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8巻
8-3
「お呼びでしょうか? あっ、テンマ様、おはようございます!」
「何を悠長に挨拶しているの! こいつが無礼を働いたのよ。すぐにドロテア様に伝えてちょうだい!」
ヤバい! 抑えきれそうにない!
「黙りなさい! 無礼なのはあなたでしょう!」
あれ、アンナが先にキレた!?
「えっ、何を……? メイドが私に……!?」
美少女が混乱している。ジジも驚いている!? 俺も驚いている!
「テンマ様、この女はすぐに放り出しますので、食事にされてはどうでしょうか?」
え~と、どうしよう……。
アンナが先に怒ったことで、どす黒い何かが引っ込んじゃった……。
「あぁ~、テンマせんせぇ~!」
懐かしい声が、リビングに響いた。
俺のことを先生と呼ぶのは一人しかいない。
「アーリンか、久し――」
「アーリンさん、この無礼者を知っているの?」
俺の話をぶった切り、美少女がアーリンに話しかける。
また、どす黒い何かが……。
「無礼者はあなたです!」
うん、俺のどす黒い何かは引っ込んだ!
代わりにアンナの周りにはどす黒い何かが漂っている。
「メイドが私に二度もそんな口の利き方を!?」
「えっ、何、どうしたの?」
美少女とアーリンは二人そろって混乱している。
「出ていきなさい!」
アンナが追い打ちをかけた。
「アンナ、どういうこと? 私はシャルロッテ様を紹介したわよね。それなのにそんな口の利き方は失礼ですよ!」
「アーリン様、シャルロッテ様はテンマ様を無礼者扱いしたのですよ。許されることだとおっしゃるのですか?」
アーリンは驚いた表情で、俺とシャルロッテと呼ばれた少女を交互に見る。
「またアーリンが勝手に連れ込んだのかい? 今度は一年、いや二年はピピと訓練してもらおうかな」
俺は冗談半分でそうアーリンに言った。
「待って! 先生、待ってください!」
「アーリン、もう俺は先生じゃないよ。それより俺の唯一の癒しの時間をこいつが邪魔したんだ。今の俺にとって本当に大切な時間なんだ、分かるかい? 毎日、毎日、昼から翌日の朝まで必死に働いて。みんなと生活サイクルが違うから、シルやピピと一緒に寝られない。だから起きたらシルモフをするのが俺の唯一の癒しの時間なんだぞ。それを邪魔することは絶対に許さない! それだけじゃない。なんでジジやアンナにこいつが命令するんだ?」
「ああぁ、待って下さい! 勝手に連れ込んだのではありません。大伯母様が一緒に行って良いと……。お願いです。ピピちゃんとの訓練だけは……。また……またあの地獄の日々が……グスッ、わーーーん!」
アーリンが大きな声で泣き始めた。久しぶりにアーリンと会ったのに、こんなことになるとは……。
「何事ですかな?」
うん、良いタイミングでバルドーさんが来た。
バルドーさんは、それぞれの言い分を聞いて話を整理し始めた。
なんと美少女――シャルロッテはこの国の王女で、学校でアーリンと同じクラスなんだそう。
そして仲良くなったから俺に会うために、ここにアーリンとともに一緒に顔を出した。
アーリンは何度も妖精の寝床を訪ねたが、いつも俺が出払っていて会えなかった。そして拠点へ引っ越してからは壁の中に入ることも出来なかった。
そんな中、ドロテアさんが勝手に場所を教え、アーリンをよく知るジジが応対したことで拠点にやってきた。
そして久しぶりにアーリンに会ったピピが訓練したいと言い出したけど、D研に俺の許可なく人を入れるのは躊躇われる。
しかしピピが悲しそうな顔をしたので、シャルロッテはここで待ち、訓練場にピピとアーリンが訓練しに行って戻ってきたら揉め事が起こっていた、という流れらしい。
……うん、やっぱり俺は悪くないじゃないか!
相手が王女だったのは少々まずい気もするが、シルは俺の従魔であり家族だ。
「だいたい、なんで俺がこんな大変な思いをしているか分かっているのか。王宮からの依頼がなければ、今頃のんびりと過ごせていたんだ! この国の国王は人に仕事を頼んでおいて、その人の癒しの時間を邪魔するのか! 最低だぞ! どう考えてもそんなこと許されるはずがない! そうだ、俺は間違っていない! 国王の頼みでも仕事なんかもう絶対にやるもんか! うん、旅に出よう。この国に戻ってこなければ良いんだ! よし、今晩逃げ出そう!」
溜め込んでいた不満を心の中でぶちまけたことで、少しスッキリした。
若干冷静になれたので、改めて話をしようと顔を上げる。
「もちろん私も一緒に行きます!」
えっ! アンナに心の声が伝わった?
「私とピピも一緒に行きます!」
あれっ、ジジにも聞こえたの? もしかして念話で伝わったのかな?
「テンマ様、私から国王に抗議します。だから国を出るのはお止めください!」
バルドーさんまで!
「私が悪いんです。いつも私が悪いんです! わーーーん!」
アーリン、お前もか!? なんか変じゃね?
「お、お待ちください! すべての原因は私にあります。どんな罰でも受けます。だから国王からの依頼を断るのだけは、どうか、どうかお許しください。グスッ、私のせいで父や民に迷惑を……。まさかあなたがテック……お願いします。わーーーん」
ええぇ、王女まで泣きだしたぁ! なんで王女のシャルロッテにまで心の声が!?
あっ、もしかして!
「バ、バルドーさん」
「はい、どうかお許しを」
いやいや、頭を下げなくても!
「もしかして、声に出ていましたか?」
「えっ、はい。テンマ様のお気持ちをハッキリと聞かせてもらいました」
「のぉぉぉぉぉ!」
前世で辛いことがあったときの『心の中で不満をぶちまけて忘れよう』作戦がー!
まずい、まずい、まずいーーー! 本音とはいえ、全部聞かれていたとなれば都合が悪い。
この事態をどう収拾すれば良いんだ!
第6話 とりあえず解決?
まさか心の声が全部口から出ているとは……。
一度考えをまとめると話して、一人でどこでも自宅に移動する。
もちろん、シルは一緒に連れてきた。シルモフしながら考えを整理するためだ。
『心の中で不満をぶちまけて忘れよう』作戦に失敗して結局口から零れた心の声は、本心である。
しかし、本音を語るだけで人間関係が上手くいくとは思えない。
だが、どうなんだろう……?
すべてを曝け出すのは良くないと思うが、やはり前世でのトラウマから、我慢しすぎる癖がついていたのはあるかもしれない。
テックス仮面になったときに途轍もない解放感を味わったのは、それが理由なのかもしれない。
チート能力で他の人より能力が高いのは間違いない。そして、その気になれば人のために色々なことは出来るだろう。でも、それが本当に自分のやりたいことだろうか?
頼まれたことを断るのが恐い。なぜなら断ることで嫌われたり、もっと嫌な思いをしたりするかもしれないと思うからだ。
しかしそれは前世でのこと。この世界でもそうとは限らない!
肉体に引っ張られているのか、転生してからの自分は前世のときより感情の起伏が激しくなってしまっている。そして前世のトラウマと、研修時代のボッチ生活……。
やはり気持ち的に余裕のある生活をしないとダメだな。
考えが整理出来たので、再びリビングに向かったのであった。
リビングに戻るとドロテアさんとマリアさん、それにバルガスと狐の守り人まで揃っていた。
バルドーさん曰く、ドロテアさんとマリアさんは食事のついでにアーリン達の様子を見にきたようだ。そしてバルガス達は探索に一区切りがついたので、今日は早めに戻ってきたらしい。
なんでドロテアさんとアーリンとシャルロッテ王女まで正座しているの?
そして、バルガス! なんでお前まで正座している?
ダメだ、状況がよく分からない。
リビングの状況を見て混乱していると、マリアさんが厳しい表情で説明を始めた。
「テンマ君、ドロテア姉さんの愚行と、この小娘達の過ちをお許しください」
予想外の方向に進んでいる気がするぅ~。
うん、マリアさんに鞭を持たせたら似合いそうだな。
……いやいや、そういうことじゃない!
「マリアさん、俺も言いすぎました。なんていうか心の中の不満みたいな物が、疲れとか色々な物と混ざりあって、消化しきれなかったようです。ドロテアさんがアーリンをここに入れたのも問題ありませんし、友達が一緒なのも大きな問題ではありません」
「聞いたか! 私はまったく悪くないのじゃ!」
うん、ドロテアさんは今回は悪くないけど、罰を与えたくなる……。
「では、お姉さんとアーリンさんはソファにお座りください」
「……いつも私が悪いと決めつけられるのは、納得出来ないのじゃ……」
マリアさんがドロテアさんを解放したが、ドロテアさんはブツブツと文句を言っている。
いやいや、日頃の行いのせいだから、自業自得ではあるだろ……。
アーリンがホッとした表情で立ち上がる。
ちらちらとピピを見ている気がするな……。
「ですが、こちらのシャルロッテはテンマ君の従魔であるシルを奪おうとし、それが出来ないとなると王家の立場を利用して悪辣非道にもテンマ君を無礼者扱いしました。これは王家による宣戦布告ではないでしょうか!」
いやいやアンナさん、宣戦布告ではないよね。
それに相手は王女だよ?
「任せるのじゃ! 私が王宮ごと吹き飛ばしてやるのじゃ!」
それこそ大問題だよ!
「ふぅ~、まずはドロテアさん。変なことを言うと、それこそ二度と口を利きませんよ」
「私は何もしない。何も言わないのじゃ!」
口に指でバツの形を作るのは良いが、喋ってんじゃん!
まあ良い。俺は全員に向かって言う。
「それと、これ以上問題を大きくしないでください。確かに彼女の行いについて完全に納得したわけではありません。ですが成人前ということもあり、今回は大目に見ましょう」
シャルロッテは驚いた顔をしたかと思えば、安心したのか涙をぽろぽろ零し始めた。
それを横目に俺は言い切る。
「ただ、彼女だけでなく、今後誰であろうとシルモフの邪魔する者は許しません!」
「「「分かりました」」」
シルモフの時間だけは誰にも奪わせない!
この世界の人達がホロホロ鳥を特別視するように、俺にとってはシルモフの時間は特別なんだ!
拳を握り締めて固い決意を宣言すると、みんなも納得してくれた。
なんとなく呆れたような視線も感じるが、絶対に譲れない戦いがここにあるのだ!
「それと追加の作業ですが、本当は断りたいです!」
「もちろんでございます。テンマ様がなんでも簡単にこなしてしまうのを見て余裕があると勘違いし、私が余計な仕事を引き受けてしまいました。今回のことで一番悪いのは私でございます」
バルドーさんが申し訳なさそうに謝罪してきた。
「俺も嫌なら嫌と言うべきでした。でも、誰かのためになるなら仕方ないと思っていました。しかし、これからは断ろうかなと」
「了解しました」
「ただ、今回引き受けている一件を断ると、彼女の立場が悪くなってしまうでしょう」
そう言いながらシャルロッテに視線を向ける。自分がきっかけで国王が頼んだ仕事を断られてしまう可能性に気付いて、彼女の顔色はまた悪くなっていた。
子供に責任を負わせるべきじゃないよな。
……なんか久々に大人っぽいことを考えていないか!?
なんだか少し心が浮つくのを感じるが……あれ、これは幼稚な発想かな?
いや、気にするまい! それで彼女の立場が悪くならなければ別に良いじゃないか!
俺は言う。
「――だから五日以内にこの仕事は、一気に終わらせます!」
「「「おお~」」」
うん、気持ち良い!
そして本題はこれからだ。
「それが終わったら王都を離れて休暇の旅に出ます!」
みんなは少し驚いた顔をしたが、それぞれ別の思いがあるようだ。
「テンマ様には王都にいてほしいですな」
「やりかけの仕事はどうすれば……」
バルドーさんとマリアさんは眉を顰めている。
「えっ、俺の正座は?」
バルガスは未だ一人だけ律儀に正座している。可哀想ではあるが、今は突っ込んでいる場合じゃないな。
「むふ~!」
「今度はどこに行くのじゃ?」
「また旅なの! 仮面付ける?」
ミーシャ、ドロテアさん、ピピは目を輝かせているな。
……ピピ、仮面は付けないよ。
「まあ旅と言っても大きな目的があるわけではありません。行ったことのない周辺の町でもゆっくりと見て回ろうかという程度です」
みんな楽しそうに話を聞いているけど、俺の休暇だよ?
「この中で一緒に行くのはジジとアンナとピピ。それ以外は王都でやることがありますよね?」
「やったーーー!」
両手を挙げて喜ぶピピと対照的に、ミーシャは「が~ん!」と口に出して呆然としている。
「私も一緒に行くのじゃ!」
そう言うドロテアさんを、バルドーさんとマリアさんが止めている。
「それは受け入れられませんね」
「同感です」
「えっ、俺の正座は?」
……バルガスはもう良いよ。
俺は、まずはマリアさんに話しかける。
「マリアさん、やることがたくさんありますよね?」
「……はい、魔術師としても冒険者としても、この研修施設でやりたいことはたくさんあります。娘のミイや妹のメアリがいることを考えても、今は王都を離れることは出来ません。それに、ドロテア姉さんには、今王都を離れられると困ります。エクレアが実務や王宮との橋渡しをしていますが、ドロテア姉さんがいることで話を通しやすくなっていることは確かですから」
ドロテアさんはこんなだけど、影響力が大きいからな。
特に俺が王都を離れるとなれば、尚のこと留まってもらわないと困るのだろう。
マリアさんの話を聞き、ドロテアさんは口を開けた状態で固まっている。
それを無視して、俺はミーシャの方を向く。
「ミーシャは冒険者として優先してやることがあるよね? 冒険者として一流になるためにも、今の仲間のためにも……」
ミーシャは涙目で、狐の守り人のメンバーであるタクトとジュビロ、そしてリリアと目を合わせた。パーティにとって、ミーシャが抜けることは大きい。今の状態を継続した方が良い。
ミーシャにもそれが理解出来たのか、ケモミミをヘニョらせて頷いた。
「テンマ様、もしものことを考慮して、研修施設が稼働するまでは王都に残っていただきたいのですが……」
どうやらバルドーさんは俺が王都を離れることに反対のようだ。
「何かあれば念話で連絡をしてくれればすぐに戻ってきます」
どこまで念話が届くのか細かく検証はしていないけど、近場の町なら大丈夫なはずだ。
空を飛べば、連絡をもらったその日に戻れるだろう。
「ですが……」
どうにかしてバルドーさんを説得しないと、王都で休暇を取らされることになりそうだ。
でも王都にいると――
「テンミャァーーー!」
そう、この人が持ってくるトラブルに巻き込まれてしまう。
ドロテアさんは絶対にダメ! ゆっくり出来なくなるし、マリアさんの言う通り王都でしっかり働いてもらおう。
「大丈夫ですよ。すぐに帰ってきますからぁ」
「本当か?」
涙と鼻水で顔面をぐしょぐしょにしているドロテアさんに、俺はしっかり頷いてみせる。
「はい、本当ですよ。その間、俺にとって大切な研修施設をお願いしますね」
はい、嘘です! のんびりと時間を掛け、遠回りしようと考えています。
第7話 テラス様と再び
自分の考えをみんなに伝えると、多少の反発はあったが、とりあえずは受け入れてもらえたようだ。
バルドーさんを味方に引き入れたいけど、現状、良い案が浮かばない。
思いのほか遅い時間になってしまったので、急いでアンナと教会へ行くことにした。
教会に到着すると中にいたシスターにアンナが声を掛ける。
「知識の部屋の設置は、どちらでお願いすればよろしいでしょうか?」
声を掛けられたシスターは不思議そうな表情で俺達を見た。確かに成人したばかりの少年とメイドが、ギルドとかにしかない知識の部屋を設置したいと言い出せば、そんな顔にもなるか。
「え~と、どちらのギルドに設置するのでしょうか?」
「いえ、ギルドではなく研修施設に設置したいのです」
「けんしゅう施設? 国の施設でしょうか?」
シスターはますます意味が分からないという表情になる。
しかし、次のアンナの一言で状況が変わった。
「違います。テックス様が造った施設になります」
「テックス様! あっ、申し訳ありません。すぐに大司教に伝えてきます!」
なんだろう、今の反応は。
気にしても仕方ないので、俺は教会の中をゆっくり眺めた。
他にもシスターが何人かいるようだ。病気や怪我人を案内しているみたいだな。
たぶん回復や治療に訪れた人達だろう。
予想以上に中は広かった。そして何より驚いたのが、その広い礼拝所のような場所が人々で埋め尽くされていることだった。
誰もが悲壮感を漂わせながら、必死にテラス様の像に向かって祈りを捧げている。
まさか、先日の悪魔王事件で後ろめたいことがある人が祈っているのではあるまいな……?
いや、この世界の人々は信心深いのだ。そうに違いない。
王都の教会だからだろう、やはりロンダのテラス様の像より大きいし、作りも綺麗だ。そう思ってじっくりと像を見つめた瞬間に、体がふわっと浮くような感じがした。
あれ、祈らなくてもテラス様のもとへ行けるのか?
「何を悠長に挨拶しているの! こいつが無礼を働いたのよ。すぐにドロテア様に伝えてちょうだい!」
ヤバい! 抑えきれそうにない!
「黙りなさい! 無礼なのはあなたでしょう!」
あれ、アンナが先にキレた!?
「えっ、何を……? メイドが私に……!?」
美少女が混乱している。ジジも驚いている!? 俺も驚いている!
「テンマ様、この女はすぐに放り出しますので、食事にされてはどうでしょうか?」
え~と、どうしよう……。
アンナが先に怒ったことで、どす黒い何かが引っ込んじゃった……。
「あぁ~、テンマせんせぇ~!」
懐かしい声が、リビングに響いた。
俺のことを先生と呼ぶのは一人しかいない。
「アーリンか、久し――」
「アーリンさん、この無礼者を知っているの?」
俺の話をぶった切り、美少女がアーリンに話しかける。
また、どす黒い何かが……。
「無礼者はあなたです!」
うん、俺のどす黒い何かは引っ込んだ!
代わりにアンナの周りにはどす黒い何かが漂っている。
「メイドが私に二度もそんな口の利き方を!?」
「えっ、何、どうしたの?」
美少女とアーリンは二人そろって混乱している。
「出ていきなさい!」
アンナが追い打ちをかけた。
「アンナ、どういうこと? 私はシャルロッテ様を紹介したわよね。それなのにそんな口の利き方は失礼ですよ!」
「アーリン様、シャルロッテ様はテンマ様を無礼者扱いしたのですよ。許されることだとおっしゃるのですか?」
アーリンは驚いた表情で、俺とシャルロッテと呼ばれた少女を交互に見る。
「またアーリンが勝手に連れ込んだのかい? 今度は一年、いや二年はピピと訓練してもらおうかな」
俺は冗談半分でそうアーリンに言った。
「待って! 先生、待ってください!」
「アーリン、もう俺は先生じゃないよ。それより俺の唯一の癒しの時間をこいつが邪魔したんだ。今の俺にとって本当に大切な時間なんだ、分かるかい? 毎日、毎日、昼から翌日の朝まで必死に働いて。みんなと生活サイクルが違うから、シルやピピと一緒に寝られない。だから起きたらシルモフをするのが俺の唯一の癒しの時間なんだぞ。それを邪魔することは絶対に許さない! それだけじゃない。なんでジジやアンナにこいつが命令するんだ?」
「ああぁ、待って下さい! 勝手に連れ込んだのではありません。大伯母様が一緒に行って良いと……。お願いです。ピピちゃんとの訓練だけは……。また……またあの地獄の日々が……グスッ、わーーーん!」
アーリンが大きな声で泣き始めた。久しぶりにアーリンと会ったのに、こんなことになるとは……。
「何事ですかな?」
うん、良いタイミングでバルドーさんが来た。
バルドーさんは、それぞれの言い分を聞いて話を整理し始めた。
なんと美少女――シャルロッテはこの国の王女で、学校でアーリンと同じクラスなんだそう。
そして仲良くなったから俺に会うために、ここにアーリンとともに一緒に顔を出した。
アーリンは何度も妖精の寝床を訪ねたが、いつも俺が出払っていて会えなかった。そして拠点へ引っ越してからは壁の中に入ることも出来なかった。
そんな中、ドロテアさんが勝手に場所を教え、アーリンをよく知るジジが応対したことで拠点にやってきた。
そして久しぶりにアーリンに会ったピピが訓練したいと言い出したけど、D研に俺の許可なく人を入れるのは躊躇われる。
しかしピピが悲しそうな顔をしたので、シャルロッテはここで待ち、訓練場にピピとアーリンが訓練しに行って戻ってきたら揉め事が起こっていた、という流れらしい。
……うん、やっぱり俺は悪くないじゃないか!
相手が王女だったのは少々まずい気もするが、シルは俺の従魔であり家族だ。
「だいたい、なんで俺がこんな大変な思いをしているか分かっているのか。王宮からの依頼がなければ、今頃のんびりと過ごせていたんだ! この国の国王は人に仕事を頼んでおいて、その人の癒しの時間を邪魔するのか! 最低だぞ! どう考えてもそんなこと許されるはずがない! そうだ、俺は間違っていない! 国王の頼みでも仕事なんかもう絶対にやるもんか! うん、旅に出よう。この国に戻ってこなければ良いんだ! よし、今晩逃げ出そう!」
溜め込んでいた不満を心の中でぶちまけたことで、少しスッキリした。
若干冷静になれたので、改めて話をしようと顔を上げる。
「もちろん私も一緒に行きます!」
えっ! アンナに心の声が伝わった?
「私とピピも一緒に行きます!」
あれっ、ジジにも聞こえたの? もしかして念話で伝わったのかな?
「テンマ様、私から国王に抗議します。だから国を出るのはお止めください!」
バルドーさんまで!
「私が悪いんです。いつも私が悪いんです! わーーーん!」
アーリン、お前もか!? なんか変じゃね?
「お、お待ちください! すべての原因は私にあります。どんな罰でも受けます。だから国王からの依頼を断るのだけは、どうか、どうかお許しください。グスッ、私のせいで父や民に迷惑を……。まさかあなたがテック……お願いします。わーーーん」
ええぇ、王女まで泣きだしたぁ! なんで王女のシャルロッテにまで心の声が!?
あっ、もしかして!
「バ、バルドーさん」
「はい、どうかお許しを」
いやいや、頭を下げなくても!
「もしかして、声に出ていましたか?」
「えっ、はい。テンマ様のお気持ちをハッキリと聞かせてもらいました」
「のぉぉぉぉぉ!」
前世で辛いことがあったときの『心の中で不満をぶちまけて忘れよう』作戦がー!
まずい、まずい、まずいーーー! 本音とはいえ、全部聞かれていたとなれば都合が悪い。
この事態をどう収拾すれば良いんだ!
第6話 とりあえず解決?
まさか心の声が全部口から出ているとは……。
一度考えをまとめると話して、一人でどこでも自宅に移動する。
もちろん、シルは一緒に連れてきた。シルモフしながら考えを整理するためだ。
『心の中で不満をぶちまけて忘れよう』作戦に失敗して結局口から零れた心の声は、本心である。
しかし、本音を語るだけで人間関係が上手くいくとは思えない。
だが、どうなんだろう……?
すべてを曝け出すのは良くないと思うが、やはり前世でのトラウマから、我慢しすぎる癖がついていたのはあるかもしれない。
テックス仮面になったときに途轍もない解放感を味わったのは、それが理由なのかもしれない。
チート能力で他の人より能力が高いのは間違いない。そして、その気になれば人のために色々なことは出来るだろう。でも、それが本当に自分のやりたいことだろうか?
頼まれたことを断るのが恐い。なぜなら断ることで嫌われたり、もっと嫌な思いをしたりするかもしれないと思うからだ。
しかしそれは前世でのこと。この世界でもそうとは限らない!
肉体に引っ張られているのか、転生してからの自分は前世のときより感情の起伏が激しくなってしまっている。そして前世のトラウマと、研修時代のボッチ生活……。
やはり気持ち的に余裕のある生活をしないとダメだな。
考えが整理出来たので、再びリビングに向かったのであった。
リビングに戻るとドロテアさんとマリアさん、それにバルガスと狐の守り人まで揃っていた。
バルドーさん曰く、ドロテアさんとマリアさんは食事のついでにアーリン達の様子を見にきたようだ。そしてバルガス達は探索に一区切りがついたので、今日は早めに戻ってきたらしい。
なんでドロテアさんとアーリンとシャルロッテ王女まで正座しているの?
そして、バルガス! なんでお前まで正座している?
ダメだ、状況がよく分からない。
リビングの状況を見て混乱していると、マリアさんが厳しい表情で説明を始めた。
「テンマ君、ドロテア姉さんの愚行と、この小娘達の過ちをお許しください」
予想外の方向に進んでいる気がするぅ~。
うん、マリアさんに鞭を持たせたら似合いそうだな。
……いやいや、そういうことじゃない!
「マリアさん、俺も言いすぎました。なんていうか心の中の不満みたいな物が、疲れとか色々な物と混ざりあって、消化しきれなかったようです。ドロテアさんがアーリンをここに入れたのも問題ありませんし、友達が一緒なのも大きな問題ではありません」
「聞いたか! 私はまったく悪くないのじゃ!」
うん、ドロテアさんは今回は悪くないけど、罰を与えたくなる……。
「では、お姉さんとアーリンさんはソファにお座りください」
「……いつも私が悪いと決めつけられるのは、納得出来ないのじゃ……」
マリアさんがドロテアさんを解放したが、ドロテアさんはブツブツと文句を言っている。
いやいや、日頃の行いのせいだから、自業自得ではあるだろ……。
アーリンがホッとした表情で立ち上がる。
ちらちらとピピを見ている気がするな……。
「ですが、こちらのシャルロッテはテンマ君の従魔であるシルを奪おうとし、それが出来ないとなると王家の立場を利用して悪辣非道にもテンマ君を無礼者扱いしました。これは王家による宣戦布告ではないでしょうか!」
いやいやアンナさん、宣戦布告ではないよね。
それに相手は王女だよ?
「任せるのじゃ! 私が王宮ごと吹き飛ばしてやるのじゃ!」
それこそ大問題だよ!
「ふぅ~、まずはドロテアさん。変なことを言うと、それこそ二度と口を利きませんよ」
「私は何もしない。何も言わないのじゃ!」
口に指でバツの形を作るのは良いが、喋ってんじゃん!
まあ良い。俺は全員に向かって言う。
「それと、これ以上問題を大きくしないでください。確かに彼女の行いについて完全に納得したわけではありません。ですが成人前ということもあり、今回は大目に見ましょう」
シャルロッテは驚いた顔をしたかと思えば、安心したのか涙をぽろぽろ零し始めた。
それを横目に俺は言い切る。
「ただ、彼女だけでなく、今後誰であろうとシルモフの邪魔する者は許しません!」
「「「分かりました」」」
シルモフの時間だけは誰にも奪わせない!
この世界の人達がホロホロ鳥を特別視するように、俺にとってはシルモフの時間は特別なんだ!
拳を握り締めて固い決意を宣言すると、みんなも納得してくれた。
なんとなく呆れたような視線も感じるが、絶対に譲れない戦いがここにあるのだ!
「それと追加の作業ですが、本当は断りたいです!」
「もちろんでございます。テンマ様がなんでも簡単にこなしてしまうのを見て余裕があると勘違いし、私が余計な仕事を引き受けてしまいました。今回のことで一番悪いのは私でございます」
バルドーさんが申し訳なさそうに謝罪してきた。
「俺も嫌なら嫌と言うべきでした。でも、誰かのためになるなら仕方ないと思っていました。しかし、これからは断ろうかなと」
「了解しました」
「ただ、今回引き受けている一件を断ると、彼女の立場が悪くなってしまうでしょう」
そう言いながらシャルロッテに視線を向ける。自分がきっかけで国王が頼んだ仕事を断られてしまう可能性に気付いて、彼女の顔色はまた悪くなっていた。
子供に責任を負わせるべきじゃないよな。
……なんか久々に大人っぽいことを考えていないか!?
なんだか少し心が浮つくのを感じるが……あれ、これは幼稚な発想かな?
いや、気にするまい! それで彼女の立場が悪くならなければ別に良いじゃないか!
俺は言う。
「――だから五日以内にこの仕事は、一気に終わらせます!」
「「「おお~」」」
うん、気持ち良い!
そして本題はこれからだ。
「それが終わったら王都を離れて休暇の旅に出ます!」
みんなは少し驚いた顔をしたが、それぞれ別の思いがあるようだ。
「テンマ様には王都にいてほしいですな」
「やりかけの仕事はどうすれば……」
バルドーさんとマリアさんは眉を顰めている。
「えっ、俺の正座は?」
バルガスは未だ一人だけ律儀に正座している。可哀想ではあるが、今は突っ込んでいる場合じゃないな。
「むふ~!」
「今度はどこに行くのじゃ?」
「また旅なの! 仮面付ける?」
ミーシャ、ドロテアさん、ピピは目を輝かせているな。
……ピピ、仮面は付けないよ。
「まあ旅と言っても大きな目的があるわけではありません。行ったことのない周辺の町でもゆっくりと見て回ろうかという程度です」
みんな楽しそうに話を聞いているけど、俺の休暇だよ?
「この中で一緒に行くのはジジとアンナとピピ。それ以外は王都でやることがありますよね?」
「やったーーー!」
両手を挙げて喜ぶピピと対照的に、ミーシャは「が~ん!」と口に出して呆然としている。
「私も一緒に行くのじゃ!」
そう言うドロテアさんを、バルドーさんとマリアさんが止めている。
「それは受け入れられませんね」
「同感です」
「えっ、俺の正座は?」
……バルガスはもう良いよ。
俺は、まずはマリアさんに話しかける。
「マリアさん、やることがたくさんありますよね?」
「……はい、魔術師としても冒険者としても、この研修施設でやりたいことはたくさんあります。娘のミイや妹のメアリがいることを考えても、今は王都を離れることは出来ません。それに、ドロテア姉さんには、今王都を離れられると困ります。エクレアが実務や王宮との橋渡しをしていますが、ドロテア姉さんがいることで話を通しやすくなっていることは確かですから」
ドロテアさんはこんなだけど、影響力が大きいからな。
特に俺が王都を離れるとなれば、尚のこと留まってもらわないと困るのだろう。
マリアさんの話を聞き、ドロテアさんは口を開けた状態で固まっている。
それを無視して、俺はミーシャの方を向く。
「ミーシャは冒険者として優先してやることがあるよね? 冒険者として一流になるためにも、今の仲間のためにも……」
ミーシャは涙目で、狐の守り人のメンバーであるタクトとジュビロ、そしてリリアと目を合わせた。パーティにとって、ミーシャが抜けることは大きい。今の状態を継続した方が良い。
ミーシャにもそれが理解出来たのか、ケモミミをヘニョらせて頷いた。
「テンマ様、もしものことを考慮して、研修施設が稼働するまでは王都に残っていただきたいのですが……」
どうやらバルドーさんは俺が王都を離れることに反対のようだ。
「何かあれば念話で連絡をしてくれればすぐに戻ってきます」
どこまで念話が届くのか細かく検証はしていないけど、近場の町なら大丈夫なはずだ。
空を飛べば、連絡をもらったその日に戻れるだろう。
「ですが……」
どうにかしてバルドーさんを説得しないと、王都で休暇を取らされることになりそうだ。
でも王都にいると――
「テンミャァーーー!」
そう、この人が持ってくるトラブルに巻き込まれてしまう。
ドロテアさんは絶対にダメ! ゆっくり出来なくなるし、マリアさんの言う通り王都でしっかり働いてもらおう。
「大丈夫ですよ。すぐに帰ってきますからぁ」
「本当か?」
涙と鼻水で顔面をぐしょぐしょにしているドロテアさんに、俺はしっかり頷いてみせる。
「はい、本当ですよ。その間、俺にとって大切な研修施設をお願いしますね」
はい、嘘です! のんびりと時間を掛け、遠回りしようと考えています。
第7話 テラス様と再び
自分の考えをみんなに伝えると、多少の反発はあったが、とりあえずは受け入れてもらえたようだ。
バルドーさんを味方に引き入れたいけど、現状、良い案が浮かばない。
思いのほか遅い時間になってしまったので、急いでアンナと教会へ行くことにした。
教会に到着すると中にいたシスターにアンナが声を掛ける。
「知識の部屋の設置は、どちらでお願いすればよろしいでしょうか?」
声を掛けられたシスターは不思議そうな表情で俺達を見た。確かに成人したばかりの少年とメイドが、ギルドとかにしかない知識の部屋を設置したいと言い出せば、そんな顔にもなるか。
「え~と、どちらのギルドに設置するのでしょうか?」
「いえ、ギルドではなく研修施設に設置したいのです」
「けんしゅう施設? 国の施設でしょうか?」
シスターはますます意味が分からないという表情になる。
しかし、次のアンナの一言で状況が変わった。
「違います。テックス様が造った施設になります」
「テックス様! あっ、申し訳ありません。すぐに大司教に伝えてきます!」
なんだろう、今の反応は。
気にしても仕方ないので、俺は教会の中をゆっくり眺めた。
他にもシスターが何人かいるようだ。病気や怪我人を案内しているみたいだな。
たぶん回復や治療に訪れた人達だろう。
予想以上に中は広かった。そして何より驚いたのが、その広い礼拝所のような場所が人々で埋め尽くされていることだった。
誰もが悲壮感を漂わせながら、必死にテラス様の像に向かって祈りを捧げている。
まさか、先日の悪魔王事件で後ろめたいことがある人が祈っているのではあるまいな……?
いや、この世界の人々は信心深いのだ。そうに違いない。
王都の教会だからだろう、やはりロンダのテラス様の像より大きいし、作りも綺麗だ。そう思ってじっくりと像を見つめた瞬間に、体がふわっと浮くような感じがした。
あれ、祈らなくてもテラス様のもとへ行けるのか?
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