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番外編
月と獣の舞踏会5(マクシミリアン視点)
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「マクシミリアン!よく来てくれたな!!」
従者に連れられ陛下の元へ行くと、相変わらずの朗らかな声で話かけられた。
この国の王であるチャーリー陛下は御年六十歳だがとてもそうは見えない。
丸々とした体躯、皺の少ない艶々とした血色のよい頬、茶色の髪にくりくりとした好奇心豊かな瞳。
溌溂とした雰囲気の陛下の口癖は『健康の秘訣は美食にあり』だ。
「陛下、このたびはお招きいただきありがとうございます」
そう言って私が一礼すると、隣でビアンカも美しいカーテシーを取った。
そのビアンカの姿を見て陛下は楽しそうに目を細めて笑う。
「マクシミリアンの掌中の珠は相変わらず美しいな。久しいな、セルバンデス夫人」
「ご無沙汰しております、陛下。お招きいただき光栄ですわ」
ビアンカはそう言いながら、ふわりと花が咲くように微笑んだ。
私達の様子を注視していた周囲の貴族達からたちまちに感嘆の吐息が漏れる。
そしてそれは、陛下の横に立つ女好きだという噂のこの国の王太子……ルドルフ王子も同様だった。
ルドルフ王子は陛下と同じ茶色の髪と茶色の瞳の持ち主だが、その筋肉質な体躯は陛下とまるで逆の印象である。彫りの深い整った顔立ちは日によく焼け、その陰影をさらに深めていた。
私は妻を隠すように前に立ち、ルドルフ王子にも礼を取ろうとした。
しかし王子は人好きのする笑顔を浮かべつつ軽く手をかざすとそれを退けた。
「そういう堅苦しいのはいいよ。……父上から聞いてはいたけれどマクシミリアンの奥方は本当に美しいのだな」
「ビアンカと申します。お褒めいただき恐縮ですわ」
挨拶を返すビアンカを見つめるルドルフ王子の瞳は好奇心で輝いており、私は嫌な予感に密かに顔を顰めてしまう。
「君は本当に平民出なのか? 美しさもさることながら、まるで生まれた時から貴族のような美しい所作だが……。君の生い立ちについてじっくりとお聞きしたいな」
ルドルフ王子は快活な口調で言うが、その内容はそこらの貴族が聞きたがっているゴシップそのものだ。
会う機会も少なかったため今まで彼の人となりを知る機会はなかったが……意外に下世話な人物なのだな。
今度はあからさまに不快げな様子で私が顔を歪めると、陛下が慌ててルドルフ王子と私達の間に割って入った。
「ルドルフ、不躾なことを聞くんじゃない! セルバンデス夫人に失礼だろうが!」
「……父上は、マクシミリアンに対して贔屓が過ぎませんか?」
そう言ってルドルフ王子は面白くなさそうに肩をすくめる。
「当たり前だ! マクシミリアン一人で我が国の魔法師千人にも等しいのだぞ。お前の不始末で彼に逃げられたらどうしてくれる!」
「それは大げさでしょう、父上」
「……大げさですよ、陛下」
私と王子は同時に似たような事を言いながら辟易とした顔をしてしまった。
私を買ってくれているのはありがたいのだが、そこまで持ち上げられても面映ゆい。
陛下が割って入ってくれたこのタイミングでこの場から退散しようと、私がビアンカの手を取った時。
「マクシミリアン、久しぶりだな。俺も奥方にご挨拶をしても?」
出来れば一生聞きたくなった朗々とした声が耳朶を打った。
私がそちらの方に目を向けると予想通りの人物が……私とビアンカが元いた国、リーベッヘ王国のフィリップ王子が悠然と立っていた。その横には、騎士ノエル・ダウストリアも控えている。
ビアンカは彼らの姿を見ると僅かに顔色を変え、怯えたように私の手を握った。
過去の自分のことを知る彼らは、ビアンカには悪魔にも等しく見えているはずだ。
一対一の場でならともかくこのような公の場でビアンカの過去のことを話されでもしたら、私達のこの国での平穏な生活は下種な噂にまみれ崩壊してしまうのだから。
……そんなことがあれば、この国なんて捨ててやるが。
「フィリップ王子、お久しぶりです。ビアンカと会うのは初めてですね」
「初めまして、フィリップ王子。マクシミリアンの妻のビアンカと申しますわ」
ビアンカは気丈に前に進み出て、フィリップ王子とノエルにカーテシーを取った。
彼女を姿を眩しいものでも見るように目を細めて少し眺めた後、フィリップ王子も口を開いた。
「初めまして……セルバンデス夫人」
フィリップ王子は優美な動作でビアンカの手を取り、その甲にゆっくりと口付けた。
ビアンカの目が大きく見開かれ苦しげに、彼から逸らされる。
「フィリップ王子。平民出の下々の女の手に口付けなんて、恐れ多いですわ」
ビアンカは震える声で息も絶え絶えというようにそう言うとそっと取られた手を外し、私の腕にもたれかかった。
その体は酷く震えており私はこの舞踏会に妻を連れて来たことを激しく後悔した。
「皆様、私達はそろそろ失礼させて頂きます」
「待ってくれ、マクシミリアン」
この場を後にしようとした私達を、フィリップ王子が何故か引き止める。
私は軽く舌打ちをしてビアンカを背に庇いながら緩慢な動きで彼に向き直った。
「……彼女は決して傷つけない。だから、少し話をさせてくれないか?」
フィリップ王子は真剣な面持ちで、懇願するような声音でそう言った。
従者に連れられ陛下の元へ行くと、相変わらずの朗らかな声で話かけられた。
この国の王であるチャーリー陛下は御年六十歳だがとてもそうは見えない。
丸々とした体躯、皺の少ない艶々とした血色のよい頬、茶色の髪にくりくりとした好奇心豊かな瞳。
溌溂とした雰囲気の陛下の口癖は『健康の秘訣は美食にあり』だ。
「陛下、このたびはお招きいただきありがとうございます」
そう言って私が一礼すると、隣でビアンカも美しいカーテシーを取った。
そのビアンカの姿を見て陛下は楽しそうに目を細めて笑う。
「マクシミリアンの掌中の珠は相変わらず美しいな。久しいな、セルバンデス夫人」
「ご無沙汰しております、陛下。お招きいただき光栄ですわ」
ビアンカはそう言いながら、ふわりと花が咲くように微笑んだ。
私達の様子を注視していた周囲の貴族達からたちまちに感嘆の吐息が漏れる。
そしてそれは、陛下の横に立つ女好きだという噂のこの国の王太子……ルドルフ王子も同様だった。
ルドルフ王子は陛下と同じ茶色の髪と茶色の瞳の持ち主だが、その筋肉質な体躯は陛下とまるで逆の印象である。彫りの深い整った顔立ちは日によく焼け、その陰影をさらに深めていた。
私は妻を隠すように前に立ち、ルドルフ王子にも礼を取ろうとした。
しかし王子は人好きのする笑顔を浮かべつつ軽く手をかざすとそれを退けた。
「そういう堅苦しいのはいいよ。……父上から聞いてはいたけれどマクシミリアンの奥方は本当に美しいのだな」
「ビアンカと申します。お褒めいただき恐縮ですわ」
挨拶を返すビアンカを見つめるルドルフ王子の瞳は好奇心で輝いており、私は嫌な予感に密かに顔を顰めてしまう。
「君は本当に平民出なのか? 美しさもさることながら、まるで生まれた時から貴族のような美しい所作だが……。君の生い立ちについてじっくりとお聞きしたいな」
ルドルフ王子は快活な口調で言うが、その内容はそこらの貴族が聞きたがっているゴシップそのものだ。
会う機会も少なかったため今まで彼の人となりを知る機会はなかったが……意外に下世話な人物なのだな。
今度はあからさまに不快げな様子で私が顔を歪めると、陛下が慌ててルドルフ王子と私達の間に割って入った。
「ルドルフ、不躾なことを聞くんじゃない! セルバンデス夫人に失礼だろうが!」
「……父上は、マクシミリアンに対して贔屓が過ぎませんか?」
そう言ってルドルフ王子は面白くなさそうに肩をすくめる。
「当たり前だ! マクシミリアン一人で我が国の魔法師千人にも等しいのだぞ。お前の不始末で彼に逃げられたらどうしてくれる!」
「それは大げさでしょう、父上」
「……大げさですよ、陛下」
私と王子は同時に似たような事を言いながら辟易とした顔をしてしまった。
私を買ってくれているのはありがたいのだが、そこまで持ち上げられても面映ゆい。
陛下が割って入ってくれたこのタイミングでこの場から退散しようと、私がビアンカの手を取った時。
「マクシミリアン、久しぶりだな。俺も奥方にご挨拶をしても?」
出来れば一生聞きたくなった朗々とした声が耳朶を打った。
私がそちらの方に目を向けると予想通りの人物が……私とビアンカが元いた国、リーベッヘ王国のフィリップ王子が悠然と立っていた。その横には、騎士ノエル・ダウストリアも控えている。
ビアンカは彼らの姿を見ると僅かに顔色を変え、怯えたように私の手を握った。
過去の自分のことを知る彼らは、ビアンカには悪魔にも等しく見えているはずだ。
一対一の場でならともかくこのような公の場でビアンカの過去のことを話されでもしたら、私達のこの国での平穏な生活は下種な噂にまみれ崩壊してしまうのだから。
……そんなことがあれば、この国なんて捨ててやるが。
「フィリップ王子、お久しぶりです。ビアンカと会うのは初めてですね」
「初めまして、フィリップ王子。マクシミリアンの妻のビアンカと申しますわ」
ビアンカは気丈に前に進み出て、フィリップ王子とノエルにカーテシーを取った。
彼女を姿を眩しいものでも見るように目を細めて少し眺めた後、フィリップ王子も口を開いた。
「初めまして……セルバンデス夫人」
フィリップ王子は優美な動作でビアンカの手を取り、その甲にゆっくりと口付けた。
ビアンカの目が大きく見開かれ苦しげに、彼から逸らされる。
「フィリップ王子。平民出の下々の女の手に口付けなんて、恐れ多いですわ」
ビアンカは震える声で息も絶え絶えというようにそう言うとそっと取られた手を外し、私の腕にもたれかかった。
その体は酷く震えており私はこの舞踏会に妻を連れて来たことを激しく後悔した。
「皆様、私達はそろそろ失礼させて頂きます」
「待ってくれ、マクシミリアン」
この場を後にしようとした私達を、フィリップ王子が何故か引き止める。
私は軽く舌打ちをしてビアンカを背に庇いながら緩慢な動きで彼に向き直った。
「……彼女は決して傷つけない。だから、少し話をさせてくれないか?」
フィリップ王子は真剣な面持ちで、懇願するような声音でそう言った。
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