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8巻
8-2
第3話 王宮の思惑
バルドーは国王の執務室で国王と宰相に会っていた。
「バルドー、今日は珍しく普通に正面から来たらしいな?」
国王がバルドーに尋ねる。
元老院とのいざこざがあった際には、バレないよう窓などから王宮に侵入していたバルドー。
事態が収束したとはいえ、慎重なバルドーがこうして普通に現れたことに驚いたのである。
「はい、今日は同行者がいたので、普通に訪問いたしました」
バルドーが答えると宰相が楽しそうに話す。
「陛下、なんと獣人の子供と一緒に来たようでございます」
「なんと……まさかお前の子か?」
「いえいえ、私の弟子になります」
「待て、報告では十歳にも満たない子供だと聞いたぞ!?」
宰相がバルドーの話を聞いて、驚いた声で尋ねた。
「はい、まだ八歳です。ですが、すでに大人に負けない実力があります。ただ、知識が追い付いていないので、カイナとアイナに教育をお願いしてきました」
「バルドー、あの二人に何を教えさせるのだ?」
「二人には私が教えたことを、同じように教えてくれと頼みました」
「「……」」
国王と宰相は驚きのあまり固まってしまった。
カイナとアイナはバルドーから諜報活動のすべてを叩き込まれている。
調略や暗殺、毒薬の調合など、普通では知ることの出来ない内容ばかりである。
「八歳の少女にそんなことを教えて、大丈夫なのか?」
国王が心配そうに尋ねる。
「彼女は間違いなく逸材です。彼女には私のすべてを教えようと思っています」
「それほどの逸材なら、将来は国のために働いてもらえないか? 教育に必要な援助は惜しまぬぞ!」
国王は真剣な表情でバルドーに頼んだ。
しかし、バルドーは首を横に振る。
「それは無理ですな」
「なぜじゃ?」
「テックス様が可愛がっているのです。私の一存では決められません」
国王と宰相はバルドーの返答に驚いた。
「テ、テックス殿は情報を得るために少女を育てることまで……」
宰相の呟きに、バルドーはまたしても首を横に振る。
「いえ、テックス様は彼女を家族のように可愛がっているだけですよ。実戦は危険なのでやらせたがらず、私も困っているくらいです」
「お、お前は、テックス殿を怒らせて大丈夫なのか?」
「ふむ、怒らせたら大変でしょうな。ですが、彼女が訓練を受けたり知識を学んだりすることに、それほど反対はされていません。怒るとすれば、彼女を傷つけるような相手に対してでしょうな。今回の悪魔王事件も彼女の姉が襲われたことが、すべての始まりでしたから」
バルドーは気軽に答えたが、それを聞いた国王と宰相の顔色が変わった。
「す、すぐに、その少女を警護するように指示を出せ!」
「はい、すぐに!」
国王の命令を聞いて、宰相が慌てて部屋を出ていく。
「ああ、そんな必要はないのに。カイナとアイナが一緒にいるのですよ?」
バルドーはそう念を押したが、国王は呆れたようにバルドーに言う。
「馬鹿な貴族や役人が少女に何かしたらどうする!?」
「はははは、その場合は遠慮なく相手を殺すようにカイナ達に言ってありますから、大丈夫ですよ」
「大丈夫なものか! カイナ達が貴族を殺せば大問題だ!」
「確かにそうですなぁ」
国王は疲れた表情でバルドーを睨みつけたが、バルドーが気にした様子はまったくなかった。
しばらくすると宰相が戻ってくる。そして国王に近衛騎士に指示してきたと報告した。
国王はそれを聞いて、表情を緩ませる。
「うむ、では本題だ。宰相、例の書類を頼む」
宰相が書類をテーブルに置いた。
そこにはテックスに関連するあらゆることが書いてある。
書類を見ながら宰相は言う。
「まず、今回、テックス様から元老院の会議場を壊した賠償としていただいた品についてですが、高価すぎます」
書類に記されている金額を示しながら説明する。
「こちらはオークションに出した場合の開始価格です。実際にはこの何倍もの値段が付く可能性があります」
「エリクサーなど国宝だぞ。そんなものに金額などつけられるものか!」
宰相の言葉に国王が補足した。
「クククッ、相変わらずテックス様は面白いことをなさる。たぶん自分がきっかけで、ドロテア様が暴走したと考えたのでしょう。しかし、相変わらず物の価値を理解していませんねぇ」
笑っているバルドーに宰相が尋ねる。
「本当にその説明通りなら安心出来るのですが……。我々としては、『これほどの物を渡したのだから反抗するな』と脅されている気になるのだ。それは違うのだな?」
「さあ、どうでしょうか? そんなことはないと思いますが、私にテックス様の真意は分かりませんから」
バルドーは惚けたように答えた。
「バルドー、そう苛めるでない! 私と宰相はテックス殿の真意が分からず、夜も眠れないのだぞ。貴族共や側室、それに他国からも問い合わせが来ている。頼むからテックス殿の真意を確認して教えてくれ!」
国王は縋るようにバルドーに頼み込んだ。
バルドーは最初に説明した通り、テンマはやりすぎたと反省して高価な物を渡したと思っている。そして国宝級のお宝に関してもあまりにも簡単に発見出来てしまったことで、それほどの価値があると気付いてないと推測していた。
ただ、それを確定させることに意味があることも確かだろうと結論付け、頷く。
「分かりました。テックス様に確認しておきましょう」
宰相がホッとした顔をする。
「それとドロテアが王妃に若返りポーションを贈ったそうだ。テックス殿が渡した物を、ドロテアが勝手にプレゼントしてしまった可能性もあるのではないかと心配しているのだ。そのことでテックス殿の怒りが王国に向いたら困る。それも問題ないか確認してくれないだろうか。……出来ればテックス殿が返却を希望しているように、やんわりと話を持っていってほしいのだが……」
最後の一言はとてもか細かった。
テンマは気にしないだろうと思いつつも、バルドーは国王がなぜ若返りポーションを返却したがっているのか疑問だった。
「確認はしますが……なぜポーションを返したいのですか?」
「……他の側室も欲しがって、困っているのだ。王妃が貰った物を王妃が使うのは当然のことだ。しかし、それによって妻達の関係性が悪化してほしくはないのだ……」
国王の話を聞いてバルドーも気の毒だと思ったが、断る。
「それは大変だと思いますが、テックス様にお願いすることは難しいと思います。テックス様とドロテア様間の関係がそれによって悪化する方が嫌ですので。それに、夫婦の問題を持ち込まれても困りますなぁ」
「そうか……」
バルドーの返事に国王は残念そうに俯いた。宰相も気の毒そうに国王を見ているが、それ以上は何も出来ない。
宰相は話題を変えるために話を戻す。
「元呪いの館の周辺の土地は、商業ギルド経由でテックス殿が買い取ったようだな?」
「ええ、呪いの館の跡地も含め、研修施設を建設する予定です」
「そうか。ならテックス殿から貰いすぎた賠償金でさらに周辺の区画を国が買い上げ、テックス殿に提供させてもらうとしよう」
「ほほう、それは大盤振る舞いですなぁ」
予想外の国王の提案にバルドーは疑いの目を向けた。テンマを飼い慣らそうとしているのではないかと思ったのである。
「そんな目で見ないでくれ。実は周辺の土地から人が逃げ出しておる。商業ギルドからも相談されて、安く買い上げる話がついたのだ」
バルドーは理由が分からずに戸惑う。
すでに呪いの館が浄化されたことは正式に告知されているのになぜなのか、と。
「呪いの館を浄化したことで悪魔王が生まれたという噂が立っているのだ。そして、あの周辺は呪いの館があったために普通の民は住もうとせず、そのせいで訳ありの連中が多く住み着いていたのだ。そんな場所に住みたいと思う奴がそう何人もいると思うか?」
宰相の説明にバルドーはなるほどと納得した。
「それにお願いもある。出来れば宮廷魔術師やその家族達に住まいを提供してほしい。今いる宮廷魔術師の大半がテックス殿の管理下に移るし、王都にいない宮廷魔術師が戻ってきても、ほとんどがテックス殿の管理下に入ることになるだろう。だから、王宮がそのために土地を提供したことにしてほしいのだ」
「ふむ、それは随分と王宮に都合の良い話ですねぇ」
バルドーは笑みを浮かべながら、嫌味を言った。
「その通りだが、これまで王宮の対応で辛い思いをさせた宮廷魔術師に、良い環境を提供したいという気持ちには偽りはないのだ」
国王は真剣な表情でそう口にした。
「とはいえ、もちろん元宮廷魔術師との関係を良好にしたいとの思惑はある。関係が悪いという噂が広まっては困るのも本音だ。かつてこの国のために働いてくれていたお主に改めて頼む。国のために、その方向で考えてくれないか?」
「分かりました。最終的にはテックス様の意向を聞いてからになりますが、その方向に進むように調整しましょう」
「助かる!」
宰相はバルドーにお礼を言い、国王はホッとした表情を見せる。
そしてバルドーはテンマにどう働いてもらうか、頭の中で計画し始めたのであった。
第4話 王都の拠点
王都のどの辺に拠点を造ろうかと考える。
慰霊碑と礼拝堂を建て、その周辺には色々な場所から木や植物を持ってきて植えた。それによって区画の三分の一が公園のようになっている。
その区画の最奥に、拠点を建てるか。
建物は木造の温泉宿風にしよう。それほど大きくするつもりはない。地下に大浴場を造り、一階はリビング、食堂、来客用の応接室、メアリ夫妻の部屋を作る。
そして二階にはドロテアさん、マリアさん、狐の守り人用と来客用の部屋を何部屋か用意する。そして二階の最奥の部屋にD研の入り口を設置しよう。
自分の部屋は作らない。どこでも自宅を利用すれば良いからな。ジジやピピ、それにアンナも、どこでも自宅で生活させよう。
今後はドロテアさんやミーシャ達は、基本的には許可なくD研に入れないようにする。
どこでも自宅は自分が安らげる場所であるべきだからな。
最近は出入りが多くなりすぎている。
拠点さえ出来れば、D研に人を入れる必要はないはずだ。
ミーシャはしばらくは狐の守り人として活動するので、あえて入れる必要はないだろうという考えから。
ドロテアさんは言わずもがな、トラブルを持ち込んでくるのでなるべく関わりを減らしたいという意図だ。
マリアさんは許可したいが、そうなればドロテアさんが納得しないだろう。
エクレアさんはそれほど関係が深いわけではない。近日中に魔術師向けの建物や研修施設を造るのでそちらに部屋を用意する。
バルドーさんは拠点で会えば問題ないし、必要なら別の建物を用意しても良い。
反対に、どこでも自宅に泊まるメンバーは入れる理由があるのだ。
ジジやピピは一緒にいて癒されるから、むしろいてほしい。
アンナとは以前のような確執はなくなったけど、肉食系メイドにクラスチェンジしたのは困りものだ。ただ眷属である彼女を突き放すのは難しい。それこそ膝枕の件を思い出すと、これでどこでも自宅に入れなかったらかなりいじけそうだし。
拠点を作ったら研修施設にも着手しなきゃだよなぁ。
研修施設は魔術師用、冒険者用をそれぞれ用意する予定だ。魔術師用の施設はエクレアさんに、冒険者用はネフェルさんに管理してもらう。
そしてドロテアさんには魔術師用の研修担当に、マリアさんとバルガスには冒険者用の研修担当を務めてもらいたい。
バルガスは狐の守り人の世話をしているのを見る限り、意外に面倒見がよく、冒険者の仕事に精通している。思い込みが激しくてすぐ調子に乗るが、適任だろう。
……っていうかあれだな、幹部用の建物があっても良いか。
そんなことを考えてから、自分達の拠点を造り始めた。
結局その日のうちに地下の大浴場と拠点の建物まで完成させ、深夜に闇ギルドの拠点を一人で浄化しに行った。
ああ、やることがいっぱいだ……。
第5話 社畜とアーリンと王女
拠点作りに着工した日から、十日が経った。
昨日はD研に戻るのも面倒で、拠点の客室で寝てしまった。
最近、少し寒くなってきた。なんとなくこの国の気候は日本に似ているように感じる。
「……はぁ」
起き抜けに、思わず溜め息が零れた。
最初こそ王都に来るのを楽しみにしていたが、今は早く逃げ出したいとすら考え始めている。
闇ギルドの拠点を浄化した翌日に拠点が完成し、引っ越しも済んだ。
その翌日には幹部用の建物が完成した。エクレアさんとネフェルさんもそこに引っ越してきた。さらに翌日にはバルドーさん専用の裏組織用の建物も完成した。こちらはまだ具体的な使い方を決めていないので、三階をバルドーさん専用の執務室にしただけで、それ以外は未着手だ。
結構巻きでやったので、これで数日は余裕が出来たかと思ったが、そんなタイミングでバルドーさんが王宮との調整をちょうど終わらせてしまった。
それで本格的に研修施設の建設を始めることになってしまった。
二日後には魔術師と錬金術師の、その二日後には冒険者と兵士用の研修施設を建てた。
そしてその三日後には地下に訓練施設、地上部分には研修者用の宿舎を建てる。
これらは建物を造っただけで、内装や備品のほとんどは王都の職人や商人に発注した。
ちなみにエクレアさんやネフェルさん達をはじめとした女性陣からの要望で大浴場を数ヶ所造ったが、みんなからの評判は非常に良い。
王都は研修施設が出来たことで驚くほど活気づいて、景気が良くなっているようだ。
これでようやくゆっくり出来ると思っていたら、隣の区画を王宮から提供されたとバルドーさんに言われた。
元宮廷魔術師や研修施設で働く人やその家族の住居をそこに建ててほしい、とのこと。
まだしばらく社畜生活が続くと思うと、涙が零れそうになる。
辛いのはそれだけじゃない。目立たないように夕方から朝まで働いて昼まで寝る生活が続いているせいで、みんなと生活サイクルがずれてしまっている。
シルやピピと一緒に寝られないので、ストレスが溜まってしまうのだ。
ただ、あのドロテアさんですら忙しく働いているので、それを励みになんとか頑張っている。
落ち着いたら王都を出てゆっくりしたい。最近はそんなことばかり考えている。
今日は午後から教会に行って、あらゆる情報を登録したり特許申請したり出来る『知識の部屋』の設置をお願いする予定だ。どうすれば設置出来るのかは知らないが、アンナが出来そうなことを言っていたのでお任せしよう。
また、前回教会に行ったとき、この世界を創造した女神であるテラス様に会った。
毎回呼び出されるとは限らないけど……テラス様と会ったら、愚痴を零してしまいそうで怖い。
不満に脳内を苛まれ続けているのはよくない。頭を左右にぶんぶん振って、一階のリビングに下りていく。
足音に気が付いたのか、シルが近寄ってくる。
ふふふっ、愛い奴じゃ!
食事前にシルモフを堪能するのがここのところの日課になっている。シルと一緒にリビングに入ると、シルモフスペースに直行する。
そしていつものように、両目を瞑ってシルモフを堪能する。
最近はしばらくシルモフを堪能していると、少ししてからジジかアンナが食事の準備が出来たと呼びに来る。毎日同じ時間に起きるので、それに合わせてくれているようだ。
今日も誰にも邪魔されず至福の時間を過ごしていた。
「ちょっと! その子は私がモフッていたのよ。勝手に取らないで!」
んっ、至福の時間を邪魔したのは誰だ!?
シルモフをしながら片目を開けて確認すると、見たことのない美少女がなぜか怒ってこっちを見ている。
俺は返事するのも面倒で、無視することに決めた。
「ふふふっ、シルのモフモフは最高だぁ~!」
思わず呟いてしまう。
「いい加減にしなさい! 私の話が聞こえないの!」
「ほれ、ここか? ここが気持ち良いのか?」
シルの首筋を撫でながら、感触を楽しむ。
「キィーーー! あなた、私にこんな無礼なことをして、どうなるか分かっているの!?」
そんなこと知るか! 至福の時間を邪魔するんじゃない!
「ジジ、ジジはいないの!?」
なんだと!? なんでこいつがジジを呼び捨てにしているんだ!
「はい、お呼びになりましたか? あっ、テンマ様、おはようございます」
「おは――」
「ジジ、この無礼者が失礼なことをしてきたの。すぐにドロテア様に伝えてちょうだい!」
ジジに声を掛けようとしたのに、邪魔をしやがった!
それにジジに当然のように命令するのが納得出来ない。
べ、別にジジを取られたような気がして腹を立てたのではない……たぶん。
「えっ、あの、でも……」
「使えない子ね、アンナ、アンナはいないの!?」
あ、こいつ! ジジを侮辱しやがった!
ジジが涙目になっている。また、どす黒い何かが溢れてきそうだ……!
バルドーは国王の執務室で国王と宰相に会っていた。
「バルドー、今日は珍しく普通に正面から来たらしいな?」
国王がバルドーに尋ねる。
元老院とのいざこざがあった際には、バレないよう窓などから王宮に侵入していたバルドー。
事態が収束したとはいえ、慎重なバルドーがこうして普通に現れたことに驚いたのである。
「はい、今日は同行者がいたので、普通に訪問いたしました」
バルドーが答えると宰相が楽しそうに話す。
「陛下、なんと獣人の子供と一緒に来たようでございます」
「なんと……まさかお前の子か?」
「いえいえ、私の弟子になります」
「待て、報告では十歳にも満たない子供だと聞いたぞ!?」
宰相がバルドーの話を聞いて、驚いた声で尋ねた。
「はい、まだ八歳です。ですが、すでに大人に負けない実力があります。ただ、知識が追い付いていないので、カイナとアイナに教育をお願いしてきました」
「バルドー、あの二人に何を教えさせるのだ?」
「二人には私が教えたことを、同じように教えてくれと頼みました」
「「……」」
国王と宰相は驚きのあまり固まってしまった。
カイナとアイナはバルドーから諜報活動のすべてを叩き込まれている。
調略や暗殺、毒薬の調合など、普通では知ることの出来ない内容ばかりである。
「八歳の少女にそんなことを教えて、大丈夫なのか?」
国王が心配そうに尋ねる。
「彼女は間違いなく逸材です。彼女には私のすべてを教えようと思っています」
「それほどの逸材なら、将来は国のために働いてもらえないか? 教育に必要な援助は惜しまぬぞ!」
国王は真剣な表情でバルドーに頼んだ。
しかし、バルドーは首を横に振る。
「それは無理ですな」
「なぜじゃ?」
「テックス様が可愛がっているのです。私の一存では決められません」
国王と宰相はバルドーの返答に驚いた。
「テ、テックス殿は情報を得るために少女を育てることまで……」
宰相の呟きに、バルドーはまたしても首を横に振る。
「いえ、テックス様は彼女を家族のように可愛がっているだけですよ。実戦は危険なのでやらせたがらず、私も困っているくらいです」
「お、お前は、テックス殿を怒らせて大丈夫なのか?」
「ふむ、怒らせたら大変でしょうな。ですが、彼女が訓練を受けたり知識を学んだりすることに、それほど反対はされていません。怒るとすれば、彼女を傷つけるような相手に対してでしょうな。今回の悪魔王事件も彼女の姉が襲われたことが、すべての始まりでしたから」
バルドーは気軽に答えたが、それを聞いた国王と宰相の顔色が変わった。
「す、すぐに、その少女を警護するように指示を出せ!」
「はい、すぐに!」
国王の命令を聞いて、宰相が慌てて部屋を出ていく。
「ああ、そんな必要はないのに。カイナとアイナが一緒にいるのですよ?」
バルドーはそう念を押したが、国王は呆れたようにバルドーに言う。
「馬鹿な貴族や役人が少女に何かしたらどうする!?」
「はははは、その場合は遠慮なく相手を殺すようにカイナ達に言ってありますから、大丈夫ですよ」
「大丈夫なものか! カイナ達が貴族を殺せば大問題だ!」
「確かにそうですなぁ」
国王は疲れた表情でバルドーを睨みつけたが、バルドーが気にした様子はまったくなかった。
しばらくすると宰相が戻ってくる。そして国王に近衛騎士に指示してきたと報告した。
国王はそれを聞いて、表情を緩ませる。
「うむ、では本題だ。宰相、例の書類を頼む」
宰相が書類をテーブルに置いた。
そこにはテックスに関連するあらゆることが書いてある。
書類を見ながら宰相は言う。
「まず、今回、テックス様から元老院の会議場を壊した賠償としていただいた品についてですが、高価すぎます」
書類に記されている金額を示しながら説明する。
「こちらはオークションに出した場合の開始価格です。実際にはこの何倍もの値段が付く可能性があります」
「エリクサーなど国宝だぞ。そんなものに金額などつけられるものか!」
宰相の言葉に国王が補足した。
「クククッ、相変わらずテックス様は面白いことをなさる。たぶん自分がきっかけで、ドロテア様が暴走したと考えたのでしょう。しかし、相変わらず物の価値を理解していませんねぇ」
笑っているバルドーに宰相が尋ねる。
「本当にその説明通りなら安心出来るのですが……。我々としては、『これほどの物を渡したのだから反抗するな』と脅されている気になるのだ。それは違うのだな?」
「さあ、どうでしょうか? そんなことはないと思いますが、私にテックス様の真意は分かりませんから」
バルドーは惚けたように答えた。
「バルドー、そう苛めるでない! 私と宰相はテックス殿の真意が分からず、夜も眠れないのだぞ。貴族共や側室、それに他国からも問い合わせが来ている。頼むからテックス殿の真意を確認して教えてくれ!」
国王は縋るようにバルドーに頼み込んだ。
バルドーは最初に説明した通り、テンマはやりすぎたと反省して高価な物を渡したと思っている。そして国宝級のお宝に関してもあまりにも簡単に発見出来てしまったことで、それほどの価値があると気付いてないと推測していた。
ただ、それを確定させることに意味があることも確かだろうと結論付け、頷く。
「分かりました。テックス様に確認しておきましょう」
宰相がホッとした顔をする。
「それとドロテアが王妃に若返りポーションを贈ったそうだ。テックス殿が渡した物を、ドロテアが勝手にプレゼントしてしまった可能性もあるのではないかと心配しているのだ。そのことでテックス殿の怒りが王国に向いたら困る。それも問題ないか確認してくれないだろうか。……出来ればテックス殿が返却を希望しているように、やんわりと話を持っていってほしいのだが……」
最後の一言はとてもか細かった。
テンマは気にしないだろうと思いつつも、バルドーは国王がなぜ若返りポーションを返却したがっているのか疑問だった。
「確認はしますが……なぜポーションを返したいのですか?」
「……他の側室も欲しがって、困っているのだ。王妃が貰った物を王妃が使うのは当然のことだ。しかし、それによって妻達の関係性が悪化してほしくはないのだ……」
国王の話を聞いてバルドーも気の毒だと思ったが、断る。
「それは大変だと思いますが、テックス様にお願いすることは難しいと思います。テックス様とドロテア様間の関係がそれによって悪化する方が嫌ですので。それに、夫婦の問題を持ち込まれても困りますなぁ」
「そうか……」
バルドーの返事に国王は残念そうに俯いた。宰相も気の毒そうに国王を見ているが、それ以上は何も出来ない。
宰相は話題を変えるために話を戻す。
「元呪いの館の周辺の土地は、商業ギルド経由でテックス殿が買い取ったようだな?」
「ええ、呪いの館の跡地も含め、研修施設を建設する予定です」
「そうか。ならテックス殿から貰いすぎた賠償金でさらに周辺の区画を国が買い上げ、テックス殿に提供させてもらうとしよう」
「ほほう、それは大盤振る舞いですなぁ」
予想外の国王の提案にバルドーは疑いの目を向けた。テンマを飼い慣らそうとしているのではないかと思ったのである。
「そんな目で見ないでくれ。実は周辺の土地から人が逃げ出しておる。商業ギルドからも相談されて、安く買い上げる話がついたのだ」
バルドーは理由が分からずに戸惑う。
すでに呪いの館が浄化されたことは正式に告知されているのになぜなのか、と。
「呪いの館を浄化したことで悪魔王が生まれたという噂が立っているのだ。そして、あの周辺は呪いの館があったために普通の民は住もうとせず、そのせいで訳ありの連中が多く住み着いていたのだ。そんな場所に住みたいと思う奴がそう何人もいると思うか?」
宰相の説明にバルドーはなるほどと納得した。
「それにお願いもある。出来れば宮廷魔術師やその家族達に住まいを提供してほしい。今いる宮廷魔術師の大半がテックス殿の管理下に移るし、王都にいない宮廷魔術師が戻ってきても、ほとんどがテックス殿の管理下に入ることになるだろう。だから、王宮がそのために土地を提供したことにしてほしいのだ」
「ふむ、それは随分と王宮に都合の良い話ですねぇ」
バルドーは笑みを浮かべながら、嫌味を言った。
「その通りだが、これまで王宮の対応で辛い思いをさせた宮廷魔術師に、良い環境を提供したいという気持ちには偽りはないのだ」
国王は真剣な表情でそう口にした。
「とはいえ、もちろん元宮廷魔術師との関係を良好にしたいとの思惑はある。関係が悪いという噂が広まっては困るのも本音だ。かつてこの国のために働いてくれていたお主に改めて頼む。国のために、その方向で考えてくれないか?」
「分かりました。最終的にはテックス様の意向を聞いてからになりますが、その方向に進むように調整しましょう」
「助かる!」
宰相はバルドーにお礼を言い、国王はホッとした表情を見せる。
そしてバルドーはテンマにどう働いてもらうか、頭の中で計画し始めたのであった。
第4話 王都の拠点
王都のどの辺に拠点を造ろうかと考える。
慰霊碑と礼拝堂を建て、その周辺には色々な場所から木や植物を持ってきて植えた。それによって区画の三分の一が公園のようになっている。
その区画の最奥に、拠点を建てるか。
建物は木造の温泉宿風にしよう。それほど大きくするつもりはない。地下に大浴場を造り、一階はリビング、食堂、来客用の応接室、メアリ夫妻の部屋を作る。
そして二階にはドロテアさん、マリアさん、狐の守り人用と来客用の部屋を何部屋か用意する。そして二階の最奥の部屋にD研の入り口を設置しよう。
自分の部屋は作らない。どこでも自宅を利用すれば良いからな。ジジやピピ、それにアンナも、どこでも自宅で生活させよう。
今後はドロテアさんやミーシャ達は、基本的には許可なくD研に入れないようにする。
どこでも自宅は自分が安らげる場所であるべきだからな。
最近は出入りが多くなりすぎている。
拠点さえ出来れば、D研に人を入れる必要はないはずだ。
ミーシャはしばらくは狐の守り人として活動するので、あえて入れる必要はないだろうという考えから。
ドロテアさんは言わずもがな、トラブルを持ち込んでくるのでなるべく関わりを減らしたいという意図だ。
マリアさんは許可したいが、そうなればドロテアさんが納得しないだろう。
エクレアさんはそれほど関係が深いわけではない。近日中に魔術師向けの建物や研修施設を造るのでそちらに部屋を用意する。
バルドーさんは拠点で会えば問題ないし、必要なら別の建物を用意しても良い。
反対に、どこでも自宅に泊まるメンバーは入れる理由があるのだ。
ジジやピピは一緒にいて癒されるから、むしろいてほしい。
アンナとは以前のような確執はなくなったけど、肉食系メイドにクラスチェンジしたのは困りものだ。ただ眷属である彼女を突き放すのは難しい。それこそ膝枕の件を思い出すと、これでどこでも自宅に入れなかったらかなりいじけそうだし。
拠点を作ったら研修施設にも着手しなきゃだよなぁ。
研修施設は魔術師用、冒険者用をそれぞれ用意する予定だ。魔術師用の施設はエクレアさんに、冒険者用はネフェルさんに管理してもらう。
そしてドロテアさんには魔術師用の研修担当に、マリアさんとバルガスには冒険者用の研修担当を務めてもらいたい。
バルガスは狐の守り人の世話をしているのを見る限り、意外に面倒見がよく、冒険者の仕事に精通している。思い込みが激しくてすぐ調子に乗るが、適任だろう。
……っていうかあれだな、幹部用の建物があっても良いか。
そんなことを考えてから、自分達の拠点を造り始めた。
結局その日のうちに地下の大浴場と拠点の建物まで完成させ、深夜に闇ギルドの拠点を一人で浄化しに行った。
ああ、やることがいっぱいだ……。
第5話 社畜とアーリンと王女
拠点作りに着工した日から、十日が経った。
昨日はD研に戻るのも面倒で、拠点の客室で寝てしまった。
最近、少し寒くなってきた。なんとなくこの国の気候は日本に似ているように感じる。
「……はぁ」
起き抜けに、思わず溜め息が零れた。
最初こそ王都に来るのを楽しみにしていたが、今は早く逃げ出したいとすら考え始めている。
闇ギルドの拠点を浄化した翌日に拠点が完成し、引っ越しも済んだ。
その翌日には幹部用の建物が完成した。エクレアさんとネフェルさんもそこに引っ越してきた。さらに翌日にはバルドーさん専用の裏組織用の建物も完成した。こちらはまだ具体的な使い方を決めていないので、三階をバルドーさん専用の執務室にしただけで、それ以外は未着手だ。
結構巻きでやったので、これで数日は余裕が出来たかと思ったが、そんなタイミングでバルドーさんが王宮との調整をちょうど終わらせてしまった。
それで本格的に研修施設の建設を始めることになってしまった。
二日後には魔術師と錬金術師の、その二日後には冒険者と兵士用の研修施設を建てた。
そしてその三日後には地下に訓練施設、地上部分には研修者用の宿舎を建てる。
これらは建物を造っただけで、内装や備品のほとんどは王都の職人や商人に発注した。
ちなみにエクレアさんやネフェルさん達をはじめとした女性陣からの要望で大浴場を数ヶ所造ったが、みんなからの評判は非常に良い。
王都は研修施設が出来たことで驚くほど活気づいて、景気が良くなっているようだ。
これでようやくゆっくり出来ると思っていたら、隣の区画を王宮から提供されたとバルドーさんに言われた。
元宮廷魔術師や研修施設で働く人やその家族の住居をそこに建ててほしい、とのこと。
まだしばらく社畜生活が続くと思うと、涙が零れそうになる。
辛いのはそれだけじゃない。目立たないように夕方から朝まで働いて昼まで寝る生活が続いているせいで、みんなと生活サイクルがずれてしまっている。
シルやピピと一緒に寝られないので、ストレスが溜まってしまうのだ。
ただ、あのドロテアさんですら忙しく働いているので、それを励みになんとか頑張っている。
落ち着いたら王都を出てゆっくりしたい。最近はそんなことばかり考えている。
今日は午後から教会に行って、あらゆる情報を登録したり特許申請したり出来る『知識の部屋』の設置をお願いする予定だ。どうすれば設置出来るのかは知らないが、アンナが出来そうなことを言っていたのでお任せしよう。
また、前回教会に行ったとき、この世界を創造した女神であるテラス様に会った。
毎回呼び出されるとは限らないけど……テラス様と会ったら、愚痴を零してしまいそうで怖い。
不満に脳内を苛まれ続けているのはよくない。頭を左右にぶんぶん振って、一階のリビングに下りていく。
足音に気が付いたのか、シルが近寄ってくる。
ふふふっ、愛い奴じゃ!
食事前にシルモフを堪能するのがここのところの日課になっている。シルと一緒にリビングに入ると、シルモフスペースに直行する。
そしていつものように、両目を瞑ってシルモフを堪能する。
最近はしばらくシルモフを堪能していると、少ししてからジジかアンナが食事の準備が出来たと呼びに来る。毎日同じ時間に起きるので、それに合わせてくれているようだ。
今日も誰にも邪魔されず至福の時間を過ごしていた。
「ちょっと! その子は私がモフッていたのよ。勝手に取らないで!」
んっ、至福の時間を邪魔したのは誰だ!?
シルモフをしながら片目を開けて確認すると、見たことのない美少女がなぜか怒ってこっちを見ている。
俺は返事するのも面倒で、無視することに決めた。
「ふふふっ、シルのモフモフは最高だぁ~!」
思わず呟いてしまう。
「いい加減にしなさい! 私の話が聞こえないの!」
「ほれ、ここか? ここが気持ち良いのか?」
シルの首筋を撫でながら、感触を楽しむ。
「キィーーー! あなた、私にこんな無礼なことをして、どうなるか分かっているの!?」
そんなこと知るか! 至福の時間を邪魔するんじゃない!
「ジジ、ジジはいないの!?」
なんだと!? なんでこいつがジジを呼び捨てにしているんだ!
「はい、お呼びになりましたか? あっ、テンマ様、おはようございます」
「おは――」
「ジジ、この無礼者が失礼なことをしてきたの。すぐにドロテア様に伝えてちょうだい!」
ジジに声を掛けようとしたのに、邪魔をしやがった!
それにジジに当然のように命令するのが納得出来ない。
べ、別にジジを取られたような気がして腹を立てたのではない……たぶん。
「えっ、あの、でも……」
「使えない子ね、アンナ、アンナはいないの!?」
あ、こいつ! ジジを侮辱しやがった!
ジジが涙目になっている。また、どす黒い何かが溢れてきそうだ……!
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