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《300》何も知らない

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「学生の頃に、罰として、ちょっと、ほんとにちょっと優しく噛まれただけで」

「お前」


レイゲルが、全て聞き終わる前にロイドの胸ぐらを掴んだ。


「純粋な後輩になんてことしてんだ?!この性犯罪者!」

「え?!いや、違·····あの時は」


ロイド先輩は、と、つい学園時代の呼び方に戻ってしまう。

ノワの発言は無視された。


「噛み付いたのは仕方なくだ。力加減もノワ様の薄い皮膚に合わせて丁度いいくらいにしていた」


ロイドがレイゲルを振り払う。


「丁度いいって何が?!訓練中は煩悩を捨てろとか言ってたのはどの口だ?あ?」

「だから、ノワ様の薄いお肌が傷つかない程度だ」

「この·····」


レイゲルの脳内ではいかがわしい誤解が深まってゆく。

言い争いは1時間近くにわたり続いた。
白熱した頃、彼らはどちらからともなく剣を引き抜こうとする。
行く末を見守っていたノワは慌てて止めに入った。

この近衛騎士たちは、仲がいいのか悪いのかよく分からない。
しかしおかげでペナルティ制度からは免れた。半ば無理矢理に二人を帰らせたノワは、深くため息をついた。

シャワーを浴びて寝具に着替える。
深夜零時、いつものように部屋を出た。

身体を弄ばれることを知りながら、これは治癒だからと言い聞かせて、彼の元へ向かう。

今日は少し、夜風が温かかった。
つま先で走りながら中庭に目をやる。
草木までもが、どこか陰欝として物寂しげだった。


今日は、いつもとは少し違う治癒をする。前夜祭で本当のことを告白できなかった時に、決意したことだ。

ボトルに入れた聖水を口に含む。そしてそれを、イアードの片目に流し込む。

失われた物質を新しく生み出す事は不可能だ。
だが、ほかの生命力と引き換えに、再生する事は出来る。

ノワは自身の魂を削り、彼の片目に聖力を込めた。

フィアンの言っていることが、間違っているとは思えない。
しかし、イアードは冷酷な人間ではなかった。
笑顔がなくて、無愛想で、しかし嫌いな人間にさえプレゼントをくれるような男だ。

きっと彼は、この事実を知れば怒るだろう。

幸い、イアードが治癒を知ることは無い。
彼の片目が完全に治るのは、ノワが宮殿に戻ってしばらく経ってからだからだ。


(イアードは、何も知らないんだ)
 

毎夜のことも、自分がどれだけ彼を思ったかも知らないのだ。  













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