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第四章

4-12 レイ・ドラーク

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 やはり課金アイテムの中でもレアであったからか、温泉の効能は凄い物であった。
 慢性的な肩こりや腰痛に悩まされていた人たちは、毎日温泉へ足を運び、その度に痛みが薄れていくのを実感するほど改善されたのである。

「俺も畑仕事ばかりで腰を痛めることもあったし、何より腕がこんなにスムーズに上へ伸ばせるのは奇跡だな」
「私も古傷のせいで、長時間の戦闘は厳しかったのですが……今は、近年稀に見るほど最高のコンディションです」

 ダレンとモルトが酒を酌み交わしながら豪快に笑う。
 時間は少々かかったが、村の移転作業も滞りなく終了し、壁に囲まれた【呪われた島イル・カタラ】初の村は『レイ・ドラーク』と名付けられた。
 表向きは『竜にまつわる地』という意味だが、この世界の古代語では『約束された地』や『はじまりの大地』という意味を持つ。
 どちらもこの村の名前には相応しいと、村人全員で決定した。
 ユスティティアが村の名前を聞いたとき。『レイ』は輝くや光。『ドラーク』はドラゴンっぽい……という感想を抱いたが、見当違いというわけでもないようだ。
 
「しかし……キミの立場もそうだけど、あの村も良かったのかい?」

 キスケは目の前に座り、長い髪の水気を拭いながらも冷たいビールを飲むウーニオに声をかけた。
 その隣で、同じくビールをあおっていたソータも頷く。

「まあ……村に残されたのは、昔より外見が少しだけ良くなった家と、父が長年耕してきた畑くらいですからね。他に人が住み着こうと一向に構わないでしょう」

 それもまた、豊穣の女神ヌパァク・パトゥの御心のままに……と彼は笑う。
 
「それに、私はもう豊穣の女神ヌパァク・パトゥ様の神官ではありませんから。この大地……いえ、ユスティティア様に加護を与えた神がいずれこの地を訪れるのは確定事項のようなので、その神の神官になることが運命づけられております。我が神の降臨を待つのみですよ」
「それが不思議なんだよなぁ……普通、自分のところの神官を差し出すのかな」
「つまり、豊穣の女神ヌパァク・パトゥよりも位が高い神だということだよ」

 キスケの言葉にウーニオとソータは押し黙る。
 顔を見合わせて首を傾げてから再びキスケを見た。
 当の彼は、ロワと豆太郎をバスタオルで拭いているところだ。
 戯れ付く二頭に苦戦しながらも口元は笑っているから機嫌は良さそうである。

「豊穣の女神ヌパァク・パトゥ様より……上位神……ですか?」
「さて……誰が来るんだろうね。彼女よりも上位となれば、かなり限られてくる。時空神か……それとも、天空神か……」

 どちらにしてもとんでもない話だと、キスケの話を聞いていたウーニオとソータは頭を抱えた。
 だが、キスケはあえて口にしなかったが、もう一つの可能性も捨てきれないと苦笑する。

(まさか……創造神が出てくるなんてことはないよね……?)

 ユスティティアの力が、あまりにも『創造』に近いことを理解していたキスケは、密かにその可能性も視野に入れていた。
 その場合、この世界はどうなるのか――。
 創造神が創った国の影響力は、各国に衝撃を与えるだろう。

(まだ何とかフォローできる、天空神。もしくは、ちょっと厳しいけど……謎に包まれすぎていて行動の読めない時空神辺りで、何とか手打ちにしておいて欲しいんだけどねぇ)

 こればかりはどうしようもないと判っているからこそ、言葉に出さず心の中でぼやくだけなのだ。
 ユスティティアには既に加護が与えられている。
 そして、それを与えた神は、この地に介入する気なのだと理解していた。
 
「私は……そんな偉大なる神の神官ができるのでしょうか……」
「ウーニオは稀に見る力を持っているからね。可能だと思うし……神官じゃ無く、大司祭ね」
「うぐっ……い、胃が痛くなってきました……偉大なる神が降臨するまで一時的に与えられた力も異常ですし……」
「だから言っているでしょ? 降臨する神にとって、ソレは手付金。もっと強い力を得る前段階だよ」
「こ、これ……以上……ですか……」

 天を仰ぐウーニオにソータは同情の視線を向ける。
 豊穣の女神ヌパァク・パトゥの神官ではなくなった彼に与えられたのは、いずれこの村、レイ・ドラークへ降臨する神の加護であった。
 その神がなんの神なのか謎に包まれたままの状態で与えられた力は、彼がその場にいるだけで範囲内の人々に安らぎと活気を与えるという物と、病気や毒などの抵抗力を高める物である。
 ユスティティアには「歩くトーテム」と評されていた。
 ここで彼女が言った「トーテム」とは、蒼星のレガリアにあるアイテムの一つで、設置型のエリアバフである。
 設置型のソレは、一定時間、一定の範囲にいる人たちの戦闘力を向上させる物で、攻城戦では必須アイテムだった。
 しかし、その効果はウーニオの加護と異なる。
 その強化版とも言っても過言では無い。

 だが、良いことばかりでは無い。
 常に効果を発揮するということは、それだけ力も消費しているということである。
 休む間もなく力を消費し続けるというデメリットを抱えるウーニオのことが心配で、キスケはことあるごとに体調などの確認をしていた。
 
「体の具合は大丈夫かい?」
「は……はい。今のところ平気です。おそらく、ユスティティア様の食事や飲み物が効果を現しているのと、いただいた衣装ですね。これとアクセサリーに守られている感じです」

 ウーニオが現在着用している神官服と両腕の腕輪は、ユスティティアの倉庫に眠っていた装備だ。
 消費MP軽減と魔力回復に長けていて、消費し続けるウーニオと相性が良い。
 
(まるで、ユティの所有しているアイテムを熟知しているような加護だよね……)

 おそらく狙ってのことだろうとキスケは考えていたが、ユスティティアが気づかなければ大惨事になっていただろう。
 ある意味試されているような感じだな……と、キスケは少しだけ不満を覚える。
 しかし、神族にはよくあることだと理解もしていた。
 己の加護を受け取るのに相応しい人物かどうか見極めるのは、神族の習性のようなものだと無理矢理自分を納得させたキスケは、ようやく乾いてきた二頭を解放する。
 とたんに、待っていた子供達が群がった。
 お風呂に入って綺麗になったばかりの子供と豆太郎とロワは、綺麗な床の上へ転げ回る。
 いくら綺麗にしていても、床は床だ。
 これでは意味が無いな……と苦笑している周囲には目もくれず、偉大な神に仕える自信が無いと突っ伏すウーニオをキスケとソータで元気づける。

「あれ? ウニ男さんの元気が無いですね」
「ああ、ユティ。できたのかい?」
「はい! 最後の調整終了で、完成しましたよ……日本酒が!」

 意気揚々と彼女はアイテムボックスから大きめの硝子瓶を出してきた。
 テーブルにゴトリと音を立てて置かれたソレは、日本人には馴染みのある一升瓶だ。
 勿論、中身は無色透明の水みたいな液体が入っている。

「え? 水じゃないんですよね……?」
「ええ、私も最初驚いたけど、これが上品な甘みとキレのあるお酒なのよ」

 ニコニコ笑って言うカルディアにソータは「ズルイ」と一言呟く。
 これは先に味見をしなければ出てこない言葉だ。
 味見をしていたことがバレたと察して、カルディアは「えへへ」と笑う。
 彼女も随分明るくなったようで、今はユスティティアをポーション作りの師として仰ぎ、日々努力しているところだ。
 醸造は上質なポーションを造る上でも必要になってくるので、彼女は酒造りにも協力していた。味見くらい当然だろう。

「お水みたいにスルッと飲めちゃうのよねぇ」

 上機嫌で言い切ったレインの頬は既に良い感じの色に染まっている。
 味見とはなんだったのか……と、問いただしたいくらい飲んだのは明白であった。

「あっちで女同士の酒盛りをしてきたのかい?」
「はい! 色々……と?」
「まあ、たまには良いよね」
「……えへへ……やっぱり、先生は優しいですよね」
「ん?」
「いいえ、ナンデモナイデス」

 少し照れたような笑いを浮かべていた彼女は、一つ咳払いをしてから手前にある瓶の蓋を開き、硝子製の徳利へ注ぐ。
 そして、キスケに同じ硝子製の杯を渡す。

「え?」
「飲んでみてください」

 そう言って、彼女は徳利に入った酒を彼の持つ杯に注いだ。
 透明な液体が注がれ、蓋を開けた瞬間から感じていた良い香りが強くなる。
 甘い果実を思わせる芳香。
 だが、しつこくなくて柔らかい優しい香りだ。

「じゃあ、いただきます」

 大好きな彼女に酒を注いで貰うという、何とも有り難いイベントを経て日本酒を口にしたキスケは目を丸くした。
 口当たりが滑らかで水のように抵抗なくスッと喉へ入っていく。
 鼻に抜ける甘い香りも相まって、長く余韻が残る。そんな酒だ。
 ここまで芳醇な香りと滑らかな口当たりを感じる酒は今までになかったのだろう。
 暫く呆然としていたキスケは、ゆっくりとユスティティアを見つめる。

「すごい……ね。水みたいに抵抗感が無くスッと入ってきて……だけど、水とは違って、甘くて芳醇な香りが鼻に抜けて、余韻がすごいよ。透明のお酒も初めてだけど、こんなに香りと味が良いお酒も初めてだ」
「これを飲んで欲しかったんですよ! 美味しいでしょう? キンキンに冷やしても良いですし、熱燗でも良いです。常温もいけますから、好きな飲み方ができるんです」

 キスケの隣に座ったユスティティアは、「はい」といって次を注ぐ。
 その仲睦まじい様子に年配の村人たちはニヤニヤしはじめ、ソータやウーニオのような若い人たちは慌てて視線を逸らした。
 
「さあ、みんなで飲みましょう!」

 レインがそう言い、一升瓶を抱えて夫であるダレンの元へ駆けていく。
 カルディアは両親やモルトたちがいる方へ行こうとするが、何かを察してか振り返ってソータに声をかけ、返事を待たずに腕を引っ張って連れて行ってしまう。
 残されたウーニオは顔を引きつらせて困り果てていたが、やはり父親。
 すぐに気づいたダレンが、息子に助け船を出す。

「ウーニオ。こっちへ来て親子で飲まないか?」
「あ、はい! 行きます!」

 これ幸いと脱出したウーニオとソータは、遠目から二人の様子を窺った。
 楽しそうに会話をしながら日本酒を片手に微笑みあう。
 どこからどう見ても恋人か夫婦だ。

「……アレでくっついていないとか……何なんだ? おかしいだろ」
「まあ……ユスティティア様も色々と大変なのよ。力のこともあるし、今はお互いにそれどころじゃないって感じかな」
「別に恋人同士になったって変わることないだろうにさ」
「そうかしら……変わるわよ?」
「そんなもん?」
「そういうものよ。判らないということは、ソータさんには恋しい相手がいないということかなぁ……」
「……そっか。俺……幻術の修行ばかりでそれどころじゃなかったわ。……つまり、二人はこんな感覚ってことね」
「そういうことでしょうね」

 カルディアは笑う。
 思いを秘めた相手を目の前に恋愛の話をするのは勇気がいっただろう。
 しかし、彼女も同じく、今は自分のやるべき事。やりたいことが最優先である。
 新しい村のため、誰もが自分の出来る事を見据えて走り出したのだ。
 
(私のこの想いも、私が目指すものになれたら……必ず伝えよう。その時には、きっと……もっと自分に自信が持てるから)

 頑張る彼の隣に立っても相応しい自分で居たい。
 そう願い、そう想い、カルディアは決意を固くする。
 軽い女性同士の会話の中で感じたユスティティアのキスケに対する揺るがない想いを知った彼女は、自分も互いに支える強さを持ちたいと願ったのだ。

(ただ……ユスティティア様は先生への想いを『憧れ』や『尊敬』だって言っていたけど、『恋』じゃなく……『愛』になっているから気づいていないだけのような気がするのは、私の気のせいかしら……)

 甘酸っぱい恋ではない。
 何もかも包み込むような愛情。
 それが当たり前だと感じているからこそ、ややこしくなっているのかもしれないとカルディアは二人を見て思う。
 複雑な力と環境。
 そして、周囲を取り巻く何かが容易に恋や愛に溺れさせてはくれない。

(気づかないのか……本能的に気づいてはいけないと思っているのか……。安全に……安心出来る場所作りが出来たら、ユスティティア様の想いを先生へ届けられるのかな)

 柔らかく微笑み合う二人を眺めてそう考えるのは、カルディアだけではなかった。
 ここにいる者たちは、そんな日が1日でも早く来ることを願い、祈る。
 それを遙か高い場所から見下ろし、穏やかに微笑む者がいたことを、今の彼らは知るよしも無かった。

 
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