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第七章 外から見た彼女と彼
僕の大切な親友たち(キュステ視点)
しおりを挟む奥様が春の女神様と共に眠りについたのを見て、そろそろ店に戻ったほうが良いだろうと考え、イルカムで妻に連絡を取ることにした。
ここ、聖都レイヴァリスには、竜人族の国───ドラグラード帝国で目にしたことがない技術がたくさんある。
この『イルカム』もそうだ。
聞くところによれば、だんさんのアイデアから製品化された物らしく、人が体外に放出する微弱な魔力を使って通信しているというが、人種やその人の持つ魔力によって威力が異なるため、微調整には苦労したと話してくれた。
てか、一番大事なところの調整は、だんさんがやってはるんやん!って、突っ込んだら、少しだけだと笑って返されたんだけど、絶対に違うと断言できた。
その縁があってか、イルカムと名付けられたソレを扱う商会は、新人歓迎会で必ずうちの店を使う。
他にも、広い聖都レイヴァリスを行き来するのに、格安で街を汚すこともなく、人々の生活に無くてはならないものとなった、スライム車を扱う商会。
生活魔法を効率よく術式化して魔石に刻んで、手広く商売をしている商会。
他にも上げたらキリがないくらい、聖都レイヴァリスだけではなく他国でも知っているほどの大きな商会ばかりだ。
だんさん自身は、「ただ、相談に乗って知恵を貸しただけ」というが、その技術がとんでもないということを自覚しているのだろうか。
さすがに、その話を聞いた時は目眩がしたけど、「こういうことにも慣れてね」と笑顔で教えてくれたロンバウド様には感謝しか無かった。
僕の国で魔物討伐隊であるドラグーンと同じくらいの戦力を持つ、黒の騎士団の参謀をしているだけはある。
まあ、半分モアちゃんから聞いて対処しにきたんやろうけど……
実に、弟思いの良い兄であった。
行き過ぎているところはあるかもしれんけど、こういう人が1人は必要になるくらい、だんさんの頭の中身は、ヤバイくらいの知恵と発想が詰め込まれている。
術式関連の凄さが際立っていて目隠しになっているが、彼のアイデアやものづくりに関してのこだわり、使う人のことを見越した配慮などは、誰もが言葉を失うほどだ。
まるで、それを以前から使っていたように見通し、対策を練っていく姿に、周囲の職人たちは驚くしか無かった。
そんなこともあり、だんさんは『黒の騎士団』よりも『技術者』としての評価が高い。
だが、それは十神や神々から受けた依頼を処理していることを知らない、一部の技術者たちの言葉である。
正直に言うと、彼の戦闘技術は、人間レベルで測れない領域にある。
人間というよりも、竜人族だと言ってくれたほうがしっくり来るくらい、その差は大きい。
爺様と僕を相手にしても引けは取らないくらいだし、肉体を強化している時など力負けをしないどころか、そこそこの強度があり、スピードも乗せてくるからタチが悪いのだ。
普通の『肉体強化』って、筋力強化だけのはずだが、だんさんは視力も聴力も上がる。
つまり、察知能力や反応速度も上がるわけで……
人間相手は手加減が基本であった僕らにとって、これはとても異例というか、非常識過ぎるのだが「あれこそまさしく『肉体強化』じゃな」と嬉しそうに笑う爺様が本気を出すのは、時間の問題かもしれない。
だんさんの戦闘モードは戦慄を覚えると共に、頼もしく感じ、共に戦えることが嬉しくなる自分は、やっぱり竜人族なのだと感じたくらいだ。
だんさんの缶詰工場の説明を聞きながら、愛の女神様とお茶をたしなみ、穏やかな時間を過ごしていると思っていた爺様が、珍しく竜人族で使われる言葉で、こんな問いかけをしてきた。
『リュートと、どれくらいの力で打ち合える』
あまりにも竜人族らしい言葉に、苦笑すら浮かんでしまう。
『うーん……魔法ナシで8割。術式使い始めたら本気でやらないといけませんね』
『やはりそうか。儂の体感で言うと、術式込みで8割じゃから、そんなもんじゃろうな』
僕の返答を聞いて満足気に頷いた爺様は「百年も眠っておったというから勘が鈍っておらんか心配だったが、安心した」と笑う。
曖昧な笑みを浮かべて誤魔化しながら、モアちゃんとの刺激的な日々のおかげで、その勘が取り戻せたとは言わないでおこうと、心のなかで呟いた。
彼女の『実験』は、かなり危険であったからだ。
だんさんみたいに、周囲の被害を考えることがない彼女は、僕の命を狙ってくる相手に容赦なくぶっ放し───僕も巻き込まれるまでがワンセットだった。
そりゃ……勘も取り戻すわ。
いくら僕が頑丈でも、生傷が絶えんかったもん。
今は穏やかに微笑み、お淑やかにしてはるけど、本当はとんでもないお転婆やったって皆に教えてやりたい。
僕を巻き込んで術式の実験を試み、竜人族の裏社会では恐れられていると知ったら、だんさんたちはどういう顔をするのだろう。
まあ、そのうち、モアちゃんの『惨禍の魔術師』という異名を知ることになるかもしれへんけど……
『しかし、それは、アイギスを着用していないリュートの話じゃな』
『本格的に力を解放して使いこなせるようになったら、僕は龍形態になって、本気で戦わなければマズイかもしれません』
『勝てるか?』
『海の中なら、問題なく勝てます。地上だと負けるかもしれません』
僕の言葉に爺様は満足したように顎をさすってから頷き、目を細める。
『そうじゃろうな。それに、リュートのアイギスの核になっておるのは……彼奴じゃろ』
『はい』
『……そうか。ならば、とんでもない性能を秘めている可能性が高いな』
『最後の黒竜でしたからね……』
そう言うと、爺様は目を伏せて冥福を祈っているようであった。
友の息子だったらしい。
しかし、理性を失い、人の姿を失い、人を食らう化け物となった結果、神々に封じられてしまったのだ。
その封印が何者かの手によって解かれたことにより、だんさんに十神から依頼がきたのだ。
勿論、竜人族の国からは爺様が飛んできたのだけど、そのときには全てが終わったあとであった。
だんさんとの戦いの中、彼が何を考え思ったのかはわからない。
ただ、最後に『恨みも何もかも越えて……楽しかった』と昔の竜人族が使う言葉で呟いたことだけは、今でも忘れられないくらい満足げであったことを覚えている。
人を喰らった魔物は魔核だけを残して消える。
これは、人を喰らった時に残る魔力が体内に溜まり、生きているときには力として扱えるが、死ぬと肉体が耐えきれなくなるため、内側から崩壊して消滅してしまうから起こる現象のようだ。
反対に、人が魔物を食べたら同じ現象が起きるのかというと、そういうことはない。
魔物の肉に残る魔力など、たかが知れているし、己の力として取り込み、永遠に利用することなど出来ないからだ。
『好きに使え』と言って魔核だけを残して消えた彼と、だんさんの間に何があったのか詳しく知らないが、アイギスの核としたことから、色々思うところがあったのだろう。
魔核を残して消えたということは、彼が人ではなくなり魔物へと堕ちた証でもあった。
僕たち竜人族は、理性を失い、人を喰らえば、魔物に成り下がる。
他の種族にはない業を背負うが、人を喰らうことそのものが考えられない所業であるため、それも仕方がないと、若い世代の僕たちは考えることができた。
しかし、昔はよくあったことだと、爺様が悲しみを滲ませた表情で教えてくれたので、色々と察することが出来たのである。
時々、頭の固い阿呆共が爺様を『同族殺し』と罵る所以は、そこから来ているのだろう。
「キュステ、そろそろお店が心配だにゃ」
「帰るですにゃっ」
「そうやね」
どうやら、カフェとラテも、弟子同盟で有意義な時間を過ごすことが出来たようだ。
先程、イルカムを使って連絡をした時、だんさんが作ってくれた調理道具たちが頑張ってくれているから、そこまで急がなくても大丈夫だと、可愛い奥さんが気を遣って言ってくれたから、僕も久しぶりにモアちゃんとゆっくり話すことが出来た。
普段は塩対応やけど、こういう時に甘いことは知っている。
そういうところが、たまらなく好きなんよ。
本人に言ったら照れて素直に喜んでくれないけど、ちゃんと言葉にしないと知らないところで落ち込んだりするから、僕はしっかり伝えることにしている。
これは、言葉が足りない父に母が感じていたものなのだろう。
しっかり教育されたので、当時は口うるさく感じていたけど、今はとても助かっていた。
僕たちが帰る準備をしていると、それに気づいたモアちゃんが僕の方へ駆け寄ってくる。
何かあったんやろうかと不思議に思い彼女の顔を見て……後悔した。
どこかで見たことがある『とっても素敵な笑顔』に、思わず頬が引きつってしまう。
何を企んではるんやろ……
「ねえ、キュステ。お店に行っても良いかしら」
昔と変わらない悪戯を考えている時のように目をキラキラ輝かせている様子を見て、「ああ、これはだんさんに内緒で来るつもりやな」と理解する。
こういうところは、昔から全く変わらないな。
多分、これでモアちゃんの企みに乗り、一枚噛んだことになるのだろう。
だんさんにバレて蹴られるまでがワンセットだとわかっていながらも、彼女に「僕を通してでもええから、部屋の予約だけは忘れんようにしてね」と言うと、嬉しそうに頷く昔とあまり変わらない姿に安堵する。
あと何年、こうして話していられるのだろう。
人間は……短命やし体が弱いから……
祖母は人間だったというが、僕が生まれるずっと前に亡くなったらしい。
今でも、爺様が大切に首から下げているペンダントには、婆様の肖像画が収められている。
時々、寂しげにそれを見ている爺様の背中は、とても寂しそうだった。
本来、番が死ぬと、もう片方も弱って死んでしまうと聞いた。
しかし、爺様は強い───いや、強すぎる竜人である。
それが仇となり、爺様は番を喪った虚無感を背負いながら生きていた。
もう楽になったらいいと言えないところが悔しく……辛かったが、今の様子を見ていると、番がいなくなっても不幸なことばかりではないと思える。
だんさんと一緒にいる爺様は、本当に嬉しそうやもん。
「なんじゃ、キュステ。そろそろ戻るのか?」
「そうしようと思ってるんやけど、お酒の仕入れは大丈夫やから、爺様は、ゆっくりしてきてええよ」
「キュステ、すまねーが……」
「ええって。優先順位を間違えたらアカン。だんさんが今、一番に考えなアカンのは奥様や。店の方は僕がやれるし、サラさんもおる。せやから、大丈夫。任せて」
「ありがとうな」
だんさんの笑顔はモアちゃんに似て、柔らかくて優しい。
目つきが鋭いから、あまり理解されていないかもしれないが、とても綺麗な笑顔だ。
まあ……奥様やったら気づいてはるやろうけど……
心の中でそんな言葉を呟きながら、小鳥姿の奥様を再度見た。
やはり、あの姿の時に現れる太陽のような輝きを持つ粒子は、だんさんや奥様のものではない。
陽光のように優しく、あたたかく……とても綺麗な魔力だ。
きっと、奥様が言う『ベオルフ』という人の魔力なのだろう。
小さな体を包み込み、優しく癒やし守るという強い意志が感じられた。
えらい強い人やな……
世界を隔てても、その思いを貫き通すって、なかなか出来ることやあらへん。
だんさんよりも強いか……それとも、同じくらい強いか……興味は尽きない。
それに、意志の強さで言うなら、奥様も負けてはらへん。
せやから、この人達は絶対に守らないかん。
そのためには、ロンバウド様と警備について、見直しをするための話し合いが必要だと思った。
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