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《6》ルームメイト

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「友人がいないっていうのも困るだろ?ノワくんなら視界に入れても不快感少ないからさ」


失礼極まりない発言も、ここまで来れば天才的だ。


「男アレルギーなのかも」

「あ、そう」

「そうそう」


それとも何か。彼は、自分に嫌われたいのだろうか。


「えーと、そっちは、テストどうだった?」

「ぼちぼちかな」


長い指がペンを回す。ふと、爽やかなコロンの香りがした。

昨日のフィアンもいい匂いがした。
思い出したノワは、思わずため息をついた。


「悩ましくため息なんかついて、何考えてるんだい?」

「別に、なんでもいいだろ」


キースは呆れたように首を振る。


「全く。隣に座っただけで発情されちゃ困るよ」


せめてその唇をぬいつけてやりたい。
歯ぎしりをした時、教室の後ろから視線を感じた。


「彼だよ」

「本当だ·····どこの御令息だ?」


三人の生徒がこちらを見て話し込んでいる。
他にも数人から注目されているようだ。

ノワは眉をひそめた。
ゲーム内のノワならまだしも、自分は目立ったことはしていない筈だ。


「ノワくんさあ、男にモテる顔してるって言われない?」


キースが素っ頓狂なことを言う。


「は?」

「さっきも君に関する話を聞いたよ」

「え?!·····ど、どんな?」


ノワは嫌な汗をかいた。
何かやらかしたとすれば、キースを殴ったことくらいだ。


「男が男の話するなんて吐き気物だし、その時は興味もなかったけど──」


すっと彼の瞳が目の端でノワを捕える。
やはり攻略対象なだけあって、尽く見た目が良い。不覚にも見蕩れかけた。


「一部では君、生徒に人気がある」

「あ·····」


ノワはやっと彼のいわんとすることを理解した。

このエンジェルフェイスは、イケメンロマンスのモブに通用するらしい。
周りに気にいられる作戦は、思いの外上手くいくかもしれなかった。


「それにしても、彼らは残念だね。ノワくんは僕に片思い中なのに」


キースが軽やかに笑う。
ノワはかわいた笑い声を上げた。こっちは今日からキースアレルギーになれそうだ。

前の席の生徒がぎょっとして後ろを振り返る。誤解されたようだが、弁解するのも馬鹿馬鹿しがった。

数日後、この会話が発端の噂を耳にしたノワは発狂することになるのだが、それはまた後の話だ。







テストの後、1年生は剣術場に移動した。

剣術は必須授業だ。
この世界では、貴族の男であるなら剣が使えなければ笑いもの。勿論、出世にも大きく関わってくる。

剣術に自身のありそうな者たちが、得意げに腕まくりをする。彼らの腕は皆、ノワのそれよりもずっと逞しかった。

身体能力が劣っている分死ぬ気で鍛錬に励んできたが、既に心が折れてしまいそうだ。
胃がキリキリと痛んだ。


「はい、ノワくんの」


キースが2人分の防具と木製の剣を持ってきて、一式をノワに手渡す。


「ありがとう」


先程の無礼な発言を、いくらかは申し訳なく思っているのだろうか。


「その細い腕じゃとても剣は握れそうにないから、せめてもの心遣いさ」


ノワの推測は呆気なく玉砕した。


(この×××野郎·····)


脳内で悪態付く。

試験は一対一、相手は教師によりランダムで決められる。
待機するノワは、せめて体格の近い対戦相手と当たるよう神に祈った。


「ノワ・ボース・パトリック!」


出番だ。

返事をし剣術場の中央へと向かう。
こちらへ向かい合った生徒は、屈強な体つきの生徒だった。

ノワは早速自身の敗北を予知した。


「あれ、剣術場を営んでる男爵家の息子だよ」

「彼の父親が社交界で息子の腕自慢をするので有名さ」


傍観席から憐憫の眼差しを向けられる。
相手は嫌な笑みを浮かべながら剣を構えた。既に勝ちを確信している顔だ。


「始め!」


合図と共に巨漢が突進してきた。


(·····あれ?)


ノワは困惑しながら剣をかわす。
後ろで、剣が空を切る音が聞こえた。


「なに?!」


相手の動きは、妙にトロい。


何度か攻撃をかわす。剣はかすりもしなかった。


すでに汗を流した相手が、額を拭う。周囲の生徒の歓声は、初めよりもずっと大きくなっていた。


(もしかしたら·····)


ノワは、相手の攻撃を柄で受け止める。

憶測は確信へと変わった。

一回転して相手の剣を避ける。
体制を崩した首元に、剣先を突きつけた。


「これは·····」


教官が驚きの声を上げる。
試合終了のホイッスルが鳴った。


(勝っちゃった)


ノワはほっと胸をなでおろした。
相手の生徒は、見かけ倒しだったのだろうか。

形式通り礼をし、剣を下ろす。

勝敗は決まった。


「ま…まだだ!」


顔を真っ赤にした相手が、突如叫び声をあげた。
彼は背を向けたノワへ突進してくる。


「!?」


木剣はノワの後頭部目がけて振りかざされた。
ノワは強く瞼を閉じた。


カーン、と、けたたましい音が、頭上で響いた。

待てども、痛みはやってこない。


「──見下げ果てたぞ」


すぐ側で聞こえたのは、新しい第三者の声。


「·····?」


観客席から、先程よりも大きなざわめきが広がる。ノワはそっと瞼を開いた。

目の前に、広い背中があった。


「あ、あ·····」



その先に、地面へ尻もちを着いた対戦相手の姿。
彼はノワの前へ立った男を、顔面蒼白で見上げていた。


「怪我は?」


男が振り返る。
太陽に照らされたプラチナブロンドが眩いばかりに輝いている。
ノワは呼吸を忘れた。


「ふ…」


ハッとするほど精悍な顔立ちの青年が、こちらを見つめている。


「ふ、ふぃ…」


ノワの愛してやまない最推し──フィアン・ヴェイリッジ・ラミレス。
彼は、こちらの様態を確かめるように、さらに1歩ノワへ近づいた。


「ん?」


聞き返してきた口元から色気が溢れだす。


「フィアンさま·····」

「おい、新入生───」


視界が歪む。記憶はそこまでだった。

















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