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怠惰の章

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「いっぱい話をしたら疲れたわ。私はもう寝るわね」
「ああ、おやす――おい」
「何かしら?」
「なんでそこなんだ?」

 ロール姫は俺の隣にピタリとくっついて、肩に寄りかかっている。

「リーナたちのほうへ行ってくれ」
「ダメよ。あの子たちは私のことを王子だと思っているんだから。男が近くにいたら不安でしょ? 男同士で近くにいたほうが自然だわ」
「この距離感は不自然だろ」
「いいじゃない。ここが落ち着くのよ」

 俺はまったく落ち着かない。
 リーナたちは王子だと思っているが、俺は普通に彼女を女の子として認識している。
 女の子に寄りかかられて眠るとか、初めての経験なんだが?
 
「おい。いいから離れ――」
「スゥー……」
「もう寝てる」

 数秒前には会話していたのに。
 狸寝入り?
 いや、寝息の感じが本当っぽいな。

「安心しきった顔しやがって」

 王都から俺がいた道場まで、どれほどの距離だろう。
 彼女は敵に襲われ、追われながらたった一人で俺の元までたどり着いた。
 見せなかっただけで、ずっと気を張っていたんだろう。
 
「安心する……か。ふっ」

 悪くはない気分だ。
 弟子以外の誰かに頼られるというのも。

「偶にはいいか。こういうのも」
「そう? じゃあこれからもよろしくね?」
「――! お前……」

 やっぱりこいつ、魔性の女だ。

  ◇◇◇

 道場を出発して約十日後の午後。
 俺たちは第一の目的地、リッシェルの街にたどり着いた。
 王都に並ぶ大きな街。
 観光名所としても知られている綺麗な街並みが魅力的で、幻想的な雰囲気を漂わせる。
 今は余計に、異質な空気が漂っていた。 

「ここがリッシェルか」
「ええ」

 街は大堀で覆われていて、入り口は北と南の二か所のみ。
 大きな門を潜って中に入るのだが、門は半分開いていて、門番らしき者もいない。
 あまりに不用心だ。
 外の街というのはこういうものなのだろうか?
 ロール姫に質問すると、彼女は首を横に振って応える。

「本来なら、街を王国の騎士が警備しているわ」
「騎士の姿は見当たりませんよ?」

 リーナがおでこに手を当て、遠くを見渡す。
 俺たちは北門の前に訪れていたが、騎士の姿はなく、半開きになっているドアの先が見えている。
 シアンがドアの先を見ながら言う。

「中に人も見えないわね」
「でも人の匂いはたくさんするよぉ~」

 スピカがクンクンと鼻を動かす。
 獣人である彼女は人間よりも五感が鋭く、嗅覚が発達している。
 離れた距離でも人間の痕跡を辿ることができ、彼女の感覚は中に人がいることを教えてくれた。
 俺も目を凝らし、魔力の痕跡を辿る。

「……確かにいるな」

 姿が見えないだけで、かなりの数の人間が中にいる。
 しかし弱っている?
 感じられる魔力が弱々しく、流れも不自然だ。
 人は動いていないのに、魔力だけが流れ出て、どこかへ集まっているような……。
 
「そういうことか」
「先生?」
「師匠は何か気づいたのね」
「さすがせんせー」
 
 スピカが無自覚に身体を摺り寄せてくる。
 集中力がそがれるから離れてほしいが、幸福感もあって抗い難い。
 しかし今は弟子の前。
 完璧な師匠を演じてみせよう。

「お前たちはここに残れ。ここから先は俺一人で行く」
「え、どうしていですか? 先生!」
「理由がわからないことが理由だよ。ここに踏み込めばどうなるか、三人ともわかるかい?」

 俺が尋ねると、三人は考え込み、答えは出なかった。
 リーナがしょんぼりして言う。
 
「わかりません……」
「魔力知覚を鍛えないといけないね。この街全体が、呪具の魔力に覆われているんだよ」
「街全体!? そんな広く?」
「そうだよ。お前たちが気づけなかったのも、魔力がこの地と同化しているからだ」

 驚くシアンにそう説明し、俺は荷物を地面に置く。
 ここから先は、呪具使いのテリトリー。
 何が起こるか俺にもわからない。
 魔力知覚が未熟な三人を連れて行けば、確実に敵の術中にはまるだろう。

「もし一時間以内に戻らなかったら、三人とも道場へ戻るんだ。いいね?」
「はい」
「気を付けて、師匠」
「ちゃんと帰ってきてね?」
「もちろんそのつもりだよ」

 心配してくれる三人の頭を一人ずつ撫でる。
 彼女たちが自立するまではしっかり育てると決めている。
 それが師匠として、彼女たちの人生を預かる身として当然のことだから。
 俺は彼女たちに背を向け、歩き出す。
 呪具……欲望が支配する街へ。
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