残りの時間は花火のように美しく

雨宮 瑞樹

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 飛んできた矢に射抜かれたように、しつこい男は目を見開く。美羽も閉じていた目を大きく開いていて、透き通ったこげ茶色の瞳の奥をじっと見つめていた。
 やっぱり、今の私ではまだ何を考えているのかわからない。だけど、この船に乗ってくれたことだけは確かなようだった。透き通っているせいか鋭さを増し、冷えたナイフのような瞳は、未だにしつこい男に向けられたままだ。鋭い視線に気圧されて、顔が強ばった男は一歩ずつ引いていく。
「一日早ければ、お前の位置に僕がいられたはずなのに……ふざけんなよ!」

 しつこい男は吐き捨てるように叫んで、憤慨を撒き散らしなが背を向け立ち去っていった。その背中を美羽は見送りながら、心底胸を撫で下ろす。張り詰めていた緊張がとけて、その場に座り込みたくなるほどに力が抜けていく。
 完全にしつこい男の背中が消えたところで、未だに隣の男の腕に自分の腕を絡めていたことに気づき、美羽は慌てて身を離した。

 相変わらず、怜の視線はこちらではなく消えていった男がいた方向に向いたままだった。そして、その横顔はやっぱり無表情。怒っていたっておかしくないのに、感情の切れ端もその顔にはなくて、少し呆気にとられる。けれど、この場を切り抜けられたのは、この人のお陰以外何物でもない。美羽は深々と頭を下げた。

「話を合わせてくれて、助かりました。本当にありがとうございました」
「ああ」
 抑揚のない声に顔を上げると、やはり顔は正面を向けたままだったが、瞳だけが移動して美羽の顔を映し出していた。ぱちりと交わる視線。
 先程は遠目だったけれど、至近距離で見てみれば、更に晴れた青空に呼応するかのようにその透明度が増して見えた。
 不思議な色をしている。こげ茶色のガラス玉みたい。美羽はその瞳に先程以上に目を奪われていた。

「いつもなのか?」
 そう問われて、我に返った美羽だったが、短すぎる主語のない質問に首をかしげると
「ああいう状況」
 面倒そうにぶっきらぼうに投げかけてきた。
 ああいう状況……とは、言い寄られたりするという意味だろうか? ずいぶん言葉足らずな人なんだな、と思いながら美羽は頷いた。

「あの人は初めてですけど……この種類の遭遇率はかなり高いかもしれません。正直、本当に困ってます」
 大学に入学してから三年経つが頻繁にこういった呼び出しを受ける。クリスマス時期などのイベントが控えている月は、毎日のようにこういったことが起きる。いい加減にしてほしい。それが本音だ。深々と溜め息をつくと
「……俺もだ」
 ボソリと美羽に同意してくる。意外な反応に、少し驚く。そういえば私が押し問答しているとき、すぐ近くでこの人も同じような状況だったのを目の端に入っていたのを思い出した。

「お付き合いしないんですか?」
 その質問に怜の顔が静かに美羽に向けられた。美羽の目に不思議そうな顔……を僅かにしているよう映る。どうやら、どうしてそんな質問をするんだ? と問い返しているようだ。
 先程までは余裕がなくて上手くいっていなかったけれど、本来の美羽の能力が少しずつ発揮できるようになっているようだった。 
 美羽は、無言の質問に笑いながら答える。

「あなた、カッコいいし。さっきの人だって、物凄い美人だったし。告白されて、お付き合いするのもいいんじゃないかと」
「俺は、面倒なことが嫌いだ。だから、誰とも付き合わない」
「……なるほど。じゃあ、私と同じですね」

 怜の瞳がピクリと動いて、どういうことだ?と目の奥で美羽に問い返してくる。
 美羽は、難なくそれを読み取ることに成功し、我ながらの適応能力の高さに感服しながら、得意げにニコリと笑った。
「私は、あなたとは違う理由ですけど、誰とも付き合わないと決めているんです。これからもずっと」
 怜の透き通った瞳の奥でまた、なぜだ? と問い返してくる。だけど、美羽はそれには気付かないふりをしていた。
 これまで誰にも話すことのなかったその理由を、恩人とは言えど今しがた偶然会った人に話せるほどお人好しじゃない。
 それに、実際声に出して聞かれたわけでもないわけだし。美羽は、話さない理由をつけて無言を通す。

 そんなことを美羽は考えていたら、美羽の脳内に閃光が走るようにある作戦が閃いた。
 それとほぼ同時に、美羽の顔は満面の笑みに満たされ、その作戦をそのままに口にしていた。

「……あの。よかったら、私と付き合ってくれませんか?」
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