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眼鏡で覗いた俺の嫁

俺の嫁みつけた

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これより眼鏡視点



 
 アンソニー・セスコット・マベラスティン・シーステア

 以上が俺のフルネームだ。長いな。

 高位貴族にありがちな、とりあえず全部の肩書名乗れ的な気分で名乗るとこれだけ長い。これでも洗礼名や神儀名は入れていないので短い方だ。

 一応の解説をしておくと、左から順に『名前・家名・爵位名・領地名』となる。
 親しい者からは大抵トニーと愛称で呼ばれるかな。

 シーステア領は良い所だ。
 王都に近いのに緑があり、温泉が湧いていて王侯貴族の保養地が多い。
 保養地には湖を取り囲むように別荘が建っている。貸別荘もあるが多くは物持ちの邸宅である。金持ちという生き物は、使用人を大勢引き連れやって来てくれるので、実にありがたい良い客なのだ。

 一般の観光客も多く、様々な人で賑わう土地柄であるが、主だった産業が特にこれというのが無く、資源も無く、その税収の殆どが外貨なのが特徴といえば特徴。
 遠くは他大陸からも客が来るので、我が土地の人々の『おもてなし心』は高スキル持ちばかりだ。

 我が土地と表現してしまったが、家を正式に継いでいるのは双子の兄、ウェルシュオーダ・セスコット・マベラスティン・シーステアである。俺より長い名前。
 この兄はちょっと…………いや、大分変わり者で仕事サボるアホの子というか、とにかく変わり者だ。よって俺は裏番的に実務の補佐をしている。

 先代の父からは、「双子なんだし支え合って生きろ。二人で公爵だ」と、何だかいい感じにまとめられているが、俺は結婚したら兄の手伝いなどしたくない。
 主に『俺の嫁』であるマリちゃんを守るのに忙しいからだ。今だって忙しい。

 だからそれまでに兄を躾けないといけないのだが……。
 あのアホ兄は今日も赤竜といちゃこらしている。生まれた時から一緒の赤竜は、すっかり我が兄とつがい気分なのだ。

 リア充め。爆発しろ。

 もう直ぐ結婚する俺が言うのもなんだが、年がら年中トカゲと引っ付いて真昼間からお盛んなことをしている兄には文句言ってもいいと思う。

「ひゃーん! しょこはらめえええ」
 うちの兄が叫ぶ。また襲われているぞあの兄。

「オレの番は可愛いなエロ可愛いな~♪」
 リアルはぁはぁすんなトカゲめ。

 俺だって、ふざけたスキル『YESロリータNOタッチ』が邪魔しなきゃ『俺の嫁』であるマリちゃんともっと親睦を深めれるのに……。
 如何せん俺とマリちゃんは10歳の年齢差がある。

 マリちゃんことマリヨニーナ・ノラ・ル・テグウェン・ミュネットヒスタ伯爵令嬢に初めて会ったのが十年前。
 俺15歳。マリちゃん5歳。手を出したら犯罪だろう。

 15歳当時の俺は浮かれていた。
 浮かれ理由は若気の至りというかそれが当たり前というか、俺は生まれながらにサラブレッドだったからだ。

 公爵家に生まれ、洗礼により発現した個人スキルは二つあった。
 両親に似て容姿端麗・眉目秀麗でおおよそ見た目で困ったことはない。
 八つの頃に女神レリィミウより神聖魔法を授かり、女神に愛されし愛子めごと持て囃された。十歳から入学した神学校での成績も優秀で、順風満帆な幼少期と少年期を過ごしていた。

 そんな、ある夏休みの日。
 神学校で友達になったユニコの家、テグウェン伯爵家へと遊びに行った。
 ユニコの本名はユニコ・チャーミッツ・ル・テグウェン・ミュネットヒスタ。
 こいつも貴族だからか長い名前だ。

 今日はユニコの妹の誕生日だとか。どんな妹なのか、事前にユニコから聞いていた情報では、滅多に部屋から出てこない深窓の令嬢だとか。
 普通の、よくいる貴族のお嬢さんだなと、気は無しに思っていた。
 この後、運命の出会いが待ってるとは知らずに――――。

 ――――その時、初めて『俺の嫁』が発動した。

 生まれ持った個人スキル『俺の嫁』。
 将来、結婚する相手が本能的に分かるという。
 俺の嫁だと理解したら、その相手がどこに居ても察知できるという。

 俺の嫁は巨大なスライムのぬいぐるみに顔を埋めて「げへげへ」笑っていた。

 一緒に来ていた友達リッツ・グレンコが「あの子が妹か?」とユニコに訊く。
 ユニコは蕩けるような笑みを浮かべながらリッツの腕に胸元を寄せて、「そうだよ」と答える。
 あーいちゃつくなら寝室にでも行ってくれ。

 俺は、スライムぬいぐるみを抱き締めて奇妙な笑い声を上げている深窓の令嬢へと、近づいた。

「可愛いな……。初めましてユニコの妹。今日は誕生日なんだってね。おめでとう。その縫いぐるみはプレゼントかい? 可愛いね」

「――――っ!!」

 声をかけたら驚かせてしまったようだ。
 びくっと背筋を伸ばし、ユニコの妹は恐る恐るといった様子で額を縫いぐるみにつけたまま首をゆっくり動かし、こちらを見た。視線が合う。美しい瑠璃色の瞳だ。

(きょあああああーーーーっ!! な、ななななにこの人誰この人めっさ美形イケメン眼鏡! 顔面偏差値めちゃ高っ! 赤毛に碧眼とかすごい私好み!!!!)

 瞬間、脳内に響いてきたのは『感情読心』で読み取った、彼女の心の台詞だった。

 テンション高い……。

 素でいるユニコの妹はビクビクしてオドオドして一言も発していないのに、心の中で思ってることは驚くほど高いテンションで繰り広げる長台詞だった。
 その殆どの意味が理解不能。

(イケメンありがとーーうう!! イ ケ 神 降 臨 !! どこの誰か知らないけど私好みのイケメン大好物ごっつぁんです! そのご尊顔尊い! 拝み倒したい! はあ~ありがたやありがたや)

 なんか俺、拝まれている……。

 面食らって、つい彼女の顔をジロジロ見てしまったが、彼女の方も冷や汗流して引け腰な態度なのに、なぜか俺を観察するのは止めないみたいだ。

(私に声かけてきたってことはお客さんかな? あ、誕生日って言ってたね。
 そうそう今日は私の誕生日だ。忘れてたけど。お兄様がスライム魔王のぬいぐるみくれるまですっかりすっぽりさっぱり忘れてたけど誕生日なんです私。
 さっきの質問には、これはお兄様からのプレゼントなんですって答えればいいのかな。可愛いってスライム魔王のこと? それとも、わ、私のこと?!
 二回も言ったよね可愛いと……! どっちだ。うーん、うーん。とりあえず、ここは逃げる!)

 ユニコの妹は突然立ち上がると、ぺこりと頭を下げ、くるりと体を反転させ、本当に逃げた。廊下を一目散に駆け、去ってしまう。

 引きこもりって聞いてたけど、素早いな。
 小脇にでかスライム縫いぐるみ抱えても、本当に走るの早いな。

「ニーナ行っちゃった……。俺のあげた縫いぐるみで遊んでたから機嫌がいいと思ったけど、やっぱり恥ずかしかったみたいだ。ごめんね、妹が挨拶もしないで失礼な態度して」

 ユニコが謝罪するが、俺は怒っちゃいない。むしろ興味を持った。
 リッツも「愛らしい妹じゃないか。またの機会に紹介してくれ」とユニコの頭を撫でたり髪を手櫛で梳いたりしている。
 だからお前らいちゃいちゃは他所でやれっつの。

「ユニコ……いや、お義兄様。お義父上はご在宅か? あの娘を嫁に貰いたいんだが」

 俺は真顔で訊いた。
 対してユニコの野郎は眉間に盛大な皺を寄せて「何言ってんだいトニー」と。
 冗談はよせよトニーな感じで声が低くなった。

 悪い。冗談じゃない。本気だ。
 俺の嫁を見つけたんだ。
 こうしちゃいられない。心臓が荒ぶる。早いとこ俺の嫁を囲わないと。もし誰かに先を越されたら俺の中の何かが目覚めてあらゆるものを破壊するかもしれん。

 それ中二病! と、未来の俺の嫁がいたら鋭くツッコむようなことを考えながら、俺は伯爵家邸宅中をひた走った。
 途中で捉まえた使用人に主人の居場所を尋ねる。
 執務中ですと真面目な使用人が教えてくれる。

 伯爵の執務室を訪ねた。ここは冷静に。
 扉蹴ってバーンとかしたら第一印象悪くなるからな。
 丁寧に挨拶もして、手土産は無いが、誠心誠意、先程あった運命の出逢いを説明した。

「────スキルが反応した、と?」

 口髭がチャームポイントなユニコの父親ロナン・セティア・ル・テグウェン・ミュネットヒスタ。現伯爵。当主様だ。
 出自が公爵家なだけでまだ学生身分の俺からしたら敬うべき存在。
 それがなくとも、伯爵の武勇伝は聞き及んでいる。かの『王徒騎士隊』でエースと呼ばれるほどの活躍している人物だ。敬意を払うのは当然のことだった。

「それが本当でも、娘の気持ちも考えねばならん。直ぐには返事できん」
「勿論です。俺たちはまだ出会ったばかりだ。でも、スキルは嘘を吐かない。せめて彼女が選択できるよう、婚約者にしていただけませんか――――」

 俺の嫁で未来が知れたとしても、現実の今、彼女に選んでもらえるかは未知数だ。
 俺の嫁スキルは俺だけのものであって、彼女からの選択は数多くある。未来は多く、選ぶ自由は彼女にあるのだ。
 そこを勘違いしたら俺はただの変態ストーカーに成り下がるだろう。

「娘に好かれなければ諦めれるか?」
「諦めるつもりはありません。好かれるよう努力します。婚約者として、彼女を見守らせてください」

 これは決意表明だ。彼女に選ばれるよう努力する。
 五歳児の幼児相手に何言ってるんだ頭大丈夫かと思われるだろう。大丈夫。正常だ。けれど俺の胸は高鳴っている。スキルの反応はきっかけなのだと愚考する。
 俺の嫁とは初めて会って、本当の会話などまだ交わしてもいないのに、それでも今好かれたいと請い願う。将来、本当に嫁に貰えれば最高だ。

「解った。娘の気持ちを聞いた上で、考慮しよう」
「ありがとう存じます」

 よし。伯爵様から言質を引き出せた。
 いつか彼女の気持ちを確認した上で、婚約者を決めると。
 それまでに俺は彼女へアタックしまくって、好印象を植え付ければいいわけだな。

 俺は浮足立って浮かれポンチな気分で、伯爵家を後にしたのだった。

 ユニコとリッツのことはすっかり忘れていた。
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