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《7》太陽みたいな人
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視界が開けた先に、真っ白な天井があった。
「んん·····」
「起きたのね」
声のした方向に、視線だけを向ける。
「気分はどうですか?」
白衣を着た女性がにこりと微笑んだ。
卒倒して、医務室へ運ばれたようだ。
「極度の緊張と興奮状態による失神·····剣術に相当なトラウマでもあるのかしら」
いいえと首を振る。原因は分かっているが、もちろん口にすることは出来ない。
美しく逞しいシルエット、振り返りざま風になびいたブロンド。颯爽と目の前に現れたフィアンを思い出すと、熱っぽいたため息がもれる。
鍛錬の帰りだったのか、彼は汗をかいていた。
張りついたシャツ越しから、鍛え抜かれた体が透けていて───。
「ちょ、ちょっと、本当に大丈夫?」
振り向いた保険医がぎょっと目を剥く。
「え?」
鼻の下を温かな液体が伝った。
「あ·····」
ノワは慌てて鼻血を拭い、丸めたティッシュを鼻にさす。
「もう少し休んでいってもいいのよ」
「いえ、大丈夫です」
誤魔化すようにはにかむ。疑心の視線から逃げるように、医務室を後にした。
興奮して鼻血を垂らすなんて漫画でしか見た事がない。
自分で自分に呆れてしまう。
「·····?」
教室へ続く廊下に出たところで、ノワは立ち止まった。
クラスの前に人だかりができていた。
「あ、彼だよ。あの巨漢を一瞬で·····」
「あの華奢な生徒が?」
「ああ、それで───様が·····」
「なんだって?」
四方八方から聞こえる話題は自分に関することらしい。好奇の視線を浴びながら、ノワはしまったと思う。
自分は、この世界で最悪の悪役令息キャラだ。
目立つ事は避けなければいけなかった。
「あ!」
ソワソワしながら周囲を見回していたクラスメイトが、ノワを見るなり声を上げる。
「き、来ました」
(また、僕?)
扉の前にガタイの良い男がいた。
褐色の肌と独特な三白眼が厳つい雰囲気の生徒だ。
端正な顔立ちだが、頬に残る大きな傷跡が強面に磨きをかけている。
「ロイド・グラネイ・ウォルターだ」
凄みのある声が名乗る。
彼の名を、ノワは入学前から知っていた。
ここへ来て4人目の攻略対象キャラクター。
学年はノワのひとつ上で、豪腕揃いの剣練部教官。人情仁義に厚く仲間思いで、ヒロインのピンチには必ず駆けつけるという、生きるセコム的存在。
彼のデータを引っ張っていたノワは、低い声に名前を呼ばれ、思考を中断する。
「学力、剣術試験の結果、お前を生徒会役員に任命する」
聞き耳を立てていた周りは勿論、ノワ自身も驚きの声を上げた。
生徒会役員は学年の中から最低1人、様々な能力を認められた者が任命される。
しかし妥当するのは、格式高い家紋の出であることが暗黙の了解だった。
「本当に僕ですか?」
ロイドは困惑するノワを見下ろし、決定事項だと宣言した。
ノワの記憶が正しければ、生徒会には会長であるフィアンにロイド、そして彼らと同じ学年のもう1人の攻略対象、来年にはアレクシスが加わる。
出来るだけ目立つことをしてはいけないと、分かっている。
けれど生徒会への入会は、フィアンと繋がりができる、願ってもない任命だった。
「が──頑張ります!えっと·····」
思わず大きくなった声を飲み込む。
鋭い三白眼がこちらを見下ろす。ノワは怯まず見つめ返した。
ゲーム中の彼は、見た目で恐れられることを嫌っていた。
「よろしくお願いします、ウォルター先輩!」
愛嬌たっぷりに笑いかける。
「おう」と、構えていたよりもずっと素っ気ない返事が返ってきた。
ロイドを見送り教室に戻るやいなや、ノワはクラスメイトらに囲まれた。
祝福の言葉を受けながら安堵のため息を漏らす。美形に引けを取らない強面だった。
次の授業チャイムが鳴る。
生徒達が席に戻ってゆき、ノワはやっと解放された。
「ノワくん」
二人分の席を取ったキースがヒラヒラと手を振っている。
「もう具合は大丈夫なのかい?」
大人しく彼の隣へ腰掛け、うんと頷く。
鼻血まで出したのと笑っているキースは、こうしてみると感じが良い。
ノワは首を振った。
油断してはいけない。彼は『あの』キース・クリスティー・バーテンベルクなのだ。
「生徒会役員に選ばれたんだって?」
キースはおめでとうと言ったきり前に向き直った。
ノワは、今度こそ彼に訝しげな視線を向けた。
キースはどこか悪い所をぶつけたのかもしれない。こちらよりも自分自身の心配をした方が良いのではないだろうか?
「不満そうな顔だね」
「いや、妙に優しいというか·····」
「僕はいつでも紳士的で優しいじゃないか」
それはノワの知るキースではない。
彼は「もしかして」と、深刻そうに眉を顰める。
「なに?」
「ノワくんは、好きな人から冷たくあしらわれることに悦びを感じるタイプ?」
「は?」
彼は、参ったというように両手を上げた。
「人目もはばからず性嗜好を曝け出すなんて、意外と情熱的だね」
「······························」
会話を耳に挟んだ近くの生徒が、視線を泳がせる。
これ以上の会話は必要ないと判断し、ノワは黒板に向き直った。
始まりからハプニングの多い学園生活になったが、悪い展開ではない。
生徒会役員に選ばれる事は、願ってもない素晴らしい展開だった。
今日の放課後はさっそく生徒会の召集がある。
(フィアン様に会えるかもしれない·····!)
ノワは胸を弾ませた。
本日最後の授業は、妙に長く感じられた。
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