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7巻
7-1
第1話 社畜と慰霊
俺、テンマはここ何日か、『呪いの館』が建っていた場所にて社畜のように働き続けていた。
狐獣人の冒険者・バルガスと、彼が面倒を見ている冒険者パーティ『狐の守り人』のメンバーとともに、館の残骸やら何やらを再利用出来る物とそうでない物に分けた上で手分けして収納する。
そんなことをずっと繰り返していた。
バルガスはかつて俺らを魔族と勘違いして襲ってきたA級冒険者パーティ『妖精の守り人』のリーダーだったが、なんやかんやあって今は一緒に行動している。
社畜……か。
前世でもこんなに働いたことはなかったんじゃないか?
パワハラしてくるような奴がいないぶん、気持ち的には全然マシだが。
そう、三十三歳で日本にて命を落とした俺は、十四歳の少年として異世界へ転生させられた。
転生後にすぐさま死んでしまわないように、研修を受けさせられたのだが……これが長かった。
元々研修期間は三ヶ月と聞かされていたのに……十五年も研修を続けるハメになるなんて、思ってもみなかったよ。
俺の研修を管理していた女神のミスが原因だったらしいけど、まぁその十五年も無駄ではなかったな。
前世にゲームで得た知識を活かして効率よく訓練をしていたこともあって、ステータスが桁外れの数値になったわけだし。
それからは狐獣人の美少女・ミーシャや、人間族と兔獣人のハーフの姉妹であるジジとピピ。国の中でも指折りの魔術師で、英雄とまで呼ばれているのにポンコツでトラブルメーカーなドロテアさん。そしてその姪孫でありロンダの領主・アルベルトさんの娘のアーリン(諸般の事情で現在は別行動中だが)。あとはドロテアさんの元冒険者仲間で、仕事も戦闘もなんでもござれなバルドーさん。そして、俺の研修の設定をミスったことで神格を剥奪され、この世界にやってきた元女神のアンナ。
……なんていう、かなりバラエティーに富んだ仲間に囲まれて気ままな生活を送っていた。
とはいえずっと異世界にいたかと言えば、そうではない。
空間を複製出来る魔術――ディメンションエリアを用いて生成した、どこでも研修施設――『D研』内に建てた『どこでも自宅』で過ごす時間も結構ある。
D研には豪華な部屋や工房、プールまであって、かなり居心地が良いから、気を抜くと入り浸ってしまう。
正直、そのせいで異世界を巡るペースが遅くなっている感は否めない。
だって未だ最初に訪れた開拓村に辺境の街・ロンダ、王都くらいしか行けていないわけだし。
それにしたって、だ。
折角異世界の王都に来たっていうのになんで俺は仕事をしなきゃいけないんだよ……。
ここは、王都の中にある呪いの館――否、元呪いの館の敷地内だ。
この館は随分前から強い呪いによって汚染されていた。放置すれば周辺に呪いが広がり、最悪の場合は死人も出ると言われていたほどに。
それ故、王家は秘蔵の魔導具で呪いの館を封印していた。
しかし、ドロテアさんがその呪いを解くことを条件に、館を研修施設を建てる場所として貰い受けられないかと提案。彼女の元冒険者仲間でバルガスの妻であるマリアさん、そしてバルドーさんが各所と調整したことでそれが実現した、というわけだ。
……もっとも、浄化するのは俺と、アンナだったわけだが。
俺が編み出した訓練方法である『テンマ式研修』を学ばせるための研修施設をロンダに造り、それに続いて王都にも同じような施設を造れないかなーとは思っていたから有難くはあるけどさ。
そうして解呪作業を進めていく中で、館の呪いにはそれを浄化しなければ呪いを根絶出来ない核があることが判明。それすらも祓うと――なんと、バルドーさんの母親の幽霊が現れた。
かつてデンセット公爵とやらと闇ギルドの策略によって、この館に封じ込められてしまったらしいのだ。
彼女はバルドーさんに温かい遺言を遺して消えた。
まるでそのことを忘れようとするかの如く、バルドーさんは仕事に邁進した。
その結果、俺達に山のような量の仕事が降ってきている、というわけだ。
特に俺は館の周囲に壁を造らされ、館を撤去した上でその残骸の分別までしているわけで……働かされすぎである。
館はなくなったものの、先日まで呪いの影響があるからと封鎖されていた地域や、そこに隣接する土地までもらえるらしいから頑張る意味は十分にあるんだが、大変な物は大変だ。
もっとも俺達もバルドーさんの母親の件においそれと触れられないから、なんだかんだ黙々と仕事をしていて、捗ってはいるんだけどね。
それにしても……ぷぷっ。
俺は視線を横に遣って、思わず笑いそうになる。
俺の視線の先にいるのは、狐耳を着けたバルガスだ。
一緒に行動する全員に、収納スキルをはじめとした便利な機能搭載の、アクセサリーを模した魔導具を渡している。
バルガスと、ミーシャ以外の狐の守り人に渡しているのは、パーティ名に因んだお揃いの狐耳型の魔導具だ。
他のみんなはよく似合っているのに、バルガスには本当に似合っていない。それでも片付けをするためには狐耳の収納スキルを使わねばならないわけで……。
本人も自分に狐耳が似合わないことは自覚しているから最初は嫌がっていたが、周辺を壁で囲まれているから人目につかないだろうってことで今や諦めている形だ。
しかし、一度狐耳を外すのを忘れたまま、泊まっている宿『妖精の寝床』に戻ってマリアさんの妹で店長のメアリさんに指摘されたことがあったんだよな。
恥ずかしさのあまり真っ赤になったバルガスの顔は、忘れられない。
狐耳を外しながら、俺を睨んでくるのは納得出来なかったが。
それから数時間して、ようやく館の後処理が終わった。
呪いの館を完全に撤去したあと、地下に広がっていた空間まで埋めてやった。
そのあと、敷地周辺の壁を魔法で強化して、侵入者が入れないように結界の魔導具を設置した。
ただ周辺の土地に関しては、まだ手付かずである。
とりあえず色々と問題が片付いてからにしてほしいと、バルドーさんから言われたからだ。
そんなわけで、呪いの館があった敷地内で一番日当たりの良い場所に慰霊碑を建て、地下空間に大量に落ちていた闇ギルドの犠牲者達の遺骨を埋葬した。
更に慰霊碑の横に小さな礼拝堂を建てた上で、アンナが念入りに浄化を掛けたことにより、ここら一帯がどこか神聖な雰囲気になった気がする。
折角なので、宿で休んでいる仲間達を呼びに行こう。
「うむ、居心地の良い場所になったようじゃな」
ドロテアさんが満足そうに言った。
まるで自分が慰霊碑を建てたような口ぶりに、イラッとする。
ドロテアさんはバルドーさんの指示で魔術師ギルドや魔導具ギルドに何やら交渉しに行っていたようだが、すぐに一緒にいた弟子のエクレアさんと、マリアさんに来るなと言われたようだ。
マリアさんから聞いた話では、ドロテアさんが一緒だと最初は相手も恐縮するので主導権を握りやすくなるらしいが、ドロテアさんは途中で余計なことを言い出すんだとか。
しかも『何も話すな』とお願いすると不貞腐れて邪魔をするらしい。
結局、みんなが忙しく働いていたのに、ドロテアさんだけは俺の従魔であるシルバーウルフのシルとピクシードラゴンのハルと遊んでいただけだったのだ。
俺がジト目でドロテアさんを睨むと、何かを察したようで、俺から離れていく。
それから俺は周囲を見回し……気付く。
なんで従魔達は、ここでくつろいでいるんだ!?
ドロテアさんの従魔でクイーンホーンラビットのピョン吉は慰霊碑の土台となっている石に仰向けになり、ピピの従魔のホーンラビット・ピョン子がその腹の上で寝ている。
ハルは慰霊碑の上でだらしない格好で尻尾を垂らして寝転んでいて、シルはピピと一緒にミーシャの従魔のワイルドコッコ――ロンガを追い回している。
どう考えても呪いの館の跡地って感じの絵面ではない。
「そうそう、テンマ。昼の準備が出来ているそうじゃぞ。早く食べるのじゃ!」
ドロテアさんは、宿の方向に体を向けて、そう言った。
食いしん坊の従魔達が我慢出来そうにないので、とりあえず昼食を食べるかな。
俺も宿の方に向かって歩き出そうとして、ふと振り返り慰霊碑を見る。
やはり神聖な雰囲気があるな。
そして、敷地をゆっくりと見回す。
もう呪いは完全に浄化されたようだ。
特に深く考えることなく、ただ流されるまま浄化作業をしただけだった。
でも良いことをしたな、と少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じるのだった。
第2話 バルドーの決意
慰霊碑が完成したその日の夜、バルドーさんが『テンマ様だけに話がある』と、どこでも自宅の俺の部屋を訪ねてきた。
「ここがテンマ様の秘密の部屋なのですね?」
バルドーさんが嬉しそうに話すのを聞いて、思わず身構える。
何としてでも、貞操を守らなければならない!
「別に秘密の部屋ではありませんよ。ピピもよく泊まりに来るし、ジジやアンナは部屋の掃除で普通に立ち入りますから」
「そうなのですか? ドロテア様がテンマ様の部屋に入れてくれないと愚痴を溢していたので、私だけ特別に部屋に入れてくれたのかと期待したのですが」
髭を弄りながらバルドーさんはそう口にして、ニヤリとした笑みを向けてきた。
変な期待をしないでください!
そんなふうに叫びたくなるのを堪えて、警戒しつつ応接セットが置かれた机の反対側を指差す。
「どうぞそこに座ってください」
「私はお隣でも構いませんがねぇ」
それは断ります!
なんて口に出して言いたいところだが、むしろ明確な答えを返すことが逆効果になりそうな気がしたので、俺は話を変えることにする。
「それで、話とはなんですか?」
バルドーさんは、さっきまでのふざけた顔から、仕事モードの顔になる。
そして、飄々と今の状況を説明してくれた。
話を聞いて、衝撃を受ける。
というのも、どうやら元老院の者達が暗躍しているらしいのだ。元老院は会議の議長であるベルント侯爵を中心とした、官職を保持することによって身分を保証された貴族――法衣貴族によって構成されている。呪いの館が封鎖されていたのも、エクレアさんが宮廷魔術師を辞めたのも彼らの行動が原因だったようだ。
確か昨日、マリアさんが『封鎖を国が直接行うのではなく、商業ギルドに指示してやらせていたのは不自然だったけど……どういう意図があったのかしら』なんて溢していたが、元老院が絡んでいたのか。
そして確か、エクレアさんは屋敷の封印に問題がないと報告しても、それを認めてもらえず、何度も再調査を依頼されたことが原因で宮廷魔術師を辞めたんだったよな。
元老院所属の貴族達は王家を追い落とすことで、利権を確保しようとしていたようである。
彼らは次の元老院会議で、王家の不正を弾劾すると息巻いているのだとか。
また、彼らの裏には貴族としては最高位の『公爵』である、デンセット公爵がいるらしい。
事態を知った王家は元老院に対抗して、バルドーさんと協力して彼らの不正の証拠を手に入れようとしていて、元老院の策略を潰すのに、俺も関与しているようだ――って嘘でしょ!?
「王家!? 貴族!? 元老院!?」
「はい。まあ、明日で彼らの命運は終わりでしょうねぇ」
まてぇ~い! そんな話は初めて聞いたぞぉ!
「なんで俺が王家とか偉い貴族とかの話に絡んでいるのぉーーー!?」
「向こうが勝手に絡んできたのだから、仕方ありませんなぁ」
何をそんなに呑気にぃーーー!
頭を掻きむしりたい衝動に駆られるが……気付く。
「あっ、でも明日には解決するの?」
「はい。すでに国王陛下と宰相殿には証拠や証人も引き渡しております。それを元に明日の元老院会議で処罰するのだとか。ドロテア様とエクレアにも証人として会議に出席するよう、お願いしてありますが、テンマ様にご迷惑をお掛けすることはたぶんありません」
ふぅ~、脅かさないでよぉ~!
「それを報告に来たのかぁ。焦っちゃったよぉ~」
もう関係なさそうだと聞いて、俺は胸を撫で下ろす。
しかし、バルドーさんは首を横に振る。
「いえ、話は別にあります」
えっ、ええええ、なんでいっそう真剣な表情になるの?
動揺しながらも姿勢を正して質問する。
「な、なんでしょうか?」
「デンセット公爵が危険を察知したのか本日、王都を出てしまいまして。その始末に行ってこようと考えております」
いやいや、なんでバルドーさんが?
「国王とか宰相が対処すれば良いじゃん!」
俺の言葉を聞いて、バルドーさんは苦々しい顔になる。
「デンセット公爵を追いつめるには証拠が足りないということもありますが……動機は、私個人の私怨でございます」
私怨? そういえばデンセット公爵って……。
呪いの館の一件を思い出す。
バルドーさんの母親をはめたのは、デンセット公爵と闇ギルドだったはずだ。
「そうですか……それなら好きにして構いませんよ」
「ありがとうございます」
って言うか、俺に話さなくても内密に処理出来たでしょうに……。
母親の復讐って話なら、別に止めないしな。
あっ、そういえばあれがあった!
「なら行く前に、その腕輪を返してくれるかな?」
バルドーさんに最初に会ったときに渡した、アイテムボックスや念話などを付与した魔導具の腕輪を指差して言う。
「そうですか……。やはり私怨で動くことは許されませんよね……ですが、こればかりは私も引くわけにいきません。短い間でしたが、お世話になりました」
バルドーさんは悲しそうな表情でそう言うと、腕輪を外して返してきた。
えっ、えっ!? なんかリアクションが思っていたのと違う!
「え~と、なんのことかなぁ?」
腕輪を受け取りながら質問すると、バルドーさんは目を伏せる。
「テンマ様は暗殺――殺人はお嫌いですよね。これまで殺しても許されるような相手にすら、罰を与えるだけでしたから……。出来ればテンマ様に一生お仕えしたかったのですが、今回だけは相手を許すことが出来ません。母上から仲間を大切にするよう言われましたが、こればかりはわがままを通したいと思います!」
最後は俺の目をしっかり見て、バルドーさんはそう言い切った。
目には涙も滲んでいる。
いやいやいや、何の話ですかぁーーー!
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「大丈夫です。覚悟は出来ていました。ただ……ピピの成長がこの目で見られないのは残念ですが……」
人の話を聞けぇーーーー!
俺は真面目な表情で声を張る。
「バルドーさん、勝手に俺の気持ちを決めつけないでもらえますか!」
「えっ、も、申し訳ありません。しかし……」
バルドーさんは焦って謝罪してきたが、まだ何か言いたそうだ。
しかし、まずは俺の気持ちをしっかり言葉にしておくことにする。
「俺は確かに人を殺したくありません。ですが、それは殺したいと思うほどの人にまだ会ったことがないだけなんじゃないかとも思うわけです」
腹が立つことは正直何度もあったけどね。
バルドーさんが、不思議そうに聞いてくる。
「ですが我慢するより、殺した方が楽なことは多かったのではありませんか?」
え~と、それがこの世界の一般的な考え方なの?
「いやいや、楽だからって殺すのはダメでしょ?」
「確かにそうですなぁ」
そうなんかい!
「ですが私がテンマ様にお会いする前、ジジ達に酷いことをしようとした商人やコーバル子爵家のシービックも殺さなかったとお聞きしていますが?」
おうふ、その話も知っているのね……。
確かにジジとピピを家族として迎え入れてすぐ、二人の叔父に当たるジャバウォックが好色漢の貴族・シービックに差し出すためにジジを奪おうとしてきたことがあった。
そのときに俺は殺しこそしなかったが、シービックにもジャバウォックにも呪術を使って結構なペナルティを与えたんだよな。
「あ、あれは、アルベルトさん達が法に基づいて処理したから、露骨に俺が手を出すのは良くないと思って……」
内緒で手を出しています……。
「しかし、あれほど大事にしているジジやピピに関わることなのに、テンマ様が一切手出ししていなかったのは、不思議です。なので、テンマ様は人の命を奪うのを嫌っていると判断していたわけですが……」
間違いではない。間違いではないけど……。
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