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第69話 クリスマスデート
しおりを挟むその二人、九条さんと神崎さんには、各々のデートの時に渡すつもりだった。
ちょうどクリスマス(イブでも25日でもないが)デートの予定があったので、プレゼントと一緒に渡すのがちょうどいい。
――――これ渡したら、二人とも、少なくとも九条さんは自分がモデルになったこと気付くよな。勘のいい神崎さんも九条さんのことはもちろん、自分がナギのモデルってのも気付くかも。
だから、本音を言うと彼らにこの献本を渡したくなかった。非常に気まずいのは火を見るよりも明らかだ。
その思いが通じたのか、それともそういう運命だったのか。結果的に、アライジャとナギのモデル二人に『砂漠の月~旅立編~』が届くことはなかった。
クリスマスデートは、日程の関係で神崎さんと先になった。火曜日のジムは通常運転。
九条さんとのクリスマスは年末、都内の高級ホテルを予約済みだ。クリスマスというより、カウントダウンの方が近いな。ジムも年末年始は休みだし、ちょうどいいかも。
金曜日ジムの後、神崎さんのマンションに行く。初めてのお泊りだ。車のトランクに一泊用のバックが入ってる。
「鮎川さん、クリスマスどうでした?」
舞原さんがにやけ顔で、ストレッチしてる僕のところに来た。なんだよ。クリスマスにいいことあった感じじゃん。僕はなんだかムッとした。
「なにも。仕事忙しかったからね。学生とは違うよ」
と嫌味。今週は特別に忙しかっただけなのに、なにをマウント取ってるのか。
「そうなんですか? やっぱ印刷なら年賀状とかですかね? お疲れさまでした」
そうか。舞原さんは僕の仕事が印刷関係と思ってたんだ。まあ当たらずとも遠からずだけど。にしても、年賀状って。こんな年末に忙しかったら間に合わんわ。
「いや……舞原さんは楽しい事あったんだ?」
嫌味を言ったことが後ろめたくて、僕は突っ込みたいのを我慢して話を続けた。聞きたいわけじゃないぞ。
「はい。ずっと欲しかったものが手に入って。僕にとってはクリスマスプレゼントでした」
「へえ。それは良かったね。パーティーとかしたの?」
「え? ああ、それは。研究室のみんなでチキンとかテイクアウトして。毎年恒例ですよ。ゼミ室で飲んで食べて」
舞原さんは首を竦める。そうか。舞原さんは彼女いないのかな。そこまではさすがに聞けないか。
「舞原さんはいつ大学行ってるの?」
素朴な疑問。
「毎日行ってますよ。ジムのある日は午後から、ない日は朝からほぼ日付変わるころまで。講義があるわけじゃないけど、やることは山のようにあるので」
そうなのか。暇なのは僕の方だった。文系だった僕にはわからないけど、研究ってそういうもんだよな(実際全くわかってない)? 『学生とは違う』なんて偉そうに言って。僕は恥ずかしかった。
一通りのトレーニングが終わり、シャワールームに向かう。今日はこれから神崎さんちに行く。
いつものコースだけど、今日はお泊りだしクリスマスデートだ。どこか特別感があってやっぱりウキウキしちゃう。
サイン会や取材も昨日で全て終わってるし、このときめきは必然だよね?
「鮎川さん、あの……」
シャワールームの個室に入ろうとした僕を、神崎さんが呼び止めた。こんなところで声をかけるとはなにかあったんだろうか。
「どうしたの? なにか……」
「ごめん、今日急用ができて……デート駄目になってしまった」
整った顔をすまなそうに歪め、神崎さんは頭を下げた。
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