【R18】悪役令嬢は元執事から逃げられない

夕日(夕日凪)

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番外編

月と獣の舞踏会8(マクシミリアン視点)

 フィリップ王子とノエルを見送ると、ビアンカは深いため息をついてソファーに沈み込んだ。

「……ふふ。緊張しちゃった」

 そう言うビアンカの手は震えている。
 そっとその小さな手を握ると、妻は弱々しく微笑んだ。

「自分の過去の行いが悪いのだから自分のせいなのはわかっているの。だけど過去を知る方に会うのは……怖いものね。そんな事をする方達じゃないとわかっているのに、あの方達が悪意を持ってわたくしの過去の話をしたら今の平穏な生活が壊れるのだと思ったら……」

 ビアンカの湖面の色の瞳から涙が零れる。それは白い頬を伝い、白く細い美しい首筋を流れていく。
 彼女の泣き顔を見ていると彼女に罪を犯させずとも彼女を手に入れる方法があったのではと、過去の自分を呪いたくなり胸が痛んだ。

「……この国に居づらくなったら家族皆でもっと遠くの国へ行きましょう。私達のことを誰も知らない、そんな国へ」

 そう言ってビアンカの頬に口づけると、彼女は少し安心したように笑う。
 するとアルフォンス様が口を尖らせ渋い顔をした。

「遠くに行かれては、ビアンカに会えなくなってしまうな……」
「ふふ、お兄様ならどんなに遠くにわたくしが居ても会いに来てくださるでしょう?」

 ビアンカの言葉にアルフォンス様は仕方ないな、というように優しく笑う。
 そしてその美しい緑の瞳に涙を浮かべてビアンカを抱きしめた。

「……ごめんねビアンカ。僕は、君を守ることができなかった。ビアンカが罪を犯す前に……僕達家族にはできることがあったはずなのに」

 アルフォンス様は端正な顔に苦しげな悔恨の表情を浮かべビアンカに囁いた。
 そんな兄の背にビアンカは手を回し、その頬に愛おしげに頬ずりをする。

「お兄様、悪いのはわたくしなの。誰も思いやれなかった、醜いわたくしが罰を受けたというだけの話。お兄様は何も悪くないわ」

 そう言ってビアンカはアルフォンス様の頬にそっと口づけをし、微笑んだ。

 アルフォンス様と別れ、私とビアンカは馬車に乗り屋敷への帰途についた。
 ビアンカと私は無言で寄り添い、馬車の車輪の音だけが静謐な夜のしじまに響いた。
 妻の方を盗み見ると何かを考えているように顔を伏せており、そんな彼女を見ていると私の心にはどんどん不安がつのっていく。
 ビアンカは私の視線に気づくと微笑もうとしたけれど、その顔はすぐに泣きそうな顔に変わった。

「……マクシミリアンは、わたくしを選んで後悔していない?」

 ビアンカの口から、私が想像もしていなかった言葉が飛び出した。一体、何故。

「どうして……そんな」
「わたくしは、マクシミリアンや子供達といてとても幸せなの。人生で一番幸せなの。だけど今回の舞踏会で……過去は消せず、追いかけてくるものなんだって感じたわ。そのせいでいつか貴方や子供達に迷惑をかけてしまわないか、不安で」

 美しい雫が、ビアンカの青の瞳から溢れる。それを指で拭おうと手を伸ばすと、その手を彼女に捕らわれた。
 ビアンカは私の手に頬をすり寄せ、静かに泣く。その姿は馬車の窓から入る月明りに照らされ、神々しくも美しかった。
 ビアンカの細い肩を抱き寄せると彼女は私の胸に頬をすり寄せ、小さく嗚咽を上げ身を震わせた。
 そんな妻の耳に私は囁く。

「……ビアンカ、愛しています。何があっても、私達家族はずっと一緒です」

 私の身勝手で私のものになってしまった君。身勝手を受け入れ、私を愛してくれた君。
 私は君を手放すことはできないけれど、君が泣かなくてもいいように何からでも守りたいと思う。

「ありがとう、マクシミリアン。わたくしも愛してるわ」

 そう言ってビアンカは花が綻ぶように微笑んだ。

 ☆★☆

「マクシミリアン、その……」

 屋敷に戻ると、ビアンカは私の服の裾をつまんで上目遣いでこちらを見つめてきた。
 子供達の寝顔を確認し私達も今晩は疲れているから早く寝ようかと言おうとした矢先だったので、首を傾げて彼女を見るとビアンカは頬を染めてもじもじとした様子を見せる。

「……したいの、マクシミリアン」

 妻からの珍しいお誘いに思わず目が丸くなってしまう。
 ビアンカは恐らく不安なのだろう。その不安を肌が合わせることで少しでも解消されるのなら、私としてはやぶさかではないが……。
 いや、やぶさかではない、というのは見栄を張っているな。年甲斐もないが私はビアンカといつでもしたいのだ。

「じゃあまずは、二人でお風呂に入って舞踏会で付いた埃を落としましょうか」

 私がそう提案するとビアンカはコクコクと頷いた。
 風呂の準備をメイドに頼み、お湯が溜まるまでの間長椅子の上でビアンカを抱きしめ形のよい頭を撫でる。
 彼女が身じろぎをするたびにさらさらとしたよい香りの髪が私の鼻先をくすぐって心地よい。
 頃合いを見計らい風呂場へ向かうとバスタブはたっぷりのお湯で満たされていた。

「さて、脱ぐのを手伝いましょう」

 そう言いながらビアンカのドレスに手を伸ばし釦を丁寧に外してドレスを脱がせると、腰を締め付けるコルセット、鳥籠のような形状のドレスを膨らませるためのクリノリン、細い足を包む無粋なドロワーズが現れた。
 女性は大変だな……と思いながらクリノリンの留め金を外し、コルセットを解くと解放感からかビアンカは大きく息を吐いた。
 彼女のドレスを脱がせるのには慣れている。……変な意味ではなく、執事時代に手伝ったことが度々あるからだ。
 悪態を散々つかれながらだったが、今となれば懐かしい思い出である。

「ふふ。お嬢様と執事の頃に戻ったみたい」

 ビアンカも同じことを思い出していたようで、くすくすと楽しそうに笑う。

「あの頃の苛烈なお嬢様も、悪くなかったです」
「マクシミリアン、それはさすがに趣味が悪すぎると思うわ」

 彼女は私と向き合うと、私のシャツに手をかけ釦を一つ一つ少し不器用な手つきで外していく。
 そんなビアンカが微笑ましくて彼女の額にキスをすると、せがむように目を閉じられたので彼女の唇へと唇を落とした。
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