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新辺境伯が見守ってきた大切なもの

亡くした人を想えども

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 その後は無事王に会い、領地に戻ってからというもの、あの男から毎日手紙が届いた。

 毎日……毎日だぞ?

 北と南でどれだけ距離が離れていると思っている?
 費用の無駄だろう。

 書いてあるのはいつも、『妹君を私にください』と『必ずお二人に勝ちます』だ。
 それから今日の鍛錬の内容が事細かに記してあった。

 かつてこれほど要らん情報があっただろうか。

 同封された妹への手紙は、即刻暖炉にくべてやったけどな。

 妹に手紙を渡すのも私に勝ってからだと記して返せば、私だけに毎日手紙が届くように変わったが。

 これでは私が求婚でも受けているように思われるだろう?
 実際うちでは王都で私が遠くの貴族の子どもを引っ掻けてきたと勘違いする者たちも出て来た。
 そいつらはしっかり調教しておいたけどな。

 あまりにしつこいから、妹が認めればまずはうちの騎士団に入れてやらなくもないと、それらしいことを書いて送ってしまったこともまた、今となっては後悔しているところだ。
 南の辺境伯家の子どもだから、まさかうちに来ることはないだろうと、高を括っていたのもある。

 あいつのしつこさを甘く見るのではなかった。

 だが可哀想に。
 妹はそのうち孫どころかおじいのことも忘れてしまったのだ。

 それは幼い頭で覚えておくのは難しかったのだろう。
 会えばきっとまた南の先代伯とあっという間に意気投合するだろうと思えば、あえて思い出させるようなこともして来なかった。
 会いたいと泣かれても困るからな。

 そんな彼もあっさりと儚くなる。
 いくら強い彼も老いには勝てなかったようだ。流行り病にかかってからは早かったと聞く。

 遺言ではないが我が家への言伝は、『来なくていいし忘れろ』だったことには、さすが長く辺境伯をしてきた人だと感じ入るものがあった。

 南と、北と。
 場所は違えど、他国との小競り合いが日常茶飯事となっている平和とは遠い土地を共に守る立場にあっては、容易に領地を出てどこかに行くという気にはなれないものだ。

 あのときの彼が『一度くらいは無意味な旅も良かろうさ』と言っていた意味を私は彼を亡くして噛み締めた。
 まだ幼かった私たちにも彼はその『一度くらい』を与えてくれたのだと思う。

 きっと私たちは、王都に出掛けられてあと二回といったところだ。

 うちの愚父のようにいたところで役に立たない男なら、むしろどこへなりとも行ってくれと国境の砦を守る騎士さえも願ってしまうところであるが。
 やはり当主が不在というのは知られると、それだけで敵からのいつも以上の攻撃を受けやすくなる。
 当主がいないからと崩れる体制を作ってきてはいないが、それでもいた方が騎士らも心軽く闘えるというもの。

 つまり、ここにいるぞと内外に知らしめておくことが、伯としての重要な仕事のひとつなのだ。





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