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16.魔法
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妖精の鉤爪と契約してから、私の日常は良い意味で充実していた。以前とはまた少し違う日々。魔法という概念は彼女に今も少しづつ変化を与え続けている。
あの後――私が妖精の鉤爪に選ばれた後。
適性魔法の属性を調べるために魔力検査を行ったのだが、私は平均的な数値より頭一つ以上飛びぬけた数値を叩き出すと同時に、自身が強力な結界の力を持つことを知った。
結界の力……それは魔法を使える者すらも珍しい中でも特に貴重な能力である。何もかもを包み込み、無効化する。過去の文献を遡ってみてもその能力を持つ者は片手で数える程しかいなかった。
それに加えて私の魔力とその量は、この辺りで最も高い実力を持つアルカード傭兵ギルドの中でも最強と言われている団長のクレティアと副団長のロイに並ぶほどだったらしい。
けれど、その結果を見た時、ロイにもクレティアにも驚いたような様子は見られなかった。
何故なら、彼らもこの妖精の鉤爪と兄妹武器とも言える『四種の神器』の契約者であり、神器の契約者として選ばれたならそれくらいの魔力はあるであろうことを前提で、今回は話を進めていたらしい。
ロイからこそっと聞かされたことだが、彼らの神器は二つで一つ。『天使の鎖』と呼ばれる封印と解放を司った物なのだそうだ。ロイが封印、クレティアが解放の力を持っている。
だから私があの時妖精の鉤爪との契約を拒否した場合は、クレティアの天使の鎖の能力で契約を破棄する予定だったらしい。
因みに、契約後には妖精の鉤爪は契約後には取り外しが出来るようにはなった。しかしいつもどことなく繋がっているような感覚があり、まるで昔から共に居た様な……今では近くにないと落ち着かない存在と化している。
全てが終わった後、ロイは私が契約破棄を選ぶことを強く望んでいたようで、少しむくれた様な表情をしていた。いつもは余裕さが滲み出る表情を崩さない彼を出し抜けたようで、内心少し愉快な気分になった。
だが大変なのはそこからだ。いくら神器の契約者であり、魔力が高いと言われても魔法に関する知識は初心者以下。
クレティアや他のギルドのメンバーが驚いて呆れるほどに私の魔法に関する知識についてはちんぷんかんぷんだった。
だがそれも仕方のない事だ。公爵令嬢だった頃は、魔法というのは従者などの下賤な者が使うものであり、貴族が使うべきものではないという両親らの考えにより最低限の知識すら与えられてこなかったのだ。
そういう経緯もあり、私は朝から昼にかけてはギルドの受付の仕事、そして夜や休日に魔法についての知識を魔導書やギルドに所属する誰かしら――主にロイだったが――に教えてもらうという生活だった。
知らなかったことを学ぶ。私の瞳には、魔法はとても不思議でキラキラしたものに見えて、これまでの人生で学んだことの中でも最上級と言っても良い程にそれを楽しんでいた。
基礎知識を学び終え、妖精の鉤爪に頼らない魔法……初めて一番初級の魔法・火球が打てた時には感動で涙すら流れた。
こうして私は順調に魔法を取得していくのだが、そのすぐ後壁にぶち当たる。
それは妖精の鉤爪の特殊性に起因するものだった。今までの魔法はロイ曰く『私の素直さ』故にコツを教れば簡単に出来るようになった。しかしこの神器を扱える者は今、私以外にはいない。だからこの神器の魔法に関しては、誰からもアドバイスをもらうことが出来ないのだ。
妖精の鉤爪の能力は生命強化と風の力。後者は同じ属性を持つロイに教え込まれてなんとか能力を引き出せるようにはなったのだが、問題は前者だ。
いきなり生命強化などと言われても、どんな能力なのかすら分からない。伝説的な存在である神器の話が書いてある本はそれなりにあれど、個々の能力の使い方についてはどの文献にもあまり詳しくは記載されていなかった。
そうしてギルド内の文献はほぼ全て読み漁り、街の外れにある大きな図書館へも通い始めた時期のことだ。
本を読むのは嫌いではなかったが、ここまで知りたい情報が手に入らないと気も滅入る。私はいつも通り何の情報も得られないままに帰路に着こうとした……のだが、何処からか悲鳴が聞こえた様な気がした。
耳にこびり付くような甲高い声。それが聞こえた時には足が勝手にそちらに向かって走り始めていた。
到着したのは街の外、森に入ってすぐの古びた小さな掘っ立て小屋の近く――。そこには鳥型の魔物とそれから少年……妹だろうか、小さな少女を大きく手を広げて守ろうとする子供の姿があった。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫、お前は俺が守るから――」
恐怖を押し殺して、自分の兄妹を守ろうとするその姿には既視感があった。あの日のアリアだ。魔物が攻撃しようと翼を大きく広げた瞬間。
「引き裂け」
魔物の二本の翼は根元から切断され、地に伏していた。断末魔の叫びが辺りに響き渡るが気にせず止めをさした。
この魔物に対して恨みはなかったが、殺さなければ殺される。私が今いるのは、可哀そうだからと情けを掛けれる様な甘い世界ではないのだ。
すぐに子供たちに駆け寄ると、彼らは腰を抜かして涙を流していた。少女の方には一切怪我はないようだが、少年の方の足は先程まで立っていたことが不思議なくらいに酷い怪我を負っていた。先程の魔物に攻撃でもされたのかもしれない。太ももが抉れ、白い骨の様なものがチラリと見えた。
「あああああああぁぁぁ!痛い、いたい――」
「酷い傷……」
先程まで勇敢に魔物に立ち向かっていた少年は泣き叫ぶ。一種の興奮状態が収まり、傷を認識したせいかもしれない。
あまりの怪我の酷さと少年の悲痛な声に慣れていない故に吐きそうになるが、早急にギルドに連れて行って処置をしてもらわなければならない。しかしこの子供を運ぶとしても、私はその重量を抱えたままでギルドまでたどり着けるだろうか。
子供の体格は私の腰辺りまであり、かなり重そうだ。しかも怪我が酷いから、出来るだけ揺らさないように運ばなければならない。どうするか……。そう悩んでいると頭の奥で聞き覚えのある声が響いた。
『私を使って。その子の傷を――』
「っ治せる、の?」
『ええ。傷口に光を注ぎ込むようにイメージを集中させて』
少年として正面から向き合い直し、言われた通りに傷口に意識を集中させる。するとバッグから取り出し装着した妖精の鉤爪から光が溢す。そしてそれが傷口を塞ぐように少年の足を包み込んだかと思うと、彼の傷口は何もなかったかのように治っていた。
あの後――私が妖精の鉤爪に選ばれた後。
適性魔法の属性を調べるために魔力検査を行ったのだが、私は平均的な数値より頭一つ以上飛びぬけた数値を叩き出すと同時に、自身が強力な結界の力を持つことを知った。
結界の力……それは魔法を使える者すらも珍しい中でも特に貴重な能力である。何もかもを包み込み、無効化する。過去の文献を遡ってみてもその能力を持つ者は片手で数える程しかいなかった。
それに加えて私の魔力とその量は、この辺りで最も高い実力を持つアルカード傭兵ギルドの中でも最強と言われている団長のクレティアと副団長のロイに並ぶほどだったらしい。
けれど、その結果を見た時、ロイにもクレティアにも驚いたような様子は見られなかった。
何故なら、彼らもこの妖精の鉤爪と兄妹武器とも言える『四種の神器』の契約者であり、神器の契約者として選ばれたならそれくらいの魔力はあるであろうことを前提で、今回は話を進めていたらしい。
ロイからこそっと聞かされたことだが、彼らの神器は二つで一つ。『天使の鎖』と呼ばれる封印と解放を司った物なのだそうだ。ロイが封印、クレティアが解放の力を持っている。
だから私があの時妖精の鉤爪との契約を拒否した場合は、クレティアの天使の鎖の能力で契約を破棄する予定だったらしい。
因みに、契約後には妖精の鉤爪は契約後には取り外しが出来るようにはなった。しかしいつもどことなく繋がっているような感覚があり、まるで昔から共に居た様な……今では近くにないと落ち着かない存在と化している。
全てが終わった後、ロイは私が契約破棄を選ぶことを強く望んでいたようで、少しむくれた様な表情をしていた。いつもは余裕さが滲み出る表情を崩さない彼を出し抜けたようで、内心少し愉快な気分になった。
だが大変なのはそこからだ。いくら神器の契約者であり、魔力が高いと言われても魔法に関する知識は初心者以下。
クレティアや他のギルドのメンバーが驚いて呆れるほどに私の魔法に関する知識についてはちんぷんかんぷんだった。
だがそれも仕方のない事だ。公爵令嬢だった頃は、魔法というのは従者などの下賤な者が使うものであり、貴族が使うべきものではないという両親らの考えにより最低限の知識すら与えられてこなかったのだ。
そういう経緯もあり、私は朝から昼にかけてはギルドの受付の仕事、そして夜や休日に魔法についての知識を魔導書やギルドに所属する誰かしら――主にロイだったが――に教えてもらうという生活だった。
知らなかったことを学ぶ。私の瞳には、魔法はとても不思議でキラキラしたものに見えて、これまでの人生で学んだことの中でも最上級と言っても良い程にそれを楽しんでいた。
基礎知識を学び終え、妖精の鉤爪に頼らない魔法……初めて一番初級の魔法・火球が打てた時には感動で涙すら流れた。
こうして私は順調に魔法を取得していくのだが、そのすぐ後壁にぶち当たる。
それは妖精の鉤爪の特殊性に起因するものだった。今までの魔法はロイ曰く『私の素直さ』故にコツを教れば簡単に出来るようになった。しかしこの神器を扱える者は今、私以外にはいない。だからこの神器の魔法に関しては、誰からもアドバイスをもらうことが出来ないのだ。
妖精の鉤爪の能力は生命強化と風の力。後者は同じ属性を持つロイに教え込まれてなんとか能力を引き出せるようにはなったのだが、問題は前者だ。
いきなり生命強化などと言われても、どんな能力なのかすら分からない。伝説的な存在である神器の話が書いてある本はそれなりにあれど、個々の能力の使い方についてはどの文献にもあまり詳しくは記載されていなかった。
そうしてギルド内の文献はほぼ全て読み漁り、街の外れにある大きな図書館へも通い始めた時期のことだ。
本を読むのは嫌いではなかったが、ここまで知りたい情報が手に入らないと気も滅入る。私はいつも通り何の情報も得られないままに帰路に着こうとした……のだが、何処からか悲鳴が聞こえた様な気がした。
耳にこびり付くような甲高い声。それが聞こえた時には足が勝手にそちらに向かって走り始めていた。
到着したのは街の外、森に入ってすぐの古びた小さな掘っ立て小屋の近く――。そこには鳥型の魔物とそれから少年……妹だろうか、小さな少女を大きく手を広げて守ろうとする子供の姿があった。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫、お前は俺が守るから――」
恐怖を押し殺して、自分の兄妹を守ろうとするその姿には既視感があった。あの日のアリアだ。魔物が攻撃しようと翼を大きく広げた瞬間。
「引き裂け」
魔物の二本の翼は根元から切断され、地に伏していた。断末魔の叫びが辺りに響き渡るが気にせず止めをさした。
この魔物に対して恨みはなかったが、殺さなければ殺される。私が今いるのは、可哀そうだからと情けを掛けれる様な甘い世界ではないのだ。
すぐに子供たちに駆け寄ると、彼らは腰を抜かして涙を流していた。少女の方には一切怪我はないようだが、少年の方の足は先程まで立っていたことが不思議なくらいに酷い怪我を負っていた。先程の魔物に攻撃でもされたのかもしれない。太ももが抉れ、白い骨の様なものがチラリと見えた。
「あああああああぁぁぁ!痛い、いたい――」
「酷い傷……」
先程まで勇敢に魔物に立ち向かっていた少年は泣き叫ぶ。一種の興奮状態が収まり、傷を認識したせいかもしれない。
あまりの怪我の酷さと少年の悲痛な声に慣れていない故に吐きそうになるが、早急にギルドに連れて行って処置をしてもらわなければならない。しかしこの子供を運ぶとしても、私はその重量を抱えたままでギルドまでたどり着けるだろうか。
子供の体格は私の腰辺りまであり、かなり重そうだ。しかも怪我が酷いから、出来るだけ揺らさないように運ばなければならない。どうするか……。そう悩んでいると頭の奥で聞き覚えのある声が響いた。
『私を使って。その子の傷を――』
「っ治せる、の?」
『ええ。傷口に光を注ぎ込むようにイメージを集中させて』
少年として正面から向き合い直し、言われた通りに傷口に意識を集中させる。するとバッグから取り出し装着した妖精の鉤爪から光が溢す。そしてそれが傷口を塞ぐように少年の足を包み込んだかと思うと、彼の傷口は何もなかったかのように治っていた。
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