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まるで拷問のような厳しい修練を重ね続けていたある日、ジャクリム叔父さんが言った。

「そういえば、ナーシャってなんでストレツヴェルクの王子様……名前なんていったっけ?」
「カイン様、ですね。もうボケが始まったのですか?良い病院を紹介しますよ」
「そうそう!そいつ。なんでそのカインの事は様付けで呼ぶ上に、敬語を使っているんだ?繰り返しの前はもっと気楽に話す関係だったんだろ?っていうか、お前一言多い」

最近、以前よりも滅茶苦茶な修練のスケジュールを組まれている私は、小さいところも突いて、厭味を吐いてしまう。
助けてもらっている立場とはいえ、流石に魔物が蔓延る洞窟の最奥に予告もなしに放り込まれたのは酷すぎたからだ。彼の性格からして、死にそうになったら助けてくれたのだろうが、私がどれだけ苦戦していようと、彼は基本的に『がんばれー』と笑って見ているだけだった。絶対に許さない。

「純粋に距離を取りたいからですね。因みに今回は婚約者になんてなりたくないですし、嫌われるまでいかなくても無関心になってほしいレベルです」
「ふーん。じゃあ丁寧なのって逆効果じゃね?だってお前の俺に対するような今の態度見たら、普通に百年の恋も冷めるだろ。それに、前回もどうせ猫被ってたんだろ?」
「……叔父さんのくせに良い事を言いますね。確かに盲点でした」

確かに。私は前回の生でも、今ほどではないにしろ割と猫を被っていた。好きだ好きだとアピールしながらも、本来のあまり性格がよろしくない部分はひた隠しにする。その状態で彼に好かれた(多分)。
今の叔父さんに取っているような最悪といえる態度を取り続ければ、少なくとも今のように向こうから関わってこなくなるのではないか。このまま少しずつ距離を取れれば、未来を変えた代償とやらも少しずつ降り掛かって、最終的に婚約者じゃなくなった時の負担が軽減されるのではないか。まるで神の啓示。天啓だった。

そうして天啓を受けてから、1週間後。今回だけは待ちに待った2ヶ月に1回のカインとのデートの日がやってきた。今日は元々手紙で、今現在私が住んでいる森の一番近くにある街に新しくできた図書館カフェにてデートの予定だ。この後のことを考えながら、ワクワクする気持ちで森をスキップしながら待ち合わせ場所に向かう。

***

カインとの縁が薄くなるかもしれないという未来にワクワクしすぎて、約束の20分前に着いてしまった私は少し後悔していた。何故か。それは……。

「貴女を見た瞬間、運命の人だと思ったんです!1時間、いや30分で良い。僕に貴女の時間をくれませんか!?」
「……えっと、私、人を待っているので」
「っお願いです、貴女に一目惚れしてしまったのです!僕の運命なんです!!!」

死に戻りする前はカインに一直線、そして今世でも結局カインにばかり口説かれている私は、全くの他者からこんなことを言われたのが初めてということもあり、どうすれば振り払えばいいのか分からない。断ろうとしたが、中々にしつこく、言葉を続けてくる。話が通じない。
正直、ここまで熱心に一目惚れだの運命だのと大声で言われると怖い。
そうして私が「嫌です!」と断ろうとした瞬間、手を掴まれ――かけたが、それは横から伸びてきた手によって阻まれた。

「俺の婚約者に何をしている?」
「っあ、い――ったいです。ごめんなさい、っごめんなさい!!」
「この程度の痛みで弱腰になるくせに、運命だと?ふざけるな!彼女の運命は俺だ」

ミシミシとこちらまで骨が軋む音が聞こえてきそうな程に強い力で自称運命の男の腕を掴むカインがそこにいた。声すらも出せないのだろう、声を掛けてきていた男は情けないことに涙を流しながら、抵抗らしい抵抗も出来ずに地面に膝をつく。
正直、カインの発言にはちょっとだけキュンとしたが、一つ言わせてほしい。私は貴方の婚約者じゃありません。しかしここでそんなことを言えば、更にこじれることは分かっていたので、言わなかった。それと同時に、これは良い機会なのではないかと、頭の中で思う。そうして私は何も考えずにそれを実行した。

「やめて!!!」
「だが、こいつは君に――」
「そもそも貴方がここに来るのが遅かったのが悪い……です」

流石に一般人を傷つけさせるわけにはいかない……というのは建前で、早速カインを理不尽にいびる切っ掛けを見つけたので、ここぞとばかりに理不尽な理由で責める。実際カインは約束の時間に遅れてなどいないにも関わらず、だ。

正直チキったから敬語になった。だってカインの顔がちょっと怖かったんだもん。
人間、咄嗟に自分が大きめの声で責められると、一瞬混乱する。それを利用して、カインを責め立てた。
最初は男に対する怒りで顔が歪んでいたカインだが、私が理不尽な絡み方をすると、段々と顔がしゅんとしてくる。ちょっとかわ――いやいや!全然可愛くなんてない!!私が変な扉を開く前に、このまま失望してくれ、と心の中で願う。
けれど、私の願いは叶わなかった。

「すまない。怖い思いをさせてしまったみたいで。君が俺を責めるのも当然だ」
「え――え、っと……そう、ですよ。私が先に待ち合わせ先に着いているなんてあり得ない。貴方、カインが遅いからこんな面倒な目に私は遭ったの!」
「っ!?今、名前で……あ、いや、すまなかった。本当に反省しているんだ」
「知らない。最悪な気分になったから、もう帰るわ!!顔も見たくない」
「待ってくれ!今度からは約束の30分前に着くようにする。だから、どうか許してくれないか?君に怒られるのは、顔も見たくないと思われてしまうのは悲しい」

私は何をやっているのだろうか。ここまで来て正気に戻る。
とっくにいなくなった自称運命の男。そしてものすごく理不尽な怒られ方をしているにも関わらず、頬を赤らめたり、しゅんとしたり、青くなったりと忙しない表情のカイン。
しかも普段は約束の時間丁度くらいに来る女――これはギリギリまでカインと会う時間を減らすためだった――のくせに、そんな女のために約束の30分前に来させられるとか、酷すぎると自分でも思ってしまった。正直これ以上理不尽な責め方をするのは、良心がすごく痛む。この作戦はこれ以上使っても、彼の好感度が下がる事はないと察し、溜息を吐いて言葉を吐き出す。

「一回だけ。次、面白い場所に連れて行ってくれるなら許す……」
「ああ。君に許してもらえるよう、頑張ろう。次こそは最高のデートにしてみせる」

あまりにもカインが楽しそうに笑うものだから、もう今回は私の完敗だと認めざるを得なかった。
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