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三年目の冬の話

七 譲れないもの(※)

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 寝室に置いた子ども用のベッドで、マリアンヌが寝息を立てている。
 風呂に入るまでは大変だったが、少し休ませて風呂に入れたら、忘れたように落ち着いた。風呂からあがったらまたピアノを弾いて遊んでいた。
 その様子を眺めながら、レンはベッドに横たわった。
 ルイスはすでに寝転がっている。

「よく寝てる」

 レンは小声で言った。
 寝かしつけたルイスは珍しく眠気に襲われているらしく、寝そうになっている。

「うん……寝たねえ……」
「やばい」
「ん? どうしたの、レン」
「ううん、もう寝よう……またでいいよ。おやすみ」
「なに? 気になるよ」
「……ちょっとしたくなってきた」

 レンの告白に、ルイスは目を覚ました。すぐに半身を起こす。
 寝たままのレンの腕を掴んで起こそうとする。

「リビング、いや、レンの部屋。行こう、今すぐ。起きてレン。Get up。早く。可及的速やかに」
「あはは」
「笑っている場合ではないよ。ASAPだよ。わかってる?」

 物音を立てないように二人でベッドを出る。ルイスはレンの手をとって、レンの部屋に移動する。暖房をつけて、いそいそと客用布団を一組敷いて、まだ冷たい布団の上にレンを押し倒しながら口づける。
 レンもルイスを抱きしめる。
 お互いに寝間着や下着を脱いで、昂った性器を押し付けあった。

「んん、レン」
「あ、すごい、久しぶりな感じ……」
「まさかひとりでしてなかったよね」
「するわけないよ」

 ルイスはローションを使いつつ、まとめて扱く。そうしながら、レンのシャツを脱がせて、首筋や頬などに口づける。
 ルイスは、優しくできそうにないほど興奮しつつある。レンの髪を掴んだり、手のひらでレンの顔を覆う。
 ルイスの渇欲に、レンも煽られる。

「っ、ん、あ、ああ」
「レン。指をいれるよ」

 ルイスはレンの首に噛みつきながら、ローションを塗った指を、レンの後ろに入れる。

「は、早いって、あ」

 レンのほうも、ルイスの首に顔を埋める。ルイスの指が出入りする。

「ああっ」
「しっ。声が大きい。レンが誘ったせいだよ」
「いや、違うよ」

 レンとしては、ふたりきりで話す時間が欲しかった。つまり建前だった。
 だがルイスは止まりそうにない。

「我慢できない。もう入れる。入れたい」

 ルイスはレンの額に額を押しつける。頬を甘噛みするように口づける。性器同士を扱きながら、レンのそこをほぐす。
 レンの耳朶を食む。うなじを舐める。激しく肌を合わせる。野生の動物が食べ物を前にするように、彼を食い散らかしたいとルイスは思う。
 ルイスは身を起こした。

「レン。足をあげなさい」
「っ……はい」

 命令どおり、レンは両足をあげた。ルイスはレンの両足首を掴む。

「どうするの、レン。どうされたい?」

 ルイスはレンに切っ先を喰い込ませる。

「ください……犯してほしい」
「いやらしい子だね」
「ジェイミーも、いやらしいよ」
「ではお互い様だね」

 ルイスはまた覆いかぶさって、レンの耳に口づけながら挿入する。

「っ、んんん」

 二人とも、極力声を出さないように求め合った。暖房がきいてきた上、ひどく集中して擦り合うせいで汗だくになる。
 ルイスはレンの雄を激しく扱き、レンは吐息のように鳴く。

「あっ、イく……!」
「……っ」

 ルイスは、レンの肩に額を押しつけながら、黙って達した。

「はあ……レン。ごめん、性急だった。痛くなかった?」

 ルイスは、レンの汗ばんだうなじに口づけながら問いかけた。

「大丈夫……」

 息を整えて、お互いに後処理をする。静けさに笑えてくる。下着や寝間着を着て、一組の布団に転がる。仰向けになって、肩を並べた。
 ルイスは苦笑する。

「もしかして一ヶ月ぶり? 育児も考えものだな」
「楽しいけどね。ジェイミーが、すごくパパっぽくて」
「特徴が似ているよね、僕とマリー」
「そういえば、えーっと、マリーとはどういう血縁関係?」
「マリーの母親のミシェルが、僕のはとこかな」
「へえ」

 ルイスはレン側の右腕をあげる。
 レンも同じように、左腕を伸ばした。ルイスはレンの手を包むように握る。

「そういえば、エマ姉さんから連絡がないな」
「そうなんだ」

 レンは、率直に言った。話したかったことを。

「忙しくて大変だけど、こういうのも楽しくて幸せで……、子どもっていいなって思ってるよ。もしマリーをうちにってことなら、俺はそれでも」

 大人が二人だけだと穏やかだ。子どもがいると、賑やかで、刺激的で新しい喜びがある。レンは初めて知った。ルイスと出会うまでは、自分の身に起こるとは思っていなかったことだ。
 だが、こんな日が訪れるかもしれないと覚悟はあった。
 ルイスには言えないが、レンは、ルイスの父から、ルイスの血を引く子どもを育てることについて真剣に検討してほしいと言われている。その点だけは父は諦めていない。
 レンにはできないので、そのときは他の女性と、ということになる。
 ルイスが望んだときには、レンは断らないと決めている。ルイスと一緒にいるための条件だ。
 ルイスの父がいうように、彼には、彼の家には、世継ぎが必要なのだ。レンに異論はない。
 幸運にもルイスはアメリカ人で、お金持ちなので、お互いが傷つかずに子を持つ方法はある。
 だがレンは、自分のほうから切り出すことは、まだできそうにない。
 マリアンヌは、ルイスの親族だ。彼女を育てるという選択肢はあると思う。もちろん、ルイス本人の子どもを育てる日も、遠くない未来に訪れるだろうが。
 ルイスも同じ内容の話を父に聞いている。とはいえ、まるで聞いていないに等しい。レンに伝えるつもりはない。
 ルイスは言った。

「まあ、育児にもいいところはあるよね。僕はレンがいればそれでいいけどね」
「え? そうなの?」

 意外だった。

「マリーをあんなにも可愛がってるのに?」

 ルイスは愛情深いとレンは思う。
 愛情を注ぐ相手がいれば、惜しみなく注いでいる。

「もちろん、マリーは可愛いよ。とても可愛いね」

 と、言葉を切る。
 ルイスは、少し考える。何かを考えている雰囲気を感じ取って、レンは黙った。
 ルイスは丁寧に、ゆっくりと言った。
 レンに伝わればいいけれど。

「だけど、僕はマリーの実の父親じゃない。母親にもなれない。マリーが受けられたはずの愛情を、本当の意味で与えてあげられる人ではないんだよ」

 ルイスはレンの手を、空中で強く握る。
 初めて口にするとルイスは思う。
 静かだ。

「あのね、レン。僕は、たくさんの人に支えられてここまできたけれど、やっぱり、実母の愛情に、母性に、とても、とても憧れているんだ。それを知らなくても、僕はこんなに幸せなのに、どうしてだろうね。実母に育てられた人が、羨ましくて、たまらないんだよ」

 同じように母を亡くしたエマを、母と過ごした六年分、妬ましい。レンも早くに親を亡くしたが、成人していた。二十何年分、レンでさえ羨ましい。
 家族という言葉がどこか遠いのは、やはり実母の不在が原因だとルイスは思う。

「ごめんね、レン。人を亡くす気持ちだって、想像もつかないほど、痛くて辛いだろうにね」

 レンは息が詰まる。
 不用意に触れてしまった。おしゃべりのくせに今まで一切口にしなかった、口にすら出せない彼の悲しみに。やまない亡母への思慕に。
 握られる手が、痛いほど強い。
 レンは涙が溢れてくる。

「ごめん、本当にごめん……」

 ルイスは続ける。

「いいんだ。だけど、わかってほしい。誰にも、僕のような思いをしてほしくない。だけどいつか、マリーも同じ思いをする。そのときに、実父さえもいなければ、彼女は、僕が味わった以上に傷つくことになる。だから、せめて、生きている父親と引き離したくない」

 マリアンヌの母であるミシェルが死んだことは、取り戻せない事実だ。ルイスと同じように、マリアンヌは、いずれ生みの母を失ったと知る。二度と会えないと理解する。
 そのときに実父の存在は大きな意味を持つ。

「マリーは、実の父親に育ててもらいたい。もし父親が見つからなかったら仕方ないけれど、それでも僕は代わりに過ぎない。誰でもできることだ。だったら僕が必要になるのは最後でいい。いま手を挙げるつもりはないんだ。もちろん、彼女を幸せにする自信はあるよ。僕は裕福だしね。知ってる? アメリカは養子大国なんだ。未成年の養子をもらう家庭は多い。だけど、残念ながら手放すケースも多い。でも僕は絶対にマリーを手放したりしない……」

 ルイスはもうやめようと笑って言葉を切った。

「ま、そういうわけで、つまり、レンさえいれば、僕は幸せなんだよね」

 これ以上暗くならないように、ルイスはレンを抱いた。レンが泣き止むのを待って、顔を拭かせてから、ルイスはレンの上になって口づける。

「ふふ。レンがしたくなったなんて言うから、びっくりしたよ」
「……たぶん、子育てばかりで寂しかったんだよ」
「僕も。レン、ちゅ」
「ちゅ」

 そして、ルイスはふたたび、着直したばかりのレンの服を脱がせることにした。

「ちなみに子作り的な行為は大好きです」
「うん、まあ、俺も好きです……」

 レンは笑いながら、ルイスに脱がされていく。
 ルイスは興奮する。

「はあ。レンの泣き顔を見ていたら、すごい勃ってきた。可愛いなあ」
「ジェイミーは変態さんですねー」
「よーし、もっともっと泣かせようね。嫌だって言っても絶対にやめないよ。どんなことをされても、声を出してはいけないよ。レン、いいね。我慢するんだよ」

 と、レンをまさぐり始めた。
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