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本編
【第22話】動き出す想い②
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父母が私にくれた力——それは、人形に人間の“残留思念”を移すというものだった。
それはもともと人形達の供養の為にと、陰陽師でもあった遥か昔の宮司が作り出した呪術で、私はその継承者としてその力を引き継いでいる。両親の死亡により、もうその呪術を私が自らの子どもへと繋いでいく事は出来ないが、呪詛にも近いこれが私を最後に終わるのだと思うと、正直嬉しく思ってしまう。
もっとも、子を産む予定も機会も相手もいない私には、引き渡しの技法をも受け継いでいたとしても、考えるだけ無駄な話だったのだが…… 。
人の触れた物、空間には、“残留思念”というものが存在する。
何を考えて何を感じたのか、嬉しい、悔しいなどの喜怒哀楽などは、その人の想いが強ければ強いほど思念が残り易い。特にそれは、人と同じ姿をした人形達にもっとも留め易いのだとか。
その事を利用し、祖先が生み出した呪術は、ただ残留思念を人形に写すだけではとどまってはいなかった。
「…… 電気を消してどうしたんだい?もしかして僕を誘ってでもいるのかい?」
口を開き、普通ならば絶対に動くはずの無い金髪の人形が、言葉を発した。
開口一番の言葉に対して呆れてしまい、溜息がこぼれる。
仕方が無いか、この人形は『ロイ・カミーリャ』さんの姿を模している存在なのだから。
「アンタ、馬鹿なんですか?」
「あははは!芙弓は言葉がキツイなぁ…… あれ?耳が少し聞え難いんだけど、なんだろう?」
耳の方へと手を伸ばし、彼は軽く擦る。
もしかして残留されていた思念が足りない?
人形が大きいから、あの量じゃダメなんだろうか。
まぁ…… 当然か。カミーリャさんは、半日程度しかこの家には居なかったのだし。
そうなると、一番多そうな場所は——
「歩ける?別の場所だと、もっと自由に動けるかもしれないんだけど」
「あぁ、多分大丈夫だよ。でも補助が欲しいな、思った通りに体が動かないんだ。瞼も開かないし。…… 僕の体に、いったい何が起きたのかな」
私の声のする方へ顔を向ける彼の言葉が、少し不安な色を帯びている。
「…… 答えは簡単ですよ。それはアンタが人形だから。そう言えば、今の状況が理解出来るでしょ?もうどうせ、私が何を出来るのかも、アンタは知っているんだろうし。アイツ等に渡した“私の作品”を見ているんだから」
オブラートに包む事無く、ハッキリと事実を教える。その方がきっと、彼も状況を飲み込みやすいだろう。
ショックを受けようとも、それは私には関係のない事だ。彼の、人形である体は大事でも、べつに中身なんかどうでも…… 。
「そうか、なるほどね。完全に理解した」
思った通り彼は、特に驚くことも無く私の言葉を受け止めてくれた。その方が体に感じる違和感に対応しやすかったのかもしれない。
「んー…… 。でも僕は、芙弓に雪乃の人形を頼んでいたはずだけど?」
彼はそう言いながら揺れ椅子から立ち上がろうとしたが、当然のごとく椅子が揺れてその場に立つのも大変そうだ。
「そんな物、作る訳がないでしょう?もう人形を造るのは止めたんだから」
彼の脇に腕を回し、介助しながらそう教えると、人形の口元が少し微笑みを帯びた気がした。
「なるほど。…… って事はだ、“僕”はずっと前からここにあったって事になるね」
ビクッと体が震え、介助をしたまま黙り込む。
「当然、図星だよね?」
「…… あ、足元にいっぱい物があるから、ゆっくり歩いて」
彼の問いとは関係のない言葉を返すと、私は彼の重い身体が倒れないように支えながら、ドアの方へゆっくり歩き始めた。
「無視する必要なんかないんじゃないかい?僕は本人じゃないんだし。お望みのままにヤりますよ、マスター」
腰を少し折り、私の耳の傍で彼が囁く。
「や、止めろ!壊すぞ!?」
吐息は無くても、奴と同じ声での囁きは攻撃力が高過ぎる。
このまま彼を突き飛ばしてやろうかとも思ったが、周囲に居る子達に当たって互いが壊れてはマズイと思い、衝動的な怒りはグッと堪えた。
「ごめんごめん。あれ?じゃあ、何の為に僕を起動させたの?」
まるで、人形を動かす目的が性欲を満足させる為だけだと決め付けている様な発言にムカツク。今は人形であっても、私が性的な行為を嫌厭している事はちゃんと理解しているはずなのに。
「…… 五月蝿い。ちょっと自力で立ってて」
彼から離れ、私は閉まるドアを開けた。
「いいよ。ドア開いたから、前進んで」
再び彼の介助をし、ひとまず一番カミーリャさんの記憶が残っていそうな場所を目指す事にする。
「了解しました、マスター」
「その呼び方止めて!」
楽しそうに敬礼までしてみせる彼に向かい、私は大きな声で言った。
「でも、いったいどこに移動するんだい?さっきの場所のままじゃダメなのかい?」
「今は廊下?このまま真っ直ぐ歩いていいの?」
「ところで、どうして僕は目が見えないの?」
「今日は何日なんだい?あれからどのくらい経ったの?」
見えないせいか色々気になるらしく、彼の質問が続く。
でも私はどれにも答えず、ただ「もう…… 五月蝿いから黙っててよ」とだけ返した。
この人形を動かした事を軽く後悔しつつも、ゆっくりと彼を目的の場所まで導く。
行き先は私の寝室だ。あの空間が一番、カミーリャさんの思念が多く残っていそうだったから。
それはもともと人形達の供養の為にと、陰陽師でもあった遥か昔の宮司が作り出した呪術で、私はその継承者としてその力を引き継いでいる。両親の死亡により、もうその呪術を私が自らの子どもへと繋いでいく事は出来ないが、呪詛にも近いこれが私を最後に終わるのだと思うと、正直嬉しく思ってしまう。
もっとも、子を産む予定も機会も相手もいない私には、引き渡しの技法をも受け継いでいたとしても、考えるだけ無駄な話だったのだが…… 。
人の触れた物、空間には、“残留思念”というものが存在する。
何を考えて何を感じたのか、嬉しい、悔しいなどの喜怒哀楽などは、その人の想いが強ければ強いほど思念が残り易い。特にそれは、人と同じ姿をした人形達にもっとも留め易いのだとか。
その事を利用し、祖先が生み出した呪術は、ただ残留思念を人形に写すだけではとどまってはいなかった。
「…… 電気を消してどうしたんだい?もしかして僕を誘ってでもいるのかい?」
口を開き、普通ならば絶対に動くはずの無い金髪の人形が、言葉を発した。
開口一番の言葉に対して呆れてしまい、溜息がこぼれる。
仕方が無いか、この人形は『ロイ・カミーリャ』さんの姿を模している存在なのだから。
「アンタ、馬鹿なんですか?」
「あははは!芙弓は言葉がキツイなぁ…… あれ?耳が少し聞え難いんだけど、なんだろう?」
耳の方へと手を伸ばし、彼は軽く擦る。
もしかして残留されていた思念が足りない?
人形が大きいから、あの量じゃダメなんだろうか。
まぁ…… 当然か。カミーリャさんは、半日程度しかこの家には居なかったのだし。
そうなると、一番多そうな場所は——
「歩ける?別の場所だと、もっと自由に動けるかもしれないんだけど」
「あぁ、多分大丈夫だよ。でも補助が欲しいな、思った通りに体が動かないんだ。瞼も開かないし。…… 僕の体に、いったい何が起きたのかな」
私の声のする方へ顔を向ける彼の言葉が、少し不安な色を帯びている。
「…… 答えは簡単ですよ。それはアンタが人形だから。そう言えば、今の状況が理解出来るでしょ?もうどうせ、私が何を出来るのかも、アンタは知っているんだろうし。アイツ等に渡した“私の作品”を見ているんだから」
オブラートに包む事無く、ハッキリと事実を教える。その方がきっと、彼も状況を飲み込みやすいだろう。
ショックを受けようとも、それは私には関係のない事だ。彼の、人形である体は大事でも、べつに中身なんかどうでも…… 。
「そうか、なるほどね。完全に理解した」
思った通り彼は、特に驚くことも無く私の言葉を受け止めてくれた。その方が体に感じる違和感に対応しやすかったのかもしれない。
「んー…… 。でも僕は、芙弓に雪乃の人形を頼んでいたはずだけど?」
彼はそう言いながら揺れ椅子から立ち上がろうとしたが、当然のごとく椅子が揺れてその場に立つのも大変そうだ。
「そんな物、作る訳がないでしょう?もう人形を造るのは止めたんだから」
彼の脇に腕を回し、介助しながらそう教えると、人形の口元が少し微笑みを帯びた気がした。
「なるほど。…… って事はだ、“僕”はずっと前からここにあったって事になるね」
ビクッと体が震え、介助をしたまま黙り込む。
「当然、図星だよね?」
「…… あ、足元にいっぱい物があるから、ゆっくり歩いて」
彼の問いとは関係のない言葉を返すと、私は彼の重い身体が倒れないように支えながら、ドアの方へゆっくり歩き始めた。
「無視する必要なんかないんじゃないかい?僕は本人じゃないんだし。お望みのままにヤりますよ、マスター」
腰を少し折り、私の耳の傍で彼が囁く。
「や、止めろ!壊すぞ!?」
吐息は無くても、奴と同じ声での囁きは攻撃力が高過ぎる。
このまま彼を突き飛ばしてやろうかとも思ったが、周囲に居る子達に当たって互いが壊れてはマズイと思い、衝動的な怒りはグッと堪えた。
「ごめんごめん。あれ?じゃあ、何の為に僕を起動させたの?」
まるで、人形を動かす目的が性欲を満足させる為だけだと決め付けている様な発言にムカツク。今は人形であっても、私が性的な行為を嫌厭している事はちゃんと理解しているはずなのに。
「…… 五月蝿い。ちょっと自力で立ってて」
彼から離れ、私は閉まるドアを開けた。
「いいよ。ドア開いたから、前進んで」
再び彼の介助をし、ひとまず一番カミーリャさんの記憶が残っていそうな場所を目指す事にする。
「了解しました、マスター」
「その呼び方止めて!」
楽しそうに敬礼までしてみせる彼に向かい、私は大きな声で言った。
「でも、いったいどこに移動するんだい?さっきの場所のままじゃダメなのかい?」
「今は廊下?このまま真っ直ぐ歩いていいの?」
「ところで、どうして僕は目が見えないの?」
「今日は何日なんだい?あれからどのくらい経ったの?」
見えないせいか色々気になるらしく、彼の質問が続く。
でも私はどれにも答えず、ただ「もう…… 五月蝿いから黙っててよ」とだけ返した。
この人形を動かした事を軽く後悔しつつも、ゆっくりと彼を目的の場所まで導く。
行き先は私の寝室だ。あの空間が一番、カミーリャさんの思念が多く残っていそうだったから。
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