雄
年 齢 :13日
H P :[B]240/240
M P :[B]240/240
体 力 :[B]240/240
知 力 :[C]180
筋 力 :[B]240
素早さ :[A]280
器 用 :[C]180
運 :72
称 号 :テンマの従魔
スキル :統率[C]、威圧[C]、夜目[B]、気配察知[B]、
気配隠蔽[C]、身体強化[A]、風魔術[B]、魔力感知[C]、
魔力操作[C]
おうふっ、めちゃくちゃ優秀じゃねぇか!
想像より強くなりそうだ。たぶんスキルは生まれつき持ってるものなんだろうな。
っていうか鍛えすぎたら強くなりすぎるんじゃないか? いつの間にか俺がシルの従者になっていたら笑えないぞ……。
そして毒耐性や麻痺耐性がないのに、状態異常になっていない。
種族ごとに状態異常に対する抵抗力みたいなものがあるのかも。
先ほど渡した毒薬と麻痺薬はそれぞれ原液を十分の一に希釈した物だ。なので濃度を二倍にして飲ませてみたが、効果はない。そして三倍の濃度にすると、やっと状態異常になった。
何度も薬を飲まされたシルは尻尾と耳をペタンとさせて、少し辛そうだ。
それから俺達はD研に移動する。まず俺はシルに命令した。
「シルはD研の中を走ってこい。疲れ切るまで帰ってきちゃ駄目だからな!」
「わふん」『分かった』
シルはそう言うと走り出すが、麻痺薬のせいなのか走り方がぎこちない。
あっ、転んだ!
『大丈夫か?』
『だ、だいじょうぶ』
プルプルと脚を震わせながらも懸命に立ち上がろうとする姿は、まるで生まれたての小鹿のよう。思わず笑いそうになるが、シルは一生懸命頑張っているのだ。我慢しないとな。
シルはなんとか立ち上がると、また走り出して森の中に消えていった。
それを見送り、俺とミーシャは投擲練習場に移動した。
備え付けているテーブルの上に、魔力回復ポーションを出す。
「ミーシャにはこれから、何度も魔力を枯渇させて魔力量を増やす訓練をしてもらう。ついでに生活魔術をlv4まで上げてもらいたい。そのためにはスリープをlv1まで上げて、次にファイアをlv3にする必要がある。まずは、スリープで魔力を使い切れ!」
ミーシャの生活魔術の魔法は、タイムがlv2でスリープはレベルなし。それ以外はlv1なのでまずはスリープをlv1にして、すべての生活魔術の魔法をlv1にする必要がある。
また、なぜlv1のファイアをlv3まで上げるよう言ったのかというと、火魔術の素質が高いからだ。ファイアをlv3にすれば火魔術を習得できる可能性が高い。
適性[A]のスキルを育成したことはないから、検証も兼ねているわけだ。
俺の指示通り、ミーシャは何度もスリープを使って魔力を枯渇させた。
俺の予想以上に辛そうだが……。
そう言えば俺が状態異常で魔力を枯渇させたのは、魔力枯渇耐性を習得してからだったな。
ただ、時間が経つと、その不快感にも慣れてきたようだ。
ミーシャの顔色が良くなってきた。
俺はそれを見て、ミーシャにポーションを手渡す。
「動けるようになったら、この魔力回復ポーションを飲め。ミーシャ用に調合したんだ。同じポーションが腕輪にも収納されている」
ポーションは、魔力量をピッタリ満タンに回復できる物が好ましい。そのためそれぞれの魔力量に合わせて、一本飲めばちょうど回復できるように調整してあるのだ。研修では大量にポーション類を飲むことになるから、そういった細かい数値も重大な要素になるからな。
ミーシャが魔力回復ポーションを飲むと、みるみる顔色が良くなった。
俺はそれを見て、ミーシャに言う。
「魔力が完全に回復しただろ? それじゃあまた同じように魔力を枯渇させるんだ!」
このトレーニングを合計三セット繰り返した。その後にもう一度魔力を枯渇させる。今度はポーションは渡さない。
少し待って、ミーシャの顔色が少しだけ良くなったのを確認してから、投擲練習用の的の前に移動する。
魔力が自然回復するのを待つ間に、今度は体力を鍛えるのだ。
「すごく辛いだろうが、その状態で訓練すると、スキルが伸びやすくなる。すぐに投擲の訓練を始めてくれ!」
ミーシャはなんとか腕輪から小石を出して、投擲を始める。
だが動きは緩慢で、力が入っていない。どう見ても集中できていないようだ。
「集中しろ! そんなんじゃスキルを習得できないぞ! この辛さが無駄になってもいいのか⁉」
俺がそう発破をかけると、ミーシャは一投ずつ丁寧に投げるようになった。
大してスピードも命中率も良くはないが、予想より根性を発揮しているのは見て取れた。
「利き腕が疲れて投げられなくなったら、反対の腕で投げるんだ! 投擲スキルを習得すると、どちらの手でも上手く投げられるようになる。数をこなすことがスキル習得への近道だから、頑張れ!」
それからミーシャは両腕が上がらなくなるまで投擲を続けた。
鑑定で見ると、体力は残り二割を切っている。
よし、そろそろ次のメニューにいくとしよう。
「次は走りに行くぞ!」
「疲れた」とか「少し休ませて」とか言ってくるかと思っていたのだが、ミーシャは文句も言わずに走り出す。
俺もその横を伴走する。
草原を抜け、森の中に入る。木を避けながら走る練習をするのだ。
元々投擲の訓練で疲れていたこともあり、数分走ると、ミーシャはさすがに座り込んでしまう。
「体力を使い切ったら、腕輪から訓練用ポーションを出して飲め。すぐに動けるようになるはずだ。魔力が全回復したら走り続けろ!」
ミーシャは俺の言葉通りに腕輪からポーションを出して飲む。
すぐに体力が回復したのか、立ち上がって走り始めた。
俺はその背中を見ながら、驚いていた。
本当にあのわがままミーシャなのか⁉ 驚くほど真剣に訓練を続けているんだが……。
それからダッシュ練習を更にもうワンセットこなして、俺らは草原に戻ってきた。
ちょうど魔力が全回復したのだ。
「今のが基本的な訓練だ。これを何度も繰り返すんだ。俺は他の作業をしているから、何かあったら呼んでくれ」
俺は少し、ミーシャを見直していた。
俺も研修時代は同じような訓練をしていたが、それは転生先がどんな世界か分からず、万一うまくいかなかったら命を失ってしまったり、まともな人生を送れなくなったりするのではないかという危機感があったからだ。
しかし、ミーシャには無理して頑張らなくとも村で平和に暮らす選択肢だってあるわけだし、必ずしもこの過酷な訓練をこなす必要などないのだ。
それでも頑張っているということは、それだけ冒険者への憧れが強いということなのだろう。
これなら監視して訓練をさせなくても大丈夫なはずだ。
第6話 D研内の充実
俺は、昨日建てた建物の所に来た。
ちょうど建物に着いたタイミングで、シルが戻ってきた。
シルは全身が泥にまみれていて、ところどころ血が滲んでいた。体力も一割を切りそうになっている。
俺はクリアとヒールを使い、汚れを取り怪我を治してやり、更にスタミナヒールで体力を回復させる。
ヒールはHPを回復して、スタミナヒールは体力を回復する魔法だ。どちらも聖魔術スキルの魔法である。ミーシャの訓練で使わないのは、俺しか使えない魔法に、独り立ちしなければならないミーシャが頼ってしまわないようにするためだ。
俺は、元気になったシルをわしゃわしゃと撫でてやる。
シルは嬉しそうに尻尾を揺らす。
「シルは頑張り屋さんだな。さすが俺の家族だ」
「わふん!」『がんばった!』
「じゃあもう一度行って頑張ってくれるよな?」
「わ、わふん……」『が、がんばる……』
「よし、行ってこい!」
シルは悲しそうな顔をしたが、走り始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
シルが走り去るのを見送った俺は、二階建ての建物に入る。
一階部分は訓練の休憩所にするつもりなので、床をすべて土魔術で石畳に加工する。そこに研修時代に作ったテーブルと椅子、更にリラックスできるようにカウチソファも出して並べた。
次はトイレ用に作った部屋へ。こちらも研修時代に作った腰掛タイプの便器と、クリアの魔道具を設置する。
研修施設の一番の不満がボットン式のトイレであった。自動で一日ごとに綺麗になっているので衛生的には問題なかったが、それでも前世のトイレを知っている自分には受け入れられなかったのである。
水でお尻を洗う魔道具も作ったが……よくよく考えるとクリアの魔法のほうが便利で清潔であることに気付き、クリアの魔道具を設置することにした。用を足したあとに魔道具を起動すると、お尻と便器にクリアをかけてくれるのだ。
最後に扉を付けてトイレは完成。
続いて二階の作業をしようと階段を上がり始めると、ミーシャが戻ってきた。
「テンマ! おしっこしたい!」
お前は恥じらいがないのか! と思わなくもないが、絶妙なタイミングではある。
「いいタイミングで来たな! ちょうどトイレを設置したところだ」
水洗トイレの魅力を語ろうと思ったが、どうやら相当限界が近いらしい。
ミーシャは叫ぶ。
「は、早く!」
俺はトイレの扉を開き、最低限の説明だけすることにした。
「あそこに座って用を足せばいい。終わったらそこの魔道具に魔力を流せば綺麗になる」
「分かった!」
そう言うとミーシャは中に入っていく。
「テンマはすぐに出ていって扉を閉めて!」
俺は慌ててトイレを出て、扉を閉める。
それから少しして、ミーシャがトイレから出てきた。
「使い方は分かった?」
「うん、分かった」
それだけ言うと、ミーシャは出ていってしまった。
ミーシャが落ち着いたところで再び話を始める。
「話を戻そう。今後の予定を確認するね。まずミーシャには今日一日、D研で訓練をしてもらう。冒険者になるに当たって、ステータスを底上げするのは大事だからな。詳細な訓練内容は訓練をしながら説明する。D研の整備をしながらにはなるが、俺も手伝うつもりだ。そして明日には予定通りロンダの町に行って、二、三日町に泊まる。宿泊中に何をするかは、行ってから決めよう」
ミーシャは相変わらず表情をあまり変えないが、頷いて聞いている。
俺は念のため彼女に尋ねる。
「一緒に冒険者活動するにしても、ミーシャの今の実力だと心配だから訓練をすることを優先したいんだ。どうかな?」
「分かった!」
俺は頷いて、更に踏み込んだ話をする。
「そこでミーシャに聞きたいんだけど、ミーシャはどんな冒険者になりたいの?」
「強くて色々な所に旅ができる冒険者になりたい!」
ミーシャは即答した。
う~ん、ほぼ何も考えてなさそうな答えだ……。
俺は内心頭を抱えながらも、聞き方を変える。
「……それじゃあ、今からいくつかの例を出すから、一番近いのを選んでくれるかな?」
ミーシャが頷いたのを見て、俺は人差し指を立てる。
「まず一つ目は、ランガやグストくらいの実力の冒険者。これはそんなに無理せずとも、普通に訓練すればなれると思う」
まずは様子見で、一番低いハードルを提示する。
ランガは冒険者を諦めて開拓村の警護を行っていたくらいだし、グストはC級冒険者だ。
だからこれだと俺の計画よりかなり低い目標設定になってしまうんだよな……。
そう思っていると――。
「それは嫌!」
おお、速攻蹴ってくれた!
俺は内心ほっとしながら、人差し指に加えて中指を立てた。
「二つ目は、B級以上の冒険者。これは一ヶ月ぐらい訓練に集中して、それから冒険者活動をしながらレベルアップしていくパターンだ。頑張れば将来的にAランクになれるかもしれないな」
ドーピングをせずとも、基礎能力を上げてからレベルアップさせればそれなりのステータスにはなるだろう。
ミーシャも今度は話を聞いて考えている。
俺は更に薬指を立て、本命である三つ目の例を提示する。
「そして、最後にA級以上の冒険者になる道だ。これは相当厳しい訓練をしてもらうことになる。俺がいいと言うまで、レベルアップも冒険者活動もしばらくはしないで、ステータスを伸ばしていく。どれほど強くなれるかはミーシャ次第だ!」
できれば三つ目を選んでほしいな……。
そんな内心を押し隠しつつ、俺はミーシャに問いかける。
「さて、ミーシャはどれを選ぶ?」
ミーシャは真剣に考えているようだ。
少しして、彼女は口を開く。
「三番がいい……でも早めに冒険者活動しないとテンマに迷惑をかけることに……」
ちゃんと人のことも考えられるやん!
これは思ったより良い展開だ。だがもう少し確認する必要がある。
「迷惑とか気にしなくてもいいよ。ただ三番を選ぶと、途中でやめることはできないよ。もし途中でやめたいと言ったり、今朝のように気を抜いて寝坊したりしたら、冒険者は辞めて村に帰ってもらう。その覚悟はある?」
ミーシャ、ここで気概を見せてくれぇーーー!
ミーシャは少し考えてから、いつもの無表情とは違う真剣な表情で答えた。
「覚悟ある! 私、頑張る!」
よっしゃー! ケモミミ美少女育成計画を遂行できる!
一時はどうなるかと思ったが、俺にとって理想的な展開になったので大満足だ。
俺とは素質や適性が違うミーシャを鍛えたら、どのように成長するのか今から楽しみである。
ふふふっ、これで検証が進められるぞぉ~。
あとはミーシャが訓練についてこられるかだなぁ。
「それじゃあ、これからヨロシクな」
「ん、よろしく」
ミーシャの意思確認ができて安心した俺は、彼女とハイタッチをするのだった。
第5話 テンマ式研修の始まり
ミーシャの意思が確認できたところで、早速俺は研修の準備を始める。まずは――。
「じゃあ、その腕輪を返してくれるかな?」
「えっ!」
俺の言葉に驚いたミーシャは、反射的に腕輪をもう片方の手で隠そうとする。
「いや、隠さないで渡してくれる?」
そう言うとミーシャは泣きそうな顔になった。
「これはテンマから初めてもらった物!」
「え~と、貸しただけだよ?」
そう話すとミーシャは目に涙を溜めて、フルフルと顔を左右に振って、更に腕輪を遠ざけるように隠した。
まあ、そんなに気に入ったのなら仕方ないかぁ。でも念話が使えないと不便だよな……。
「新しいデザインの腕輪を作ったんだけど、そんなにそれが気に入ったのなら、付与効果を追加するから、貸してくれるか?」
ミーシャ用に作った腕輪を出しながら言うと、ミーシャは先ほどまで腕輪を隠していた手を打ってかわって差し出した。
「交換!」
そしてそそくさと腕輪を外すと、俺に渡す。
視線は俺の手元にある腕輪に釘付けだ。
「ん、交換?」
俺がもう一度聞くと、ミーシャは首をぶんぶんと縦に振った。
「それと交換で問題ない!」
もう突っ込むのにも疲れた。ミーシャの要望通り、古い腕輪を新しい腕輪と交換してやる。
「貸すだけだからな。訓練が辛くて村に帰ることになったら返してもらうからな!」
「村には帰らない。だから返さない!」
はあ~、もう好きにしてくれ!
「腕輪に魔力を流してくれ。そうすればミーシャと作製者以外の人はその腕輪を使えなくなる」
するとミーシャが魔力を流す。腕輪にデザインされた狐の目の部分がきらりと光った。
「それと中に新しい服や装備を入れておいたから着替えてくれ。下着と、訓練用の服があるはずだ。今着ている服はそのまま収納することもできるし――」
話している最中に突然ミーシャの洋服が消えた。話を聞きながら、とりあえず服を収納してしまったのだろう。ランニングシャツのような下着だけのあられもない姿になっている。
おおっ、胸の谷間が思ったよりある! ミーシャは着やせするタイプなのかぁ……。
一瞬の後、ミーシャも自分の洋服が消えていること、そして俺の視線が胸元に向いていることに気付いたのだろう、慌てて自分の体を腕で隠す。
「テンマのエッチ!」
ケモミミ美少女のエッチ頂きました~!
「話を最後まで聞かないからだぞ! リビングで着替えてこい!」
俺が目を逸らしながら言うとミーシャは胸元を押さえたまま、急いでリビングに走っていった。
神様、お約束のラッキースケベをありがとうございます!
遅まきながら、十五年の孤独な研修時代のご褒美をもらった俺だった。
◇ ◇ ◇ ◇
ミーシャはすぐに戻ってきた。目を輝かせて耳をピクピクと動かし、尻尾をぶんぶん振っている。
おおっ、想像以上に似合っている!
ミーシャは美少女だが、これまでの服装は少し野暮ったくて村娘感が強かった。それがケモミミ美少女キャラとして恥ずかしくない装いになったのだ。
モ、モフりたい!
そんな衝動を必死で我慢して、ミーシャのステータスを確認する。
名 前 :ミーシャ
種 族 :[C]獣人族(狐獣人)
レベル :15
性 別 :女
年 齢 :15歳
H P :[D]84/84
M P :[B]127/127
体 力 :[D]93/93
知 力 :[C]102
筋 力 :[D]107
素早さ :[B]141
器 用 :[C]118
運 :61
称 号 :
スキル :生活魔術lv3、採取[C]、剣術[D]、気配察知[C]
鑑定スキルはlv6になるとステータスごとの素質が、[C]のように表示されるようになる。
また、鑑定で見えるのは使用できるスキルだけではない。
現在習得していないスキルでも、意識すれば見られるのだ。
ミーシャが習得していない魔術系のスキル素質は、以下の通りだ。
火魔術[A] 闇魔術[B] 時魔術[C] 風魔術が[C] 水魔術[F]
それ以外はすべて[D]、である。
どうやらミーシャは後衛の魔術師タイプのようだが、育て方によっては斥候タイプに育成することもできそうだな。
俺の育て方次第だと考えると、今後が楽しみだ。
「早速訓練について話そうか」
俺が言うと、ミーシャは不機嫌な表情になるが、頷いてテーブルに座った。
服装を褒めてほしかったんだろうけど、俺がそんな気の利いたスキルを持ち合わせているわけがないだろうが!
俺は努めて冷静に続ける。
「まず訓練はミーシャが想像している以上に辛いと思ってくれ。疑問があれば聞いてくれて構わないが、基本的に俺の指示には従ってもらう!」
俺がそう言うと、ミーシャは不機嫌顔から真剣な顔つきになり、頷いた。
「それでは、まずはこの毒薬と麻痺薬を飲んでくれ」
ミーシャは驚いた顔で、俺と薬を交互に見る。そりゃいきなり「毒を飲んでくれ」なんて言われたら驚くよな。
俺は理由を説明する。
「これを飲むと軽毒と軽麻痺の状態異常になる。気分が悪くなり、動き辛くなるだろう。でも命の危険がないのは当然として、動けなくなることもないはずだ。その状態で訓練するとどの訓練でもスキルを早く習得できるし、スキルレベルが上がるのも速くなる。それに加えて状態異常の中で集中し続けるのは難しいから、集中スキルの習得も可能だ。集中スキルを習得すると、更に訓練の成果が出やすくなる。あ、もちろん毒耐性や麻痺耐性スキルも習得できるぞ」
「分かった」
ミーシャはそう言うと一気に両方の薬を呷った。ミーシャがどこまで理解したのか不安だが、表情は真剣そのものだ。
俺はそれを見てから、シルのほうを向く。
「シルもこれを飲め」
そう言って毒薬と麻痺薬の入った皿をそれぞれ出す。
「わ、わふん⁉」『えっ、ぼくも⁉』
シルはまさか自分もやらされるとは思っていなかったのだろう。驚いている。
「俺はシルのことを家族のように大事に思っているから、強くなってほしいんだ。シルが他の魔物に怪我させられたり殺されたりしてしまったら、俺は耐えられない」
「わふん!」『がんばる!』
俺の言葉に、シルは嬉しそうに返事をした。ただそれでも、薬を飲むのは嫌そうだった。
そう言えばシルのステータスをちゃんと確認していなかったな。
名 前 :シル
種 族 :[A]シルバーウルフ
レベル :1
性 別 :雄
年 齢 :13日
H P :[B]240/240
M P :[B]240/240
体 力 :[B]240/240
知 力 :[C]180
筋 力 :[B]240
素早さ :[A]280
器 用 :[C]180
運 :72
称 号 :テンマの従魔
スキル :統率[C]、威圧[C]、夜目[B]、気配察知[B]、
気配隠蔽[C]、身体強化[A]、風魔術[B]、魔力感知[C]、
魔力操作[C]
おうふっ、めちゃくちゃ優秀じゃねぇか!
想像より強くなりそうだ。たぶんスキルは生まれつき持ってるものなんだろうな。
っていうか鍛えすぎたら強くなりすぎるんじゃないか? いつの間にか俺がシルの従者になっていたら笑えないぞ……。
そして毒耐性や麻痺耐性がないのに、状態異常になっていない。
種族ごとに状態異常に対する抵抗力みたいなものがあるのかも。
先ほど渡した毒薬と麻痺薬はそれぞれ原液を十分の一に希釈した物だ。なので濃度を二倍にして飲ませてみたが、効果はない。そして三倍の濃度にすると、やっと状態異常になった。
何度も薬を飲まされたシルは尻尾と耳をペタンとさせて、少し辛そうだ。
それから俺達はD研に移動する。まず俺はシルに命令した。
「シルはD研の中を走ってこい。疲れ切るまで帰ってきちゃ駄目だからな!」
「わふん」『分かった』
シルはそう言うと走り出すが、麻痺薬のせいなのか走り方がぎこちない。
あっ、転んだ!
『大丈夫か?』
『だ、だいじょうぶ』
プルプルと脚を震わせながらも懸命に立ち上がろうとする姿は、まるで生まれたての小鹿のよう。思わず笑いそうになるが、シルは一生懸命頑張っているのだ。我慢しないとな。
シルはなんとか立ち上がると、また走り出して森の中に消えていった。
それを見送り、俺とミーシャは投擲練習場に移動した。
備え付けているテーブルの上に、魔力回復ポーションを出す。
「ミーシャにはこれから、何度も魔力を枯渇させて魔力量を増やす訓練をしてもらう。ついでに生活魔術をlv4まで上げてもらいたい。そのためにはスリープをlv1まで上げて、次にファイアをlv3にする必要がある。まずは、スリープで魔力を使い切れ!」
ミーシャの生活魔術の魔法は、タイムがlv2でスリープはレベルなし。それ以外はlv1なのでまずはスリープをlv1にして、すべての生活魔術の魔法をlv1にする必要がある。
また、なぜlv1のファイアをlv3まで上げるよう言ったのかというと、火魔術の素質が高いからだ。ファイアをlv3にすれば火魔術を習得できる可能性が高い。
適性[A]のスキルを育成したことはないから、検証も兼ねているわけだ。
俺の指示通り、ミーシャは何度もスリープを使って魔力を枯渇させた。
俺の予想以上に辛そうだが……。
そう言えば俺が状態異常で魔力を枯渇させたのは、魔力枯渇耐性を習得してからだったな。
ただ、時間が経つと、その不快感にも慣れてきたようだ。
ミーシャの顔色が良くなってきた。
俺はそれを見て、ミーシャにポーションを手渡す。
「動けるようになったら、この魔力回復ポーションを飲め。ミーシャ用に調合したんだ。同じポーションが腕輪にも収納されている」
ポーションは、魔力量をピッタリ満タンに回復できる物が好ましい。そのためそれぞれの魔力量に合わせて、一本飲めばちょうど回復できるように調整してあるのだ。研修では大量にポーション類を飲むことになるから、そういった細かい数値も重大な要素になるからな。
ミーシャが魔力回復ポーションを飲むと、みるみる顔色が良くなった。
俺はそれを見て、ミーシャに言う。
「魔力が完全に回復しただろ? それじゃあまた同じように魔力を枯渇させるんだ!」
このトレーニングを合計三セット繰り返した。その後にもう一度魔力を枯渇させる。今度はポーションは渡さない。
少し待って、ミーシャの顔色が少しだけ良くなったのを確認してから、投擲練習用の的の前に移動する。
魔力が自然回復するのを待つ間に、今度は体力を鍛えるのだ。
「すごく辛いだろうが、その状態で訓練すると、スキルが伸びやすくなる。すぐに投擲の訓練を始めてくれ!」
ミーシャはなんとか腕輪から小石を出して、投擲を始める。
だが動きは緩慢で、力が入っていない。どう見ても集中できていないようだ。
「集中しろ! そんなんじゃスキルを習得できないぞ! この辛さが無駄になってもいいのか⁉」
俺がそう発破をかけると、ミーシャは一投ずつ丁寧に投げるようになった。
大してスピードも命中率も良くはないが、予想より根性を発揮しているのは見て取れた。
「利き腕が疲れて投げられなくなったら、反対の腕で投げるんだ! 投擲スキルを習得すると、どちらの手でも上手く投げられるようになる。数をこなすことがスキル習得への近道だから、頑張れ!」
それからミーシャは両腕が上がらなくなるまで投擲を続けた。
鑑定で見ると、体力は残り二割を切っている。
よし、そろそろ次のメニューにいくとしよう。
「次は走りに行くぞ!」
「疲れた」とか「少し休ませて」とか言ってくるかと思っていたのだが、ミーシャは文句も言わずに走り出す。
俺もその横を伴走する。
草原を抜け、森の中に入る。木を避けながら走る練習をするのだ。
元々投擲の訓練で疲れていたこともあり、数分走ると、ミーシャはさすがに座り込んでしまう。
「体力を使い切ったら、腕輪から訓練用ポーションを出して飲め。すぐに動けるようになるはずだ。魔力が全回復したら走り続けろ!」
ミーシャは俺の言葉通りに腕輪からポーションを出して飲む。
すぐに体力が回復したのか、立ち上がって走り始めた。
俺はその背中を見ながら、驚いていた。
本当にあのわがままミーシャなのか⁉ 驚くほど真剣に訓練を続けているんだが……。
それからダッシュ練習を更にもうワンセットこなして、俺らは草原に戻ってきた。
ちょうど魔力が全回復したのだ。
「今のが基本的な訓練だ。これを何度も繰り返すんだ。俺は他の作業をしているから、何かあったら呼んでくれ」
俺は少し、ミーシャを見直していた。
俺も研修時代は同じような訓練をしていたが、それは転生先がどんな世界か分からず、万一うまくいかなかったら命を失ってしまったり、まともな人生を送れなくなったりするのではないかという危機感があったからだ。
しかし、ミーシャには無理して頑張らなくとも村で平和に暮らす選択肢だってあるわけだし、必ずしもこの過酷な訓練をこなす必要などないのだ。
それでも頑張っているということは、それだけ冒険者への憧れが強いということなのだろう。
これなら監視して訓練をさせなくても大丈夫なはずだ。
第6話 D研内の充実
俺は、昨日建てた建物の所に来た。
ちょうど建物に着いたタイミングで、シルが戻ってきた。
シルは全身が泥にまみれていて、ところどころ血が滲んでいた。体力も一割を切りそうになっている。
俺はクリアとヒールを使い、汚れを取り怪我を治してやり、更にスタミナヒールで体力を回復させる。
ヒールはHPを回復して、スタミナヒールは体力を回復する魔法だ。どちらも聖魔術スキルの魔法である。ミーシャの訓練で使わないのは、俺しか使えない魔法に、独り立ちしなければならないミーシャが頼ってしまわないようにするためだ。
俺は、元気になったシルをわしゃわしゃと撫でてやる。
シルは嬉しそうに尻尾を揺らす。
「シルは頑張り屋さんだな。さすが俺の家族だ」
「わふん!」『がんばった!』
「じゃあもう一度行って頑張ってくれるよな?」
「わ、わふん……」『が、がんばる……』
「よし、行ってこい!」
シルは悲しそうな顔をしたが、走り始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
シルが走り去るのを見送った俺は、二階建ての建物に入る。
一階部分は訓練の休憩所にするつもりなので、床をすべて土魔術で石畳に加工する。そこに研修時代に作ったテーブルと椅子、更にリラックスできるようにカウチソファも出して並べた。
次はトイレ用に作った部屋へ。こちらも研修時代に作った腰掛タイプの便器と、クリアの魔道具を設置する。
研修施設の一番の不満がボットン式のトイレであった。自動で一日ごとに綺麗になっているので衛生的には問題なかったが、それでも前世のトイレを知っている自分には受け入れられなかったのである。
水でお尻を洗う魔道具も作ったが……よくよく考えるとクリアの魔法のほうが便利で清潔であることに気付き、クリアの魔道具を設置することにした。用を足したあとに魔道具を起動すると、お尻と便器にクリアをかけてくれるのだ。
最後に扉を付けてトイレは完成。
続いて二階の作業をしようと階段を上がり始めると、ミーシャが戻ってきた。
「テンマ! おしっこしたい!」
お前は恥じらいがないのか! と思わなくもないが、絶妙なタイミングではある。
「いいタイミングで来たな! ちょうどトイレを設置したところだ」
水洗トイレの魅力を語ろうと思ったが、どうやら相当限界が近いらしい。
ミーシャは叫ぶ。
「は、早く!」
俺はトイレの扉を開き、最低限の説明だけすることにした。
「あそこに座って用を足せばいい。終わったらそこの魔道具に魔力を流せば綺麗になる」
「分かった!」
そう言うとミーシャは中に入っていく。
「テンマはすぐに出ていって扉を閉めて!」
俺は慌ててトイレを出て、扉を閉める。
それから少しして、ミーシャがトイレから出てきた。
「使い方は分かった?」
「うん、分かった」
それだけ言うと、ミーシャは出ていってしまった。
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