カールの恋煩い

ランチ

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「今なんと?」

 ベルトラン家の庭園で夫婦仲良くお茶を飲んでいたアルベルトとカトリーヌのそばにいたルドルフを、今か今かと待ち、ようやく離れた所で捕まえたカールは意を決して頭を下げた。

「ですから、俺はエルザと結婚する事になりましたッ!」

 拳の一つでも振ってくるかと思い覚悟を決めていると、帰ってきたのは小さな失笑だった。

「それは良かったですね、おめでとうございます」
「え? 怒らないんですか?」
「怒る? 私が? おめでたい事ではありませんか。祝福致しますよ」

 呆気に取られているカールを他所に、ルドルフは本当に気にしていない様子でカートを押していってしまう。我に返ったカールはその後ろ姿を追い掛けた。

「もしかして気を使ってくださっていますか? そんなのは無用です、むしろ一発殴ってくれた方がまだマシです!」

 するとルドルフは面倒そうにカートを廊下の脇に寄せると、白い手袋をはめた両手首を回した。

「こういうの、本当は面倒なんですけれどね。傷など付けて帰った日には身重の妻にも心配掛けてしまいますし」
「そうですよね! 身重の奥さんに心配掛けるのは良くないです! ……え、妻?! 身重?」
「言ってませんでしたっけ? 私結婚しておりますよ。もう十年になります。ですからここへはほとんど通いで来ているのですよ」
「十年? 通い? えぇ?!」
「本当に真っ直ぐなお方ですよね、あなたという人は。エルザさんの言う通りです」
「それならあの意味深なやり取りはなんだったんです? それによくエルザと出掛けているとも聞いていますよ!」
「エルザさんには本当にお世話になっています。妻は今回五度目の出産なので、子供達の面倒を見るのが本当に大変で、エルザさんが我が家に来て妻に代わって子供達の相手をしてくれているんです」
「そんなぁ」

 カールは壁に手を突いてしばらくの間動けなかった。

「別に秘密にしていた訳ではないのですが、今回は良い作用があったようで何よりです。これで少しはエルザさんに恩返しが出来たでしょうか」

 そう言うと、カートを押して離れていく背中を見つめながら、後ろに来た気配を察して呟いた。

「お二人はご存知だったのですね」
「隠していた訳じゃないのよ。王都に住んでいれば自然と知る事だから、カールが知らないという事が頭から抜けていたわ」

 屈託ない笑顔で笑うカトリーヌに、毒気も抜けてしまう。

「もういいです、分かりましたよ。俺はもう屋敷に帰ります」
「あ、ちょっと、カール!」

 それでも放心したように通り過ぎていくカールに、カトリーヌは少し気の毒そうに視線で追った。

「子供の頃はカールってもっと大人なんだと思っていたわ。頼りになるお兄さんって感じだった。でもあの災害の時、父と一緒に奮闘してくれていた時はカールもまだ若かったのよね。きっと凄く辛い事も経験をしたはずだわ」
「彼もこれからは人の為だけにではなく、自分の為の人生を歩んでいくんだろう。エルザと共に」
「沢山守ってもらった分、今度は私が二人を守ってあげたいの」

 すると、カトリーヌはカールの背中を見送っていた顔を引き戻され、アルベルトの腕の中にそっとしまわれた。

「俺もいる事を忘れないでくれよ。あとフェリックス。それとお腹も子も」
「分かっているわよ」

 カトリーヌはクスクスと笑いながら広い胸に頬を押し付けた。



 カールが王都にあるモンフォールの屋敷に戻っても、エルザの姿は見当たらなかった。使用人の誰に聞いてもエルザの行方は分からないという。次第に焦る気持ちが大きくなり始めた時、思い切り肩を引かれた。

「カール見つけたぞ!」
「旦那様?! どうされたのですか」
「いいからこちらに来い! 見せたい物があるんだ」

 モンフォール伯爵はカールを見つけるなり、門に待たせていた馬車に押し込んできた。中にはずっと探していたエルザが座っていた。

「良かった、探していたんだぞ。というか、旦那様はどうされたんだ?」
「分からないわ、私もさっきここに押し込まれたのよ」

 コソコソと二人で話をしていると、モンフォール伯爵の指示で馬車が動き出す。訳が分からないままカールは窓から身を乗り出した。

「旦那様! これは一体何事ですか?!」

 するとモンフォール伯爵は言葉の代わりに大手を振って馬車を見送ってきた。
 よく見ると馬車の中には着替えと、大袋に入った大金。そして封筒。封筒の中には二枚の手紙と鍵が一つ入っていた。

ーーカールに任せておくといつになるか分からないので、結婚式の準備をしておきます。旅行でもしながら一ヶ月は帰って来ないように。翌月の1日、礼拝堂にてお待ちしております。モンフォール家一同。追伸、こちらも準備しておいたので、ゆっくり過ごして下さい。
 手紙の二枚目は地図。

「これって、家の鍵?」

 カールは深い溜息を吐きながらその手紙を顔の上に乗せた。

「カール? もしかして泣いているの?」
「うるさい」

 しかしその声は僅かに震えている。エルザは微笑みながらその肩に寄り添った。

「私達、愛されているわね」

 返事の代わりに肩が抱き寄せられる。ハラリと落ちた手紙の字は、僅かに滲んでぼやけていた。
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