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そして始まる二人の物語ー本編ー
おっさんをナメんなクソガキが!
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勝利は海賊対策への参加を承諾した。一度は就いてみたいと思っていた特別警備隊の任務だ。この機を逃せば二度と訪れないだろう。海音の海上保安庁への理解も勝利の想像を越えていたことも背を押した理由の一つだった。特殊救難隊も特別警備隊も務めることが出来るのは、若き日の勝利がいかにストイックで貪欲であったかが想像できる。
厳しい環境に耐え、自分を鍛え抜くストイックさと国民の命を護る為なら何にだって喰い付く貪欲さは、勝利のあの頃を知る者なら一歩引いてしまう程だ。
「五十嵐くん。君なら引き受けてくれると思っていたよ! では、さっそく五管に訓練の手続きを進めるように伝える」
「宜しくお願いします」
※五管:第五管区海上保安部を指し、特別警備隊が控える基地もある。
「最後に訓練を受けたのはいつかね」
「5年前になります」
「5年前か、まあ君なら問題ないだろう。潜水もできるしな! 最強戦士だよ」
「いえ、もう42です。今度の任務が現役としてのラストチャレンジです」
「そう言うな。上には上がいるだろう」
「そうですが、身も固めたいので……」
「そうか! 君はまだ独身だったな! ははっ。まあ、2回目は外すわけにはいかんからな」
「そうなんです」
勝利はこれが最初で最後の挑戦だと決めていた。同じ失敗は二度と繰り返したくないと思っている。海音の事は本当に大事にしたい。だからこそ救護一筋、海一筋だった人生に区切りをつけたい。
あの頃は確かに家庭をなおざりにしていた。他所に男ができ家を飛び出した元嫁を、誰が責められるだろうか。それを思うと今でもズキと心臓が痛む気がした。
◇
「ひと月ほど神戸の保安部に行くことになったんだ」
「出張? にしては長いよね」
「実は訓練を受ける事になった」
「訓練?」
海音は首を傾げた。勝利の仕事は海上保安庁の巡視船船長だ。不審船の対応や海の事故防止に忙しいことは知っている。でも、本当のところ事件や事故にどんな対応をしているのかは知らない。どーんと構えた船長が受ける訓練とは、どんなものなのかは分からなかった。
「実は、警備隊の訓練を受けることになってな。若い頃にもやったんだ。ま、定期的にやって忘れないようにだな。ほら、密漁や不審船からスパイなんかが上陸しようとしたら阻止しなければならないだろ」
「もしかして、戦ったりすると?」
「状況に応じては取り押さえもする」
「そうよね。そういう事ってありえるもんね」
まだ、海賊対策に出る事は言えない。海上自衛隊とも連携するため、公式決定がない限りは身内にも伏せるのは常だった。それに、訓練をして適していなければ外されることだってあるのだから。
「海音とひと月も離れるなんて、我慢できるのか? 俺は」
「え? ふふっ。がんばってよ。船長さん」
「海音は寂しくないのか」
「どーやろうね」
「おい」
「ちょっと、やだっ。勝利さん、冗談っ」
なんて事なさ気な顔をする海音が、ほんの少し恨めしくなって勝利は彼女の躰を羽交い締めにした。俺は寂しくて仕方がないのにお前は平気なんだな! これでもか! まさに好きな子をイジメる捻くれ男子のように。でも決して酷くはない優しいタッチで海音の躰をまさぐる。
「ひと月だぞ。ひと月分、充電させろ」
「きゃっ、ひと月分って! あっ……」
「ほら、その気になってきただろ」
「っ、ズルいよぅ。んっ」
海音だって寂しくないわけじゃない。でも、寂しい離れたくないと言って勝利を困らせたくないだけ。たったひと月! まさにそう言いにかせていた所なんだから。これまでは離れている事が当たり前の恋愛だった。月に一度会えればいい方だった。それを思えば、最初からひと月と決まっているのは海音にとって安心材料だ。
「こら、寂しいって言え」
「ぁ、んんっ。寂しいけどっ、寂しくないとっ。あ、やだ。それっ……ゃあん」
固くて厚い勝利の胸に閉じ込められると、それだけで護られているようで嬉しい。大きな手が意地悪く躰を這い回るけれど、その全てに愛を感じる。
(無事に怪我なく訓練が終わりますように)
海音にはそう願うことしか出来ないのだから。
◇ ◇ ◇
ひと月の別れを惜しみながら、勝利は第五管区海上保安部にやって来た。まる五年ぶりの特別警備隊の基地がある場所だ。
「五十嵐!」
「佐伯!」
勝利を見つけて声をかけてきたのは同期の佐伯 晟だった。彼は勝利とは反対に救難ではなく、制圧を得意とする特別警備隊として活躍した男だ。
「まさかお前が来るとは思ってなかったよ。やっぱり警備の道を捨てきれなかったんだな」
「まあ、なんだ。正直に言うと俺もここに来るとは思っていなかったよ」
「船長だもんな。そのまま定年まで船に揺られるはすだったんだろ。諦めろ。これがお前の運命だ。救難に警備にすげぇ奴だな」
「別にすごかないさ。それよりいまさら務まるのかが今一番の心配だ」
「こればっかりは、やってみないと分からないからな」
「ああ」
「取り敢えず、贔屓なしで扱いてやるよ」
佐伯はここで特別警備隊を育てる指導班の班長をしている。この道一筋で生きて来た同年齢の男ですら現役を退いている。それがまた五十嵐の気持ちに不安を煽った。もちろん体力には自信はあるし、技術だってすぐに取り戻せると思っている。しかし、ここという時の判断力や瞬発力はどうだろうか。20代、30代に比べると自分は……。
「心配するな。お前はヤれる」
「なんで佐伯の方が自信があるんだ」
「自分の事じゃないからだ」
「お前っ」
やるしかない。やると決めて来たんだ。最初で最後、死にものぐるいでヤれば若い奴らにだって遅れを取らない! 勝利はそう自分に強く言い聞かせた。目を閉じれば、ふんわりと笑う海音の顔が浮かぶ。あの笑顔を護るためにも、もう一度自分を叩き直そうと誓った。
◇
今回の特別訓練を受けることになったメンバーが施設内のフロアに並んだ。全国から選ばれたのは10名ほどで、最終目的は海上自衛隊と共にソマリア沖に海賊対策に行くことだ。見れば中堅クラスの現役バリバリの隊員たちばかり。
当然、勝利がこの中で最年長であった。
「ではこれより、訓練を開始する。先ずは身につけるものから確認せよ」
紺色の戦闘服にブーツ、戦闘ヘルメット、防弾チョッキ、バラクラバという顔面覆。無線を身につけ、腰に警棒、そして小銃だ。警察の機動隊やSATを想像すると分かり易いかもしれない。
「では、射撃訓練から始める」
「「はい!」」
順に的に向かって弾を撃ち込む。通常の立って撃つ姿勢から、伏せをした状態と何通りかのパターンを連続して行った。
「おじさん、意外と外さないんですね」
「あ?」
生意気な口をきくのは金本賢太、30歳。この五管でトップクラスの警備隊員だ。訓練開始から勝利とペアを組まされている。精悍な顔立ちをしたイカした青年だ。
「元特殊救難隊ですよね。その年齢で今から警備隊ですか。無理はやめてくださいよ。足手まといは勘弁です」
「その口、へし折られたいのか」
「あなたが最後まで残っていたら、へし折ってもらって構いません。最後まで残っていたら、ですけど」
「ふんっ……(クソガキがっ!)」
自分が上にあがる為にはライバルは少ない方がいい。過酷な現場で任務を全うする為には年寄りという枷は要らない。過去、自分が思ってきた事をまさに今、返されている。
ぐっと腹に力を入れて堪えた。この訓練に耐えて、任務部隊に選ばれる事が先決だ。
「次っ! 突入訓練!!」
「「はいっ!」」
重い装備は身を守る為。ついこの間まで、重い酸素ボンベを担ぎ潜水をしていたじゃないか。20キロという重りを浮遊力の少ないプールの底から何度も引き上げた。大丈夫だ、俺はヤれる、負けない!
このチャンスをくれた上司と、この仕事を理解しようとしてくれている海音の為にも、何よりもこの国の海の平和の為に。
「おっさんをナメんなよ」
肩で押し開けた鉄の重い扉は、引き返す事のできない男の戦いの始まりだ。
「突入部隊が入ったら、援護開始っ!」
勝利と金本は先鋒務める突入部隊に志願していた。男の意地と誇りの火花が散った。
厳しい環境に耐え、自分を鍛え抜くストイックさと国民の命を護る為なら何にだって喰い付く貪欲さは、勝利のあの頃を知る者なら一歩引いてしまう程だ。
「五十嵐くん。君なら引き受けてくれると思っていたよ! では、さっそく五管に訓練の手続きを進めるように伝える」
「宜しくお願いします」
※五管:第五管区海上保安部を指し、特別警備隊が控える基地もある。
「最後に訓練を受けたのはいつかね」
「5年前になります」
「5年前か、まあ君なら問題ないだろう。潜水もできるしな! 最強戦士だよ」
「いえ、もう42です。今度の任務が現役としてのラストチャレンジです」
「そう言うな。上には上がいるだろう」
「そうですが、身も固めたいので……」
「そうか! 君はまだ独身だったな! ははっ。まあ、2回目は外すわけにはいかんからな」
「そうなんです」
勝利はこれが最初で最後の挑戦だと決めていた。同じ失敗は二度と繰り返したくないと思っている。海音の事は本当に大事にしたい。だからこそ救護一筋、海一筋だった人生に区切りをつけたい。
あの頃は確かに家庭をなおざりにしていた。他所に男ができ家を飛び出した元嫁を、誰が責められるだろうか。それを思うと今でもズキと心臓が痛む気がした。
◇
「ひと月ほど神戸の保安部に行くことになったんだ」
「出張? にしては長いよね」
「実は訓練を受ける事になった」
「訓練?」
海音は首を傾げた。勝利の仕事は海上保安庁の巡視船船長だ。不審船の対応や海の事故防止に忙しいことは知っている。でも、本当のところ事件や事故にどんな対応をしているのかは知らない。どーんと構えた船長が受ける訓練とは、どんなものなのかは分からなかった。
「実は、警備隊の訓練を受けることになってな。若い頃にもやったんだ。ま、定期的にやって忘れないようにだな。ほら、密漁や不審船からスパイなんかが上陸しようとしたら阻止しなければならないだろ」
「もしかして、戦ったりすると?」
「状況に応じては取り押さえもする」
「そうよね。そういう事ってありえるもんね」
まだ、海賊対策に出る事は言えない。海上自衛隊とも連携するため、公式決定がない限りは身内にも伏せるのは常だった。それに、訓練をして適していなければ外されることだってあるのだから。
「海音とひと月も離れるなんて、我慢できるのか? 俺は」
「え? ふふっ。がんばってよ。船長さん」
「海音は寂しくないのか」
「どーやろうね」
「おい」
「ちょっと、やだっ。勝利さん、冗談っ」
なんて事なさ気な顔をする海音が、ほんの少し恨めしくなって勝利は彼女の躰を羽交い締めにした。俺は寂しくて仕方がないのにお前は平気なんだな! これでもか! まさに好きな子をイジメる捻くれ男子のように。でも決して酷くはない優しいタッチで海音の躰をまさぐる。
「ひと月だぞ。ひと月分、充電させろ」
「きゃっ、ひと月分って! あっ……」
「ほら、その気になってきただろ」
「っ、ズルいよぅ。んっ」
海音だって寂しくないわけじゃない。でも、寂しい離れたくないと言って勝利を困らせたくないだけ。たったひと月! まさにそう言いにかせていた所なんだから。これまでは離れている事が当たり前の恋愛だった。月に一度会えればいい方だった。それを思えば、最初からひと月と決まっているのは海音にとって安心材料だ。
「こら、寂しいって言え」
「ぁ、んんっ。寂しいけどっ、寂しくないとっ。あ、やだ。それっ……ゃあん」
固くて厚い勝利の胸に閉じ込められると、それだけで護られているようで嬉しい。大きな手が意地悪く躰を這い回るけれど、その全てに愛を感じる。
(無事に怪我なく訓練が終わりますように)
海音にはそう願うことしか出来ないのだから。
◇ ◇ ◇
ひと月の別れを惜しみながら、勝利は第五管区海上保安部にやって来た。まる五年ぶりの特別警備隊の基地がある場所だ。
「五十嵐!」
「佐伯!」
勝利を見つけて声をかけてきたのは同期の佐伯 晟だった。彼は勝利とは反対に救難ではなく、制圧を得意とする特別警備隊として活躍した男だ。
「まさかお前が来るとは思ってなかったよ。やっぱり警備の道を捨てきれなかったんだな」
「まあ、なんだ。正直に言うと俺もここに来るとは思っていなかったよ」
「船長だもんな。そのまま定年まで船に揺られるはすだったんだろ。諦めろ。これがお前の運命だ。救難に警備にすげぇ奴だな」
「別にすごかないさ。それよりいまさら務まるのかが今一番の心配だ」
「こればっかりは、やってみないと分からないからな」
「ああ」
「取り敢えず、贔屓なしで扱いてやるよ」
佐伯はここで特別警備隊を育てる指導班の班長をしている。この道一筋で生きて来た同年齢の男ですら現役を退いている。それがまた五十嵐の気持ちに不安を煽った。もちろん体力には自信はあるし、技術だってすぐに取り戻せると思っている。しかし、ここという時の判断力や瞬発力はどうだろうか。20代、30代に比べると自分は……。
「心配するな。お前はヤれる」
「なんで佐伯の方が自信があるんだ」
「自分の事じゃないからだ」
「お前っ」
やるしかない。やると決めて来たんだ。最初で最後、死にものぐるいでヤれば若い奴らにだって遅れを取らない! 勝利はそう自分に強く言い聞かせた。目を閉じれば、ふんわりと笑う海音の顔が浮かぶ。あの笑顔を護るためにも、もう一度自分を叩き直そうと誓った。
◇
今回の特別訓練を受けることになったメンバーが施設内のフロアに並んだ。全国から選ばれたのは10名ほどで、最終目的は海上自衛隊と共にソマリア沖に海賊対策に行くことだ。見れば中堅クラスの現役バリバリの隊員たちばかり。
当然、勝利がこの中で最年長であった。
「ではこれより、訓練を開始する。先ずは身につけるものから確認せよ」
紺色の戦闘服にブーツ、戦闘ヘルメット、防弾チョッキ、バラクラバという顔面覆。無線を身につけ、腰に警棒、そして小銃だ。警察の機動隊やSATを想像すると分かり易いかもしれない。
「では、射撃訓練から始める」
「「はい!」」
順に的に向かって弾を撃ち込む。通常の立って撃つ姿勢から、伏せをした状態と何通りかのパターンを連続して行った。
「おじさん、意外と外さないんですね」
「あ?」
生意気な口をきくのは金本賢太、30歳。この五管でトップクラスの警備隊員だ。訓練開始から勝利とペアを組まされている。精悍な顔立ちをしたイカした青年だ。
「元特殊救難隊ですよね。その年齢で今から警備隊ですか。無理はやめてくださいよ。足手まといは勘弁です」
「その口、へし折られたいのか」
「あなたが最後まで残っていたら、へし折ってもらって構いません。最後まで残っていたら、ですけど」
「ふんっ……(クソガキがっ!)」
自分が上にあがる為にはライバルは少ない方がいい。過酷な現場で任務を全うする為には年寄りという枷は要らない。過去、自分が思ってきた事をまさに今、返されている。
ぐっと腹に力を入れて堪えた。この訓練に耐えて、任務部隊に選ばれる事が先決だ。
「次っ! 突入訓練!!」
「「はいっ!」」
重い装備は身を守る為。ついこの間まで、重い酸素ボンベを担ぎ潜水をしていたじゃないか。20キロという重りを浮遊力の少ないプールの底から何度も引き上げた。大丈夫だ、俺はヤれる、負けない!
このチャンスをくれた上司と、この仕事を理解しようとしてくれている海音の為にも、何よりもこの国の海の平和の為に。
「おっさんをナメんなよ」
肩で押し開けた鉄の重い扉は、引き返す事のできない男の戦いの始まりだ。
「突入部隊が入ったら、援護開始っ!」
勝利と金本は先鋒務める突入部隊に志願していた。男の意地と誇りの火花が散った。
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