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本編
打算抜きの関係
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エマは夜会で色々な人に声をかけたりかけられたり、ダンスの誘いを受けることもあった。
(リートベルク家と関わりのある方々や、ない方々、色々な人とお話しすることが出来たわ。リートベルク家の為だったり、お互いに利のある人脈作りはとても大切だけど、やっぱり打算抜きで心を開ける友人は欲しいわね)
エマは貴族特有の人脈作りだけでなく、気兼ねなく話せる友人も欲しいと思っていた。
(だけど、誰もが私のように考えているわけではないわよね。どうしようかしら?)
うーん、と悩むエマ。その時、近くで不穏な声が聞こえた。
「なあ、この俺がダンスの申し込みをしているんだ。断るとはどういうことだよ?」
「先程も申し上げました通り、私は疲れております」
軽薄そうな令息と迷惑そうな表情を隠そうともしない令嬢。
(あの方々……確か、男性の方はハッツフェルト伯爵令息のエミール様だったわね。女性を見た目で判断したり、女性蔑視の考え方を持つとても失礼なお方だとリーゼロッテお姉様やディートリヒお兄様が言っていたわ。女性の方は……どこの家のお方かは分からないわ。だけど、困っているみたいだし放って置けない)
エマは二人の元へと歩き出す。
「それに、貴方のような女性を無理やり思い通りにしようとする方の申し出など断固としてお断りいたします」
令嬢は毅然とした態度でエミールにそう言う。
「貴様、女の癖にこの俺の誘いを」
「あら、でしたら私と一曲ダンスを願えますか? ハッツフェルト卿」
逆上しかけたエミールに、エマは明るくそう声をかける。エミールは少し驚いたようにエマを見る。
「こ、これはこれは、貴女は社交界の白百合であるリーゼロッテ嬢の妹君の……」
「エマ・ジークリンデ・フォン・リートベルクでございます」
「おお、エマ嬢……と仰るのですね。俺はエミール・クルト・フォン・ハッツフェルトと申します。それにしても、リーゼロッテ嬢とはあまり似ていないですね。同じ親からお生まれですよね?」
とても失礼な発言であるが、エマは強気の笑みを浮かべている。それに対してエミールは少したじろぐ。
「えっと、ダンスの申し出ですが、俺は疲れましたので……」
「でしたら、私がこちらのご令嬢とお話ししても構いませんよね? ハッツフェルト卿、私は少し前にデビュタントを迎えたばかりなので、色々なお方とお話がしたいのでございますわ」
エマは遠回しに彼女から手を引けと言った。
「し、仕方ありませんね」
エミールは苦笑してその場を立ち去った。
(本当に失礼な方だわ。見た目で人を判断するし、初対面なのに名前で呼んでくるなんて)
エマは心の中でため息をついた。
ガーメニー王国の貴族は初対面では苗字呼びをし、相手から許可が出たら名前で呼ぶのが一般的だ。これを破るのはマナー違反である。
エマは令嬢に体を向けカーテシーをする。
「突然の無礼をお許しください。リートベルク伯爵家の次女、エマ・ジークリンデ・フォン・リートベルクでございます」
すると令嬢の、少し低めで凛とした声が降ってくる。
「頭を上げてください、リートベルク嬢。無礼だなどと思っておりませんから」
その言葉を聞き、エマは少しホッとしたように頭を上げた。
「先程はありがとうございました。私はケーニヒスマルク伯爵家の長女、ユリアーナ・メビティルデ・フォン・ケーニヒスマルクでございます。どうぞユリアーナとお呼びください」
ユリアーナはカーテシーをした。
「頭を上げてください。では、ユリアーナ様とお呼びいたしますね。私のことも、是非エマとお呼びください」
エマは微笑んだ。
「では、遠慮なくエマ様とお呼びいたします」
頭を上げたユリアーナも微笑んだ。落ち着いた笑みだ。
ユリアーナはサラサラと艶のある長いブロンドの髪にヘーゼルの目、そして凛とした美貌を持っていた。
「エマ様、先程は助けてくださってありがとうございました。重ね重ねお礼申し上げます。ハッツフェルト卿はしつこくてとても困っておりましたの」
ユリアーナは苦笑した。
「ユリアーナ様、心中お察しいたしますわ。本当に失礼な方でしたわね。ですがそんな失礼な方のことなど忘れてしまいましょう。時間がもったいないですわ。あのような方の話をするほど私達は暇ではございません」
エマはふふっと笑う。するとユリアーナは意外そうに微笑む。
「確かに、エマ様の仰る通りでございますね」
こうして少し打ち解けたエマとユリアーナは会話を楽しむことにした。
「ユリアーナ様のご趣味は何なのですか?」
「読書でございます。小説や歴史書など、様々な分野の本を読みますわ」
「読書でございますか。私の兄ディートリヒもよく読書をしておりますわ。隙あらば本を読んでいるのです。今日だって、夜会の身支度が終わると出発時間までずっと本を読んでおりましたわ。シュミット氏の小説がとても面白いと言っておりました」
「まあ、左様でございますか。シュミット氏の小説は私も読んだことがございます。意表を突く展開で、私もついつい読み進めてしまいましたわ」
ユリアーナは面白そうにクスッと笑った。
「ユリアーナ様は何かおすすめの本はございますか?」
エマは興味ありげな様子で聞く。
「バルドゥル・アルメハウザー氏が書いた、ガーメニー建国史でございます。地政学的観点から見ても、とても興味深いものがございます」
「地政学的観点……。ユリアーナ様、私はあまり地政学には詳しくないので色々と教えていただけますか?」
「ええ、喜んで。それでしたら社交シーズン中にケーニヒスマルク家の王都の屋敷にご招待いたします。そこでゆっくりお話ししましょう」
「とても楽しみにしておりますわ。でしたら、ユリアーナ様もリートベルク家の王都の屋敷にご招待いたしますね」
エマは今から既にウキウキした様子だった。
「そういえば、私のことばかりお話ししておりますが、エマ様のご趣味は?」
今度はユリアーナが質問する番だ。
「主に体を動かすことでございます。ドレスを着ているので走り回ることは出来ませんが、王都の屋敷やリートベルク領にある本邸の階段の上り下りを繰り返したり、家庭教師がいない時は一人でワルツなどのダンスを練習しておりますわ」
エマはふふっと笑った。
「なるほど。体を動かすことは健康にもいいと言われております。だからエマ様の髪や肌は生き生きとしているのですね」
ユリアーナは納得したように頷いた。
「お褒めいただき光栄でございます」
エマは太陽のような明るい笑みを浮かべた。ユリアーナはその笑みを見て、まるで氷が溶けたかのような、そしてどこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。
(今何だかユリアーナ様と打算抜きで友情を深められている気がするわ)
エマも嬉しくなっていた。
そこへリーゼロッテがやって来る。
「あら、エマ、そちらのご令嬢はどなた?」
「リーゼロッテお姉様、こちらはケーニヒスマルク伯爵令嬢ユリアーナ様でございます。ユリアーナ様、こちらは私の姉リーゼロッテでございます」
エマはリーゼロッテとユリアーナにそれぞれを紹介した。
「お初にお目にかかります。ユリアーナ・メビティルデ・フォン・ケーニヒスマルクでございます。どうぞユリアーナとお呼びください」
「初めまして。エマの姉のリーゼロッテ・リヒャルダ・フォン・リートベルクでございます。私のことも、是非リーゼロッテとお呼びいただけたら嬉しく存じますわ」
ユリアーナとリーゼロッテは互いに自己紹介をした。
その後エマとリーゼロッテとユリアーナの三人は打ち解けたように雑談をしていた。
「リーゼロッテ様は医学、薬学が発達しているナルフェック王国のヌムール公爵領で三年前から薬学を学ばれているとお聞きしました。もしかして、少し前に流行した疫病のワクチンを開発なさったナルフェック王国の女王陛下や特効薬を開発なさったクリスティーヌ・ジゼル・ド・タルド男爵令嬢とお知り合いだったりしますか?」
「ええ、左様でございますわ。ルナ・マリレーヌ・ルイーゼ・カタリーナ女王陛下(ナルフェックではルナ・マリレーヌ・ルイーズ・カトリーヌと呼ばれている)とは少しお話しした程度ですが、クリスティーヌ様とは共に学んだ仲でございます。クリスティーヌ様は努力と試行錯誤を重ねて特効薬の開発を成功させたのでございますわ」
どこか誇らしげな様子のリーゼロッテである。そんなリーゼロッテを見たエマはふふっと笑う。
「リーゼロッテお姉様はタルド男爵令嬢のことを尊敬していらっしゃいますわね。タルド男爵令嬢は確か、ディートリヒお兄様と同い年でしたっけ?」
「ええ、そうよエマ。ディートリヒと同じ十七歳」
「十七歳、ということは私よりも一つ上。タルド男爵令嬢は私達と年が変わらないのでございますね。驚きました」
落ち着いているが、意外そうな表情のユリアーナ。
その時、エマは自分達の元へ誰かがやって来ることに気が付いた。
星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪にサファイアのような青い目の男性。大柄でがっしりとした体格だ。厳つい顔つきでまだ少年なのかもう青年なのか区別がつかない。しかし、よく見ると整った顔立ちだ。
リーゼロッテがその人物に気が付き、カーテシーをした。エマとユリアーナもそれに続く。
「ご機嫌よう、リーゼ。ご令嬢方も頭を上げてください」
男性は厳つい見た目とは裏腹に、優しげな声だった。
「ご機嫌よう、レオン。今回の夜会にも出席なさっていたのね」
顔を上げたリーゼロッテはパアッとと明るい表情になっている。
(リーゼロッテお姉様のことを親しげにリーゼと呼ぶ。それに、お姉様も少し砕けた口調になっているわ。ということはもしかしてこのお方がお姉様の……)
エマはハッとした表情でレオンと呼ばれた男性を見る。
レオンはエマに目を向ける。
「君がリーゼの妹君か」
「はい。お初にお目にかかります。エマ・ジークリンデ・フォン・リートベルクでございます」
「初めまして、リートベルク嬢。私はビスマルク侯爵家の長男、レオンハルト・ヴェルナー・フォン・ビスマルクだ」
「お会い出来て光栄でございます、ビスマルク卿」
エマは微笑む。
「こちらこそ、お会いできて嬉しいよ。隣にいるのはご友人かな?」
レオンことレオンハルトはエマに微笑んだ後、ユリアーナに目を向ける。
「ユリアーナ・メヒティルデ・フォン・ケーニヒスマルクでございます。本日はお会い出来て光栄でございます。ビスマルク卿」
ユリアーナは少し表情か硬くなっていたような気がした。
「よろしく、ケーニヒスマルク嬢」
レオンハルトは穏やかな笑みをユリアーナに向けた。そして再びエマに目を向ける。
「それにしてもリートベルク嬢は、リーゼの言う通り、笑顔が素敵な令嬢であるな」
レオンハルトは納得したように頷く。
「お褒めのお言葉嬉しく存じます。ですがビスマルク卿、私を褒めたら姉が嫉妬してしまうのでは?」
エマは悪戯っぽい笑みを浮かべ、リーゼロッテとレオンハルトを交互に見た。
「もう、エマったら」
リーゼロッテは困ったような笑みを浮かべている。
「ハハハ、ではリーゼ、私と一曲ダンスを願えるかい? それで機嫌を直して欲しい」
レオンハルトは厳つさは残るがサファイアの目を優しげに細めた。
「私は機嫌が悪くないわよ。でも、喜んでお受けするわ」
リーゼロッテは頬を赤く染めて微笑んだ。エマにはその表情が一番美しく見えた。
リーゼロッテとレオンハルトは会場中心へダンスをしに行った。二人は仲睦まじい様子でダンスを始めた。
「エマ様、リーゼロッテ様とビスマルク卿はもしかして……」
先程の強張ったような表情は和らぎ、ユリアーナはダンスをしている二人を見てあることを予想する。
「ええ、ユリアーナ様。お姉様とビスマルク卿はもうすぐ婚約を発表いたしますわ。別に隠してはおりませんし、今は婚約までの最終調整段階でございます」
エマは幸せそうなリーゼロッテを見てふふっと微笑んだ。
「まあ、それはおめでたいことでございますわね」
ユリアーナも中心でダンスをする二人を見て微笑んでいる。
「お姉様は社交界の白百合と言われるほどの美貌の持ち主なのでいつでも美しいのですが、私はビスマルク卿と一緒にいる時のお姉様が一番綺麗だと思っておりますわ」
「確かに、エマ様の仰る通りかもしれませんね。ですが、私はエマ様も負けていないと存じますわ。ビスマルク卿も仰っていたように、エマ様ほど笑顔が素敵な方を私は見たことがございません」
ユリアーナは真っ直ぐエマを見ていた。
「お褒めのお言葉、大変嬉しく存じますわ」
再びエマは太陽のような明るい笑みを浮かべていた。
(リートベルク家と関わりのある方々や、ない方々、色々な人とお話しすることが出来たわ。リートベルク家の為だったり、お互いに利のある人脈作りはとても大切だけど、やっぱり打算抜きで心を開ける友人は欲しいわね)
エマは貴族特有の人脈作りだけでなく、気兼ねなく話せる友人も欲しいと思っていた。
(だけど、誰もが私のように考えているわけではないわよね。どうしようかしら?)
うーん、と悩むエマ。その時、近くで不穏な声が聞こえた。
「なあ、この俺がダンスの申し込みをしているんだ。断るとはどういうことだよ?」
「先程も申し上げました通り、私は疲れております」
軽薄そうな令息と迷惑そうな表情を隠そうともしない令嬢。
(あの方々……確か、男性の方はハッツフェルト伯爵令息のエミール様だったわね。女性を見た目で判断したり、女性蔑視の考え方を持つとても失礼なお方だとリーゼロッテお姉様やディートリヒお兄様が言っていたわ。女性の方は……どこの家のお方かは分からないわ。だけど、困っているみたいだし放って置けない)
エマは二人の元へと歩き出す。
「それに、貴方のような女性を無理やり思い通りにしようとする方の申し出など断固としてお断りいたします」
令嬢は毅然とした態度でエミールにそう言う。
「貴様、女の癖にこの俺の誘いを」
「あら、でしたら私と一曲ダンスを願えますか? ハッツフェルト卿」
逆上しかけたエミールに、エマは明るくそう声をかける。エミールは少し驚いたようにエマを見る。
「こ、これはこれは、貴女は社交界の白百合であるリーゼロッテ嬢の妹君の……」
「エマ・ジークリンデ・フォン・リートベルクでございます」
「おお、エマ嬢……と仰るのですね。俺はエミール・クルト・フォン・ハッツフェルトと申します。それにしても、リーゼロッテ嬢とはあまり似ていないですね。同じ親からお生まれですよね?」
とても失礼な発言であるが、エマは強気の笑みを浮かべている。それに対してエミールは少したじろぐ。
「えっと、ダンスの申し出ですが、俺は疲れましたので……」
「でしたら、私がこちらのご令嬢とお話ししても構いませんよね? ハッツフェルト卿、私は少し前にデビュタントを迎えたばかりなので、色々なお方とお話がしたいのでございますわ」
エマは遠回しに彼女から手を引けと言った。
「し、仕方ありませんね」
エミールは苦笑してその場を立ち去った。
(本当に失礼な方だわ。見た目で人を判断するし、初対面なのに名前で呼んでくるなんて)
エマは心の中でため息をついた。
ガーメニー王国の貴族は初対面では苗字呼びをし、相手から許可が出たら名前で呼ぶのが一般的だ。これを破るのはマナー違反である。
エマは令嬢に体を向けカーテシーをする。
「突然の無礼をお許しください。リートベルク伯爵家の次女、エマ・ジークリンデ・フォン・リートベルクでございます」
すると令嬢の、少し低めで凛とした声が降ってくる。
「頭を上げてください、リートベルク嬢。無礼だなどと思っておりませんから」
その言葉を聞き、エマは少しホッとしたように頭を上げた。
「先程はありがとうございました。私はケーニヒスマルク伯爵家の長女、ユリアーナ・メビティルデ・フォン・ケーニヒスマルクでございます。どうぞユリアーナとお呼びください」
ユリアーナはカーテシーをした。
「頭を上げてください。では、ユリアーナ様とお呼びいたしますね。私のことも、是非エマとお呼びください」
エマは微笑んだ。
「では、遠慮なくエマ様とお呼びいたします」
頭を上げたユリアーナも微笑んだ。落ち着いた笑みだ。
ユリアーナはサラサラと艶のある長いブロンドの髪にヘーゼルの目、そして凛とした美貌を持っていた。
「エマ様、先程は助けてくださってありがとうございました。重ね重ねお礼申し上げます。ハッツフェルト卿はしつこくてとても困っておりましたの」
ユリアーナは苦笑した。
「ユリアーナ様、心中お察しいたしますわ。本当に失礼な方でしたわね。ですがそんな失礼な方のことなど忘れてしまいましょう。時間がもったいないですわ。あのような方の話をするほど私達は暇ではございません」
エマはふふっと笑う。するとユリアーナは意外そうに微笑む。
「確かに、エマ様の仰る通りでございますね」
こうして少し打ち解けたエマとユリアーナは会話を楽しむことにした。
「ユリアーナ様のご趣味は何なのですか?」
「読書でございます。小説や歴史書など、様々な分野の本を読みますわ」
「読書でございますか。私の兄ディートリヒもよく読書をしておりますわ。隙あらば本を読んでいるのです。今日だって、夜会の身支度が終わると出発時間までずっと本を読んでおりましたわ。シュミット氏の小説がとても面白いと言っておりました」
「まあ、左様でございますか。シュミット氏の小説は私も読んだことがございます。意表を突く展開で、私もついつい読み進めてしまいましたわ」
ユリアーナは面白そうにクスッと笑った。
「ユリアーナ様は何かおすすめの本はございますか?」
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「バルドゥル・アルメハウザー氏が書いた、ガーメニー建国史でございます。地政学的観点から見ても、とても興味深いものがございます」
「地政学的観点……。ユリアーナ様、私はあまり地政学には詳しくないので色々と教えていただけますか?」
「ええ、喜んで。それでしたら社交シーズン中にケーニヒスマルク家の王都の屋敷にご招待いたします。そこでゆっくりお話ししましょう」
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エマは今から既にウキウキした様子だった。
「そういえば、私のことばかりお話ししておりますが、エマ様のご趣味は?」
今度はユリアーナが質問する番だ。
「主に体を動かすことでございます。ドレスを着ているので走り回ることは出来ませんが、王都の屋敷やリートベルク領にある本邸の階段の上り下りを繰り返したり、家庭教師がいない時は一人でワルツなどのダンスを練習しておりますわ」
エマはふふっと笑った。
「なるほど。体を動かすことは健康にもいいと言われております。だからエマ様の髪や肌は生き生きとしているのですね」
ユリアーナは納得したように頷いた。
「お褒めいただき光栄でございます」
エマは太陽のような明るい笑みを浮かべた。ユリアーナはその笑みを見て、まるで氷が溶けたかのような、そしてどこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。
(今何だかユリアーナ様と打算抜きで友情を深められている気がするわ)
エマも嬉しくなっていた。
そこへリーゼロッテがやって来る。
「あら、エマ、そちらのご令嬢はどなた?」
「リーゼロッテお姉様、こちらはケーニヒスマルク伯爵令嬢ユリアーナ様でございます。ユリアーナ様、こちらは私の姉リーゼロッテでございます」
エマはリーゼロッテとユリアーナにそれぞれを紹介した。
「お初にお目にかかります。ユリアーナ・メビティルデ・フォン・ケーニヒスマルクでございます。どうぞユリアーナとお呼びください」
「初めまして。エマの姉のリーゼロッテ・リヒャルダ・フォン・リートベルクでございます。私のことも、是非リーゼロッテとお呼びいただけたら嬉しく存じますわ」
ユリアーナとリーゼロッテは互いに自己紹介をした。
その後エマとリーゼロッテとユリアーナの三人は打ち解けたように雑談をしていた。
「リーゼロッテ様は医学、薬学が発達しているナルフェック王国のヌムール公爵領で三年前から薬学を学ばれているとお聞きしました。もしかして、少し前に流行した疫病のワクチンを開発なさったナルフェック王国の女王陛下や特効薬を開発なさったクリスティーヌ・ジゼル・ド・タルド男爵令嬢とお知り合いだったりしますか?」
「ええ、左様でございますわ。ルナ・マリレーヌ・ルイーゼ・カタリーナ女王陛下(ナルフェックではルナ・マリレーヌ・ルイーズ・カトリーヌと呼ばれている)とは少しお話しした程度ですが、クリスティーヌ様とは共に学んだ仲でございます。クリスティーヌ様は努力と試行錯誤を重ねて特効薬の開発を成功させたのでございますわ」
どこか誇らしげな様子のリーゼロッテである。そんなリーゼロッテを見たエマはふふっと笑う。
「リーゼロッテお姉様はタルド男爵令嬢のことを尊敬していらっしゃいますわね。タルド男爵令嬢は確か、ディートリヒお兄様と同い年でしたっけ?」
「ええ、そうよエマ。ディートリヒと同じ十七歳」
「十七歳、ということは私よりも一つ上。タルド男爵令嬢は私達と年が変わらないのでございますね。驚きました」
落ち着いているが、意外そうな表情のユリアーナ。
その時、エマは自分達の元へ誰かがやって来ることに気が付いた。
星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪にサファイアのような青い目の男性。大柄でがっしりとした体格だ。厳つい顔つきでまだ少年なのかもう青年なのか区別がつかない。しかし、よく見ると整った顔立ちだ。
リーゼロッテがその人物に気が付き、カーテシーをした。エマとユリアーナもそれに続く。
「ご機嫌よう、リーゼ。ご令嬢方も頭を上げてください」
男性は厳つい見た目とは裏腹に、優しげな声だった。
「ご機嫌よう、レオン。今回の夜会にも出席なさっていたのね」
顔を上げたリーゼロッテはパアッとと明るい表情になっている。
(リーゼロッテお姉様のことを親しげにリーゼと呼ぶ。それに、お姉様も少し砕けた口調になっているわ。ということはもしかしてこのお方がお姉様の……)
エマはハッとした表情でレオンと呼ばれた男性を見る。
レオンはエマに目を向ける。
「君がリーゼの妹君か」
「はい。お初にお目にかかります。エマ・ジークリンデ・フォン・リートベルクでございます」
「初めまして、リートベルク嬢。私はビスマルク侯爵家の長男、レオンハルト・ヴェルナー・フォン・ビスマルクだ」
「お会い出来て光栄でございます、ビスマルク卿」
エマは微笑む。
「こちらこそ、お会いできて嬉しいよ。隣にいるのはご友人かな?」
レオンことレオンハルトはエマに微笑んだ後、ユリアーナに目を向ける。
「ユリアーナ・メヒティルデ・フォン・ケーニヒスマルクでございます。本日はお会い出来て光栄でございます。ビスマルク卿」
ユリアーナは少し表情か硬くなっていたような気がした。
「よろしく、ケーニヒスマルク嬢」
レオンハルトは穏やかな笑みをユリアーナに向けた。そして再びエマに目を向ける。
「それにしてもリートベルク嬢は、リーゼの言う通り、笑顔が素敵な令嬢であるな」
レオンハルトは納得したように頷く。
「お褒めのお言葉嬉しく存じます。ですがビスマルク卿、私を褒めたら姉が嫉妬してしまうのでは?」
エマは悪戯っぽい笑みを浮かべ、リーゼロッテとレオンハルトを交互に見た。
「もう、エマったら」
リーゼロッテは困ったような笑みを浮かべている。
「ハハハ、ではリーゼ、私と一曲ダンスを願えるかい? それで機嫌を直して欲しい」
レオンハルトは厳つさは残るがサファイアの目を優しげに細めた。
「私は機嫌が悪くないわよ。でも、喜んでお受けするわ」
リーゼロッテは頬を赤く染めて微笑んだ。エマにはその表情が一番美しく見えた。
リーゼロッテとレオンハルトは会場中心へダンスをしに行った。二人は仲睦まじい様子でダンスを始めた。
「エマ様、リーゼロッテ様とビスマルク卿はもしかして……」
先程の強張ったような表情は和らぎ、ユリアーナはダンスをしている二人を見てあることを予想する。
「ええ、ユリアーナ様。お姉様とビスマルク卿はもうすぐ婚約を発表いたしますわ。別に隠してはおりませんし、今は婚約までの最終調整段階でございます」
エマは幸せそうなリーゼロッテを見てふふっと微笑んだ。
「まあ、それはおめでたいことでございますわね」
ユリアーナも中心でダンスをする二人を見て微笑んでいる。
「お姉様は社交界の白百合と言われるほどの美貌の持ち主なのでいつでも美しいのですが、私はビスマルク卿と一緒にいる時のお姉様が一番綺麗だと思っておりますわ」
「確かに、エマ様の仰る通りかもしれませんね。ですが、私はエマ様も負けていないと存じますわ。ビスマルク卿も仰っていたように、エマ様ほど笑顔が素敵な方を私は見たことがございません」
ユリアーナは真っ直ぐエマを見ていた。
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