ワイルド・プロポーズ

藤谷 郁

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三十路のお見合い

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 私と嶺倉さんはソファに並んで腰かけ、楽しくお茶を飲んだ。
 彼はとても話し上手で、話題も豊富。相手を飽きさせず、かといって一方的に喋るわけでもない、ほどよい距離でのやり取りは、コミュニケーション能力の高さを示している。

(それにしても、こうして近くで見ると嶺倉さんって本当に美形……)

 鼻筋の通ったきれいな顔立ち。凛々しい眉。二重瞼の目は大きすぎず、それでいて周囲の光を集めて明るく輝いている。彼に見つめられたら、老若男女問わず、誰もがその光に吸い込まれてしまうだろう。
 また彼は美形なだけでなく、スポーツ選手のような立派な体格を持つ美丈夫だ。その上、大手企業の後継者とくれば、まさにハイスペック。

 一介の会社員である自分がなぜ隣にいるのか、不思議な感覚にとらわれる。ましてや、この男性に一目惚れされたなど、ますます信じられないことだ。
 だけど、信じてもいいと思い始めている。
 いつの間にか私は、嶺倉さんのペースに乗せられてしまったようだ。でも、気分は悪くない。それどころか、彼に対するときめきが復活するのを、戸惑いながら自覚していた。

「それで、どうかな?」
「えっ?」
 お茶を飲み終えると、嶺倉さんはティーカップを置き、あらたまった感じで尋ねた。
 何のことか分からずきょとんとする私を、じれったそうに覗き込む。
「だ、か、ら、プロポーズの返事だよ。まだ聞いてないんだけど」
「あ……」

 私はハッとして、間近に迫る彼の目を見返す。
 そういえば、嶺倉さんが求めたことに、はっきり返事をしていない。楽しくお茶しながらも彼は本題を忘れず、正面から切り出してきたのだ。
「俺の気持ちは分かってくれただろ」
「え、ええ……」
 まっすぐな瞳に捕まえられて、私は身動きがとれず、胸は早鐘を打っている。

「結婚を前提として、付き合ってほしい」
 情熱的な口調と真剣な眼差し。
 信じられないが、この人は本気だ。本気だと信じてもいい。
「俺は君に夢中だ。実際に話してみて、さらに確信したよ。最初の印象どおり、瑤子さんは俺の女神だと」
「あっ……」

 彼はすがるように、私の手を握った。それは燃えるように熱く、必死さが伝わってくる。
「イエスと言ってくれ。恥ずかしいなら、頷くだけでいい」
「……」
 私は微かに顎を引いた。
 ほとんど無意識の動きだが、それは確かな返事として彼の目に映っただろう。
 自分でも驚くような決断だった。考えるより先に、答を出すなんて――

「うおおお! やったぜ!!!」
 嶺倉さんは弾けるように叫び、ソファから跳び上がった。
 大柄な男が全身で喜びを表す姿に、私は圧倒される。スポーツ選手のようにガッツポーズを決める彼を、ただただ見上げるのみ。
(そ、そんなに?)
 あまりにも大げさだと思った。彼にとって私は魅力的な女らしいが、ここまで歓喜するほどなのか。
 さすがにちょっと、尻込みしてしまう。

「と、とりあえず付き合ってみるだけです。最終的な判断は、その後ということで……」
「ああ大丈夫、全然問題ないぜ」
 いずれ君は俺のもの――と言わんばかりの、自信満々の態度。OKしたとたんドヤ顔になる彼を見ながら、私は何だか可笑しくなり、気が付けば一緒に微笑んでいた。
「ん? どうした」
「いえ、何でも……うふふ」

 嶺倉京史という人は、型にはまったタイプではない。ハイスペックらしからぬ価値観と、特別な感性の持ち主なのだ。

「やっぱり君は笑顔が似合うな。サイコーだよ!」
 嶺倉さんはソファに座り直し、じっと見つめてくる。さっきよりも距離が近く、髪の生え際に汗が光るのが分かった。
「こんなに嬉しいことはない……ありがとう、瑤子さん」
「嶺倉さん……」
 私は、すっかり油断していた。
 彼のペースに乗せられて、それが思いのほか気持ちよくて、忘れてしまったのだ。

 嶺倉さんは、『ミイちゃん』だということを――

「瑤子さん」
「えっ?」
 熱っぽい声で呼ばれた次の瞬間、私は強い力に押され、仰向けになった。
 目の前には、嶺倉さんの欲望に滾る顔。
 ソファに押し倒されたと認識したのは、唇が重なる寸前……

「何をするんですか!」
 悲鳴のような声を上げ、思いきり頭突きをかました。
「うわっ!」
 嶺倉さんはソファから転がり落ち、眉間を抑えている。非力な女の一撃だが、不意打ちだったので、かなり効いたようだ。
「いってえ……急所をやられた。瑤子さん、めちゃくちゃ石頭だな」
「ふざけないでくださいっ!」

 私は立ち上がると、震え声で彼を責めた。
「一体あなたは、何を考えているのです。いきなりそんな……押し倒すなんて!」
「はあ?」
 嶺倉さんはぽかんとする。
 私がなぜ怒っているのか、まったく分らないという顔だ。
「だって、瑤子さんは俺と付き合ってくれるんだろ? ちゃんとOKしてくれた」
「そうですけど、でも」
「つまり、俺と君はもう恋人関係だ。順序は間違ってないぜ」

 順序?

 嶺倉さんはがばりと立ち上がる。
 後ずさる私を睨むようにして、アロハシャツを脱いだ。
「ちょ……嶺倉さん?」
「ものには順序がある。だから、きちんと返事をもらうまで手は出さないと、我慢してたんだ。欲しくてしょうがない女が目の前にいるってのに」
「はあ?」
 今度は私がぽかんとする。この男は、何を言っているのか。

「交際する男女がセックスするのは当然のこと。違うか?」
 嶺倉さんはアロハシャツを床に放り、次はパンツを脱ごうとする。
 私は頭を抱えた。
 やっぱり、やっぱりこの人は――
「セックスする前に、もっと段階を踏んでください。このっ、ドスケベ!」
 
 
 

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