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二年目の秋の話
三 狸寝入り
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レンは寝室に入り、空気を入れ替えようと窓を開ける。秋のひんやりした空気が入ってくる。
ベッドの上を整えたり、片づけたりする。ベッドのシーツのぐちゃぐちゃな感じが、なんだか行為直後だからだ。いつまで経っても慣れなくて、恥ずかしくて顔が熱くなる。
今朝、ルイスは新しいマンションに引っ越してきた。
荷物は業者が開けたので引っ越し直後という雰囲気はないが、位置はその場で判断したので、雑然としている。使いやすいように整理する必要がある。
寝室はベッドとサイドテーブルだけだ。以前の部屋はペントハウスだったので、天井も高かったが、新しい寝室は以前より狭いし低い。
とはいえ、やはり寝室だけでも十三畳ある。やはり寝室はすでにレンのワンルームよりも広い。タワーマンションよりは親しみやすい雰囲気になったという程度で、このマンションが高級マンションであることに変わりはない。
リビングダイニングは二十畳以上あるし、キッチンは単独で六畳あり、寝室以外に十畳の洋室が三つある。脱衣所と風呂場は、以前と同程度だ。
整え終えたベッドに掛けて、レンはルイスを待つ。ルイスはすぐにやってきて、ベッドに転がる。レンはそれからルイスの傍に寝る。ルイスは横向きになってすぐにレンに抱き着く。乾かしたばかりのふわふわの髪に鼻を埋める。額にキスをしたり、頭をすり合わせたりする。心地いい。
「ネクタイ、汚れていませんでしたよ」
「よかった……」
気が気でなかった。
「だから、またつけさせてくださいね」
「ネクタイは、適切な用途で使ってください。お願いですから」
「レン。今度、スーツを着てみますか。僕の。似合うかな? それでネクタイしてみましょうか。レンのそういう格好を見たことがないから、見てみたいです」
「ルイスさんのスーツ、おしゃれすぎて、俺はどうですかね」
レンも背丈は百七十八センチメートルと低くはないものの、ルイスは身長百八十五センチメートルある。体格も違うし、手足の長さも体型も異なる。痩せぎすのレンが着たら、シャツ以上にぶかぶかだと思われた。
それに、どうせそのまま着衣セックスになだれ込みそうだとレンは思う。おそらく当たっている。汚しそうで困るというレンの意見は封殺される。外したネクタイで拘束される自分の姿が見えるようだ。
「おしゃれすぎる? もっと地味なほうがいい? そろそろ自分のスーツを新調しようと思うんですが」
「俺には合わないだけで、ルイスさんは何でも似合うので、今の路線でいいと思います。なんか、モデルとか、芸能人みたいだから」
自分とルイスの方向性はまるで違う。レンは地味なのを好む。ルイスは華やかな服装が似合う。
「モデルはもうできないですね」
「あ、そっか。もともとモデルさんでしたよね。あの女の子の」
「女の子の格好だけではなくて、二十代前半頃まで男性としても何度かしたんですが、ずいぶん太りました」
「えー、いまでも引き締まってて細いと思いますけど。そしてすごくモテそう」
「レンがいうほどモテないですよ。アメリカだと筋肉質なほうが好まれますし。僕はそんなに」
「アメリカってマッチョの国っていいますよね」
「あ! いいこと思いつきました。レンのオーダーもしましょう。スーツ」
「何のために……?」
「僕のためです」
明かりを消して、寄り添って眠る。最近は、二週間に一度の頻度で泊まっている。海外に行っても一週間で帰ってくるようにしている。
身体のどこかで触れ合いながら、こうして眠る時間が、ルイスにとって安らげる時間になっている。ずっとこうしていたい。ふたりでいつまでもだらだらと取り留めのない話をしていたい。
「それで、レンはいつ頃、引っ越してきますか?」
「うん……」
レンは目を閉じて小さく唸る。ルイスは頬にキスをする。
「レン。狸寝入りでしょう」
「……」
タワーマンションの高さが怖いと言っていたので、レンとの同棲にあたり、ルイスは最上階から引っ越すことにした。元の部屋は貸すことにした。すでに借り手がついている。
もともとルイスが経営している別の法人で所有している物件だ。シンガポールにしばらく滞在することになったとき、貸すことも視野に入っていた。気に入ってはいたが、どうしても住みたいものでもない。
今度はマンションは低層で、三階建ての三階だ。築浅で、セキュリティを重視して重厚なものを選んでいる。
立地は良い。よぞらまでは近くなった。ルイスの会社はやや遠くなった。駅から少し離れた、閑静な住宅街の丘の上にある。気軽に窓を開けて風を通すこともでき、敷地内は適度に木々に囲まれ、自然を感じることもできる。
もう秋になった。レンと出会って、一年半が経つ。
レンから寝息が聞こえ、ルイスはため息を吐く。
「早く一緒に暮らしたいです」
夜の闇に、ルイスは泣きごとのように呟いた。
ベッドの上を整えたり、片づけたりする。ベッドのシーツのぐちゃぐちゃな感じが、なんだか行為直後だからだ。いつまで経っても慣れなくて、恥ずかしくて顔が熱くなる。
今朝、ルイスは新しいマンションに引っ越してきた。
荷物は業者が開けたので引っ越し直後という雰囲気はないが、位置はその場で判断したので、雑然としている。使いやすいように整理する必要がある。
寝室はベッドとサイドテーブルだけだ。以前の部屋はペントハウスだったので、天井も高かったが、新しい寝室は以前より狭いし低い。
とはいえ、やはり寝室だけでも十三畳ある。やはり寝室はすでにレンのワンルームよりも広い。タワーマンションよりは親しみやすい雰囲気になったという程度で、このマンションが高級マンションであることに変わりはない。
リビングダイニングは二十畳以上あるし、キッチンは単独で六畳あり、寝室以外に十畳の洋室が三つある。脱衣所と風呂場は、以前と同程度だ。
整え終えたベッドに掛けて、レンはルイスを待つ。ルイスはすぐにやってきて、ベッドに転がる。レンはそれからルイスの傍に寝る。ルイスは横向きになってすぐにレンに抱き着く。乾かしたばかりのふわふわの髪に鼻を埋める。額にキスをしたり、頭をすり合わせたりする。心地いい。
「ネクタイ、汚れていませんでしたよ」
「よかった……」
気が気でなかった。
「だから、またつけさせてくださいね」
「ネクタイは、適切な用途で使ってください。お願いですから」
「レン。今度、スーツを着てみますか。僕の。似合うかな? それでネクタイしてみましょうか。レンのそういう格好を見たことがないから、見てみたいです」
「ルイスさんのスーツ、おしゃれすぎて、俺はどうですかね」
レンも背丈は百七十八センチメートルと低くはないものの、ルイスは身長百八十五センチメートルある。体格も違うし、手足の長さも体型も異なる。痩せぎすのレンが着たら、シャツ以上にぶかぶかだと思われた。
それに、どうせそのまま着衣セックスになだれ込みそうだとレンは思う。おそらく当たっている。汚しそうで困るというレンの意見は封殺される。外したネクタイで拘束される自分の姿が見えるようだ。
「おしゃれすぎる? もっと地味なほうがいい? そろそろ自分のスーツを新調しようと思うんですが」
「俺には合わないだけで、ルイスさんは何でも似合うので、今の路線でいいと思います。なんか、モデルとか、芸能人みたいだから」
自分とルイスの方向性はまるで違う。レンは地味なのを好む。ルイスは華やかな服装が似合う。
「モデルはもうできないですね」
「あ、そっか。もともとモデルさんでしたよね。あの女の子の」
「女の子の格好だけではなくて、二十代前半頃まで男性としても何度かしたんですが、ずいぶん太りました」
「えー、いまでも引き締まってて細いと思いますけど。そしてすごくモテそう」
「レンがいうほどモテないですよ。アメリカだと筋肉質なほうが好まれますし。僕はそんなに」
「アメリカってマッチョの国っていいますよね」
「あ! いいこと思いつきました。レンのオーダーもしましょう。スーツ」
「何のために……?」
「僕のためです」
明かりを消して、寄り添って眠る。最近は、二週間に一度の頻度で泊まっている。海外に行っても一週間で帰ってくるようにしている。
身体のどこかで触れ合いながら、こうして眠る時間が、ルイスにとって安らげる時間になっている。ずっとこうしていたい。ふたりでいつまでもだらだらと取り留めのない話をしていたい。
「それで、レンはいつ頃、引っ越してきますか?」
「うん……」
レンは目を閉じて小さく唸る。ルイスは頬にキスをする。
「レン。狸寝入りでしょう」
「……」
タワーマンションの高さが怖いと言っていたので、レンとの同棲にあたり、ルイスは最上階から引っ越すことにした。元の部屋は貸すことにした。すでに借り手がついている。
もともとルイスが経営している別の法人で所有している物件だ。シンガポールにしばらく滞在することになったとき、貸すことも視野に入っていた。気に入ってはいたが、どうしても住みたいものでもない。
今度はマンションは低層で、三階建ての三階だ。築浅で、セキュリティを重視して重厚なものを選んでいる。
立地は良い。よぞらまでは近くなった。ルイスの会社はやや遠くなった。駅から少し離れた、閑静な住宅街の丘の上にある。気軽に窓を開けて風を通すこともでき、敷地内は適度に木々に囲まれ、自然を感じることもできる。
もう秋になった。レンと出会って、一年半が経つ。
レンから寝息が聞こえ、ルイスはため息を吐く。
「早く一緒に暮らしたいです」
夜の闇に、ルイスは泣きごとのように呟いた。
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