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腐女子が覗いた妄想

腐女子ですみません

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 ここで寝ちゃったのが悪かったのでしょうか。

 ……いや私悪くない。だって私は引きこもり腐女子。体力からっきしだし。脱処女したばかりだし。一回のセックスで疲れて寝ちゃうの、しょうがないと思う。
 と、自身をフォロー。そして目覚めた今の危機的状況を観察して、あれ? なんで私また縛られてんの? ってなるわけだ。

 ええ、何故かまた、縛られてますよ。
 今度は海老ぞりじゃなくて、ぐるぐる巻きで。芋虫のように。

「目覚めたのね芋虫女」

 降ってくる声がドギツイ。ビクッと全身を強張らせて見上げた先には、ゴージャスな金髪巻き毛の高飛車そうな美女がいた。

 ええええ誰これ。知らん人だよ。私、確かに床へ這いつくばって芋虫のように縛られてますけど、決して芋虫女じゃないよ。
 手足はロープの下にあるもの。めっちゃ縛られてるけど。後ろ手になってて痛いけど。手足あるからね!

「状況はお分かりかしら芋虫女。驚きもせず、泣きもせず、喚きもせず、なんとも静かなことね」

 現状把握はしているつもりだ。
 まず、ここは見知らぬ部屋。薄暗いからまだ夜は明けてない。早朝。ぐるぐる巻きで床に転がされてる私は、見知らぬ美女に睥睨されている。
 周りにはこの美女しかおらず誰もいない。
 アンソニーいない。てことは…………拉致された?

「冷静な子で何よりだわ。アンソニーの嫁だもの。それくらいやってくれないとね。こっちもつまらないわ」

 アンソニーの名が出た。てことはアンソニーの知り合い。たとえ知り合いだとしてもアンソニーと同じこと(拉致緊縛)しなくてもいいと思うのですけど、これは私の儚い願いでしょうか……。
 そして二人はどれぐらい知り合いかな? 呼び捨てだから、身分的に、この女性の方が上かな。

「貴女は何者ですか?」
「あら。聞ける口あるじゃない。そうね、あたくしの名前はリターベル・ヒリカ・クロッサーノ。この国の王女よ」

 王女様。パパは王様ってこと? あ、この国だとママは女王様だ。

 ……はい、知らないよ。引きこもりに向かって名乗り上げても知りませぬ存じませぬよ。

「このあたくしが名乗ってやったのだから、あんたも名乗りなさいよ」
「……私、マリヨニーナ・ノラ・ル・テグウェン・ミュネットヒスタ」
「知ってるわ芋虫女」

 一蹴されたぞな。なんでだ。

「いいこと教えてあげるわ芋虫女。あんたがアンソニーの横で涎垂らして寝てるとこ拉致ったのは、あたくしなのよ」

 あ、はい。なんとなくそんな気はしてました。しかし、どうやって? 女の細腕で私を持ち上げるとかできるんか?

「あたくしの個人スキルは『怪力』よ。あんたなんか紙屑同然に持ち上げれるわ」

 紙屑と言われた私。
 ……ところで、私の心読んでませんかこの怪力ゴリラ女。

「ゴリラとは何よ。生き物なの? 食べ物なの? 知らないけど、良い言葉じゃないことは分かるわ。王女を悪く言って良いと思ってるの? あたくし王女よ。あんた縛り首にしてやろうか。引き締まってスリムになれるわよ」

 やっぱ読まれてるううううおぎゃああロープ締めないでええ! 私を芋虫に拘束しているロープの端持って足蹴りにした上でぎゅーって引き締めないでええスリムになっちゃうう!
 ……と、理不尽な暴力を振るわれた一時で、まぢ、あの世に召されるかと思った。私、引きこもり最強弱者です。吹けば飛ぶんで暴力はやめてください。ぷるぷる。

 えーとえーと、王女様は『怪力』の他にも『感情読心』のスキルも持っているのね。
 しかし、『感情読心』ってメジャーなのかなあ。昨日はアンドリュー先輩にも心読まれたしさ。

「メジャーではないわ。王家に近しい者ほど持ってる可能性高いってだけで」

 なんとまあ王家。王女様は勿論のこと、アンソニーとアンドリュー先輩と、知ってるだけで三人も該当者がいるね。
 私の身近に王族関係者が多すぎてびっくりドッキリですよ。平々凡々と引きこもっていた私なのに、どうして王家なんかと関わることになっちゃったのかなあ。

「平々凡々とは笑わせるわね。デビュタントを拒否した女なんて平凡どころか変わり者で不敬なのに」

 ああそれ言われると辛い。女王様には申し訳なく思っておりますが、なんせ私ったら引きこもりの上に腐れ女子でコミュ障ですから。
 人が大勢いる所とか女王様に謁見とか絶っっ対に無理です。昨日の結婚式だけでも死ぬ思いだったのに。
 アンソニーのためにって気合だけでベール被って頷くだけの単純作業を頑張っただけです。出来ることなら代理人でも置いておきたかった。ああ引きこもりたい。だらだらしたい。

「あんたって本当に変わってるわ。なんでこれが『俺の嫁』なんだか」

 おや、王女様はアンソニーのスキルを知っておられる。

「当たり前よ。そのスキルさえなけりゃ、あたくしだってアンソニーを襲うことなんかしなかったわ」

 ……はい? どゆこと?

「アンソニーが『俺の嫁』みつけたなんて嬉しそうにしてたから悪いのよ。頭ゆるんゆるんのあいつを、ふん縛るなんて楽勝ね。乗っかって逆レイプしてやったの。ついでにぶん殴ったわ」

 ――――思い出した。私が六歳の頃。
 アンソニーが我が家の中庭で落ち込んでいたこと。顔腫らしていたこと。なでなでしたら涙を流したこと――――。

「貴女、が……?」
「そうよ。目論見通り、あいつ女性恐怖症になってどんな女も駄目になったけど、ムカつくことに『俺の嫁』の影響か、あんただけは平気みたい。
 新婚初夜は楽しかったかしら? もうすぐ夜明けね。目覚めたアンソニーは隣に嫁がいなくてさぞ慌てることでしょうね。うふふふ……ははは……あはははは!」

 三段哄笑とか高度な技を使うなんて悪の権化みたいだぞ王女様。
 べらべらと拉致の目的も過去の犯罪もしゃべってくれたし。そうか。親切な悪ってやつか。ご丁寧にありがとうございます王女様。

「なんで感謝されなきゃなんないのよ芋虫女なんかに」

 むしろなんで感謝してんのに詰られたんですかね私。

 いえだってね、私だって王女様が犯した罪ってのは理解してますよ。
 アンソニーを縛って犯して暴行したんでしょ。
 現にアンソニーはそれで身も心も傷ついて泣いていたし、私だってアンソニー慰めながら彼を殴った犯人に憤った。
 けど、肝心の犯人は私を拉致った挙句にペラペラ自供したんだよ。罪に罪を重ねて開き直っているわけですよ。
 そんなイカレた犯人=王女様に「罪を認めて反省しなさい」なんて言ったって意味ないじゃん。罪認めてんだし。
 だったらもう「罪を認めてくれてありがとう」って言っといたほうが無難じゃん。反省は別にして。

 ……て、あれ? この考え方間違ってる?
 私としては犯した罪の内容の方が気になるわけで。
 どうやってアンソニーを手籠めにしたんですか? と、王女様に問いたかったけど、代わりに妄想した。妄想万歳。

 ────王女は嫉妬に狂い、その男の若き肉体を弄ぶことを選んだ。
「ああっ、やめろヒリカ……!」
「ほほほほ! 口じゃ否定するけど体は正直ねアンソニー! おまえが悪いのよ。『俺の嫁』なんかにはしゃぐから……!」
「っく、ヒリカ……お前、俺のこと」
「あたくしを受け入れないおまえなんか、大っ嫌いよ」
 王女の気持ちは複雑だった。
 目の前の青年を愛している。だが彼には将来必ず結ばれる嫁がいる。その嫁は自分じゃない。
「嫌いよ。あたくしを見てくれないアンソニーなんか──!」
 王女は怒りに任せ、その鉄槌を青年に向かって振り下ろした。
 ガンッと強烈な音を立ててアンソニーの左頬が傷ついた。
「──ッ!?」
 目を白黒させるアンソニー。かけていた眼鏡もブッ飛んで壊れた。けっこうな衝撃だ。まさか王女からこんな暴力を振るわれるとは思わなかった。
 ……王女が、愛する青年を傷つけても守りたかったものは自分のプライド。この拳は王女である自分を選ばなかった彼への罰。
 もうこれで、自分が彼の一番になることは決してない。むしろ嫌われ蔑まれることだろう。いっそ恐怖してくれればいい。
 すべての女に恐怖して、その原因である己の存在を忘れなければいい────。

 こんなかんじっすか?

「ほぼ正解よ。まるで本当に観てたかのような情景描写力ね」

 妄想ですけどね。リアリティに関しては認めます。実は私、妄想を現実に描写するスキル持ってますし。

「はあ? 何それ…………面白そうね。妄想を現実に? やれるもんならやって見せなさいよ」

 おや。私の二つ目のスキルをご所望ですか。この個人スキル『妄想具現化』は誰かに見せたことないから、アンソニーも知らないよ。
 初めて見せるのが王女様になんて、不思議な縁だね。
 よし、ならばこの縄を解いてくださいな。芋虫のままじゃ何もできまっせん。

「それもそうね。スキル発動には身振り手振りが必要なのもあるものね。あんたもそのくちなのかしら」

 そう言いながらロープ解いて下さる親切な悪の王女様。
 別に身振り手振りは必要じゃないけど、やった方がいいのかなあ。
 この人、悪女っぽいけど根は素直だよね。私の話を聞いてくれるし。あっさり拘束しているロープ外すし。

 私は自由になった体をゆっくり動かして……なんせ後ろ手に縛られて床に転がされていたので肉体的疲労が……て、あ、関節も痛いけど下半身が一番ジンジンする。
 股間が痛い。

「ううーん……」
「そういえばあんた処女失ったばかりだったわね」

 腹抱えて呻き出した私に王女様の声が降ってくる。顔を見合わせていないので私の感情は読めなくなった王女様は、私の腕を掴んで無理やり引き立たせようとする。
 いやああ腕痛い腹痛いいいいーーと嘆いたのも束の間、脚膝裏からぐいっと持ち上げられて私は王女様の腕の中に納まった。
 ん? この格好もしや姫抱っこ?

「大人しくしてなさいよ。風呂に入れてやるから」

 風呂に……え、え、えあ?! 王女様自ら私を運んで風呂に?! なんで? なんでこうなった? てか王女様、私の体を簡単に抱えておりますね。さすが『怪力』。

 抱えて連れて行かれた先のバスルーム。
 大理石のバスタブで壁や床のタイルは宝石張り。シャワーホースや風呂桶は金色だ。ま、まぶしっ。キラキラ輝いて目に痛い。
 さすが王族ゴージャスですねっていうか悪趣味だなあ。この国の王室、もしかして贅沢三昧していたりする?
 前にアンソニーが日本の皇室は謙虚だって褒めていたの思い出した。

 裸にされて体の隅々まで洗われる。王女様が自らやるこったない。私慌てる。

「動かないで。手が滑って変なとこ突っ込んでも知らなくてよ」

 変なとこってどこだああああああそこは駄目アンソニーしか触れちゃだめ、だめ、らめええ。

「女同士で恥ずかしがることないわ。あら、ここの毛も頭髪と一緒でシルバーなのね。つやつやで……手触りいいわ」

 な、撫でないで、毛、引っ張んな、はう、はうううう……!
 …………弄ばれた。色んなとこまさぐられてヤバかった。こんなこと、アンソニーにもされたことないのにいいいい……。

「突っ込んで気持ち良くなるだけの男と同じにしないで欲しいわね。女にしか分からない性感刺激ってあるものよ」

 されてる本人すら知らない弱点がありましたが?!
 この王女様は何者なんだ。いや王女様なんだけどさ。
 広い大理石のバスタブにも二人して入って、湯上りのスキンケアまで王女様にしてもらった。本当に王女様なのか疑う。

「あたくしだって誰にでもこんなことするわけじゃないわ。何故かあんたは世話焼かないと死んじゃう気がすんのよね」

 私を拉致って縛って三段階哄笑浴びせた人が何言うか。

「いいからスキル見せなさいよ」

 風呂上がりの牛乳片手にふんぞり返る王女様は非常に漢らしい。
 小腹空いたわねとメイドさんに軽食を頼み、それから私を長椅子に座らせる。
 まあ、私もスキル見せるのやぶさかではないので『妄想具現化』の一部をお見せすることにした。
 スキル発動時の身振り手振りは省略させてもらった。だって必要ないのにやるなんて恥ずかしいじゃん。

 いざ発動『妄想具現化』!!

 ────荒い息遣いの下、その部屋では性の饗宴が続いている。
「おまえの処女を貰うわね」「痛ッ、あ、ああアーッ」
 未開通の窄まりに無機質な棒が刺さった――――。

「あんたの妄想えぐいわねえ。あたくし、アンソニーにここまでのことはしてなくってよ」

 王女リターベル・ヒリカ・クロッサーノは、椅子の上で胡坐かいて漫画をぺらぺらめくりながらそんなこと言う。そう漫画だ。
 この世界に漫画はない。これは私がスキルで出したものだ。

 これぞ『妄想具現化』の真骨頂。妄想した漫画をそのまんま出せちゃう漫画を描く人なら垂涎もののチート能力である。

 15年引きこもりの間、前世のBL記憶をオカズにしていたわけだが、このスキルで思い出せる限りのBL漫画の内容を思い出し、具現化した。無論、オリジナル作品も具現化可能。アニメも漫画化できちゃうのがこのスキルのすごいとこ。
 具現化した漫画は無難なハードカバーでカモフラージュし、オッター故の凝り性で美しく背表紙を揃え、本棚に並べてある。本棚は部屋の壁一面がそうである。
 私の部屋は漫画のない世界なのに漫画だらけだ。おかげで家族から私は読書家だと思われてます。

 王女様は漫画片手にスティック状のショートブレッドを頬張っている。
 時折に牛乳も口に含んで、バターたっぷりのお菓子をうまうまするその姿は、とてもじゃないが高貴な人物には見えない。

「え……、アンソニーの初めてを奪ったのでは……?」
「童貞だけよ。男の汚いケツなんか興味ないわ」

 そうだったのか。
 良かったねアンソニー、君のケツは興味ないわの一言で守られていた。

 しかし腐れ女子としては聞き捨てならない台詞をいただいちゃったよ。
 ボーイズたちのときめききゅんきゅんラブストーリーに、あにゃるセックスは至高。
 どのケツもそれぞれに名器であり素敵な描写で愛でてあげたい。これ心理。

 私は男同士でにゃんにゃんらぶらぶする方法を、王女様にとくと伝えた。
 口下手でコミュ障な私だから言葉では伝えられない。代わりに『妄想具現化』で、前世に読んだBL漫画たちを再現し、王女様に勧めたわけだ。

 結果────。

「何コレ何コレ何コレ……! 男たちの熱き友情なんて美しいのでしょう……いえ、これは愛情?  愛ね。男たちの、愛……!」

 二次創作である薄い本も渡したが、その原作となる漫画も渡した。原作は少年漫画だ。彼らの熱きバトルで培った友情に感動、涙し、実は裏で少年たちはアレコレしてたんじゃないか妄想である二次創作本を読んだヒリカ王女様は、滾る熱情を愛と言い換え瞳を潤ませている。

「あああ彼らの喘ぎは正に甘美な響き……! 彼を愛でる少年もまた狂おしい恋を……! はあぁ……ときめく……ときめくわあ」

 胸の動悸を抑えきれないらしい王女様へ、それがまさに『』であると教え込んでからは、「萌え……! 素晴らしい単語だわ……!」と。
 腐女子という生き物は、萌えという単語ひとつで腹の底から滾る炎と胸の高鳴りを表現しきるのだと、ご納得いただけたようだ。

 ここに、愛ある腐れた脳みそをもつ女子(腐女子)が、また一人誕生した。

 私も満足した納得顔で、カップケーキをいただく。
 アーモンドの風味が効いて、美味っすわ。

 けど、のんびりもしてられない。直ぐに次の漫画を『妄想具現化』する。
 王女様は私がスキルで生み出した漫画を次々と読破してくれている。漫画の読み方は最初に軽く教えた程度。なのに王女様はズバババッと目にも止まらぬ早さで漫画を読み進め、一分に一冊は読破している。速読っすか。これスキルじゃないよね。え、王女の嗜み? 王族スゲエ。
「もっと読ませなさいよ!」と命じられるが、具現化が追い付かなくなってきた。

 そんな矢先に、バンッッ!!と、部屋入口の扉が勢いよく開かれた。

「────マリちゃん!!!!!!」

 おおアンソニー。息弾ませ焦り顔のアンソニーが私を見つけると、すぐに駆け寄って来て抱き締めてくれる。

「マリちゃん良かった無事だ……!」
「アンソニー……」

 すごく心配かけたんだなってわかる。ぎゅうぎゅうに抱き締めてくるアンソニーの肩がちょっと震えてたりもするから。
 よしよし。私はアンソニーの腕のとこをぽんぽんしてあげる。このでかい図体して甘えん坊な旦那様が愛しいですわ。

「マリちゃん、マリちゃん……!」

 うんうん。名前連呼しかできないくらい感動してんのね。鼻水垂らして顔面崩壊したイケメン台無しアンソニーめっさ可愛い。胸がキュンキュンする。

 私は無事だよ。安心してアンソニー。お風呂まで入ってピカピカさ。

「……風呂? なんで?」

 えーと、処女喪失したばかりの私を気遣ってヒリカたんが入れてくれたのーと、王女様を愛らしく呼びつつ心の中で答えた。

「ヒリカたん……だと?」

 あやや。やはりそこに食いついてしまったよ。
 ヒリカたんとは馬が合って仲良くなったんだよ。アンソニーの過去話諸々も聞いた。

「な────……っ!」

 サアッと顔を蒼褪めさせるアンソニー。漫画を再度読みふけるヒリカたんを睨む。アンソニーの視線に気づいたヒリカたんは、これみよがしに溜息を吐く。

「はぁ……。お間抜けアンソニーやっと来たの。あたくしがおまえの嫁を攫って何時間経ってると思うのよ。遅っ。お前の嫁はじっくり愛でてあげたわ。これからも、あたくしの手元に置くから、邪魔なおまえはもう帰っていいわよ」

 ヒリカたーーんん! どうしてアンソニーにツンツンなんだね君は!
 嫉妬してアンソニーの童貞奪った君の恋心どこいったのお?!

「ヒリカ……俺だけならまだしも、マリちゃんを傷つけることは許さない」
「傷なんかつけてないわ。むしろ処女膜を傷つけられた嫁を綺麗にしてあげたのあたくしよ。感謝なさい」
「処女……っ。マリちゃん、本当?」

 わあ。アンソニー、そんな捨てられた子犬みたいな目で私を見ないでえ。眉毛も眼鏡も下がってしょんぼり。やっぱりそこ連動していたのね。眉下がれば眼鏡も下がる仕様。
 ひい、かわよ……! 現実で私を萌えさすのはアンソニーだけだよおお。

 私は心の中で大いに萌え叫びつつ、こくこく頷く。ヒリカたんが言ったことは本当だよ。お風呂で体の隅々まで洗ってくれました。スキンケアまでバッチリです。
 お股痛かったし、それなりに汚れていたから大変助かりました。

「く…………そうか。わかった。ヒリカ、ありがとう」
「ふん。わかればいいのよ。てゆーか、おまえのそういう素直なとこが鼻につくのよね昔っから。だから嫁も虐めてやろうとしたんだけど、やめたわ。その子は凄く気に入ったの。アンソニーなんかには勿体無いわ。あたくしが貰ったげる」
「マリちゃんは『俺の嫁』だ。誰がやるか。
 ……マリちゃん、帰ろう」

 アンソニーの手が私の方へ伸びる。私はアンソニーの手を掴んだ。安心する手。私の旦那様の手だ。

「マリヨニーナ・ノラ・ル・テグウェン・ミュネットヒスタ」

 ヒリカたんの王女然とした声が私を呼び止める。
 私は恐る恐るヒリカたんの方を向いた。手はアンソニーと繋いだままだ。

「あんたのスキルは有用だわ。あたくしの傍に居なさい」

 凛とした声で王女様に望まれれば、普通は「はい」と返事するしかないのだろう。
 私はアンソニーの表情を読む。彼は眉間に深い皺を刻んでヒリカたんを睨みつけている。こりゃだめだ。

「あの、またここへ遊びに来ますから……、だから、今はアンソニーのとこへ帰ります。本当に、あの、遊びに、きますっ、から……ヒリカたんとは、私も、もっとお話ししたい、し……。あの、アンソニ、いい? だめ? 私、お部屋から出て、も、おしゃべりしたいって思ったの。ヒリカだけ……で」

 この二人は修正が効かないくらい仲が拗れていると悟った私は、どちらにも角が立たないよう必死に今の気持ちを吐露した。がんばって言いたいことを出し切った。
 多分、こんなに長い台詞しゃべったの生まれて初めてかもしれない。私がんばった。

「マリちゃん……そんなに……!」

 あーうん。アンソニーが驚くのも無理ないくらい私しゃべってるよね。

「マリヨニーナ、絶対よ。絶対にまた遊びに来るのよ。この本たちは貰っとくわ」
「は、はい。貰って、ください。また、漫画持って来ます。また、新しい萌えを開拓しましょう」

 一度たくさんの声を出すとすんなりいくもので、ヒリカたんとは友達のように話をして別れた。

 アンソニーに手を引かれながら廊下を歩く。力強く引かれていく。
 アンソニーこっち見てくれない。馬車に乗り込んでも黙って、項垂れている。
 顔を合わせないと『感情読心』で心を読んでもらえない私は、彼にこの思いを伝えることが出来ないのに。

 だから私は意を決して口を開く。

「トニー、助けに来てくれて、ありがとう」
「あ…………マリちゃん、俺は……」

 頭は上げてくれたけど視線合わないなあ。

「心配かけて、ごめんなさい」
「……今朝、起きたら隣に居なくて……心臓止まるかと思った」

 まぢでか。実際に止まらなくて良かったよ。

「マリちゃん居ないと駄目だと思った。君を失ったかもしれないと思うと怖かった。直ぐに『俺の嫁』でマリちゃん探して……あ、このスキルでマリちゃんの居場所ってなんとなく分かるんだよね」

 んええ今までアンソニーにはすぐ見つかるなーと思っていたらスキルだったんか……! と、小さく驚いたけど、なんかそんな能力もあるって前に聞いたことあるかも。

「途中で色々あって……助けるの遅くなってごめん」

 めっちゃへこんでるアンソニー。遅いなんてことないのに。
 そんなことより、私はアンソニーが助けに来てくれたことが嬉しかった。
 颯爽と現れた時、王子様みたいだったよ~と、惚れた欲目でフィルターかかってキラキラエフェクトまで見えていた私は乙女心をばっくんばっくんときめかせている。
 普段のアンソニーならこんな私の想いもスキルで見透かしてくれるのに……今は目線すら合ってないので、この気持ちは伝わらない。

 アンソニー、再びへこんで頭抱える。

「ああぁ……ヒリカのことは何とかするつもりだったんだ。正面から殴りこもうかとか、また何か仕掛けてきたら対処して返り討ちにしてやろうとか、勇ましいことは考えておきながら結局、大事な人を攫われてしまった……!」

 自己嫌悪激しいアンソニーはまだ私の方を見てくれないぞ。むう。

「私、無事だし。ヒリカとはお友達になれた」
「俺の話題で盛り上がったんだろう?」
「うん」

 正直に頷いたらアンソニーますますへこんだ。なんでだ。

「情けねえー……」て呟きが聞こえた。私、居ても立っても居られずアンソニーの頭を抱きかかえる。

「情けなくないよ。トニーかっこいい」

 私知ってるもの。彼のかっこいいとこ。
 お兄様の秘書しながら私を守ってくれていたでしょ。引きこもりの私を小まめに気にかけてくれて、おしゃべりまでしてくれるの家族以外じゃアンソニーだけだった。
 私のこと大事にしてくれる。好きって言ってくれる。あとイケメン眼鏡!
 他にもいっぱいあるよアンソニーの素敵なとこ。だから、だからね……。

「自信もってトニー、大好きだよ」

 これ一点に尽きるな。結局さ、私、彼のこと大好きなんだよね。彼の情けない姿を見ても胸キュンキュンすんだよね。

「……マリちゃんがいっぱい喋ってる」

 顔を上げたアンソニーの第一声がこれ。ええ、私すごくたくさん喋りました。
 朝から拉致られて強烈な王女様に出遭って、それでなくとも昨日は結婚式でたくさんの人に会っているからねえ。ストレス溜まりまくり。心なしか頭痛い。

「頭痛いのか? 普段引きこもってるから急に外出て体調崩したんだな」

 その通りかと。やっぱアンソニーは私のことわかっているね。理解しているね。これだけツーカーなの、アンソニーだけです。アンソニーしかいない。だから離れないで。
 内緒ごとはあってもいいけど、アンソニーのどんな姿でも見せて。私の大好きなアンソニーの顔を隠さないで。

 ねえ、アンソニー。アンソニー、私の世界に入って来れるのアンソニーだけなんだよ。好きだよアンソニーという万感の想いで彼の胸へとへばりつく。
 おおアンソニーの匂い。いい匂い。

「ぐへへへへ」

 BL妄想しているわけでもないのに、いつもの下品な笑い声が出て、そんな私の後頭部を撫でるアンソニーの手つきは、どこまでも優しかった。
 私はいつまでもぐふぐふしていた。折角いい雰囲気なのに、締まらないなあ~私。

 腐女子ですみません!


<腐女子視点おわり>
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