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眼鏡で覗いた俺の嫁
俺の嫁が尊い
しおりを挟む俺の嫁に浮かれポンチだった俺は、意外なところで躓いた。
実際、廊下の何もないとこで躓いた。
起き上がる暇もなく左右から縄に括られ、そのまま拉致。
気づけば又従姉のヒリカに馬乗りされていて、男の急所を掴まれていた。
腕を捻り上げたまま緊縛されるとか、ヒリカが『怪力』の持ち主だとか、色んな要素が組み合わさって抵抗なんか一切出来なかった。
全部が終わった後、ヒリカは泣いていた。
泣きたいのは俺の方だが。被害者は俺だと思うんだが。
ヒリカに殴られた左頬が痛い。
普通の女子なら平手打ちだろうに、なんで拳で殴ったんだろうな。
おかげで眼鏡がブッ飛んだ。ご臨終した眼鏡は放置した。どこにブッ飛んだか見えないからだ。近眼の目で探したって要らぬ怪我するだけだ。
痛む左頬に手を添えて、神聖魔法をかけ治癒しようとしたが……────やめた。
縛られて傷ついた痕跡だけを消し、服を正して、その場を後にした。
ヒリカのすすり泣く声だけ聞こえていた。いつまでもいつまでも。しつこいくらいに耳の奥で女の嘆きが渦巻いていた。
おかげで俺は一生消えない傷を心に負った。
女性恐怖症である。
女怖い。女怖い。女怖い。
腕を取られて胸の谷間みせて押し付けられたら鳥肌立って吐き気がするレベルになった。
緊張するとかじゃないんだ。女に触られたら恐怖で固まる。特に胸を出している女性は駄目だ。慎め。肌を隠せ。
これまで女の子に興味がなかったわけじゃない。
美しい人を見れば綺麗だと思ったし、すれ違う同級生の洗い髪の残り香に欲情したなんていう青春も体験している。
けれどもう駄目だ。
女性の髪の匂いなんか嗅いだだけで蕁麻疹が出る。
香水の香りはもっと駄目だ。いい匂いだと思ってつけてるんだろうが、貴婦人ばかりの社交場にいたら数分で倒れる自信ある。
特に泣いている女性は駄目だ。
どうして女はそんなに簡単に涙を流せるのか。
喧嘩した末の別れ話? 痴情のもつれ?
何でもいいが、すすり泣かないでくれ、心臓に悪い。
学校で、街角で、喫茶店で……至るところで見かけたカップルのいざこざが、頭に焼き付いて離れなかった。
自然と俺は人が集まる場所を避けるようになったし、女性に触れないよう心掛けた。
逆にアタックかけてくる女はもう躱すしかない。いつしか五感も研ぎ澄まされてシックスセンスが芽生えた気がしないでもない。
こんな調子で俺は嫁を貰えるのか?
俺の嫁に嫌われないか?
そんな心配をしたが杞憂だった。
トラウマ事件後、俺の顔の傷を見咎めたユニコが、俺から事情を聞きだそうと伯爵邸まで連行しやがった。
が、俺は何も話す気がない。いやな、お前は確かに親友だが、気分が目一杯落ち込んでいる今、ヒリカの話をする気になれんのだ。
主に、女に殴られたのがショックとか変なプライドもあって、友達に傷の理由を吐露するなんて情けないことをしたくなかった。
俺は中庭のベンチに座り、だんまりを決め込んでいた。
ユニコのやつは、そんな俺を責めるでも気遣うでもなく、ただ横にいるだけだった。
……こいつ、いいやつだなあ。
俺のことはいいから、リッツのとこ行けよと後押ししたくなる。
そんなことをボーと思っていたら、視界の右端に動くものを見つけた。
棚引く銀髪が、銀色の筋になって光っている。それを追っていくと中庭へ続く廊下の柱に半分隠れて、ユニコの妹が見えた。おお俺の嫁。
俺の視線に気づいたのか、俺の嫁はビクッと背筋を伸ばしてからダッシュ。
自室に逃げ帰ったのかと思ったが、気づけばまた今度は別の柱の影から顔だけ出して、こちらを見ていた。
じーと見つめてくる。何か用があるのだろうか?
一年前に婚約者の打診をしてから、それなりにユニコの妹とは話をしようと試みていた。会う度にピュッと逃げられているが。
そして会う度に心の声が、(イケメンイケメンイケメンイケメン……!)しか聞こえてこないが。
それでも一年かけて挨拶だけは交わせるようになったのだ。
一緒に来ていたリッツなんかは、「未だに会えてもいない。ユニコの妹はあの日だけの幻か?」なんて言っているくらいだから、俺の方は大分進展しているはずだ。
今日はまさか自ら近づいて来るとは……。
珍しいことだと俺は目を細めながらそれを見ていた。
柱に隠れていたと思ったら次はバルコニーの方へ。白い手摺りに隠れてるつもりだろうが、そこの柱は細いのでほぼ全体が見えている。
また目が合ったら今度は植え込みの中へ。
おお徐々に近づいてきているぞ。なんだかワクワクしてきた。
とうとう間近にやってきて全身を現したユニコ妹もとい俺の嫁。
六歳になった彼女は仕立ての良いドレスに身を包み、頬を紅潮させ心なしか興奮した様子でいる。
そんな彼女に「ニーナ?」と声をかけたのは兄のユニコだ。
ユニコは深窓の令嬢である妹を俺から引き離そうとでもしたのだろう、彼女を抱っこしようと腕を伸ばした。
だが肝心の妹は兄の腕をかいくぐり、見事な前転を披露して俺の目の前に立ったのだ。
「…………あれ? ニーナってば引きこもりなのに運動神経良すぎないか?」
ユニコに同意だ。
(誰ですかアンソニーを殴ったの。綺麗なお顔に傷がついてんじゃんよお)
聞こえてきた俺の嫁の声。ドス効いて、ちょっと笑えた。
無理して笑おうとしたら口端痛くなってやめた。
気づいたら俺の嫁に頭をなでなでされていた。え?
(よしよし、痛かったねえ)
は? まさかの子供扱い?
俺は両目を瞬いて俺の嫁ことマリヨニーナを見つめる。
『感情読心』がいい仕事しているのか、マリヨニーナの心の声は俺に駄々洩れだ。
(はぁ~しかしアンソニーかっこいいなあ。傷ついてもイケ顔はイケ顔のままで格好良いです。ちょっと色気も出ていいよね傷ついたイケメン。本当は、こんな、なでなでだけじゃなくて腫らした頬ペロペロしてあげたい。口の端っこ切ってるとこも舐め舐めしてあげたい。かっこいい。かっこいいよアンソニーかっこいいから、だから、そんな悲しそうな顔しないで。悩んでる憂いの横顔テライケメン♪とか思っちゃったけど、泣きそうな今のそんな顔はごめんだよ。…………て、うわああまぢ泣いちゃった! アンソニーどうしたアンソニー! 涙めっさ溢れてきたよおおおお)
知らない間に涙を流していたらしい俺。わけわからん。どうして涙が出るんだ。マリヨニーナにイケメンだと心の中で言われることはこれまでもあったのに。
かっこいいと言われたからか……?
この子の心の声は嘘じゃない。すごく綺麗で純粋なものだ。それが嬉しくて、優しくて、心に響いて来る好意が、本当にただただ嬉しい。
ありがとう俺の未来の花嫁。
いつか君に本当に選ばれたら、俺は君に生涯の愛を捧げたい。
ぺろぺろしてくれるならぺろぺろし返したい。
キスしたい。その小さな体を腕に抱き────。
『ストップロリコン。私の声が聴こえる者よ。犯罪はやめてね。枷をつけてあげる』
女神レリィミウの神託が下った。
俺に科せられたのは、『YESロリータNOタッチ』のスキル。
マリヨニーナに不埒な真似をしようとしたら自制の念が働く。
物理的にもマリヨニーナから距離を置こうとするから会いに行くことも出来ないとか──なんだこのふざけたスキル……!
……不埒なことを考えなければいいんだ。
欲望を抑え込めば会いに行ける。
だが、その欲望を消すのにどれだけ根性いるか……っ!
うああああ俺はロリコンじゃねええええーーとか叫んでみても、実際に『YESロリータNOタッチ』が発動すれば俺は欲望まみれの変態だということで……。
時折に自責の念に苛まれつつも、神学校を卒業した俺はレリィミウの神殿で働いた。上司となった司祭様について見習いと、神学研究補佐が今のところの仕事だ。
身を清め、身持ち固く、謹厳とした禁欲的な司祭を目指し日々を乗り越える。
女性恐怖症になった今、男女で住み分けされている神殿はとても過ごしやすい。
神殿で引きこもるように仕事をしていても、テグウェン伯爵家の噂話は耳に入れていた。
ユニコが家督を継いだとか、妹の個人スキルが凄いだとかの世間話だ。
マリヨニーナのスキルは実際に凄いらしい。
スキル『魔改造』────。
洗礼でこのスキルが発現して以来、家族はマリヨニーナを世間の目に触れさせぬよう、彼女を厳重に保護した邸宅の離棟に住まわせることを決意したという。
本来なら個人スキルは個人情報として秘匿され、世間には公表されないものだが、どこをどう出回って伝わるのか、有益な個人スキルの発現をいち早く知り、赤子の内に手に入れ『洗脳』しようとする悪人が存在するらしい。
『王徒騎士隊』に所属するテグウェン伯爵は、その手の犯罪や事件の取り締まりに関わっているので、万全の対策を屋敷に施して娘を護っているのだという。
そんな噂のテグウェン伯爵様が、ある日、レリィミウ神殿にいる俺を訪ねて来た。
「物凄く不満だが、お前を娘の婚約者にした。物凄く不満だがな」
不満だと二回も言われた。よっぽど不満なのだろう。
だがマリヨニーナには選ばれたらしいので、純粋に喜ぶ。やったあ!
「ありがとうございます!」
「うむ。だからな、お前、王徒騎士隊に入れ」
「…………はい?」
どういう無茶ぶりだろう。
応援ありがとうございます!
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