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第三章

一人の夕食

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 気持ちの整理がつかないまま、洋館を離れて街へと向かう。
 内川とは高校に入ってからの付き合いだが、こんなふうに怒りを感じたのは初めてだった。
 彼の気持ちも理解できるが、サリオンとの依頼は危険が伴うものだった。

 しばらく歩くうちに少しずつ冷静になり、今日は一日の中で色んなことがありすぎたと振り返る。
 日本で生活していたら、経験できないことばかりだった。 

 日が暮れて暗くなった街路を街灯の光が照らしていた。
 たった数日でこの世界に慣れるはずもなく、時折夢を見ているような感覚になる。
 夢ならば覚めるはずだが、これがある種の現実だと分かっている。

 やがて洋館が遠ざかり、道の両脇に西洋風の民家が続く。
 横目で見ると道沿いの家からはにぎやかな雰囲気を感じた。
 家族で暮らしていれば夕食の団らんという時間帯だ。

「……俺やクラスメイトが異世界に飛ばされて、残された人たちは異変に気づいたのかな」

 なるべく考えないようにしていたが、元の世界がどんな状況かは知る由もない。
 研修先への移動中であったことを考えれば、いなくなった時に高校の関係者が気づくはず。
 もしそうなったとしても、異世界に転移した俺たちを探す方法はない。
 召喚されたのを歓迎した内川の影響もあり、途中まで浮かれていた自分に気づく。
 
 とぼとぼと歩いていると、次第に空腹感が強くなってきた。
 こんなふうに悩んでいても腹は減るのだ。
 俺は唯一知っている食堂の馬毛亭に向かうことにした。

 住宅街の辺りから大通りに出て少し歩くと街角にその店はある。
 俺は一人で入ることに緊張を覚えながら、入り口の扉を開けて入った。

 客の数はそこそこいるが、昨日ほどでもない。
 適度に空いている方が気が楽というものだ。

 ファミレスのように席へ案内されるスタイルではないため、空いた席を見つけて腰かける。
 ここはメニュー表がないので、注文方法はけっこうアバウトだ。
 
 給仕のミナがこちらに気づき、料理を手にして歩いてきた。
 この店のスタイルに慣れていないため、何も頼んでいないのに出てくるのは不思議な感じがする。

「今日も来てくれたのね」

「うん、まあね」

 ここしか店を知らないというのは失礼かと思い、曖昧な答えを返す。
 ミナは手慣れた動きで料理の入った皿をテーブルに置いた。
 名前の分からない料理だが、短冊状に切ったじゃがいもを揚げ焼きしたようなものだ。
 添えものにはレタスみたいな葉っぱが乗っている。

「注文を聞いてもいい?」

「昨日、ルチアが食べたのと違う料理って頼めるかな?」

 彼女が食べていた肉料理は二日連続で食べるには重すぎる。
 それに目新しさも望んでいた。

「ちょっと待って、ルチアっていうと……ああ大丈夫。煮こみ料理は温まっていいわよ」

「じゃあ、それとフルーツジュースを一つ」

「少し待ってね」

 ミナはカウンターの方に向かって、注文を通していた。
 何気なく店内を見渡してみるが、知った顔はいないようだ。
 サリオンは依頼の後で休んでいるのかもしれない。

 イチハ族を見慣れている影響もありそうだが、他の客はこちらを気にする様子はない。
 高校の昼休みに一人で飯を食べていたら奇異な目で見られそうだが、ここでは周りの目を気にする必要はないみたいだ。

 友だちがそこまで多いわけでもなく、運動部に所属しているわけでもない。
 学校での俺の地位は上位とは言いがたく、肩身が狭い思いをしたこともある。
 そんな視点で見た時にこの世界は暮らしやすいような気がしてきた。

「……内川のことで悩むのがバカらしくなるな」

 こんなふうに世界が開けたような感覚は生まれて初めてだった。
 始まりは勇者召喚という偶然のきっかけだったとしても、このチャンスを活かすことができるのでは。
 俺には魔眼という安全装置があり、ウィニーやサリオンという頼れる存在がいる。

「少年、何か悩みごと?」

 ミナが料理を運びながら、こちらにたずねた。
 親身になるというよりはニヤニヤして、からかうような気配が垣間見える。

「いや、大したことじゃない。ていうか、同年代だよね」

「わたしは十八歳だけど、君の年齢は?」

 ミナは大人っぽい雰囲気があるが、見た目の印象よりも若かった。
 
「俺は十七歳」

「思ったよりも上なんだー。もっと若いと思った」

「いやいや、いくつに見えるの」

「ふふん、内緒。それからこれはサービス。よかったらうちの常連になってね」 
    
 テーブルの上にはビーフシチューのような料理とフルーツジュース。
 サービスで出されたポテトサラダみたいな料理も置いてある。

 俺はミナが離れてから、料理を食べ始めた。
 どれも美味しくて、元気が補充されるような気分だった。



 翌朝、昨日と同じ宿で目を覚ました。
 前日に宿屋の人に確認したところ、連続で泊まることができると聞き、しばらくお世話になることを決めた。
 旅慣れた学生や社会人ならば簡単だとしても、自分で宿を予約したことのない俺には未知のことだった。
  
 ウィニーたちが力になってくれるとしても、こうして生きていかなければならないと実感した。
 自分でやれることは覚えていかなければいけない。

 身支度を整えた後、宿の人が着を利かせてくれたみたいで朝食をサービスしてくれた。
 俺はそれを平らげてから、前日と同じように洋館へと向かった。
 先のことは分からないが、旅団の依頼を手伝っていながら考えていこう。
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