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第5話 御恩と奉公のワークバランス。

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 それからはいろいろと、まあ大変だった。
 引っ越すから仕事を辞めるって話したら、「人手が~」と残念そうにした店長。これは、まあ許す。「せっかく仲良くなれたのに~」って人も許す。
 だけど。
 「えぇ~、辞めちゃうんですかぁ? もったいな~い」のアイツは許さん。どうせ、「アンタが辞めたら、子持ちマウントとれないじゃん!!」とか、「シフトの押し付けを誰にやればいいのよ!!」だろうし。
 だから職場には、「子持ち幼なじみとルームシェアするから辞める」なんてことは話さないでおく。バツイチ(?)子持ち男性のところに転がり込むなんて、絶対余計な尾ヒレ背ヒレをつけまくった悪口言われるだけだもん。

 その一方で、私が家を出る、子持ちの一条くんとルームシェアするって話したら、お母さんたちどんな反応するかな。嫁入り前の娘がって反対されるかなって気にしてたんだけど。
 「律くん、こんないたらない娘ですけどよろしくお願いいたします」
 ときた。
 こらこら、お母さん。
 私、結婚するわけじゃないんだけど? 臨時のベビーシッター兼居候しにいくんだけど?
 「よかったなあ。明里にもようやく春が巡って……、よかったなあ」
 だーかーらー。結婚するわけじゃないってば、お父さん。ふしだらなって卒倒するかと思ったら、うれしそうに泣かれてしまった。
 「一条先輩も物好きな。よりにもよってインキャオタクな姉ちゃんを選ぶだなんて」 
 こんにゃろ、誠彦!! ケンカ売ってるの? 買うよ?
 「間取り、検討し直したほうが良さそうですね、誠彦さん」
 こら待て、由美香さん!! アンタ、私の部屋を潰すつもりなの? 出てった小姑は二度と戻ってくるなって? 私、完全家なき子になるの?
 一条くんのお母さんたちにも万歳三唱で見送られた。「明里ちゃんなら律も世那も任せられる」って。世那くん、私に懐いてるし。
 新幹線に乗り込む時も、一条くんではなく、私に抱かれたままだったし。ジィジバァバと別れるっていうのに、ケロッとしてたし。理解できてないだけかもしれないけど。
 これなら「安心!!」って思ったんだろうなあ。おばさんたち、ホッとしたような顔してた。

*     *     *     *

 「オッ、ブッ、ア~」

 別れ際におじさんに買ってもらったオモチャの電車で遊ぶ世那くん。狭い窓枠を何度も往復する黄色の新幹線。クリッとした目がついてる、手に馴染みやすい真ん丸フォルム。動かすと、その目がキョロキョロ動く謎仕様。

 「ブッ、ア~ウ」

 「そうだね、走ってるねぇ」

 窓の外の景色に合わせて動かしてるつもりなんだろうか。
 オモチャを握る小さな手。ちょっと背伸びをして外を眺める姿。うれしそうに尖り始めたプルンプルンの唇。
 
 一条 世那くん。
 幼なじみ、一条 律くんの息子。明後日で一歳四ヶ月となるこの子は、とてもかわいらしく、愛らしい。
 
 (奥さんは、どうしてこんな子を置いて出ていったんだろう?)

 育児がワンオペで死にそうだったから?
 それとも、見かけによらず、一条くんのひどいDVがあったからとか?
 もしそうなら、私、東京着いた途端に、回れ右!!するんだけど。幼なじみ、境遇に同情したって言っても、暴力男とか、そういうのは御免被りたいけど。

 「ブブゥ~ウッ!!」

 窓枠を走っていた黄色の新幹線が宙を舞い、放物線を描いて疑惑の男の膝の上に着地する。

 「世那」

 一条くんが笑うと、世那くんもニカッと笑う。窓に飽きたんだろう。次は父親の膝の上に新幹線を走らせ始めた世那くん。アーウ、ウ~と、紺色のスラックスの上を容赦なく新幹線が前後し、轍を残す。
 
 「せーな、くすぐったい」

 ヨイショッと一条くんが世那くんを抱き上げ、自身の膝の上に下ろす。それだけで世那くんがキャッキャとうれしそうな声を上げた。

 「高階」

 一条くんが言った。

 「これから、いっぱい迷惑をかけるかもしれないけど、よろしく」

 「あ、うん。それはこちらこそ、だよ」

 半ば強引に世那くんを理由に転がり込むようなもんだし。

 東京に出て、赤ちゃんの世話をする代わりに居候をさせてもらう。

 冷静になってみれば、それってかなり大胆で、考えナシの提案だったんじゃないのかな。お節介の範疇を越えてるよね。

 「一応、きみのための部屋には内鍵を付けておいた」

 「え、あ、うん」

 ゴメン、そのあたりは全然気にしてなかった。ってか、考えてもなかった。

 「日中は頼むだろうけど、僕も仕事が終われば世那の世話をする。きみが就活、新居探しに出かけるのなら、ちゃんと対応するから安心して欲しい」

 「うー、うん」

 そうだよね。私、いつまでも居座るわけにはいかないもん。

 「それと家事なんだけど」

 「あー、それなら私がやるよ」

 「いや、ダメ。そこまで甘えることはしない」

 一条くん、即答。

 「そりゃ、どうしてもってなったらお願いするだろうけど。基本、ちゃんと分担する。高階のプライベートな時間は確保するよ」

 「あ、ありがと」

 硬いなあ、一条くん。

 「世那のお世話を頼んでるのはこちらなんだから、家賃もいらない。それと、就職も新居もゆっくり探したらいい。大事なことだから、ジックリ腰を据えてやってもらってかまわない」

 「それなら、私、お料理ぐらいはするわ。やらせて」

 「いや、でも――」
 「でなきゃ、私、ただの居候になっちゃう!! どうせ、世那くんの離乳食も作るんだし。一人作るのも二人作るのも手間はおんなじだし」

 というか、そこまで気遣ってもらってると、なんていうのか、御恩と奉公のバランスっていうの? そういう天秤、傾きっぱなしじゃない。御家人を甘やかしちゃいけませんぞ、鎌倉殿。
 一条くんは、私に世話を任せることで申し訳なく思ってるかもしれないけど、私だって居候させてもらえる、ちょうどいい転がり込む先を見つけたってことで、心苦しいんだからね?
 無賃乗車、無銭飲食レベルで居心地悪いのよ、そこまで気遣われると。下着つけずにジーンズを履くぐらいの居心地悪さ。
 
 「じゃあ、世那の世話と料理を」

 「任せて!!」

 ドンッと胸を叩いてみせる。

 「――助かる」

 苦笑した一条くん。

 「アァ~ウ」

 電車に飽きたのか、こちらに手を伸ばす世那くん。こっちの膝に戻ってくる?

 「ダメだよ、世那。お前、重いんだから。甘えっぱなしだと高階に迷惑だろ」

 一条くんが世那くんを抱き直す。ちょっと不満げな世那くんだったけど、一条くんがその柔らかい髪をなで始めると、次第に腰を落ち着け始めた。
 世那くんの小さな両手で掴まれ、そのままカプッと噛まれた新幹線。ヨダレで洗車。

 「あ~あ」

 取り出したガーゼのハンカチで、その口元と新幹線を優しく拭いた一条くん。世那くんが上向くと、目を細めて笑いかける。

 「でも、本当に大変な時はいつでも言って。無理はしないで」
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