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第2章 深緑の魔女

第3話 魔女の領域

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 森は私達を阻むように変化を続けているが、クレアのスキルのお陰で着実に前に進んでいた。
 昼間で太陽が照っているはずだが、深緑に阻まれ僅かな光が射し込むのみであった。
 周囲に気を張りながら、クレアに気になっていたことを問いかけてみる。

「クレアは魔女のことよく知っているの?」
「知っているといえば嘘になるかもしれんな。会ったことがあるのは、公国内の審議会に参加してきた時の数回程度だな。」
「そうなんだ、もっと知り合いなのかと思ってた。」

 何と言うか、魔女のことを奴と呼んでいたのが引っかかっていた。
 魔女の事を言った時、あまりいい顔をしていないような印象があったのだった。

「奴はな……あまり得意ではないのだ。」
「そ、そうなんだ……」
「まぁ、会えばわかる。いけ好かん奴だ。」

 一国の主であるクレアがここまで言う相手だ、一筋縄ではいかないだろう。
 何事もなくミアのことを治してくれればいいのだが……杞憂になればいいと祈りながら歩いていく。

 数時間ほど経っただろうか、太陽が落ちてきて辺りは一層暗くなっていた。
 もうそろそろ魔女の家だろうかと思っていると、木々が消えてぽっかりと開けた空間に足を踏み入れる。
 そこには古びた一軒家が建っており、どんよりとした空気が渦巻いているように感じた。

 私達が来るのがわかっていたかのように、タイミングよく扉が開く。
 そして、扉の向こうから身体のシルエットがわかりやすいぴっちりとした黒のローブを身に纏い、手には水晶を持っているいかにもな女性が現れた。

 目の下あたりまである前髪を分けており、漆黒の左眼が見えている。
 後ろ髪は肩までのボブヘアで均一の長さになっている。

「あら、お客さんなんて珍しいわねぇ。私に何か用でもあるのかしら?」
「白々しいことを言うな。大方、覗いていて私達が来ることもわかっていたのだろう。」
「相変わらずお堅いわねぇ。」

 なるほど得意ではないと言っていたが、クレアが苦手そうな妖艶とした感じの女性だ。
 顔に張りついた微笑は見るものを魅了するかのように視線を吸いこんでくる。
 フレアスカート状のローブの裾には深めのスリットが入っており、白い絹のような太腿が見え隠れしていた。

「こんにちはぁ。いや、こんばんはかしら。私は魔女の『エレーラ』よ、魔剣使いのお嬢さん。」
「一一一一一っ!?何で知ってるの?」
「それはぁ、クレアと戦っている姿を少しだけいたのよぉ。」

 水晶に視線を向けつつ魔女エレーラはそう言ってみせた。
 あの水晶で遠くのものを視認することが出来るらしい。
 ただのガラス玉にしか見えないが、魔女が持つ魔力によるものなのだろうか。それそのものが特別な道具なのかもしれない。

「そこまでわかっているのだ。ここに来た理由も把握しているのだろう。」
「えぇ、もちろん。確かに呪詛を解くのなら私を頼るのは当然よねぇ。」
「そしたら……」

「もちろん一一一断るわぁ。」

 場に緊張感が走った。
 魔女は表情を一つも変えずに NOを突きつけてくる。
 クレアが額に手を当て溜息をついた。
 確かに一筋縄ではいかない相手だった。

「だってぇ、私にメリットがないでしょ?」
「じゃあ……どうしたらいいんですか!?」
「隣国にでも急いで行ってみたらいいんじゃないかしら?もっとも……ここからじゃ片道で2日はかかっちゃうから、呪われた子は死んじゃうでしょうけどぉ。」

 コイツ……出来ないことをしゃあしゃあと。
 私の心を苛立ちが募っていく。
 この間にもミアの体力はどんどん消耗していっているのだ。
 私の様子に気が付いたのか、クレアが一歩前に出て手を出し静止してくれた。

「ミツキ、案ずるな。黙らせてでも連れていけばいいのだ。」
「フフッ……そう簡単にできるかしら?いつもの様に護ってみなさぁい!」

 エレーラが大きく振りかぶり手に持っていた水晶を野球のピッチャーの様に一直線に投擲する。
「なっ……!?」
 どこにそんな力があるのかと思うほどのスピードと、魔女が投げて来ると思ってもみなかった衝撃で反応が遅れる。

「横に避けろっ!!」
 クレアの言葉に従いそれぞれ地を蹴って左右に分かれて水晶を避け、魔剣と聖剣を顕現させる。それと同時にクレアは純白の鎧を纏う。
 水晶はさっきまで私達がいた所の地面を深く穿ち跳ね、地面に転がって静止した。

 水晶が無力化したのを確認してエレーラ目がけて走り出した。
 言葉とは裏腹に随分呆気ないが、今はそんなことを考えている余裕は無い。
 魔剣と聖剣の剣閃が走り、エレーラの身体をクロスに斬り裂いた。

「きゃあああぁぁぁっ!!……なんてね。」
 レヴィを通して斬った感触が伝わっているのにも関わらず、エレーラはケタケタと嗤っている。
 少し経つと、斬った所から黒霧が噴き出し散っていきそこには関節からバラバラになった人形が転がった。

「人形……?」
「そうよぉ、この領域で私を捉えることは出来ないわ。時間切れまで、いーっぱい嬲ってあげる。」
 気づけば周囲をおびただしい数の人形が取り囲んでいる。エレーラが投影される人形は彼女の魔力の限り動き続けるということか。

「不味いな……よもやここまでとは。」
「この中の一体に本体が紛れてるってこと?」
「わからんがどこかにはいるはずだ。来るぞ!」
 一体の人形が落ちている水晶を拾い上げ再び投擲すると、水晶は私に向かって真っ直ぐに飛んでくる。

「まったく、しょうがないわねぇ。」

 突然、レヴィが魔剣の姿を解除し少女の姿で現れた。
 そして、飛んでくる水晶に手を向けると、重力がかかったのか水晶がそのまま地面に垂直に叩きつけられる。

「かはっ…………!!」
「水晶を投げるタイミングで自分を込めるなんて、面白いことするもんね。もっとも、バレなければの話だけど。」
 水晶に自らを乗せることにより移動をしていたということか。投げたと同時に本体は人形から水晶に憑依し、人形を破壊されても問題がない。

「アンタ達も、気の動きくらい容易く読めるようになりなさい。」
「う、うん。」
「善処する。」

 地面にめり込んだ水晶が輝き、口から血を流したエレーラが現れる。その表情は今までの微笑みではなく怒りに震えている。
「ここからが本番だな。」
 クレアが聖剣を構え対峙する。
 一難は去ったが状況が優勢になったわけではない。

 深緑の森は夜が迫り闇に飲まれ始め、月光の煌めきだけが周囲を照らしていた。
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