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《308》どんな顔?

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イアードはすぐにあとを追いかけてきた。

それが、隠しようもなく、少し嬉しくて惨めだった。


「ノワ」


そうやって呼ぶのも、「聖徒」のノワが、そう呼べと言ったから。
彼の言動に、感情は伴わない。
当たり前の事実が、泣き出してしまいそうなほど悲しい。

彼は振り返ったすぐ先にいた。


「なんでそんな顔するんだ?」


血色の無い唇が呟く。

涼しい風によく似合う声だ。
ノワは伸ばしかけた手を引っ込めた。


「俺が、フィアンにでも見えるのか?」


どんな顔をしてるって言うんだろう。
なぜ彼は、ことある事にフィアンの名前を出すんだ?

全然似ていない。
似てると思ってるなら、自意識過剰もいいところだ。


「望みがあるなら言えばいい」


そう言う声が冷たいのに、なんだか優しくも聞こえてしまう。

(なんで、思い出してくれないんだ)

彼を責めたって仕方ない。

ノワはイアードに掴みかかった。
本当は地面に尻もちをつかせてやろうと思ったが、彼の体は傾かなかった。


「·····っ」


触れるだけのキスをした。
慣れていないせいで、少しズレてしまう。
勢い余って歯どうしがぶつかると、鈍い痛みが広がった。

自分ばっかり振り回されているから、少しくらい動揺させたりしてやろうと思った。
有り得ない、衝動的な行動だった。


ノワは背伸びした足をくるりと回転し、廊下の向こうに踵を返した。
華麗に逃げ出そうとしたが、がしりと腕を掴まれた。


「!は、離して·····」


腰を引き寄せられる。
腕を振り払おうとした手は大きな手のひらに拘束される。

ドキリと、胸が高鳴る。
馬鹿みたいだ。

引き止められて、喜んでいるなんて。


「離····!」


想いを誤魔化すための叫びは、しりすぼみに消えた。


「ん·····っ·····」


暖かい弾力が密着する。
唇が濡れる。
滑り込んできた舌が、粘膜を撫でた。


「ンン······!」


後頭部を押さえつけられて、強制的に荒々しい口付けを受け止める。
口内を吸い舐め取られること十数秒で、足の先に甘いしびれが広がっていった。


「んぅ·····」


離れた唇をおおう。
こちらを見つめている瞳に、変な劣情が沸き上がる。

ノワはその場から駆け出した。

(やっちゃった)









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