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二年目の冬の話

三 帰宅そしてコタツ

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 十二月二十四日。午前二時。
 夜遅く帰ってきて、お風呂に入った後、レンは自室のコタツに入った。電源をつけると、次第に温まってくる。
 ルイスはまだ帰ってきていない。一応毎日帰ってくるようにはなっているものの、午前様になることも多い。レンは店が夕方からだからさておき、早朝から午前様という勤務はいかがかといつも思っている。体を大切にしてほしい。
 ワンルームに置いてあったベッドは処分した。あとは私服を掛けたハンガーラック。床に積んでいた料理の本や雑誌は、背の低い本棚を買って整理してある。
 それだけでは寂しいので、冬になって、コタツを買った。正方形の小さなものだ。ノートパソコンを開いて伝票や売り上げを入力していると、チャイムが鳴った。
 レンは立ち上がって玄関に向かう。

「はーい」
「ただいま、レン。お疲れ様」
「おかえりなさい。お疲れ様です」

 ルイスは、レンが玄関で出迎えるのが嬉しい。思わず笑顔になる。
 コートを玄関横のクローゼットに掛け、革靴を脱ぐ。鞄を床に置いて、腕時計を外したり、ネクタイを緩めたりする。なんだかビジネスマンっぽいなあとレンは思う。お疲れのようで、ため息を吐いている。表情が厳しい。動きがやや緩慢だ。
 スリッパに履き替えながら、ルイスはレンに軽く口づけた。肌の冷たさにレンは驚いた。

「ルイスさん冷たい」

 あたためるように両手でルイスの頬を覆う。

「うん。ごめん。レン起きてたの」
「俺もちょっと前に帰ってきたとこです。外、冷え込みますね。お風呂入ってますよ。お食事はどうされましたか」
「夕方早くに軽食を取ったんですが、何かありますか」
「カツオのたたきと、いわしのだんご汁と、里芋の煮物、ほうれん草の胡麻和えです」
「いただいてもいいですか? 少な目で」
「はい。じゃあ、用意しておくので、先お風呂入っててください」

 ルイスがふらふらと脱衣所に入っていくのを見送って、レンは食事を用意する。
 ほどなくしてルイスが風呂に入って、着替えて出てきた。少し疲れがとれたらしく、帰宅直後に比べ、表情が生き返っている。
 ルイスは髪をおろしていると幼く見えるとレンは思う。バスローブが似合いそうでいて苦手だから使わないという彼は、レンと同じように長袖シャツとフリースの寝間着姿だ。
 ダイニングに膳を置くと、ルイスは座る。

「ありがとう。レンは、帰ってきてから何をしていたんですか」
「あ、伝票。パソコンで入力途中でした。部屋で。続きしないと……」
「では、レンの部屋で隣で食べてもいいですか?」
「いいですよ。ルイスさんコタツ好きですよね」
「レンの近くにいたいだけです。レンの部屋はレンのにおいがするので好きです。コタツはその次に好きです」

 膳を持ってコタツに入ると、レンの目に、ルイスは幸せそうに見える。ぬくぬくしている。いただきますと言って幸せそうに食事をしている。レンはそんなルイスの様子をこっそり微笑ましく思う。レンは対面ではなく直角の位置に座る。
 そこで、レンは思い出した。

「そういえば、今日、中島さんに新商品のビールをもらったんですよ。ルイスさん、ビール飲めましたよね。飲みますか?」
「あ、ごめんなさい。お酒はやめました」
「え、そうだったんですか」

 それは知らなかった。約二年前にルイスはレンの店で酔い潰れて、送ろうと肩を貸したレンを襲って抱いたのである。たしかにその時以来、飲んでいるところを見ていない。
 レンが押し黙り、ルイスは居心地が悪い。

「あれで、反省しまして」

 ルイスは酒で失敗するほうだという自覚があったので、飲みすぎないようにしていたのだが、あのときは飲みすぎた。そしてまさか酔った勢いで同性愛者かどうかもわからない相手を口説いて抱き、しかも記憶を失くすとは。もう絶対飲まない。

「レンは飲めないんでしたね」
「あ、はい。体質が合わなくて」

 酒に酔ったルイスに口づけられただけでくらくらしたのをレンは思い出した。なんだか懐かしいなと思う。
 レンが伝票の入力の操作を間違えたので、ルイスは話しかけるのをやめる。食事を終えて、お茶を飲んでいると、レンはやっと終わったとうつ伏せた。年末年始の休み間近のため、厚めに発注したので伝票の量が多かったのである。
 レンは呟いた。

「明日って、何時に出るんでしたっけ」
「朝は七時です。仕事は午後三時までで、そこから移動です。現地は午後七時過ぎですね」

 とルイスは答えた。
 毎年クリスマスは、国内の地方都市にあるホテルの特別室や貴賓室を借りて、国内にいる親族たち二十人ほどで集まることになっている。
 アメリカ人にとってのクリスマスは、日本人でいうところのお正月だ。ルイスにとってとりわけ楽しめる会合ではないのだが、欠席するとアメリカにいる父がうるさい。

「二晩泊まって、二十六日の昼頃に帰ってきます。ひとりにさせてごめん。本当は連れていきたいんですが」
「それは……。俺は仕事ですし、大丈夫です」

 ルイスとしては、本当に、心から連れていきたい。親族の集まりのみならず、どこにでも連れていきたい。一緒にいたい。
 自分の判断ながら、なぜ親族に会うからといってレンと二晩も離れなければならないのかとルイスは思っている。
 とはいえ、連れていくのはもう少しタイミングをみてからのほうがいいとも思う。レンのために、自分がなんとか基盤を整えておく必要がある。今のところ、レンのことはエマしか知らない。
 ルイスは湯のみを置き、充電するべく、コタツ布団の下でレンの手を握る。
 レンは言った。

「でも、ちょっと寂しいです」

 レンがそんなことを言うのは珍しいので、ルイスはたまらなくなる。コタツの天板にうつ伏せて顔を赤らめるレンのつむじや耳にキスをする。よしよしと髪を撫でる。

「できるだけ早く帰ってきますね」
「はい。いいえ。大丈夫です。ゆっくりしてきてください」
「そういえば、恋人同士でプレゼントする慣習があるんでしたね。何か欲しいものはありますか? 戻ってきたら買いにいきましょう」

 困ったことに、レンにはさほど物欲がない。

「欲しいもの……仕事用の新しい包丁かな……でも、自分で買います。経費にしますし」
「僕も接待交際費にできますが、レシートもつけてあげます。レンの経費にしてください」
「ルイスさんは、なにか欲しいものありますか?」
「レンの贈りものなら何でもいいです」
「買い物に行って考えましょうか」

 レンの耳に唇で触れながら、ルイスはコタツの中で、レンの太ももを指先で辿るようにした。レンが違和感を感じて少し逃げるのを指で追いかける。
 レンが顔をあげる。すでに顔が真っ赤だ。

「ルイスさんのスケベ」
「レン、のぼせやすいですよね。熱くなった?」
「……朝早いんでしょ。もう寝ましょう」
「可愛いです」
「そういうの言ってもだめです」

 と言って足を抜いて出て行こうと身を引くレンを、ルイスは座ったまま腕を伸ばして捕まえた。そしてそのまま、カーペットの上に押し倒した。
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