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婚約者と義妹
しおりを挟むおまえの父と、未亡人ジルフリーデの結婚式は、このうえなく盛大に行われた。
会場となったのは王宮の大広間である。
ここは主に諸外国から要人を招いた祝宴などを催すときに使われる場所である。いくら公爵とはいえ、王族でもない貴族にこの場の使用が許されるのは、前例がないことであった。
新参の公爵家に与えられた厚遇に、古くからの公爵3家は歯噛みした。
「ファルス陛下は、ホーリーロード家にずいぶん肩入れなさるものだ」
「やがてはニルス様の義父となるのだから、体裁を整えてやっただけのことだろうが」
「父の武勲のおこぼれに預かっただけの男が、面白くもない!」
美しい未亡人と国王の庇護を得た父に対して、彼らはひそひそと妬みを言い交わす。
そのいっぽうで、権力に聡い貴族たちの中には、おまえの父にすり寄る者もいる。
「ご結婚おめでとうございます、公爵閣下!」
「前の奥方もお美しかったが、新たな奥方もまたお美しい!」
「王国の名花、ことごとく閣下のもとへ集まるということですな!」
そんな人間模様が渦巻くなか――。
公爵令嬢であるおまえは、新郎親族のテーブルに座っている。
隣には、今日から公爵令嬢となる妹・ハレゼナがいる。
式は滞りなく進み、今は花嫁のお色直しの最中。自由な歓談が出席者たちのあいだで行われている。
ハレゼナはひっきりなしに声をかけられているが、おまえには誰も話しかけてこない。声をかける貴族はほとんどが男性で、彼女の美しい紅髪を褒めそやし、手の甲への接吻を乞い、なかにはデートの約束を取り付けようとする者までいた。それらの誘いを、ハレゼナは鮮やかに断っていた。接吻も一度も許さなかった。すでに想い定めている男性がいるのかもしれないと、おまえは思う。
おまえはその横で、ナプキンで鶴(ツル)を折った。せっせと折った。鶴は「呪われた国」に住むと言われる伝説の幻獣、折り紙はやはり呪われた国に伝わる伝統工芸。なかなか見事なできばえであったが、誰もその技に目を留めるものはいない。
美醜の差――。
幼いころから晒されてきたその現実を、おまえは久しぶりに、このうえなく見せつけられている。
が、今更そんなことで落ち込むおまえではない。
おまえが考えていたのは、あの朝のことだ。
しおらしく謝るハレゼナを非難することは、おまえにはできなかった。これから彼女と仲良くしていかなければ、という自覚もある。父に「良き姉として振る舞わねばならないぞ」と言われたこともあり、彼女とのあいだに諍いの種を作ることは避けたかったのだ。
しかし、やっぱり残念は残念だ。
もしかしたら、ついに、ようやく、セージの発芽に成功できたのかもしれなかったのに。
――ええい、未練よ! わたくし!
――カヤってば未練! みれんみれん!
おまえは自分の頭をぽかぽかと叩く。
『こんなことでへこたれていたら、冷棘(レイト)さまに笑われるわ!』
おまえは落ち込みそうになるとき、悲しみの海に沈みそうになるとき、かの国の若き皇帝の顔を思い浮かべるようになっていた。自然と、そうなっていった。その想いには、ある名前がつけられるだろう。だが、初なおまえはそこまで思い至らない。「みにくい自分が、畏れ多い」。そんな気持ちが、おまえの心のある部分に鍵をかけているのだ。
自分の初恋にすら気づかない、おまえ。
それは、母を亡くしたことよりも、もっと悲しい不幸であったかもしれない。
だが――。
その一方で、新たな恋に落ちる者もいる。
「初めまして、レディ」
美しい銀髪を揺らして、長身の青年が軽やかな足取りで近づいてきた。
おまえの婚約者・ニルス王太子である。
だが、ニルスはおまえには目もくれずに素通りして、ハレゼナの前に立った。
「王太子ニルス・シュラインだ。麗しいレディ」
「もちろん存じ上げておりますわニルス様。ハレゼナ・ホーリーロードでございます」
義妹はよどみなく「ホーリーロード」と発音した。おまえよりも綺麗な発音だったかもしれない。
義妹が立ち上がると、流れるような紅の髪が肩からさらりとこぼれ落ちた。それは、美しい滝のようで、炎の滝のようで――ニルスが目を瞠り、見とれるのが、おまえにもはっきりとわかった。
「ハレゼナ嬢。接吻をお許しいただけるだろうか?」
「喜んで、ニルス様」
これまで断っていたキスを、ニルスには許した。
ニルスは顔をほころばせながら跪き、ハレゼナの手を取って接吻をした。それは、かつて、幼いおまえが得られなかった接吻だ。
「もし良かったら、バルコニーに出て少し話さないか?」
「いいですわね。お母様のお化粧は長いから、まだまだ時間がかかります」
子供っぽく、ぺろっと舌を出してみせる。
大人びた美貌に浮かび上がる愛らしさに、ニルスの頬がますますほころぶ。
「へえ、そうなのか?」
「ええ。ニルス様には特別にお教えいたしますわ――」
二人は立ち上がり、歩き去って行く。
その様子を見つめながら、おまえは「ほえー」と口を開けていた。
――達人技だわ!
義妹が見せた完璧な「女」の振る舞い。誰も見ていなければ拍手してしまったかもしれない。目の前で婚約者が他の女を連れて行ったというのに、おまえは、自分にはない能力を発揮する義妹の技に、感嘆を禁じ得なかったのである。
のちに、おまえの持つその素直さは、この世界を大きく変えることになる。
だが、今は、野次馬たちの誹(そし)りを受けるばかりだ。
「ごらんよ、あのみにくい令嬢を」
「目の前で義妹に婚約者をさらわれて、ぽかんと口を開けて」
「悔しさのあまり声も出ないようだな」
こんな声も聞こえてくる。
「ニルス様も男性だ。やはり美しい少女のほうが好ましいか」
「しかし、アルクセル将軍と前国王陛下がかわした約束を、今さら反故にするとも思えんが」
「いやいや、わからんぞ。現国王陛下のお考えひとつだろう」
声が、さらに低くなる。
「これはひょっとすると、ひょっとするかもしれんな――」
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