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第六章 揺れ動く世界線

望むままに

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「あれ……?」

 どうしてか追撃がありません。それどころか人の気配すら感じられないのです。

 呆然と立っていると、照明魔法が回復していました。

「ルイ!?」

 イセリナの声によって私は我に返っています。

 どうにも予定と異なるのですけれど、私はこのイベントの締めを行わなければなりません。

 背後に控える巨悪の存在を明らかとせねばならないのです。

「たった今、イセリナ様を狙う暗殺者が現れました! シャンパンには毒が含まれております。暗殺者は毒殺を諦め、イセリナ様を殺傷しようとしておりました。しかし、この通り、返り討ちにしてやりましたわ!」

 私はナイフを掲げて、どよめく会場全体に伝わるよう声を張る。

 そのあと、鋭い視線をして、デンバー侯爵を睨み付けます。

「アドルフという執事は貴方様が雇われたのでしょうか?」

 まずはデンバー侯爵に問う。ここで尻尾を出してくれたのなら、私が望むままだ。

「ああいや、その執事はリッチモンド公爵が……」

 言ってデンバー侯爵は口を噤む。

 まあそうでしょうね。暗殺の首謀者と考えられる者を口にしてしまったのですから。しかも最上位の貴族を容疑者として。

「皆様、リッチモンド公爵が暗殺者を送り込んだようです。毒入りのシャンパンも彼が用意した可能性まで考えられますわ!」

「ああいや、シャンパンはメルヴィス公爵からの贈り物……っ!?」

 首謀者を口にして焦っていたのでしょうね。

 とても扱いやすくて助かります。全ては計画通りです。ならばセシルを担いだ全員に罰を与えましょう。

「イセリナ様はこの場にいらっしゃらない二人の公爵様に命を狙われていたようです! しかし、ご安心くださいまし。ラマティック正教会から彼女の警護を依頼されておりますルイ・ローズマリーにとっては暗殺者など子供をあやすようなもの。アドルフという暗殺者のように幾人が襲って来ようとも返り討ちにして差し上げます!」

 私の演説にも似た話に喝采が起きる。

 ここも想定したまま。貴族たちは自身に降りかかる火の粉以外を気にする人種ではないのですから。

「デンバー侯爵様、ご自身が潔白であられるのなら、パーティーを続けましょう。せっかく王子殿下までお見えなのです。血塗られたままで終えるよりも、楽しいパーティーといたしましょう。警護は私にお任せを……」

 私の誘導にデンバー侯爵は頷きを返しています。

 既に両公爵家は沈み行く船。デンバー侯爵も貴族であるのですから、乗り込む船を見誤らないことでしょう。

「皆の者、イセリナ様の護衛であるルイ枢機卿が話される通りだ! もう暗殺者は失われている。以降の警備は人員を増やし、徹底的に警護させよう。どうか最後まで楽しんでいって欲しい!」

 会場中に響き渡るデンバー侯爵の声に拍手が送られています。

 祝いとして多額の参加費を支払っているのです。傲慢な貴族たちが開始早々の中止など受け入れるはずもありません。

 筋書き通りに進んでいる。加えて私は一定の予測を済ませていました。

(コンラッドは会場内にいる……)

 どの世界線においても、暗殺者は複数のグループです。確実に始末するため、送り込まれているはず。

 それが主任であるアドルフしかいなかった理由は一つしか考えられない。

(コンラッドが残りを始末したんだ……)

 彼は有能であると今も思っています。契約を交わした彼が任務を放棄するはずがないのです。

 上位貴族のいざこざが好物といった彼がメインディッシュを前に現れないなど考えられません。

「面白くなってきたね……」

 イセリナの肩を抱きながら、私はほくそ笑んでいました。

 赤い血で染まったベールの奥には邪悪な笑みが浮かんでいたことでしょう。
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