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8巻
8-1
第1話 今後の予定
ようやく、落ち着いた……と言って良いのか?
俺――テンマは王都に来てから、ようやく穏やかに数日を過ごせていた。
王都に来てからというもの、ゆくゆくは研修施設にしようと『呪いの館』なる物を浄化したり、王家と元老院の権力争いに巻き込まれたりと、ずっと大変だった。
だが、先日行われた元老院会議にて元老院がボロを出したこと。
俺が仮面にカツラ、マントを身に纏い、『テックス仮面』(ちなみにテックスは俺が前世の知識を広めたり、チートな能力を使って作業したりするときに名乗る偽名だ)として正体がバレないように、元老院に雇われていた非合法な組織・闇ギルドの輩を粛清したこと。
さらには元々王宮に諜報員として勤めていて、今では俺の仲間であるバルドーさんが、元老院のバックについていたデンセット公爵をお仕置きしたことで一旦問題は片付いたんだよな。
……まあ、テックス仮面の姿がこの世界で恐れられている伝承上の存在『悪魔王』と瓜二つだということで、色々な人に怖がられてしまったわけだが。
いや、あれはもう封印するんだから問題ないはずだ。
それにしても、また忙しくなったら嫌だなぁ。
何せ今俺は、バルドーさんに念話で呼び出されて、彼の部屋へと向かっている最中だ。
元老院の一件について、バルドーさんが王宮と調整を進めているので、きっとその報告だろう。
ちなみにここは空間を複製出来る魔術――ディメンションエリアを用いて生成した、どこでも研修施設――『D研』内に建てた『どこでも自宅』の中。
秘密の話をするにはうってつけな場所である。
ただ、こうしてバルドーさんに呼び出されたときに良い話を聞いた覚えはあまりない。
……っていうか俺、暇になるときなんて来るのかな。異世界に来てから、いや来る前から、ずっとバタバタだった気がするんだけど。
そう、三十三歳のときに日本で命を落とした俺は、十四歳の少年として異世界へと転生した。
だが、転生後にすぐさま死んでしまわないように、三ヶ月の研修を受けることになる。
しかし、それが終わったのはまさかの十五年後。
なんとそれは俺の研修を管理していた女神のミスが原因だった。
……けど、その十五年も無駄とは言えない。
その間、前世のゲームで得た知識を活かして効率よく訓練して、ステータスがチートな数値になったのだから。
それからただ気ままに過ごすつもりだったが、多くの仲間が出来た。
狐獣人の美少女・ミーシャや、人間族と兔獣人のハーフの姉妹であるジジとピピ。英雄と呼ばれるほどの腕を持つ魔術師なのに、トラブルを引き込むドロテアさん。そしてその姪孫でありロンダの領主・アルベルトさんの娘のアーリン(王都に発つタイミングで別行動になったが)。そしてバルドーさん、俺の研修の設定をミスったことで神格を剥奪され、この世界に送られて俺の眷属となった女神のアンナ。
……なんだかイロモノ集団とすら言えてしまいそうなメンバーではあるが、まぁ、大切な存在ではある。
それ以外にも日を追うごとに異世界で人脈が広がっている感覚はあるが、反面、面倒なことも増えたなと思う今日この頃だ。
さて、そんなことを考えているうちにバルドーさんの部屋に着いた。
ノックをして中に入り、バルドーさんの向かいに腰を下ろす。
すると彼は、先日の元老院との一件がどう進んでいるのかを報告してくれた。
とりあえず悪魔王については、元老院の不正を正しに現れたと王宮が正式に発表した。その上で元老院議長のベルント侯爵が不正の元凶であり、闇ギルドを利用していたとも明らかにしたんだとか。
まあデンセット公爵のお仕置きはバルドーさんが秘密裏に行ったわけだし、妥当な落としどころだよね。
ちなみにデンセット公爵はバルドーさんの実の弟で、彼の母親を殺した人間でもある。
さて、そういった発表を受けての王都の住民の反応はと言えば……元より王都では闇ギルドの拠点が悪魔王に潰されたという噂が広まっていたので、住民はあっさり納得したんだとか。
むしろ『悪事を働くと、悪魔王に苛烈な制裁を下される』という噂を王家主導で意図的に流すことにより、王都の治安は劇的に良くなった。
「いやぁ~、悪魔王が正義の味方みたいになっていて、なんか照れくさいね~」
なんだか褒められているみたいで、頬が緩んでしまう。
「ですが王都の残りの問題を解決しないと、また悪い噂になってしまいますよ」
いやいや、それは俺の仕事じゃないから。
「まずは闇ギルドの呪いの浄化をお願いします」
……くっ、それはやらないとダメなやつだ。
そう、人間の負の感情が吹き溜まりになった場所では、呪いが育ってしまう。
闇ギルドの拠点には囚われていた人間が何人もいて、良い扱いを受けていなかったが故に呪われてしまっているんだよな。
「わ、分かりました……」
「それと、拠点を造っていただかないと」
「そ、それは……後回しで良いんじゃないかなぁ」
当面の拠点として、呪いの館があった一角に小屋を建て、そこにD研の入り口を設置してはいるものの……完全に手抜き状態だ。
でも忙しかったし……。
「そうですか……。分かりました、それで構いません!」
おお、なんかバルドーさんが優しくなった!
「ですが、そうなるとD研を利用させなくては立ち行かなくなっていきますよねぇ。研修施設が稼働し始めたらエクレアさんのところには王宮関係者が出入りするようになりますし……あっ、そろそろネフェルさんも来るので、冒険者ギルドの関係者も受け入れられるようにしなければならないんじゃありませんか?」
エクレアさんはドロテアさんの一番弟子で、その優秀さを元老院に疎まれて王宮を追放された。それに伴って他の宮廷魔術師も辞めることになり……研修施設に受け入れることになった。
そしてネフェルさんは、冒険者ギルドの受付の職員を束ねている女性だ。研修を受けに来る冒険者の対応や、冒険者ギルドとの調整をしてもらうために雇うつもりである。
前回の一件で、テックスがチート野郎だというのは結構広まってしまったが、D研の存在はまだ知られていない。知られてしまえば、みんなが来たがって、俺の安住の地は奪われてしまうだろう。
ち、ちくしょうめぇ! 未来の安寧のために俺に働けと言うのか!
「わ、分かりましたよ。拠点については早急に対応します。だからそれまではD研ではなく、外で対処するよう、徹底してください」
ひとまず研修施設の着工はまだでも、窓口となる建物さえ建ててしまえば問題ない……が、面倒だなぁ。
そう思っていると、バルドーさんが悪魔の笑みを浮かべて答えた。
「分かりました。しかし、それも数日が限度ですよ」
数日で屋敷を完成させるのか……。 俺じゃなければ絶対に無理だろ!
心の中で愚痴を零した。けどふと冷静になると、拠点なら何度も作ってきたし、それほど大変でもないかと考え直す。
しかしバルドーさんは甘くなかった!
「王宮との調整が出来ましたら本格的に研修施設の建設が始まりますので、その準備もお忘れなく」
正直、王都に研修施設を建設する、という現時点での目標は思い付きで呟いただけだった。
とはいえ、ここまで大事になってしまうと、いまさら面倒だから止めたいと言えるわけもない。
でも、今? とは思ってしまう。
バルドーさんに異を唱えようとしたけど……いや、これ、どうせまた丸め込まれるやつだ。
王宮や冒険者ギルドなど、色々な方面から都合よく利用されている気もするが、前世では常に誰かに嫌われていたことを考えると、それよりはマシだと思ってしまう。なんだか、自分でも情けない。
面倒事を持ち込んでくるドロテアさんにすら好かれているという事実だけで、その被害を我慢して許してしまう。
バルドーさんに「明日から頑張ります」と言って、今日だけは見逃してもらった。
今日は穏やかに過ごせる最後の日。
明日からしばらくはバルドーさんにこき使われることになるのだろう。
第2話 ネグリジェ膝枕未遂事件
明日から忙しくなるなと憂鬱になりながら『どこでも自宅』のリビングへ。
少ししてみんなが揃ったので、食事をして、今。
食後のお茶を飲んでいたら、アンナが真剣な表情で話しかけてきた。
「テンマ様、少しお話があるのですが、お時間をいただけないでしょうか?」
おうふ、なんか危険な香りがするぅ。
今日だけはゆっくり過ごしたいのに、アンナは俺が拒絶することを許さない雰囲気だ。
「な、何かな?」
「ここで話すのはちょっと……」
「分かったよ。俺の部屋で話そうか?」
「はい!」
その嬉しそうな表情が、逆に恐ろしい……。
部屋にアンナを案内して、向かい合わせでソファに座る。
アンナは部屋に入ると、またしても深刻な表情になった。何か面倒事でもあるのかと不安になりながらも、アンナに尋ねる。
「話とは何かな?」
アンナは言い辛そうに話し始めた。
「先日の悪魔王事件の日のことを覚えていますか?」
え~と、悪魔王事件の日って何!? いつの間にそんな名前がついたの!?
そんな突っ込みを口にしている場合ではないだろう。俺はアンナに答えた。
「もちろん覚えているよ。大変な一日だったからね」
「じ、事件が始まる前のことを覚えていますか?」
んっ、始まる前? 何かあったかな?
「え~と、そもそもどうやって事件が始まったんだっけ?」
「ジジちゃんが助けを求めてきたことが発端でした」
ああ、ジジが念話で助けを求めてきたんだ。
泊まっている宿『妖精の寝床』が闇ギルドの手の者に燃やされたのである。
「そうだったね。ジジが助けを求めて念話してきた。あのときは正直焦ったよねぇ」
あのときは驚いて、速攻でジジのところに行ったんだ。
うん、自分でも少しカッコ良かったと思うなぁ。
「テンマ様はあのとき、何をしていました? いえ、何をしようとしてました?」
えっ、あのとき……。何かあったような……。
あっ、ああぁぁ! ネグリジェ膝枕未遂事件! 迷宮入りさせておいてくれよ!
「お、覚えているよ。でも、緊急時だったから……仕方ないよね?」
「はい、仕方ありません!」
そうそう、俺が休みの日にはいつもジジが膝枕をしてくれるんだけど、あのとき、それを羨ましがったアンナが、膝枕をしようとしたんだよね。……ネグリジェを着て。
まあ、ひとまず納得しているようで良かったよ……。な、納得しているよね……?
な、なぜジト目で睨んでくるのかな……?
「あれから毎日、ジジちゃんが膝枕しています……」
そ、それは、色々あって癒されたいから……。
「そ、そうだねぇ~。そ、そんな気もするなぁ~」
「間違いありません! それも一日に複数回する日もありました!」
うん、そんな気がするぅ。
「グスッ、それはあんまりじゃないですか!」
「ゴ、ゴメンねぇ~、膝枕といえばジジだから、ついジジに頼んじゃった。今度アンナにもお願いしようかなぁ~」
そう言うと、アンナは何やら三枚の木の板を取り出して渡してきた。板には何やら文字が書いてあるので、読んでみる。
『膝枕券 一枚につき一回、膝枕をしてもらわなければならない』
肩たたき券かよ! お前は小学生か!?
「な、なんで三枚も?」
「利息です!」
そんな利息あるわけないだろぉが! 涙目で訴えてこないでぇーーー!
「そ、そうだよね。でも、利息はそこで止めてくれるかな?」
「一回でも券を使っていただけないと停止出来ません。それが終われば、十日間は利息を停止します!」
どんな悪徳業者やねん!
いやいや、だからジト目は止めてください!
「じゃ、じゃあ、今からお願いしようかなぁ」
「本当ですか!? じゃあ準備しますね!」
待て待て待てぇーーーーー! なんでメイド服を脱ぎ始めるぅ!
「ア、アンナさん、なんで脱ぎ始めるのかな?」
「えっ、メイド服を脱げば膝枕用の格好になれるから……ですが?」
なんで準備しているんじゃーーー!
「アンナさん、膝枕はメイド服で大丈夫だよ?」
「いえ、私が前にいた世界では、膝枕は下着でするのがしきたりなんです!」
「本当に?」
「ほ、本当です。信じてくれないんですか!? グスッ」
おうふ、目が泳いだあとに嘘泣きですかぁ。アンナさんや、完全にドロテアさんに影響されたよね?
彼女は最初は貞操を守るために、やたらと反抗的な目をしていた。
警戒しないようになったのは嬉しいけど、エッチな下着を作るように頼んできたり、呪いの館を浄化するときも、なんか解呪の方法を色っぽく教えてきたり……。
出来ればそういうことは数年後にお願いしたい!
「アンナ式膝枕は膝枕券が十枚必要です!」
「そんなぁ~!」
「ダメです。この世界というか、俺のやり方と違うから十枚必要です!」
いやいや、ジト目で睨んでも、妥協出来ません!
それにそんな膝枕なら……マリアさんにお願いしたい!
マリアさんは、ドロテアさんの元パーティメンバーで人妻だが、異世界に来てから出会った中で一番大きな胸――優勝杯を持っている。それを下から眺めながら膝枕をしてもらえるなんて……最高だと思う!
「では、十枚貯めます!」
「いやいや、今から膝枕するのをアンナが断るなら、これ以降、利息の加算は認めません!」
「チッ」
あっ、ああぁ~、舌打ちしたよね! 絶対にしたよね!
なんかアンナが変わりすぎて恐ろしい。
それから何とかアンナを説得して膝枕をしてもらった。
早めにこの不良債権を償却しないと、俺の心臓が持たない。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、昼頃に目を覚ました。
リビングに行くと、すぐにアンナが顔を出した。
「テンマ様、おはようございます。食事になさいますか? お茶になさいますか? 膝枕になさいますか?」
真面目な顔で聞いてくるアンナに答える。
「おはよう。食事にしようかな」
「分かりました。準備するように厨房に伝えてきます」
アンナはすぐにリビングを出ていった。
気になる発言(膝枕)もあったが、アンナはメイドに徹していた。
昨晩の暴走が嘘のようだ。
『どこでも自宅』は静かだった。
他のみんなはすでに出かけたのだろう。従魔のシルバーウルフであるシルや、ピクシードラゴンのハルもいない。どこかに遊びに行ってしまったのかな。
昼まで寝ていたのは、テックスとしての作業は昼に出来ないことが多いからだ。
大っぴらに作業をしてしまえば、『テックス=テンマ』だとバレてしまうからな。
もっとも拠点となる屋敷の建設は高い壁に囲まれたところで行うため、早くからやっても良いわけだけど……出来るだけ後回しにしたかったんです。ごめんなさい。
昼過ぎから日が暮れるまで王都の拠点の建設をし、夜には闇ギルドの拠点となっていた場所の浄化作業がある。しばらくそんな生活が続くと思うと、悲しくなる。
「テンマ様、食事の準備が出来ました」
宿のオーナーであり、マリアさんの妹であるメアリさんがリビングに入ってきて、そう声を掛けてきた。
「ああ、じゃあ食堂に移動します」
食堂に移動するとジジとアンナが頭を下げて迎えてくれた。
「ジジ、おはよう」
「テンマ様、おはようございます」
ジジは挨拶をしてから、椅子を引いてくれた。すごく贅沢な状況だったが、もっと気軽に食事をしたい。
ジジは先日、宿が燃やされたときに気絶してしまったメアリさんに覆いかぶさり、彼女が煙を吸い込まないようにして命を救った。
それからメアリさんはジジを孫のように可愛がっている。そして、ついでに本格的なメイドの仕事を教え始めた。俺はそれほどジジやアンナに本格的なサービスを求めているわけではないので、少々息苦しい。
ただメアリさんが良かれと思ってやっているので、止めてくれとは言い辛い。
早く王都の拠点を造って、メアリさんにはそっちの仕事をお願いするか。どこでも自宅はもう少し緩い感じが良い。
食べながらアンナに尋ねる。
「みんなはもう出かけているの?」
「はい、バルガスさんと『狐の守り人』は朝早くからダンジョンへ、バルドーさんとピピは王宮へ行きました」
バルガスはマリアさんの夫で、狐獣人の冒険者だ。そして狐の守り人は彼が面倒を見ている冒険者パーティである。ちなみにリーダーはミーシャが務めている。
しかし、俺が気になったのはそっちではなかった。
「えっ、ピピも一緒に?」
「はい、なんでもピピに勉強を教えてくれる人がいて、その人に会わせると言ってました」
確かに体を鍛える訓練ばかりしていたピピには、色々な知識も必要だと思う。しかし、バルドーさんの紹介と聞くと、少し不安になった。
ピピが帰ってきたら確認しようかな? でも聞くのが恐いなぁ。
「ドロテア様とマリアさんも王宮に行かれました。なんでも悪魔王関連で王妃様に呼ばれたとかで。あ、そうそう。エクレアさんも王宮に行っています。宮廷魔術師を取りまとめるので忙しいみたいです」
……くっ、それぞれ仕事しているとなると、ゆっくりしたいと言えないじゃないか!
食事を終えると、俺は諦めて王都の拠点にする屋敷を造りに向かったのだった。
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