神様に加護2人分貰いました

琳太

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5巻

5-2

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「はいはい、お待たせしました。旦那様から許可が出ましたのでお願いしますね」

 俺たちを家の中に入れようとするおばさんに、先に依頼内容の確認をしないと。

「すみません。依頼は雑用ってなってるんですけど、具体的に何をすればいいんでしょうか?」

 そう言うと、驚いた顔をした。

「あらあら、まあまあ。さいでしたか。私がこんな状態なので」

 土竜獣族の使用人は怪我けがをした右手を掲げてみせる。

「私の代わりに、家中の雑用をお願いしたいのです」

 おばさんはメイミーと名乗った。うん、鑑定で見えた。
 仕事の内容は〝庭掃除そうじ、家中の掃除そうじ、裏の畑の雑草取り、食器みがき〟などなどであった。

「十日前に手を怪我けがしたせいで、仕事がしづらくてねえ」

 庭の掃除そうじ……花壇もあるんだがもう雑草しか生えてなくて、ほぼ原っぱ状態だった。どう見ても数年単位で放置してるっぽいのだが。
 じゃあ、外はジライヤたちに任せるか。

「ツナデは木々の剪定せんていを、ジライヤとオロチマルは雑草をって一ヶ所に集めたら、穴を掘って燃やしてくれ」
『わかった』
『まかしとき』
『はーい』

 ジライヤたちに庭を任せ、ルーナと二人、いやチャチャが姿を隠してついてきているので、三人で中に入る。チャチャは俺の胸元にいるんだが、興味津々で家を見回している。

「この玄関ホールエントランスのお掃除そうじもお願いします」

 ザ・お屋敷って感じの玄関ホールは、両側から正面で繋がる階段があり、正面両開きの扉の左右には昔は調度品が置かれていたのか日焼け跡のついた壁や、ほこりまった棚があった。左右の階段下にはそれぞれ左右の棟に続く扉があった。

「ルーナ、ここ《風魔法》使ってほこりを外にき出してくれるか。優しくな」
「いいよ」

 玄関ホールには、特に飛んでいきそうなものは見当たらなかったので、ルーナに任せた。
 正面の扉がダイニングルーム、階段下の扉は片方が厨房関係がある右翼棟に、反対の扉は使用人の部屋がある左翼棟に繋がっているそうだ。
 正面の両開き扉を開けると三畳ほどの広さの前室で、さらに扉を開けるとめちゃ広いダイニングルームがあり、真ん中に二十人は座れそうな大きなテーブルが置かれていた。装飾品はないが、超豪邸だな。
 テーブルの上は比較的綺麗きれいだが、壁際には汚れた食器が積まれたワゴンが二台置いてあった。

「ここの掃除そうじもお願いします。そのワゴンを厨房に運んで、食器も洗っていただけます?」

 ダイニングルームから厨房へ通じる扉を開けると、ものすごい臭いがした。メイミーさんの後を、ワゴンを押してついていく。メイミーさんは窓を開けて換気をするが、臭いのもとを断たなきゃ。
 シンクらしいところには、汚れた食器や調理器具が山積みになっていた。

「ごめんなさいね。なにせ利き手がこれなもんだから。食事は町のお店から配達してもらったりしているのだけど、洗い物ができなくて。ここ最初にお願いできるかしら」

 メイミーさんは左手をほおに当て、コテンと首をかしげる。

「こ、これは……」

 あ、チャチャがふらふらとシンクに向かって飛んでいく。あまりのひどさに姿を隠すことも忘れたようだ。

家主ぬしちゃま!」

 キッと目を吊り上げて俺を見た。いや俺が汚したわけじゃないんだが。

家事精霊ハウスワーカーブラウニーとして、このようなお家はゆるちぇまちぇん! ここはチャチャに任せるのでちゅ!」

 あ、そっちか。

「でも掃除そうじなら、俺の〈清浄ピュア〉や〈浄化ピュリファイ〉で綺麗きれいにできるぞ」
「元キッチンブラウニーとちて、このキッチンは見のがちぇまちぇん!」

 チャチャのやる気に火がついた。

「まあまあ……もしかしてもしかして……精霊様?」

 メイミーさんがチャチャを見てそう言って、首をこてんと反対側に倒した。そのとき頭上からバタンドタンと激しい音がしたので、みんなで上を仰ぎ見る。
 ただの天井だ。
 ダダダダ……ドタン、ゴロゴロ……
 うん、どんどん近づいてるね。
 ドッタドッタ、バーン!

「精霊の気配じゃ! 精霊がおるぞ! どこじゃ!」

 玄関ホールの階段下の扉から来たのか、俺たちが入ってきた扉とは別の扉が勢いよく開かれた。

「まあまあ、旦那様?」

 ちっさいおっさんの登場である。ちっさいおっさんはここの主人。そう、学者先生本人だった。
 なんと小人族だ。


 =種族・小人族 固有名・??? 年齢・179歳 状態・興奮
 妖精種、小人族の男性=


 妖精種というのは、エルフ、ドワーフ、小人族などを指すそうだ。ナビゲーター情報より。

「おお、やはり家精霊ではないか。ついに、ついにワシの家に家精霊が……」

 チャチャを見て感動に打ち震える小人族のちっさいおっさん。
 だが水を差すようで悪いが、真実を伝えないと。

「あの、チャチャは俺の〝契約精霊〟なんで、この家の精霊じゃないですよ」
「なんだとぉ~」

 三流役者のようなリアクションで驚く小人族のおっさんだった。


「旦那様、旦那様……」

 メイミーさんがオロオロしながら学者先生の後ろから声をかけた。

「フブキー、玄関ホールのホコリはきだしたよー」

 学者先生が開けっ放しにしていた扉から、ルーナが顔をのぞかせる。

「むう、なんじゃお主らは?」
「旦那様、旦那様。依頼を受けてくれた冒険者の方たちですよ」
「おお、そうじゃったか。で、精霊のことじゃが……」
「ハイハイ! おちょうじの邪魔でちゅ。皆ちゃま、ここから出てくだちゃいまちぇ!」

 チャチャの言葉とともに、風がふわりとまとわりつき、背中を押す。

「な、なんじゃ?」

 風は俺だけじゃなく、学者先生やメイミーさんをも扉の外へと押し出した。俺は逆らわず厨房から出ることにした。
 全員が廊下へと追い出されると、扉が数センチ隙間すきまを残して閉まる。そこからチャチャが顔を出した。

「アタチがいいと言うまで、けちてこの扉を開けてはいけまちぇん。のぞくのきんちでちゅよ」

 そう言うと、バタンと音を立てて扉が閉まった。
 まるで恩返しに来たつるのようなセリフだ。

「おお、やはり家精霊は仕事をする姿をけして見せないというのは本当だったんじゃ」

 なぜか感動している学者先生。

「よし、もう一度あの文献を調べなおさねば」

 学者先生は、玄関ホールの階段を勢いよく上っていった。
 残された俺とルーナは、メイミーさんを見る。

「す、すみませんねえ。旦那様は研究のことになると、他のことが目に入らなくって」

 困りつつも微笑ほほえましそうに階段の方を見るメイミーさんだった。
 メイミーさんは監督と言いつつ、掃除そうじをする俺たちの後をついて回りながら、色々話をしてくれた。

「旦那様はああ見えてフェスカにいらしたころは、『神と精霊』についての研究では第一人者でしてねえ、有名だったんですよ。ウォルローフ=ミミテステスといえば、当時の王様ですら一目置いておられてましてねえ」

 うん、どこの世界のおばさんも話し好きだなあ。
 学者先生は五十年ほど前に神の降臨について調べるべく、フェスカ神聖王国を出てここに引っ越してきたというのが、表向きの理由だそうだ。当時は他にも獣族の使用人がたくさんいたのだが、皆亡くなり、残っているのはメイミーさんだけらしい。
 どうも偏屈へんくつ、ゲフンゲフン、個性的すぎて新しい使用人が居着かないみたい。


 厨房には入れないので、俺とルーナで前室の掃除そうじをして、次にダイニングルームの掃除そうじをする。
 念のため、色落ちしそうなものを運び出してから室内に〈ピュア〉をかけ、運び出したものは手で掃除そうじをして元に戻すようにした。
 ダイニングルームの掃除そうじが終わったころに、ジライヤが『庭、掃除そうじ終わった』と念話で伝えてきたのでメイミーさんに伝える。

「まあまあ、もう終わりですか? 優秀な冒険者さんに巡り会えてよかったです」

 エイミーさんに確認してもらうため外に出ると、花壇はすっかり更地になっていた。雑草はツナデが穴を掘って、オロチマルが燃やしたようだ。

「まあまあ、すっかり綺麗きれいに……じゃあ畑の方もお願いしていいですかね」

 ジライヤたちと一緒に屋敷の外を回って横手に行くと、こちらには雑草だらけの畑があった。

「以前は薬草を栽培してたんですが、庭師のデデが亡くなってからは手入れもできてなくて。先生は新しく薬草を植えたいとおっしゃってるんで、綺麗きれいにしてくれればありがたいです」

 ということなので、こちらの畑はオロチマルに〈ファイヤーブレス〉で雑草を燃やしてもらった後、ツナデに土を混ぜてもらうことにした。ジライヤにはオロチマルが燃やしすぎないよう監視してもらう。
 灰って肥料になるんだっけ。
 続いて俺とルーナは、左翼棟の部屋の掃除そうじだ。
 左翼棟の二階は学者先生の部屋で、居住空間以外に研究室、図書室、資料室などなど。従僕の部屋もあったそうだが、今は倉庫と化している。ここは放置……ではなく、触らないようにとのことだ。
 左翼棟の一階は元は客室だったが、客など泊まりに来ることはないので、使用人の部屋を屋根裏からこちらに移したそうな。
 寝室が二部屋あるスイートルームと、キングサイズよりさらに大きいベッドの入った寝室一部屋のスイートルームがある。どちらも居間、バストイレ付き。他に個室が一室、三人部屋が一室。トイレ付きバスルームが一つと、順番に掃除そうじをしていく。
 窓を開け放ち、ルーナが《風魔法》でほこりき出したあと俺が〈ピュア〉をかけていく。
 三十分もかからず終了。〈ピュア〉チョー便利。掃除そうじ要らずだ。

「まあまあ! もう終わりですか? でしたら右翼棟の二階もお願いしていいですか」

 右翼棟は、一階に厨房以外に料理人やキッチンメイドの部屋の他、従僕の控え室などがあるそうな。ここは余裕があればとのことで、二階を先に掃除そうじする。
 右翼棟二階は個室と四人部屋が一部屋ずつあったので順に掃除そうじ。二階は家族用の部屋として作られていたが、家族のいない学者先生はここも使用人部屋にしたそうだ。
 屋根裏は元使用人部屋で、現在は一階客室にあった割と上等な家具などを入れた倉庫になっているので、そこの掃除そうじはどちらでもいいと言われた。
 上がってみると、屋根裏という名前だけど普通に三階だった。確かに天井ははりき出しだが、天窓とかあって俺はこっちの方が好きだ。ついでなので屋根裏もやってしまおう。〈ピュア〉がスグレモノすぎてあっという間に終わっちゃうよ。


「あらあら、今からお昼のご用意をしようと思っていたのですが、もう全部終わってしまったのですか? よかったら旦那様とご一緒にお昼を召し上がっていってください。お話をということでしたものねえ。今日はあるもので済ませる予定でしたから、すぐご用意します」

 メイミーさんが階段を下りて厨房に向かったので、俺たちも後を追う。あ、まだチャチャは掃除そうじ中かな?

「あらあら、ドアが開きませんわ」

 玄関ホールから厨房に通じる廊下を進むと、メイミーさんが厨房のドアをガチャガチャやっていた。

「あらあら、まあまあどうしましょう? お昼の準備ができませんわ」
「多分チャチャがまだ片付け中だと思います。終われば開くはずなんで。それと、よかったらチャチャに昼食を作らせてもらってもいいですか? 本人はそのつもりのはずです」
「でも、食材がほとんどないのですけど」
「手持ちがあるので大丈夫ですよ」

 扉の前で会話を交わしていたらかちゃりと音がして、扉がほんの少し開けられた。
 その隙間すきまからチャチャがのぞいている。

「あ、家主ちゃま! いいところに!」

 言いながらふらふらと飛んで……というより漂うような感じでやってきた。

「おちょうじは終わったのでちゅが、ちょっとちゅかれてちまって、お料理が……」

 家精霊は家人が寝静まった夜に主に活動するが、朝だからと言って余計にSPを消費するというものではないはず?

『イエス、マスター。チャチャのSP消費過多は〝契約家主マスター〟の家ではなく他人の家だからのようです』

 そうか、俺の家じゃないからか。
 俺はてのひらに受け止めたチャチャに〈MP自然回復率上昇マジックリジェネレーション〉をかけてから〈MPギフト〉でチャチャの総SPの半分になるよう50000MPほどを移譲する。

「ハフ~……ありがとうごぢゃいまちゅ、家主ちゃま。これでお昼ご飯の仕度にうちゅれまちゅ」

 俺のてのひらの上でニッコリ微笑ほほえみながら、ひたいの汗をぬぐう仕草をするチャチャ。

「あ、ご飯は俺たちと学者先生とメイミーさんの分もな」

 俺はメイミーさんを振り返りたずねた。

「先生とメイミーさんは苦手なものとか、食べられないものはありますか?」
「先生はなんでも召し上がられます。特にこれといってダメなものはございません。わたしは熱いものが少し苦手でして」

 メイミーさんはちょっともじもじしてそう言った。

「ちょれじゃあ、具だくちゃんのちゅーぷをちゅくりまちょ。ちゃきにうちゅわによちょっておけばちゃめまちゅ。家主ちゃま、メインはマグロにちまちゅ? ちょれともボア肉がいいかちら? アナコンダとマッシュのちゅちゅみ焼きもいいでちゅねえ」

 船室に設置したミニキッチンではなく、大きな厨房で料理ができるからか、チャチャは楽しそうだ。
 チャチャの《ポケット》は普通に時間が経過するので食材は渡していないが、調味料はこっちのものと日本のものも一通り入っている。
 メニューを色々つぶやきながら、厨房に戻るチャチャに続いて中に入る。

「まあまあまあ……」

 メイミーさんがドアのところで立ち止まり、ビックリまなこで厨房を見回した。
 さっきまでの、汚れて色々なものが散乱していた厨房が、綺麗きれいみがかれ片付いている。
 壁には鍋やフライパンが綺麗きれいにぶら下げられ、その隣にはレードルやフライ返しのようなものが順番に吊り下がっている。
 調理台は大理石のような石だったらしい。汚れた食器が山積みになっていたのでわからなかった。食器は壁際の食器棚に並べられていたが、入りきらないものは調理台の端に綺麗きれいに積まれている。

「まあ、この状態がどれくらい持つかだがな」
「家主ちゃま、ここに食ぢゃいをお願いちまちゅ」

 チャチャのリクエストにこたえて、俺はショルダーバッグから出すふりをして〈複製デュプリケイト〉と《アイテムボックス》を使いながら食材を並べていった。


         ◇ ◇ ◇


美味うまいぞ!」

 学者先生はアナコンダとホワイトワイルドマッシュ、オーニオをホッポの葉で包んで蒸し焼きにしたものを口いっぱいに詰め込んだ。

「あらあらまあまあ。旦那様、そんなに詰め込んでは……」

 メイミーさんが席を立ち、水差しからコップに水を注いで学者先生の手の届く場所に置く。
 ダイニングテーブルの上座かみざに学者先生が座っており、右側に一つ空けてルーナ、ツナデ、俺の順で座り、俺の隣の椅子が退けられてオロチマル、ジライヤが床に器を置いてご飯を食べている。
 メイミーさんは学者先生の左側、こっちも一つ空けて座っている。
 まあなんだ。偉い先生だが、食事は一人で食べたくないのか、身分とか気にしない人なのか、全員同じテーブルについている。
 使用人がたくさんいたころは、代わりばんこで一緒に食卓についていたらしい。
 豪華な家に住んでいても貴族ってわけじゃないのか。それでも普通は使用人と一緒ってないよな。
 でもメイミーさんも、使用人というより、世話焼きのおばさんっていうか、奥さんみたいだ。

「ふむ、これはラシアナのものではないな。むう、こっちのマッシュはツーダン産か? 最近手に入らんと聞いていたが」

 おお、なんだか情報通のようだ。
 食事中は食材のことについて色々話してくれた。いやものすごく話好きのようだ。そして質問を浴びせてもくる。

「なんと! ベルーガの森のワイルドボアじゃと? 噂に聞くエバーナ大陸のあの森はやはり魔素が豊富なのか? いやこの肉を食べれば自ずと納得できる」

 ワイルドボアとシローナのミルフィーユ鍋もどきをみ込んで、一人でうんうんうなずいていた。

「これはなんだ? 色は薄いのに口に含むとほどよい塩味と……魚醤ぎょしょうにしてはさっぱりしておるな」

 あ、具だくさんのスープは、チャチャが研究と言いながらよく使っている出汁だし醤油じょうゆのけんちん汁風だ。
 うちのはお袋が関西出身だったので、ドス黒い色のつゆは食卓に上がらなかった。すまし汁とまではいかないが、色は濃くない。それをチャチャに言ったら、〝色が薄いのに、しっかり味がする〟という出汁だし料理にハマった。

「ふう。ついぞ食べたことのない味じゃったが美味うまかったぞ」

 メイミーさんが、チャチャに説明しつつれた紅茶のようなお茶を飲む。

「で、なんぞわしに聞きたいことがあると?」

 学者先生はカップをソーサーに置き、俺の方を見た。
 いきなり勇者召喚とか切り出すよりも、ちょっと他のことからいてみるか。

「先生ってフェスカの出身なんですよね。あそこって獣族差別がひどいんですか?」
「うむ、そうじゃ。百年ほど前はそうでもなかったんじゃがのう」

 百年って……そういや百七十九歳だったか。妖精種は長寿なのか。

『イエス、マスター。妖精種の中ではエルフがダントツで寿命が長く千年、ドワーフと小人族が三百年で、中には一・五倍から二倍ほど長生きする個体もあるようです』

 ということは、人間の寿命を八十歳と考えたら、学者先生は四十代後半から五十代前半……アラフィフ相当か。

「徐々にひどくなってな。わしは五十年ほど前に、獣族の使用人やら友人やらと一緒にフェスカを出たんじゃ。ちょうどこのみさきに神の奇跡の残物があってのう。研究するためにここに屋敷を建てたんじゃ」

 メイミーさんがからになった学者先生のカップにおかわりを注ぐ。
 学者先生はメイミーさんを見上げ、少し表情をゆがめる。

小人族わしらと違って獣族の寿命は短い。これの親も、他のものも皆、神の御許に迎えられてしもうて、メイミーだけになってしもうた。わしにとっては赤子のときから知っておるから娘みたいなもんで、嫁に行けと言ったんじゃがのう」
「まあまあ、旦那様お一人じゃあ食事の準備もままなりませんでしょうに」

 メイミーさんがにっこり笑ってミルク壺を差し出した。
 奥さんじゃなくて娘だった。 

「わしはフェスカではなく、オーロットの生まれでな」

 そういう出だしで始まった学者先生の半生の物語。いやそういうことをいたんじゃ……いや、いたことになるのか?


         ◇ ◇ ◇


 ウォルローフ=ミミテステスはオーロットという町で生まれた。小人族は種族で国を持たず、好奇心旺盛おうせいで興味のおもむくままに旅をするもの、土地に居着いて研究するものと様々だった。種族的にはドワーフの親戚のような感じなので、ドワーフの国にはたくさんの小人族が住んでいる。
 ウォルローフ=ミミテステスは幼いころ、偶然見た〝神の奇跡〟にせられ、『神と精霊』についての知識を求めるようになる。
 その過程で、『神の使徒の国』と豪語するフェスカ神聖王国に行き着くことは必然であった。
 彼はそこで学び、調べ、考察し、研究を重ねていった。そして二十年ほどフェスカで過ごしているうちに『神と精霊』研究の第一人者と言われ、そこそこの地位についた。
 だがある年、新しい教皇がおかしなことを言い出した。

「神は初めにご自身の身姿に似せ、人族を生み出された。そして人族に使役させるため、亜人を生み出された」

 いわゆる人族至上主義と呼ばれる思想だ。
 ウォルローフ=ミミテステスは教皇に意見した。

「そんなはずなかろう。原書には〝始めの人〟と呼ばれる種族が長い年月の末、様々な種族に分かれていったと記されておる」

 そのころはまだ、ウォルローフ=ミミテステスの言葉を聞くものが大勢いた。
 何度か教皇が代わり、十数年が過ぎたころ、原書の閲覧が禁止された。さらに年月が過ぎ、数代後の教皇により閲覧が許されたとき、それは別物に代わっていた。

「これは原書ではない、まがい物じゃ」

 ウォルローフ=ミミテステスはそう告げた。だが、気づけば教会首脳部には人族しかおらず、ウォルローフ=ミミテステスは嘘つきで詐欺師さぎしののしられた。

「亜人風情が」
「なぜこのような小人族ごときに原書の閲覧を許すのか」

 ウォルローフ=ミミテステスが百歳を迎えるころ、フェスカ神聖王国は人族至上主義を掲げる教会に支配されるいびつな国になっていた。
 長年の功績と数代前の教皇が発行した許可証のおかげで、ウォルローフ=ミミテステスは大目に見られていただけだった。
 周りを見れば人族以外の種族は〝亜人〟と呼ばれしいたげられていた。
 エルフは早々に姿をくらませた。多くのドワーフも、研究仲間の小人族もいつのまにか国を去っていた。
 隣国の民であるはずの獣族は、いつのまにか〝奴隷〟へと身分を落とされていたのだ。
 ウォルローフ=ミミテステスは、せめて使用人とその家族だけでもと、己の周りの獣族たちと志を同じくするものとともに、フェスカ神聖王国を出ることにした。 


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