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「待って!師匠!待って!僕には師匠が必要なんです!」
 がしっと、右腕をつかまれました。二の腕部分をつかむのやめてくれませんかね?ぶよぶよが気になり始めたお年頃なので……。
「黒崎さん、師匠って誰のことでしたでしょうか?」
 そう呼ぶのはやめてくれと言ったはずなのですが。
 この人は、鶏頭なのでしょうか。3歩歩くと忘れるという……。ああ、ついつい心の中で辛辣な言葉が次々と出てきてしまいます。
「あ、その、君が……必要なんだ」
 思いつめたような声で、そういう言い方はやめてください。
 和臣さんと同じ声でそんな言葉聞いたら、すぐに立ち去ろうとしていた足が動揺で止まってしまいます。
「僕は男だから、その、女学生からの相談にどうしても、分からないところがあって、女性としての意見を聞かせてほしいんだ……」
 黒崎さんが、振り向いた私の目の前に、相談用紙を向ける。
「あの、他にいないんですか?相談できる人」
 黒崎さんの眉根が少し寄りました。
「なかなか、その、僕にはっきり意見してくれる人は少なくて……」
 うーん、チーフも断りにくいと言っていましたし……立場的なことなのか、気を引きたいと思われるからなのか、なんなのかわかりませんが。
 私は、そうですね。もう今までかなりずけずけと言いましたし……。
 目の前に差し出された相談用紙に視線を向けます。
【メイクができない……。就職できるか不安】
「メイク……ですか」
 差し出された紙を手に取り、そのままソファへと腰を下ろす。
 確かにこれは、黒崎さんではむつかしい相談内容かもしれません。
「そう。1年目に、似合う口紅を選んでほしいとか……変な目的の相談があったから、もしかしたらその類で、僕に綺麗だと言ってほしいだけっていう可能性もないわけではないんだが……」
 と、黒崎さんも私の正面に腰を下ろしました。
 この疑り深さは、もう女性不振の類じゃないでしょうか?と少し同情したくなりますね。
「違うと思いますよ。就職が不安と書いていますし。……就職マニュアルを読んで困ったのではないでしょうか」
 黒崎さんが首を傾げた。
 ああ、分かりませんか。
「マニュアルには、派手になりすぎないとか、口紅の色は何がいいとか、そういうアドバイスが書いてありますが、そもそも化粧の仕方は書いてありませんから」
 黒崎さんが、そうかと、何か考え込んでから、口を開いた。
「じゃぁ、たとえば、百貨店の化粧品売り場で化粧の仕方を教えてもらいながら買い物をすればいいと……あ」
 黒崎さんが色々と考えを口にして、何かに気が付いたようです。
「もしかして、百貨店というのは、その、金額的に、またダメだったり……」
 ふぅーと、小さくため息をつく。
「男の人って、女であればだれでも当たり前に化粧すると思っている節がありますよね?化粧なんて髭をそるのと同じ程度のことだと思っていません?だから、就職活動するのにも、化粧は当たり前にしていないといけないみたいな……」
 ちょっと愚痴めいたものが口から出ます。
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